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磨かない墓石。鳴らせない鐘。
刻まれない名前。
無名墓地に葬られる者は、それでも幸いである。葬りたい者があったからだ。刑吏たちは規則通り、一度野に打ち棄てている。それを拾って葬りたい生者のために、無名墓地はある。
セシルたちもそうした。刑場に、文字通り投げ捨てられた彼に、僧衣の代わりに求めた黒い服を着せて運び、大地に大穴を掘って埋めた。そして石を置いた。
グロッケンシュタットは河岸で岩場がないが、この刑場から修道院にかけては崖である。そこから両手で持つ程度の石を取ってきたのはキュリルだ。
彼の名前は、その石にメトーデが刻んだ。だから彼の墓には珍しく名が刻まれている。
「ジーメオン」
「ああ、セシル」
黒い衣装の青年が振り返った。
「待っていました」
白い顔がうっとりと笑い、頬がぽっと赤く染まる。
少年を脱したばかりの若々しい声が喜び、自分のために祈ってくれなかったセシルの名を呼ぶ。
彼は歌っていたようだ。墓石のうち大きなもののひとつに座って、闇の空へ向かって。
ごく小さな声、ほぼ息だけで口ずさんでいたらしい。こんなに近くへ来るまで、闇に息は阻まれていた。
そして、やっと見えたその姿が、セシルを認め、唇が名を呼んでも、歌は続いている。
「セシル。会いたかった。とても暗くて、辛かった」
……深き苦悶の淵より……
……我が祈りに耳を開き賜え……
途切れ途切れに歌が続く。どこからか流れてくる。
……御言葉は我が慰め……
……私はいつでも待ち望もう……
きっと騙されまいとセシルは固く心に誓っていた。それでも決心が揺らいで、隣に立つ、真実を聞く占い師の目を見る。
……よも我らに罪が多くとも……
占い師はしかし、首を小さく振って宣言する。
「お黙り、音の悪魔。テーネントイフェル」
歌が崩れる。
音程が呻き、音色が嘆く。
少年が泣く。悪魔が笑う。
「いかにも。久方ぶりだな、諸君」
不敵な声はもはや、若者のそれではない。
伊達者のようなつば広帽にレース襟。金襴の胴衣は、役者かオペラ歌手のよう。握る黄金の錫杖で、大仰に悪魔はセシルを示す。
「汚らわしい下僕、偽善の徒。司祭セシルよ」
罵りにはセシルは傷つかない。それがただのごまかしに過ぎないことを知っている。
だが、悪魔がジーメオンの貌を残し、己を誹るのは、芯から堪える。ジーメオンとは似ても似つかない、この芝居がかった割れ鐘のような声でなければ、セシルの魂は滅びていたかもしれない。
修道士ジーメオンはセシルの教え子となるはずだった。だが教えられたことはほとんどない。悪魔に魂を拐かされ、この先も天の門に迎えられることはない。
募兵に戸惑う少年たちとジーメオンの間に大きな違いはなかったはずだ。年齢も、戦に家族を殺された苦しみも。それなのに、ジーメオンは地獄の怒りに灼かれて死に、悪魔に囚われている。
それは、ジーメオンだけが深き苦悶の淵を覗いたからに他ならない。




