096話 鍛錬
どこか見覚えのある赤銅色に輝く巨体。
ソフィーを連れ出すためにメッサー冒険者ギルドへ潜入した時。
別働隊のジャニス分隊長に駆り集められていたアレの中の1匹。
そこにいたのはレッドサーペントだった。
種族:レッドサーペント
年齢:1歳
魔法:無し
特殊能力:毒
脅威度:B
ウォルフガングの顔から表情が消えた。
そういえばウォルフガングはアノールでレッドサーペントの毒を受けたのだった。
ウォルフガングの表情は、「今度は遅れを取らない」とか「あの技を試してやる」ではなかった。
迷っている顔だった。
ということで一度溜めを作った方が良さそうだ。
ちょいちょいとウォルフガングの袖を引っ張って、一度地上へ戻ることを提案した。
地上に戻る。
そう簡単に言うが、地下5層から地上に戻るには、途中オーガを蹴散らし、マミーを蹴散らし、ゴーストを蹴散らし、ストライプドディアーを蹴散らし、トレントを蹴散らし、スケルトンナイトを蹴散らしながら戻ることになる。
深層階から浅層階へ浮上するときは階層ボスが出てこないのは有り難いが、階層が深くなればなるほど地上に戻るのがおっくうになる。
ソフィーに言われたことを思い出す。
ダンジョンに潜るときは良い。問題は戻るときだ、と。
体力気力が半分以上残っている状態で戻ることが鉄則。
ダンジョンで死ぬ要因は、難敵を攻略し切れずに死ぬのが3割。
地上に戻るとき格下の魔物に不意打ちされて死ぬのが6割。
原因不明が1割とされる。
地上に戻るときに死ぬ確率が高いのだ。
これを防ぐため、ダンジョンを持つ冒険者ギルドならどこでも『疲労が激しいときは安全地帯で1泊してから帰還しなさい』と言う。
ただし、そのためには携行する食料・水が増える。
冒険者は概してここを自己管理するのを苦手とする。
ちなみにウォーカーの場合、非常食や水や着替えなどの必需品は、必要量を大幅に超える量を私の背負い袋に放り込んで行く。
フェリックスに感謝。
地上に戻る時は、極力ソフィーと私が前面に出るようにした。
ソフィーは邪魔をする魔物に対し情け容赦なく氷槍を見舞う。
私はウォーカーに認識阻害を掛け、ゴーストに対してゾーンオブサイレンスとデ・ヒールを、魔力を使い切るつもりで掛けまくる。
今日も全員無事に地上に戻ってホッとする。
冒険者ギルド・ダンジョン出張所に立ち寄り、出ダンジョン記録を残し、テレーザに5層の情報を共有。
公表のタイミングはアドリアーナの指示を待ってね、と念押し。
今回は冒険者ギルドに立ち寄らず、直接自宅に戻った。
マリアンにただいまの挨拶をして、風呂の用意をお願い。
風呂の準備が整うまで、初見のアイテムの確認をした。
【ロッドオブウィッチ】
オーガウィッチが装備していた魔法の杖
呪文の詠唱が終わる前に魔法が発現する
長ったらしい呪文を唱えているうちに攻撃のタイミングを逸したり、
敵の先制攻撃を許すことを防ぐ
全ての属性の魔法に対応する
ウィッチと銘が入っているが、装備者は男女を問わない
【シールドオブオーガ】
オーガが装備していた大盾
武器屋で購入できる通常の大盾より硬く、軽い大楯
防御力は武器屋で購入できる大楯の1.5倍
【オーガキングシリーズ】
オーガキングが装備していた武器・防具
オーガメイス :黒光りする棍棒
オーガプレート:巨大で立派な全身鎧
オーガシールド:巨大で立派な大盾
オーガヘルム :巨大で立派な兜(角付き)
オーガメイスは長剣と同等の攻撃力だが、鎧に対する攻撃力(貫通力)はオーガメイスの方が上。スパイクが付いているからだろう。
オーガキングシリーズの防具は、大きさの割に軽く、感心した。
性能も武器屋で購入できる通常の鎧、大盾、兜よりも硬く、防御力が高い。
パーティの誰かに装着して欲しかったのだが、一番体のデカいウォルフガングですらサイズが合わない。
「ウチの前衛が使う大盾はシールドオブオーガでいいですね?」
「ああ。ダンジョン内で使ってみたが、良い感じだ」
「自動修復は付いていませんね?」
「そうだな」
「ということはいずれ壊れますね?」
「そうだ」
「予備、持ちますね」
「うむ」
ということで今回出たシールドオブオーガはウォーカー用として残すことにした。
「誰かロッドオブウィッチを使う人はいますか?」
「いや、俺は使わないな・・・」
「儂もソードオブヘスティアを持ったら不要だな」
「私もいらないなぁ」
「ソフィーは? いらない・・・ じゃ売りますか?」
「いや、手元に置いておけ」
使わずに保管することにした。
オーガキング、オーガウィッチの魔石は売らずに公爵へ献上することにした。
オーガキングシリーズの一式も公爵へ献上することにした。
「他の魔石は全部売っていいですね? じゃあ明日隣に行ってきます」
◇ ◇ ◇ ◇
冒険者ギルドが近いと何かと便利。
受付のキャロラインにどばーっとアイテムと魔石を渡した。
「あと、いつもの魔物の引き取り希望です」
キャロラインと一緒に魔物の解体場へ。
ナオミにどばーっと素材を渡した。
トレントの皮多数、ストライプドディアー多数、ブルーディア、オーガウィッチ、オーガキング。
(オーガウィッチとオーガキングの価値がわからなかったので、取り敢えず持ち帰った)
大変喜ばれた。
金額が確定次第、代金を持ってきてくれるよう頼んだ。
ダンジョンの5層の情報を伝えるため、アドリアーナと面会。
「5層はオーガ階でした」
「中ボスとして、オーガウィッチというオーガの魔法使いが出てきました。骨がありましたよ」
「階層ボスはオーガキングでした」
「角と皮が素材としての価値が高いと聞いたのでナオミに渡しておきました」
「そうそう、5層に安全地帯がありましたよ」
「はい。これハザードマップ」
アドリアーナは喜んでいた。
が、私が思ったほど喜んでいない。
何かあったなと思っていたら、アドリアーナから悩みを打ち明けられた。
◇ ◇ ◇ ◇
ウォルフガングは “らしくなく” 躊躇っていた。
レッドサーペント。
1対1なら問題無い。
ぶっ殺す。
1対多はかなり危険度が増す。
だがソードオブヘスティアを手に入れた以上、火壁・ファイヤーウォールを駆使して1対1の局面を作り出し、葬る。
いける。
問題はパーティを守りながらどうやって倒すか?
しかも複数出て来たときはどうする?
剣だけではパーティを守り切れない。
やはり鍵はファイヤーウォールだと思う。
自分が作り出すファイヤーウォールの熱量がどの程度か、パーティからどのくらい離せば危険が及ばないか、どこまでなら熱さを我慢できるのか、把握していなかった。
把握していたところで、どこまで自在に壁を制御できるか試したことがない。
下手すると味方を燃やしてしまう。
なんのことはない。
儂が一番鍛錬が必要なのだった。
うん。皆に付き合って貰うか。
◇ ◇ ◇ ◇
アドリアーナの悩みはこうだった。
いまイルアンダンジョンに挑んでいる冒険者パーティのうち、ウォーカーを除けば、先頭を走っているのは炎帝と鉄壁。
両パーティとも3層の安全地帯を拠点にレベルアップに励んでいる。
炎帝は火魔法を使う魔術師がリーダーでC級冒険者。
メンバーは全員火魔法を使い、C級冒険者とD級冒険者で構成される。
鉄壁は水魔法を使う魔法剣士がリーダーでC級冒険者。
メンバーは全員水魔法か土魔法を使い、C級冒険者とD級冒険者とE級冒険者で構成される。
炎帝のリーダーと、サブリーダーの魔法剣士(C級冒険者)が最近自信を深めており、B級昇格試験を受けたいという。
アドリアーナの見立てでは、ウォルフガングとソフィーが正真正銘のB級冒険者。
ジークフリードとクロエはB級とC級の境目。ほぼB級。
そう理解しているので、炎帝のリーダーと、サブリーダーがB級冒険者の実力を持っているとは到底思えない。
だが、アドリアーナは冒険者の経験が無いギルド長なので、ストレートに回答しても彼らは納得しないだろう。
そこでウォルフガングとソフィーにこんな時はどうしていたのか聞きたかった。
「なるほど。ウォルフガングかソフィーに来て欲しかったところ、私が一人で来たのは残念でした」
「そんなこと・・・」
「まあ冗談はともかく、そういうことならウォルフガングかソフィーに相談します。たぶん見ないで判断するってことは無いでしょう」
「お願い致します」
「もし先方が押しかけてきて騒ぐ場合は隣に使いを出して下さい。誰か駆け付けます」
「本当にありがとうございます」
◇ ◇ ◇ ◇
冒険者ギルドから帰ると自宅は熱気に包まれていた。
「今夜の客は最高だぜ!」 という意味ではなく、物理的に熱気に包まれていた。
膝を突き、ぼんやりと庭を見ていたジークフリードが、私に気付いて駆け寄ってきた。
「おお、いいところに帰ってきた」
「何ですか、これ?」
「いや、実はな・・・」
ウォルフガングの魔法訓練に付き合っている内に、かなり炙られたらしい。
よく見るとジークフリードの顔が赤くなっている。
初期の火傷だ。
ジークフリードに手を引かれて庭へ回ると、そこには巨大な炎の壁があった。
「うぉっ!!」
「ウォルフ! ビトーが戻った。一度火を消してくれっ!!」
ジークフリードが叫ぶと、一瞬で炎の壁が消えた。
ウォルフガングとソフィーとクロエが立っていた。
「おお、ビトー、良いところに戻ってくれた」
「ビトーさん、お願いっ!」
クロエが走ってきた。
クロエの装備は煤けている。
クロエの腕には初期の火傷がある。心なしか顔も赤い。
クロエとジークフリードにまとめてヒールを掛ける。
その間に何があったのか聞く。
ふむ。
ウォルフガングのファイヤーウォールの鍛錬に付き合ったら炙られた?
ウォルフガングのファイヤーウォールは想像以上に火力が強い?
ウォルフガングとソフィーがゆっくりと歩いてきた。
ウォルフガング自身が一番火傷が酷い。
ソフィーは何事も無かったような感じ。
ウォルフガングにヒールを掛けながらソフィーに聞いた。
「で、どうでした?」
「ぶっつけ本番でダンジョンの中で使わなくて正解だった」
「というと?」
「狭い通路で使われたら全員丸焦げだったぞ」
「それで制御できるようになったんですか?」
「ああ。もう自在に制御できる。さすがはウォルフといったところだな」
治癒を終えてウォルフガングにも確認する。
「感触は良いですか?」
「いや、最初は扱いにくかったぞ。今は慣れたがな」
「どう扱いにくいのです?」
「こいつが出す炎の大きさと儂のイメージがずれていたのさ。想像以上だった」
「今は?」
「自在に制御できる。安心してくれ」
◇ ◇ ◇ ◇
全員揃ったのでアドリアーナの頼みを共有した。
「B級冒険者鑑定か。俺も通る道だし興味あるな」
「わたしはあんまり興味ないなー」
ジークフリードは興味津々、クロエはどうでも良いらしい。
ウォルフガングは別の反応だった。
「お前は今後イルアンダンジョンをどうする気だ?」
「適切に管理しますが?」
「それをウォーカーでやり続けるのか?」
そういうことか。
私は公爵からお呼びが掛かったら馳せ参じる。
そのときウォーカーを連れていく可能性は高い。
アイシャ様から呼び出しが掛かったときもそうだ。
長期間イルアンを離れることもあるだろう。
その時に、イルアンダンジョンを管理する冒険者パーティが欲しい。
炎帝を鍛える必要がある。
「炎帝を鍛えてB級冒険者に昇格させましょう」




