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 傭兵が少年たちを諦めたのだと確信すると、司祭セシルはほうっと長い息を吐いて、雪の上に座り込んだ。緋色の絨毯に膝を折るかのようなセシルに、司祭さま、と少年たちが恐る恐る声を掛ける。

 そこに、雪を踏む足音が近づいた。少年たちは震え上がる。

「やっぱり、無茶してる」

 木の後ろからひょっと頭を出したのはマシーネだ。続いて彼女が連れてきたキュリルとメトーデ。見知った顔に、少年二人は抱き合うばかりに腕を組んで腰を抜かした。

「すまない、セシル。遅くなった」

 メトーデが駆け寄り、セシルの肩を抱えて抱き起こした。

「いいえ。マシーネさん(フラウ・マシーネ)なら間に合わせてくれると思っていましたから」

 セシルが身代わりとなったことを少年たちがキュリル助祭に訴えるので、マシーネが手巾を出してセシルの血を拭った。

「殴られたって言うけど、顔の腫れ、引いてるわよ。聖痕のほうが出たら引っ込んじゃったのね」

「出物腫れ物みたいに言わないで欲しいです」

 セシルが軽口に答えたので、マシーネは少し安心した。すると少年たちを気遣う余裕も生まれる。

「あんたたちは大丈夫? 手、痛かったでしょう」

 マシーネはセシルの指が、聖痕の出現とともに変形していることを悟っていた。まだ青ざめている少年たちの腕を取り、もう傷や跡がないことを確かめる。それを覗き込みながら、キュリルは説教の際の恐ろしげな顔を作り、凄んだ低音で釘を刺した。

「兄ちゃんたち、今見たことを誰にも話すんじゃねーぞ。助けて貰った恩を忘れるな」

 少年たちは裏返った声で返事をした。

「お前さん、聖痕って手のひらじゃねえの?」

「そうですよねえ、何で手首なんでしょう。私、恥ずかしくて。聖痕が間違ってるとか」

「やはり脇腹も開くのか」

「今日は開きませんでしたね」

「痛いのか」

「痛いですよ。倒れていいですか?」

「奇跡で教会まで飛んで帰るんならいいぞ」

「私ごときにそれほどの徳は」

 言いながらセシルは本当に倒れた。

 辛うじてキュリルが受け止めるが、セシルは気を失っている。

「あー! いたーっ!」

 快活な声が突如響いて、僧侶たちは背をそびやかせた。姿はまだ木々の合間で見えないが、この、非難や叱責の色を含んでもなお明朗な声を持つ者は、そうはいない。

「その声は、リュックか?」

「そこにいるのはキュリルかい……わあっ、セシル。どうしたの、えらい怪我じゃないか」

 リュックはまず若者たちがいるのを目で追ったが、セシルの流血が見えると慌てて走り寄ってきた。

「動かしていいのかな、向こうに馬車が待ってるけど」

 大丈夫よ、とマシーネが頷くと、リュックはうつ伏せているセシルの腹に手を回し、ひょいと肩に担ぎ上げた。

「わあ。凄いのね」

 マシーネがおだてると、リュックはにやっと笑い、空いた左腕で力こぶを作った。

「っと、じゃないや。お前たち! 馬鹿野郎、親方めっちゃくちゃ心配してたぞ!」

 少年たちは身を縮こまらせながら、はぁいと弱り切った返事をした。

「食っていける給金を出すって、親方言ってただろ? 余所もんの訳分からん連中の口車になんか、乗ってんじゃないよ!」

「すいません……」

「こんな奴らが家やら村やら、寄越す訳ないだろ。持ってないんだから。そりゃ、誰かを殺して村を奪い取れってことだ。他人だったら、自分らと同じ目に遭わせていいのかよ!」

 少年たちは首まで縮めた。

「あと五年は親方のとこで修行して、街のやり方、金の使い方も覚えてだな……」

「ね、ちょっと。そんなに怒ったら、セシルの傷が開いちゃう」

 マシーネがやんわりと止めたので、リュックは口をぱくぱくさせたあと、説教を飲み込んだ。

「はぁ……。ま、続きは親方にな。こってり絞って貰え」

 少年たちはひぃと泣き出した。

「うん……? お前らも怪我してんの?」

 リュックが少年たちの腕に目を留めた。そこには、セシルの聖痕から流れ出た血がまだ残っている。

 怖い助祭に口止めされた少年たちは、リュックの視線に青ざめた。その助祭たちも、思わず口を噤む。

 リュックは二つ瞬いたあと、すん、と鼻をすすった。

「……ま、いっか。歩けるんだろ? 帰ったらライナーに礼を言えよ、ボクらに知らせてくれたんだからな」

 リュックは視線を、少年たちの腕に少し残してセシルを担ぎ直した。

「っしょ、っと……。さ、急ごう」

「あらっ、速いわ。本当に力持ちなのね」

「えへへ、そーお?」

 マシーネにおだてられ、リュックは頬を緩ませた。それを見て、やっと若者たちが安堵の息をつき、歩き始めた。

「……君は案外、男を転がすのがうまうぇ」

「あらメトーデ、背中に虫が止まっていたわ」

 その密やかな軽口を、リュックも聞いたかもしれない。

 気を失ったままのセシルを早く手当したくて、少年たちも婦人も助祭たちもほとんど駆け足だというのに、そのセシルを担ぐリュックはすたすたと早歩きで、涼しげな顔で街道を下る。

「セシルって軽いなあ、もっと肉つけなきゃだよね?」

「い、いや、お前さんが、おかしい」

 ほぼ同内容の軽口を度々吐くキュリルが、息の上がった声で反論する。ふ、とリュックが、明るく逞しい声で薄く笑う。


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