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「全くもう、喧しい朝だわっ」
マシーネは地団駄を踏んで罵った。
「では、今日はよく聞こえるのですね?」
「腹立つけど、あいつはまともに聞こえる。でも、肝心の傭兵や子どもたちの音はついさっきまで聞こえなかったの。危ないのはあんたの音なのよ」
表通りに戻り、門へと急ぐ。思わぬ寄り道をしたが、それでも約束の時間よりは早く到着するはずだ。
しかし、開門と同時に流れ始めたはずの旅人たちの列に、傭兵団の姿はなかった。
門番たちがセシルの姿に気づき、ああ、司祭さま、と手を振った。検問から一人が外れ、セシルのもとへ駆けてくる。
門番によると、傭兵団は開門一番に急いで出立したのだという。傭兵たちが銃を預けたままのために審査も短く、荷車に乗せられた少年たちに支給されるものもまだなく、馬に鞭打ってあっという間に出て行ってしまったと。
「司祭さまの祈祷やツンフトの方の見送りがあると聞いていたので、引き留めたのですが」
後ろ暗いわ、と呟くマシーネと、セシルは目を合わせる。
「私が引き留めてきます」
セシルが言うと、門番は驚いたようだった。
「しかし、募兵は皇帝軍の許可が……」
「ええ、少し確かめたいことがあるだけですから」
「セシル。荒っぽいことになるわよ」
マシーネが声を潜めて言った。彼女の制止が、何を予言しているのか、セシルは勘づく。
「……ですが、それならなおさら、私が行かないと」
マシーネは視線を落とした。睫毛が震える。
「……人を呼んでくるわ。あの双子ならいいわよね」
今朝は二人とも外出の予定だったはずだが、捕まってくれるかどうか。
「ああもう、あいつらの音まで聞いてなかったわ……私、何聞いてたんだろ」
マシーネはいらいらと頭をかいて走り去っていく。
門外には馬宿があって馬を貸すので、それを急ぎ求め、騎乗する。
セシルは馬の腹をぽんと蹴った。馬はゆっくり門を出て、次第に速度を速める。
街を出てしばらくは、街道に石畳が敷いてある。門前町の賑わいが徐々に始まっていて、それが減ってくれば石畳が終わる。
そこからは緩やかに下り道、谷を越えて登り道と林。その林の入り口に、荷車を牽く馬車が見えた。
荷車は、後方の騎馬が追手だとすぐに勘づいたらしく、速度を上げた。二頭立てらしく、幌付きの大きな荷台を牽いていても速さがある。だが、林に入る細道では単騎を振り切ることはできず、徐々に距離が縮まっていく。
荷台の幌をくぐり、少年が二人、頭を覗かせた。まだやや遠いが顔が見える。セシルはすっと鋭く息を吸い、その強く甘い声を前へ飛ばす。
「テオ。モーリー。帰りましょう」
少年たちは今度こそ、司祭の言葉が自分たちにこそ掛けられていることを知った。明らかに動揺する彼らを、傭兵が出てきて押し込める。
やがて馬車は林間に脇道を見つけ、それを曲がった。セシルも誘われるようにその小径へ入り、馬車を追い越し、馬を寄せる。それで馬車は馬を止めた。
セシルが馬を止めても、少年たちは降りてこない。代わりに、荷台の前から傭兵たちが外へ出た。
最後に降りた一人が前に出た。セシルも馬を降り、側の木立へと導く。
「聖マリーエン教会司祭カエキリウスです」
合掌して名乗ると、先頭の男も背を正して名乗る。
「第三中隊少尉セーケイ・ヨージェフ」
そして、冗句のつもりか、片眉を持ち上げた。
「金で雇われた傭兵です」
追従なのか、背後の男たちが小さく笑う。
「ご用件を。司祭さま」
慇懃に低く抑え、表情の読めない声。同じく、表情を表に出さない男たち。
セシルは少尉の言葉に、遠慮がちに微笑む。
「本日出立の若者たちに、自らの意思で志願しない者が含まれると聞きまして」
その言葉を聞いたのか、小さな叫びとともに少年が二人、幌の背後から飛び出した。テオフィルとモーリッツは辛うじて男たちの手を逃れ、セシルの背後に隠れる。
「彼らは私の教会に礼拝する子どもたちですので、確認に伺いました」
少し振り返り、微笑んで少年たちの顔を覗き込む。
「ねえテオ、モーリー。あなたがたは署名ができますか」
テオははいと頷き、モーリーは首を振った。
「それでは、契約書に署名したのは誰ですか?」
「彼らです」
テオが男たちを指さした。震えているが、言葉ははっきりしている。
「でしたら、こんなに急がず、ちゃんと確認しましょう? 一度、街へ戻って。ツンフトの親方と役所の法吏も交えて」
セシルは少年たちから男たちへ視線を投げた。
柔らかい言葉と声は、とても傭兵たちの収奪物を取り返そうというものには聞こえない。だが、男たちはゆっくりと歩き、セシルと少年を取り囲んだ。
身軽なのか、テオは戦きながらもセシルの背後に身を隠す。一方のモーリーは恐怖で動けない様子だ。
そのモーリーの腕をセシルは取り、握った。
固く。




