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「実験……だぁ?」

 思わず反芻したのはキュリルだが、深刻に眉根を寄せて訝しんでいるのはメトーデだ。

「死体を放り出さずに焼いて埋めるとね、夏に流行病が来ないのさ。お国の民を守るよう、死体の山を綺麗さっぱり焼き払えって、殿様がたからお達しが来たわけ」

 ユッタがすいと視線を投げた先には、油でも流したように、茶色いような黒いような染みが、白い岩場に拡がる地肌がある。焚き火などの跡でないのは、ひと目で分かるが。

「ついでじゃないが、どうすれば効率よく焼けるものか、調べてよその隊にも教えてやるのさ。そしたらどこでも死体の処理に困らないだろ?」

 火の匂いと煙、人体を焼くきな臭さのために紛れているが、この丘は死臭に満ちていたはずである。埋葬とは呼べないような穴すら埋め尽くし、腐敗して土に溶けていくほど、この無縁墓地には死体が積み重ねられていたのだ。

「死体処理はドッペルマイアーさまから、調査は諸侯のお貴族さまがた、複数名からのご依頼ってわけ。邪魔されればこっちも文句を言わなきゃなんないし、あんたがたもこのほうが、手間が省けて楽だろう?」

 ユッタは手にした帳簿を、これ見よがしに振りかざした。

 許可と禁止の狭間で働く小遣いたちは、ユッタの出した名前にたちまち絡め取られてしまった。不安そうに火に怯えた面持ちのまま、反論できずに口を噤む。その間にも、小僧と少女たちは炎へ藁を投げ入れ、消し炭を棒でかく。

 街道側に林があるために煙が流れきらず、奥の無縁墓地まで溜まっているが、岩場自体は吹きさらしで風がある。櫓は見上げるほどの高さに組まれ、始めに死骸を乗せていたらしき台も、後で投げ入れたらしい消し炭も一緒くたに燃えている。今や炎は消える心配などない勢いである、が。

「実験としてなら、再現性が低すぎる」

 メトーデの声は極めて平静で、そのために燃焼音にも紛れず、真っ直ぐ人の耳に届いた。

「地形、数量、広さ、燃料、気候、どれを取っても不確定要素ばかりで、再度同様の現象を生じうるとはとても考えられない。この行為を実験と称するのは非合理的で、不適切だ。不要に人心を脅かす行為は即時の中断を要求する」

 ほう、とユッタが唸った。

「多少分かっている奴がいるね」

 言い始めた時には誰何をしていなかった視線が、使者から外れ、メトーデ、キュリル、セシルの姿に焦点を結ぶと、不満げな色を帯びた。

「……旦那がたかい」

「俺らすっかり仲良しだよなぁ、ネズミ(フラウ・)捕りさん(ラッテンフェンガリン)よ」

 皮肉気に軽口を叩くキュリルの背を、メトーデがはたいてたしなめる。

 ユッタは一度視線を空へ投げ、少し考えたようだった。そして再度、僧侶たちを睥睨した。

「じゃあ聞くが、旦那がた。今年の夏はどんな気候になるか、分かるかい」

 突然の問いに意図を測りかね、司祭たちは口を噤む。その反応に満足したのか、ユッタは得意げに話し出す。

「地中海あたりの南方ではこの冬の気温が高いらしい。けどそういう年の夏には、この辺りじゃ長雨が降るのさ」

「地中海ぃ? ……何でぇ? そんな遠いとこの天気が関係あんの?」

「あるに決まってるだろ、天は一つなんだぞ……お前毎日何に祈ってるんだ」

 素朴な問答を繰り広げる兄弟に、ふ、と憐れみの混じった失笑をユッタは漏らす。 

(ヒンメル)……(ルフト)ね。まあそうだけど。どっちかって言うと海なんだけどねぇ」

 そう独りごちると、長い腕の手を差し伸べて、背後の地面を指さした。少し掘り返したへこみの汚泥には、骨らしい長細い突起があり、髪だったらしい繊維が絡みついている。

「長雨が降ると死体が腐る。蠅と蝗が湧いて、ペストとチフスが湧いて、土にしみ込み……ほれ、旦那がたも今見て来たろう? 川に流れ込んで、地に広がり、最終的には井戸から湧き出して旦那がたのもとへたどり着くのさ。旦那がた、こいつらの亡骸に汚染された水、飲めんのかい?」

 う、と誰もが呻く。ユッタの説明は絶妙で、目には見えない流行病の代わりに、腐乱死体がやって来るのを想像したのだ。キュリルでさえ、嘔吐きかけて僧衣の胸を押さえる。

 そして、内心では頼りにしている、隣のメトーデを見る。

 メトーデは教会オルガン奏者であり、技師の身ではないが調整もする。細工物が好きなのをフレーベル師に見出され、機械いじりや最新の科学実験を、一通り仕込まれている。

 口もとに手を宛て、やや俯きがちにじっとユッタの言を聞くメトーデは、間違いなく反論の糸口を探している。

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