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 旧市街の街門を出てしばらくは、街の機能が漏れ出したかのような賑わいがあり、やがて門前町グリューネンフェルトの木立の奥に瀟洒な別荘地ビショフスハイムが並ぶ。古来からの大都市グロッケンシュタットは脱皮の遅れた羽虫のようで、もはや身を収められない小さな殻から、もがくように街の手足を延ばしているのだ。

 街道も、別荘地までは石畳が敷かれるほどに整備されている。宿や食堂、水場に混じって住宅も並ぶ。その先の砂利道が終わると、農地を持つ郊外集落が開けてくる。緩く谷を下り、丘を登りながら林を抜けるとノイクロスターの町と修道院に辿り着く。過去に修道院領だった丘を西へ下るまでが、現在のグロッケンシュタット領である。

 市街追放刑の囚人を街壁の外へ連行する際、古来は文字通りに壁の外、街門の前で刑を執行したのだが、市街に人家の増えた現在ではノイクロスターの丘で解放する慣例になっている。将来的には町の向こう、領邦との境で執行するのが望まれているが、この囚人から所持品や命を奪うことは罪にならないため、故意に殺害する者が必ずある。混乱を避けるためには人家や領邦との境界から離れる必要があるのだ。

 そうした地理と政治の積み重ねだろうか。丘の麓、林の中で街道から分かれる道に入り、下流でロイムス河へ流れ込む小川の手前で獣道を昇ると、ふと林が開け、小高い岩場が現れる。

 そこには無縁墓地がある。

 石英質なのだろう、白っぽい岩が下草から覗く猫の額ほどの丘は、樹木の侵食を寄せ付けず、いつからか、打ち棄てられた者たちをその懐に受け入れてきた。

 旅人、貧民、罪人。病人。素性が知れない者でも大抵は地域の教会墓地が弔い、埋葬する。そうされないのは追放令に処された重罪人、キリスト教会に背いた者。匿うと罪に問われる敗残兵……

 この十数年ほどは、流れてきた敗残兵を殴り殺し、所持品を奪って捨てるための穴が、常に掘られている。それでも、僅かな哀れみによって死体を土中に埋める者が減り、死体が晒されていると、誰もが恐れている。防ぐべき犯罪の隠れ蓑とならないよう、市警や刑吏が定期的に見回りをしている。

 その無縁墓地の手前が、現在の刑場なのだった。

 馬車を止めて獣道を登る。炎も見えないではない。

 しかし、それよりも煙が。

 炎の舌の先を覆い隠し、濛々と灰色の煙が立ち上っている。

 煙は中空まで勢いよく湧き上がり、不意に力を無くしたように風に流され、流れきれずに林の樅の穂先に絡みついている。

 役人たちが咳をする。丘を望むまでもなく煙は立ちこめているうえ、火そのものの匂いもする。そして、焼かれるものの匂い。

 小遣いの一人がうずくまってしまった。恐ろしい、戻りたいと言って怯える。役人が手を取って立ち上がらせようとしても、腰が立たない。

「戦場を思い出して……」

 掠れた小さな声でも、その言葉は明確に聞き取れた。彼がどのような光景を思い返しているのか、戦場を見たことがないセシルには想像することが難しい。しかし、その苦しみ自体を思うことは、そう難しくない。避難民に限らず、帰還兵、下働きと、戦場を見た恐怖から教会を訪れる者……セシルが聖職に就いてからは、そんな者ばかりだからだ。

 一人で戻れると言う小遣いを置いて、セシルたちは丘を登る。その行進を遮るかのような濃い煙幕、炎の燃える音、それに紛れて人の声。

 炎はちょうど、刑場と無縁墓地との間で焚かれていた。

 墓地と言っても墓標などない。いや、少しはある。

 それらのすぐ隣で、あるいはその上に、藁が山と積まれ、熱気を吹き上げて炎が燃えさかっている。

 立ちこめる白煙は、たっぷりと異臭を含んでいる。草木や炭を燃やした匂いではない。人間の危機感を煽る匂い、肉体が骨まで炭化して焼け焦げる匂いだ。

 その白煙を纏い、顔は炎に明々と灼かせて、軍服姿の婦人が立っていた。

 傭兵隊の小僧と少女を顎で使い、手には帳簿らしき紙の束とペン。赤く照らされている衣装は、鼓笛隊の時とは違い、傭兵たちと同じ行軍マンテルを肩に掛けている。その下に着た刺繍のある胴衣を、細い腰のベルトで締めているだけでなく、羽根飾りのある帽子から、腰まである髪を巻き起こる気流に揺らしていると、傭兵の衣装でも確かに女性なのだと判別がつく。

「おや、街のお役人でもお越しかね」

 駆けつけた役人たちの足音に、傭兵たちの長ユッタが振り返った。

「……文句を言いに来たのかい? こちとら、参事会員ドッペルマイアーさまからの依頼だよ。刑吏たちに断られたとかでねぇ」

 がらりと割れた声は、低く、気怠い色気があるが、人を威圧するのに慣れたらしい迫力がある。

「ドッペルマイアー氏は死体の処分を任せただけで、焼却せよとは言っていない。私は氏の使者だ」

 役人が叫ぶと、ユッタは肩をすくめた。頬が皮肉げに笑んでいる。

「そりゃ失敬。本隊から、機会があれば実験するように命令されてたもんでね」


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