3
グロッケンシュタットは湾曲するロイムス河を挟み、河畔の北西と南東に市街が楕円状に開けている。
高台のある北西河畔には大聖堂の聳える旧市街、平地の南東河畔には商店と下町の新市街。そのふたつの街を聖霊橋が繋いでいる。
セシルたちが勤めるのは新市街の聖マリーエン教会。街の中央より少し精霊橋に近い広場を、見守るように建っている。
グロッケンシュタットはカトリック都市だが、皇帝軍に対してもプロテスタント諸侯軍に対しても、未だ事実上の中立を保ち、兵の駐屯を認めていない。それはこの街が独立した自由都市であるからだ。
だからカトリック都市のグロッケンシュタットには、少数だが今もプロテスタント信者が居住している。商取引のツンフトを中心に、小間物屋に武器職人、印刷屋。法律家、音楽家にそれらの小遣いなど、縁があって移り住んだ人々を、グロッケンシュタットは寛容に受け入れてきた。
それは大都市の証であり、誇りであり、またその矜持が街を形作ってきた。
しかし、少しずつ、グロッケンシュタットにも戦いの気配が忍び寄っている。そして、街道沿いのこの街を、皇帝軍が通らないことは考えがたいのだ。
「何かさぁ、あれよ、あれ。道作ろうぜ。新しいの。街道」
「ほう?」
「そんであれよ、ベーメンとバイエルンからシュヴェーデンまで通すの。ズバーって。で、ハルツの山とかでさあ、かち合わせるのよ、傭兵どもを。誰もいねえところで」
「悪くないな。リューネブルクの野っ原もいいぞ。何もない」
「雪かきなんかやめてさあ」
「道を作る前には雪をかくだろう」
「かくかー」
ぷーっと噴き出す笑い声が聞こえたが、セシルのものではない。三人の僧侶は顔を上げた。
「面白いけどね、ハルツには人がいるよ」
目尻の縮緬皺を柔らかく垂らして、初老の司祭が立っていた。
「フレーベル先生っ」
キュリルとメトーデが姿勢を正し、それを見たセシルも、可笑しそうに肩を揺らしながら二人に倣った。
「あとね、魔女もいる。悪い兵隊さんにはお仕置きしてもらいたいねえ」
下らない冗談を恩師に聞かれて、キュリルは脂汗を垂らして硬直する。メトーデは素知らぬ顔で居住まいを正している。
セシルは旧友を助ける気になって、口を開いた。
「フレーベル先生、おはようございます。先生は魔女の存在をお信じになるのですか?」
初老の司祭は薄い青の目を瞬かせた。博識の誉れ高いこの司祭が、未だにたまに出る魔女裁判の通告など、微塵も相手にしていないことを、弟子たちはちゃんと心得ている。
「ああ、いるとも。人の間の諍いで名指しされている人たちのことじゃないよ。だからホウキで空は飛ばないかもねえ」
キュリルとメトーデは顔を見合わせた。師の言葉は少し冗談めかしてはあるが、彼が言う以上は嘘ではない。
フレーベル司祭は今でこそグロッケンシュタットに戻っているが、戦争が長引く前には数カ所の教会から招かれて転勤を繰り返していた。その際にどこかで、例えばマインツなどで聞き及んだ話のように、子弟たちには思えた。
「ところで、君たちにはお遣いを頼まれて欲しいんだよね」
フレーベル司祭は手にした黒絹の袱紗から、蝋で封をした手紙を取り出した。
「向こうの修道院まで。大した用事じゃないんだけど、ちょっとね、急ぎ」
はい、と双子の兄弟が返事をした。この双子は外見こそ似ないように見えるが、声がよく似ているのだ。ふとした瞬間に揃うと、それだけで透き通った斉唱のように、宙と人の心を震わせる。
老司祭はセシルに手紙を渡した。預かりますとセシルは答える。
セシルはカトリック教会の司祭だが、キュリルとメトーデは修道会から派遣されて来ている修道司祭で、聖マリーエン教会では未だ助祭の地位にある。無論、フレーベル師が自分が教えた徒弟をマリーエン教会に集めたのだ。
それに対してセシルは司祭である。相手が修道会でも、結局は修道司祭の兄弟が随伴しても、聖マリーエン教会主祭フレーベルの代理はセシルの役目である。
老司祭は若い司祭たちの予定を聞き、手早く調整の指示をすると、じゃあと身を翻した。いつにも増して忙しいのが伺える。
セシルが別れ際に軽い冗談を言いたくなるのは、本当は名残惜しくて、もう少し話していたいからだ。
「先生、リューネブルガーハイデにも魔女がいますか?」
老司祭はああと目を細める。
「リューネブルクの荒野にはね、蜂がいる」
「よっし、リューネブルク行くぞ」
「刺されろ」
「ああ、兄弟喧嘩に巻き込まないで下さいよ」
よろしくねと手を振った師を見送ると、三人の僧侶は肩をつかみ合い、じゃれながら、整えたばかりの雪道にシャベルを担ぐ。




