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 占い師マシーネに会いたいなら、小路の手前や辻の角に、椅子を借りてのんびり座っているのを探す。大抵は顔馴染みの婦人方と、編み物や軽い手仕事をしながらお喋りをして、助言を求める客を待っている。おおっぴらには商売しないが、市庁舎広場で散歩しているのを呼び止めても、軽い啓示ならくれないではない。

 賑やかな場所にいない時は、静かな場所に行くといい。外壁の側、定期便が出たばかりの馬車駅。それから、市を割って流れるロイムス河のほとり。

 河畔には雪が積もり、橋の袂で遊ぶ子もなく、鳥のつがいが、それも向こうへ行ってしまった。河の流れる水音だけが少し、規則正しく聞こえる。

 河向こうにはマリーエン教会の尖塔が遠景に見える。振り返れば大聖堂。鳥も飛ばない、寒々とした曇り空だが、雪に洗われて空気は清々しい。

 いずれあれらの鐘でも鳴れば破られる、薄い静寂に過ぎないが、それでも静かだ。

 こうした場所でなければ聞こえない音が、彼女にはある。

 世界の歯車の音を聞く占い師マシーネは、都市にいる人間全ての音を聞いている。

 だから、喧しい場所では誰もがそうなるように、マシーネも必要な音にだけ耳をそばだてて、不要な音は聞き流している。そもそも耳に入ってこない音も、いや、入ってこない音のほうが多い。彼女自身から音を探す際には、静かな場所を選ばなければならないのだ。

 河畔は心地よい風もあって、マシーネの気に入りの場所だった。しかし、今日この時にこの場所を選んだのは、気まぐれではない。自らの歯車の音を聞いたからだ。

 散策をするまでもなく、マシーネは自らの歯車に噛み合った音の主を探し出す。神から与えられる音だけでなく、人間が自らたてる音も、かすかに聞こえてくる。

 水の音と、桶の音。市の住民が使う共同洗濯場は旧市街側の河畔に設えられてあって、そこから湯を沸かす細い煙が上がっている。

 マシーネが覗くと、洗濯場の入り口にはいつも通り番人が座っていて、籠を抱えるマシーネの姿を認めた。

「ベッケさんこんにちは」

 ベッケ夫人はああとぞんざいな返事を寄越す。番人が務まる人だから、愛想などない。だが、丁寧に掃除をして帰る子や、病気の家族を世話する子などは正確に覚えていて、ほんの少しだけ親切にする。

 夫人は編み物を続けながら、マシーネの抱える籠を一瞥した。

「今日は少ないね」

「母さんと二人分だもの、すぐ済むわ」

「母親はどうだい」

「最近は調子いいのよ」

「そうかい」

 マシーネの母が寝込みがちなのも、どこから聞いたものか知っていて、稀に様子を訊ねてくる。短い返事をするだけだが、ちゃんと次の機会まで覚えている。

 そのベッケ夫人が、洗濯場の奥へちらっと視線を向けた。

 少女が一人、洗濯桶に湯を注いでいる。上背があって華奢な婦人にも見えるが、まだ幼い少女に過ぎないと、募兵団を見た者なら誰でも知っている。

 夫人はすぐに手元の仕事へ視線を戻したが、マシーネはそれで、番人にとっては気がかりな客なのだと理解する。洗濯場が悪事の舞台にならないよう、柄の悪い子を追い出したりと、番人は客の様子に目を光らせるのだ。

 マシーネが近づくと、少女はちょうど桶から洗濯物を上げるところだった。寒風にも汗をかいている。そして、今日は素朴なくちなし色の服を着ている。

「こんにちは」

 マシーネは何気なさそうに装ったつもりだったが、少女は細い肩を強ばらせた。それでも、口もとだけで微かな会釈をした。

「今日は楽器はしないのね?」

「あ……うん」

 少女は細面の口もとも緊張させたが、一応の返事をした。募兵団と知られて、警戒しているのだ。

 その手元には、彼女自身のものらしい下着と、まだ濡れていない軍服の上着があった。

「ちょっと頑固そうな汚れね」

 軍服の首元から腹まで、黒くなってもなお血と分かる染みが、その勢いの名残を示して拡がっていた。

「またこれは、ぶちまけたわね……」

 マシーネが半ば茶化してそう言うと、少女はマシーネに顔を向けた。恐る恐るという体だが、目は真剣だ。

「どうしたらいいか分からないの。石けんとか、あるかしら。あったら貸して欲しい」

「石けんは、ないわ、さすがに」

 そうよね、と少女は呟いた。石けんは貴族が贈り物にするほどの高級品で、しかも、戦のために街に入らなくなっている。

「それにこれ、毛織物でしょう。羊毛は洗っちゃだめなのよ」

「そうなの?」

「確かそう、形が変わるのよ。煮洗いもいけないんだったかな。麻とは全然違って注意がいるの」

「そう……返さないといけないのに……」

 少女は見る間に小さくなった。それほど落胆することなのだ。

「それは困ったわね。返すって、あの、笛の上手な隊長さんに?」

「ううん、ユッタじゃないわ。本隊……補給とか、書状とか送ってくるところ」

「うそ。世知辛っ」

 マシーネがべっと舌を出すと、それは彼女の本音を代弁していたのか、少女も少し、表情を緩めた。

「いつもなら、野営の焚き火から灰を取ってくるんだけど、今は宿にいるから、もらって来られなかったの」

「曹達ね。私も使うわ」

 ゾーダ、と少女は繰り返した。

「そういえば、ユッタがそう言ってた……」

「そう。それでね、羊毛の肩掛けを洗って、半分に縮んだことがあるわ」

「え。……それで、どうしたの」

「どうにもならなかったから、切り抜いて、縫って、靴下にしたわ」

 少女はふっと噴き出した。それでマシーネも少し安堵する。

「固かったわあ。その軍服がそうなったら、困るんでしょ?」

「うん、困る。どうしたらいいのかな」

「普通は、軽く水に浸けるんだけど、血のりじゃねえ……」

 すると番台からベッケ夫人が出てきて、無言で軍服を手に取った。何度か傾けて検分し、裏地の汚れも確かめると、洗い場のさらに奥の流し場を指さした。

「流水にさらしてブラシで叩け。裏にその、下着のうち、どれか古いのを敷いて、汚れを吸わせろ」

「ベッケさん、それじゃこの子、下着なくなっちゃう」

「知らん。古布を敷かなきゃ、背中が汚れるぞ」

「あ、そっか」

 マシーネは案じたが、少女は迷わず下着をひとつ選び、軍服の腹に入れた。そしてブラシを握り、流し場に屈み込む。

 マシーネがポンプの柄を押す。ありがと、と短く言いながら、流れてくる水に上着をさらし、少女はブラシを細かく上下に動かした。

「ええと……外から、内に……」

「よく分かってる」


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