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自身にとっては気がかりな朝でも、司祭セシルはそれを顔に出さない。共に朝課をこなす同僚も、朝から礼拝に訪れる人々も知る必要のないことだし、祈る神は既にご存知だからだ。
そう思っていたが、街の旧市街、街門のある西の空から、常からぬ楽の音が聞こえてきて、セシルは自らの予想が甘かったことを悟った。街の人々には、少し警戒を促す方がよかったかもしれない。
あの募兵団がグロッケンシュタットの門をくぐったのだ。言葉通りの鳴り物入りで、恐らく本来は朝の開門一番に、鐘の代わりに鼓笛を鳴り響かせたかったのだろうが、正午が近づいたこの時間でも、仕事の手を止めて多くの人々が耳を傾けるだろう。
募兵団は二十人ほどの隊列で、先頭で高らかに縦笛ブロックフレーテを鳴らすのは、昨日言い合いをしていた小柄な男だ。その後ろに三人、同じ軍服様のモールが縫い止められた上衣の青年が続く。一人は太鼓を打ち、次の男は旗を持つ。その後ろの男は悠々と提琴を担ぎ、弓は未だ提げている。それに十人ほどの、まだ子どものような若者を含めた傭兵と、六人の少女が付き添っていた。少女たちは綺麗な白い布の服を着て、鈴や手琴をちゃらちゃらと鳴らしている。
それが、広場や辻ごとに演奏しては募兵の書状、彼らが言うには皇帝の印璽付きというのを読み上げながら、市街の中へ中へと行進するらしい。
徐々に近づいていた鼓笛の音が精霊橋を渡って新市街に達し、隣の庁舎広場を出たらしいのを聞き、終わりかけていた書類を急ぎ片付け、セシルはマリーエン広場まで隊列を見に出た。
縦笛は鳩のように、愛嬌ある音で羽ばたいて宙を舞う。とても速い。
先頭の笛吹きは、近づくとかなり華奢なのが見て取れた。頬骨が少し浮いているが、少年のような体格だ。しかし、どうも若々しくは思われない。若々しいのは後ろの男女で、むしろ彼は人を使う修練を長く積んだように見える。
小男は確かに募兵団の長らしい。自分は主旋律をフレーテに歌わせ、後列に従えた清冷な弦の音のフィーデルに合いの手を奏でさせている。
縦笛がひらりと囀り、終止の音階を鳴らした。素早く巡る音はひとつひとつが、頭から消失まで隙なく充足して潤い、息の乱れもない。そしてどこか、愛らしくて華がある。
「上手いな」
セシルは振り返った。メトーデが腕を組み、笛吹きを睨んでいたのだ。少し遅れてキュリルも追いついた。二人とも、疲れ切った苦い顔をしている。
「お帰りなさい、大変でしたね」
「めちゃめちゃ、大変だったぞ……あいつら、葬儀放っぽり出しやがって」
「やっぱり」
あの隊列なら随伴しているのは荷馬車だろうが、荷馬車は馬車ほど速くない。やっと夜明けが早まったのを実感する頃ではあるが、日が昇る頃には出発しているはずなのだ。
双子の司祭は葬儀を済ませた後、偶然町を通りがかった二頭立て馬車に乗せて貰ったのだそうだ。
「真面目に仕事してやがる」
「意外に責任重大らしいな」
司祭たちは眉間に深いしわを寄せ、遠回しに毒づく。
笛吹きは大仰な書状を広げて読み上げ、思いっきり舌を巻きながら、皇帝軍に馳せ参じるよう訴えている。
演技がかってはいるが、その声は人の波に吸われずによく響いた。昨日の口論のように汚い言葉ではなく、飾った言葉を乗せると、その高い声は人の心をくすぐった。
「喋り慣れてますね」
「笛も結構な腕前だ。どうやら偽物ではなさそうだ」
「我らが首席オルガニストが言うなら、確かでしょうね」
「嫌味か。僕はまだ助祭だ」
メトーデが照れた。
笛吹きは軍の戦いぶりだけでなく、傭兵たちに支給される物品や、戦後の報酬、新たな土地や職に迎えられる権利など、願望のかき立てられる見返りを次々と並べ立てた。始めは華麗な笛にも敬遠していた人々が、少しずつ広場に集まり始める。
やがて宣伝が終わったのか、笛吹きが音頭を取ると、少女たちが歌い始めた。それに青年らが行進の足踏みをしながら声を重ねる。
行軍歌のようだが、どことなく、誰の耳にも聞き覚えのありそうな節をしている。
「……こちらはなかなか、分が悪いな」
メトーデは冷笑したし、セシルも同じ意見ではあった。懸命に調子を合わせる少女たちの声は、愛らしくはあるのだが、声援といった体で音程がない。青年たちも怒鳴り声だ。これでは歌とはいえない。
しかし、撒かれた餌が良かったのか、聴衆はどうやら喜んで聞いている様子だ。
笛吹きが聴衆たちに近づき、拍手を煽りながら話を始めた。参加したいものはいついつにどこへ集まれ、と教えているのだ。
「まともに聞く人がいなければいいですが……」
セシルが独りごちたのと同時に、突如、キュリルが顔を上げた。
頭から湯気が立つ。色を成して怒っているのだ。
「あいっつら、いい加減に歌いやがってっ」




