090話 地上に戻る
安全地帯で15分ほど寝たが、私の疲れは抜けなかった。
こんなことは初めてだ。
「ビトーはメッサーのダンジョンは何層まで潜っていたのだ?」
「初層のみです」
ウォルフガングの質問にソフィーが答えていた。
「何だ。安全地帯も初めてか。それは無理をさせたな。引き揚げるぞ」
「はい」
体調を崩し始めている私を気遣って、地上に戻ることになった。
地上に戻る帰り道。
調子が上がらない。
足が重い。
夢からゆっくり覚めていくような感覚。
そして熱っぽい。
ただしソフィーに鍛え上げられているので、皆と一緒に行軍することは可能。
帰りは探索せず、一直線にダンジョン入口まで走った。
途中に出てくる魔物は剣士4人が蹴散らした。
挟み撃ちエリアでは、ソフィーは遠慮も会釈も無く、背後から迫る魔物に氷槍の嵐を叩き付けている。
私は戦闘をしないでついていくのみ。
久しぶりに地上に出た。
冒険者ギルドダンジョン出張所のテレーザに帰還報告。
冒険者ギルドフロントのキャロラインに素材売却。
脅威度C級、D級の魔物の魔石。
トレントの樹皮。(3mほど手元に残した)
スケルトンメイジの杖5本。(2本手元に残した)
スケルトンメイジの杖は火魔法を強化するなかなかの優れもの。
「あと、大きすぎてここでは出せない物があるので、巨大魔物の素材の保管庫まで来て頂けますか?」
キャロラインだけで無く、アドリアーナ(ギルド長)、カレン(会計)、ナオミ(解体)まで付いてくる。
彼女らの前で、背負い袋からデカイ獲物を次々に出す。
ミュージック、スタート。
チャラララララン チャンチャカチャッカ チャンチャカチャッカ チャンチャカチャッカ チャン。
イリュージョンである。
背負い袋の中に手を突っ込んで引っ張り出す。
ブラックサーペント8体、ストライプドディアー6体、ブルーディア1体。
全員が目を剥いて私の手元を見ている。
その袋、どうなっているんだよ。
そういう目で見ている。
「あの・・・ ビトー様?」
「楽しんで頂けましたか?」
「え・・・」
「獲物が少なくて申し訳ありません」
「そんなことではございません。ビトー様の背負い袋は一体・・・」
「手品ですよ、手品」
「・・・」
「種も仕掛けもあるイリュージョンです」
「・・・」
歯ごたえのある得物が来た、と小躍りして喜ぶナオミ。
それからアドリアーナに3層、4層の地図、ハザードマップ、そして何よりも重要な安全地帯の情報を渡す。
小躍りして喜ぶアドリアーナ。
買い取り金額は詳細に鑑定してからということで、一度引き揚げた。
ちなみにリッチの魔石、炎杖、賢者の法衣、サーペントを操る護符、白紙の護符、魔力を帯びたインクは売らない。
存在も臭わせない。
炎杖をどうするかは皆と相談して決めるが、私が持つ事になりそうだ。
賢者の法衣はどうしようか。
白紙の護符、魔力を帯びたインクはアイシャ様と話す時のアイテムだ。
◇ ◇ ◇ ◇
自宅に戻るとマリアン(ハウスキーパー)に迎えられ、風呂に入っている内に猛烈に眠くなった。 まずい・・・
這々の体で寝室まで戻るとそのまま寝込んだ。
そのまま2日間寝込んだ。
思った以上に疲れていた。
熱も出た。
リッチの呪いじゃ無いよね?
様子を見に来るソフィーには「ごめん・・・」と言いながら一日中寝ていた。
ダンジョン出土の素材を売ったお金はソフィーが受け取ってくれていた。
私に対する依頼は、私が復活するまで全てシャットアウトしてくれていた。
3日目に気分が晴れた。
朝風呂から上がってホッとしているとソフィーが入ってきて私の体調を見た。
「もう大丈夫だな」
そういって出て行こうとするソフィーを捕まえて、ベッドに引っ張り込んだ。
といってもまだ体に力が戻ってきていないので、ソフィーが押し倒された風を装って添い寝してくれた。
抱きしめ合ってぼそぼそ話をした。
「ソフィーはあのくらいのダンジョンは慣れているの?」
「いや、ここのダンジョンはキツイぞ。4層でリッチがでてくるなんて凶悪にも程がある」
「そうなんだ」
「私はリッチと相対したのは初めてだ。ウォルフガングは2回目と言っていた」
「ソフィーでも初めてですか・・・」
「ウォルフガングがリッチを抑えてくれなかったらパーティは全滅していたかもしれぬ」
「それほどだったんだ」
「お前もウォルフガングを守っただろう?」
「ええ。ほんの少し」
「だが4層は変わるに違いない。次に潜ったときにどうなっているか。今回の経験は役に立たないかもな」
「ソフィーは私の体力と魔力をモニターしているの?」
「ああ」
「よくわかるね」
「私はお前の・・・ 女だからな」
デレた。
ぎゅうとソフィーを抱きしめてキスした。
私が寝ていた間の報告を受ける。
今朝、マーラー商会本店から私宛に手紙が届いた。
私以外は開封するなとのこと。
返事を貰うまで帰れない、ということでアンナが待っているという。
ソフィーが耳打ちする。
「お前の予定が立て込んでいるので、開封と返事は夕食をとりながら、としてある。アンナは今日ここに泊まることになっている。今夜お前の女にしろ、と言いたかったところだが、その様子ではまだ無理だ。そうアンナには伝えてある」
「はい。体調が戻ってからソフィーと何度も何度も練習して、それから・・・」
殴られた。
◇ ◇ ◇ ◇
冒険者ギルドのダンジョンのコントロール。
まず2層は踏破者が出たと公示された。
踏破者は匿名希望としてある。
2層はマップおよびハザードマップを売りに出した。
マップは地図情報のみ。
ハザードマップは地図上に遭遇する魔物の情報まで記されている。
別売りである。
ハザードマップを買った方が安全のはずだが、意外とマップの方が売れ行きが良い。
そして3層は、3層へ降りる階段から安全地帯に至るまでの経路だけを記した地図を売りはじめた。
今、物凄い勢いで冒険者がダンジョンに潜っているらしい。
炎帝と鉄壁は安全地帯まで行ったという。
ただし、トレントに相当手こずるらしく、3層の探索は進んでいない。
私がくたばっていたので、アドリアーナから御礼の手紙が来ていた。
大意は、
本来なら直接お目に掛かって御礼を述べるところ、殺到する冒険者を
捌くのに手一杯で、手紙で失礼することお許し願う。
安全地帯を見つけて下さり、感謝に堪えぬ。
お陰でダンジョンの探索も一気に進むであろう。
変わったアイテムを持ち込む冒険者もちらほら出始めた。
何よりもブラックサーペント、トレント、ストライプドディアー、
ブルーディアといった、希少かつ危険な魔物がダンジョンに棲息している
ことを証明してくださったお陰で、冒険者達は探索に力が入りつつも、
無謀な探索は控えるようになり、死傷者も減った。
冒険者ギルド、武器屋、道具屋の売り上げも順調に伸びている。
今後もご指導ご鞭撻をお願いする。
公爵からも手紙が来ていた。大意は、
活躍は聞いている。
このまま励むように。
騎士団の派遣が必要になったら言うように。
報告に来い。
夕食前。
マーラー商会本店から届いた手紙を検めることにした。
まず鑑定。罠無し。
開封する。
手紙はユミからだった。
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ビトー・スティールズ様
例の品をアイシャ様に確認して頂きました。
アイシャ様はこれがあることを予想されておられたようです。
これを見つけた時の状況や、見つけた者、所持していた者について
確認をされたい、と仰いました。
いつでも古森にいらっしゃいと言われております。
マーラー商会本店 監査部 ユミ・オークレイ
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事前にソフィーに見せた。
貴族言葉と同様、すぐ来いという意味だ、と言われた。
明日出発することにした。
夕食時。
アンナは平民の正装。ドレス姿。
バッチリメイクアップされている。
私はこの世界にとばされたときに着ていたスーツ。ネクタイ着用。
洗ってあるよ?
今はスーツもウォッシャブルだし、形状記憶だし、世話無いからね。
アンナは目を見開いて私の服について聞いてくる。
「ドカチンではない仕事のときの正装です。貴族服よりもこちらの方が動きやすいのです。アンナ殿に喜んで頂けると思いまして」
喜んでもらえた。
手紙について情報共有し、明日イルアンを発つことを伝えた。
ランジェリーの売り上げは絶好調とのこと。
近々売り上げの一部を献じると言われた。
意外ではあるが、おしゃれな一分丈パンツの売り上げが大きいらしい。
食事が進むにつれそわそわするアンナ。
「申し訳ありません。私の不甲斐なさのせいであなた様に恥を・・・」
「とんでもございません。アドリアーナが無理なお願いをしてしまったばかりにビトー様が・・・ こんな年増に気を遣って頂き、感謝に堪えませんわ」
アンナは自分を年増と卑下するが、そんなお年に見えない。
いくつなのと聞くと・・・
「お若いじゃないですか」
「とんでも御座いません」
「これから何十年も公私に渡って御手腕を振るわれるお年で御座います」
「仕事に打ち込み過ぎて、気付いたら・・・」
ひたすら謙遜される。
証拠作りのため、アンナのために用意された豪華なゲストルームへエスコートしていき、しばらく一緒に談笑した。
翌朝。
ウォルフガングに後事を託し、アンナとマーラー商会の護衛2名、そしてソフィーと私、計五名が馬でハーフォードに向けて出発した。
出発前にダンジョンの素材を売ったお金をメンバーで山分けした。
本来は暗黙の取り分の決め事があり、オーナーが半分取るそうだが、今回は
「ご祝儀だ!」
といって、ウォルフガングだけ厚めにして、あとは均等割した。




