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街壁の門が閉まってからでも街中の居酒屋に灯りは絶えない。
街門を閉じているから、街中の通りは多少自由が利く。日暮れに仕事を上がった人々が、食事とビアでだらだらと仲間と過ごす。帰る気があるのかないのか、返す気も果たしてあるのか。夜が更ければ市警が回るとはいえ、居酒屋のほうでも、宿泊客に食事を出す名目で、いつまでも酒を出す。
働く者たちが相手の酒屋ならなおさら遅くまで安酒を出す。旧市街ならツンフト通りの裏手や街門の南手、新市街は運送屋の多い河川沿いに、そうした店が並ぶ。
その居酒屋は近頃にわかに忙しくなった。奢ってくれる誰かを待ち続ける年寄りを閉め出し、新しい客を次々に座らせる。
あの募兵団の傭兵たちが、若造を集めて酒を奢っているのだ。
旧市街の中心、都市の機能が集中する一等地の豪華な宿屋を、募兵団は拠点にした。皇帝の書状がものを言ったのだと誰もが思ったし、その詰め所だけでも見てみようと興味が湧くのは、人の身には自然なこと。
その募兵団が居酒屋で酒を振る舞う。しかも近くの町のビアだけでなく、皇帝に納めるようなラインガウのヴァインを出してきて飲ませる。仮に半分以上そこらのヴァインを混ぜていたとしても気分がいいし、そもそも近年は畑が荒らされてヴァインが手に入らない。肉料理も作らせ、居酒屋では仕入れきれない食料は、軍隊の旗をつけた舟で運んで来た。
滅多にどころか死ぬまでにもできそうにない贅沢は、あっという間に街中の噂となって広がった。青年が少年を連れて酒場に行く。一度くらいならいい目を見てもいいだろうという気持ちで。
行ってくれるなと家族に泣きつかれないまでも、やめておけよ、と雇い主や友人に言われない若者たちが、毎日通うようになる。
時には楽士を雇っていることもあり、運が良ければ、日ごとに各所の居酒屋を回るという中隊少尉ヨージェフが来ていて、広場で弾いたあのフィーデルを披露するのに巡り会う。
「あれ演って下さいよ少尉、あれ」
酔った息で、若者と肩を組みながら囃すために、毎回傭兵が三人ほど配置される。ヨージェフという異国調の名前を言えなくて、大抵彼はヨーゼフ少尉と呼ばれて通っている。
彼はまた見るからに東方ジーベンビュルゲン辺りの出身という面立ちで、哀愁あるうす碧の切れ長の瞳、すらりとした瓜実顔が長身に乗っている。言葉少などころかほとんど喋らないが、傭兵稼業で遠方からやって来て、言葉で話すのはまだ苦手なだけだと思わせる。それは、若者が酔いに任せて日々の不満を垂れても、厳めしいが人を責める気配のない顔で頷き、真剣に聞いているから。そういう異邦人はまた、いくらでもいるのだ。
そして求められれば、少ない表情ながらに頬を微かに緩め、フィーデルを抱えて立ち上がる。手を打つ観衆にさっと一瞥を投げる時には、さすがに少し笑んでいる。
そして弓を走らせる。
郷愁の慟哭。
ひと弓で彼は、心を奪う嘆きの息をフィーデルに歌わせる。
続いて音が階を上がり、まだ上がり、上り詰めたと思った瞬間、再度地に伏す。まるで彼らの日々の心詰まりを聞き届け、彼らの代わりに歌うかのように。
彼は少尉であり楽士である。己の作業の効果を熟知している。
そして東方の技術を持つ楽士である。居酒屋で奏でる自らの募兵音楽の効果を理解している。
跳ねるように明るい拍子で、楽しく勇ましく心を弾ませるチャールダーシュが、次の曲の初音で突如、悲壮の低音に弓を引く。
ガイゲやフィーデルの音は人の声に近い。高音に哭き、低音に呻くと、聞く者の心はそれが自分の声かのように嘆くのだ。
酒の杯を握って黙りこくってしまう若者の肩を、傭兵たちが優しげに叩き、その身の不幸に何が効果的か囁く。それは金であったり、居場所であったり、将来を誰かが保障することであったりする。
素面では恐ろしくて決断できない若者たちも、フィーデルの音があれば、残った酒を呷って契約書に署名する。大抵は傭兵にアルファベートを確認させながら、あるいは自分では書けないのでペンを傭兵に預け、名前を書かせるのだ。
少尉ヨージェフもまた傭兵である。彼は自らの仕事を知っている。
フィーデルを愛していないわけではないが、喜びのために奏でるのではない。




