009話 世界の裏の仕組み
王宮から一つの告知がなされた。
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勇者候補生:美島鋼生は訓練中に騎士団とはぐれ、行方不明になった
王都近郊の森の中で美島鋼生と思われる遺体を発見
魔物に喰われた形跡あり
アンデッド化を防ぐため、直ちに火葬に付した
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一方、メッサーの冒険者ギルドは王都近郊の森で、身元不明の自称:ビトー・スティールズなる者を拾った。
この2つの出来事に関連は無いとされる。
◇ ◇ ◇ ◇
私がメッサーの冒険者ギルドを頼るにあたり、
1.美島鋼生は訓練中に行方不明になった
2.死体が発見され、美島鋼生と確認された
3.既に荼毘に付された
この3点について念を押された。
「お前は既に死んでいる」というやつ。
なんとなく懐かしい。
関係者は全員これを心の底から信じること。
もし誰かに美島の消息について問われたらこれを言うこと。
息をするように自然に言うこと。
これは真実である。
公文書は全て上記の通り。
これは教会の詮索を躱すためらしい。
万一魔法で探られても、心の底から信じていれば嘘を吐いたことにならない(嘘を信じ込まされている)、という配慮だそうだ。
嘘発見魔法があるんだ、と感動した。
気の毒だったのはメッサーの冒険者ギルドのギルド長。
彼には全く事情を知らないまま動いてもらった。
これも彼を教会の詮索から守るためだ。
だが私が『呪われていて力は弱いが、一応治癒能力は持っている』とわかると非常に喜び、文句を言わず匿ってくれた。
私はといえば、しばらくの間、寝る前と目覚めた直後に
「美島鋼生? 私の知り合いにはいませんね。私はビトー・スティールズです。何か?」
これを3回繰り返した。
3日もすると息をするように嘘を吐けるようになった。
ギルド長が教会に楯突いてまで私を匿ってくれるについては疑問があった。
半端な能力しか持っていない “勇者崩れの治癒士” を得て、なぜ喜べるのか?
どうしてそこまで危ない橋を渡ってくれるのか?
これはストレートに聞くとせっかくの王宮の配慮を台無しにしそうなので、ギルド長室で二人になったときに婉曲に聞いてみた。
「このギルドの神聖魔法はどんな運用になっていますか?」
すると非常に攻撃的な口調で大量の罵詈雑言が噴出し始めた。
口を挟む余地はなかった。
とりあえず相槌を打ちながら聞き手に徹した。
治癒魔法使いは神聖魔法使いと言われ、教会が独占している。
教会に治癒を依頼すると莫大な謝礼を要求される。
軽傷1箇所 ヒール1回 大金貨 1枚 (約100万円)。
重傷1箇所 ハイヒール1回 白金貨 1枚(約1000万円)。
解毒 キュア1回 大白金貨 1枚 (約1億円)。
状態異常解消 キュア1回 大白金貨 1枚 (約1億円)。
呪いの解呪 ディスペル1回 大白金貨10枚 (約10億円)。
これが確実に効くならあきらめもつく。(金持ちなら)
ところが全く効かないことがザラにある。
特にヒールは駆け出しの術者にさせるため、効かないことが多い。
『効かないことがある』のではない。
『効かないことが多い』のだ。
効かないときは何度もヒールを掛け、「10回掛けたから大金貨10枚出せ」などと詐欺まがいというか、詐欺そのものを平気でやる。
払えないと教会の奴隷にされる。
従って大金持ちか貴族でないと危なくて治癒を依頼できない。
重傷を負った冒険者が「ハイヒール1回で済む」と騙されて教会を頼り、「ハイヒール10回掛けた」と膨大な借金を背負わされ、奴隷に落ちる例がゴロゴロしている。
「有望な若手が何人闇に落ちたことか! 何が神聖だ。クソがっ!」
ここまで聞いて???となった。
何で教会は私を取り込もうとせず、殺そうとするのだろう?
私レベルでも拾っておけば、評判の悪い教会治癒士よりは使えると思うのだが。
とりあえずギルド長には散々毒を吐いて頂き、スッキリして貰うと会話が成立しだした。
「この世界に医者はいないのですか?」
「医者って何だ?」
医者について説明したが、理解してくれたかどうか怪しい。
ポーションを作る人に指図する人、と思われたような気がする。
あながち間違いではないな・・・
「農夫や商人が怪我した時はどうしていますか?」
「農夫だったら気合だ。 商人ならポーションを買うだろう」
「病気の時はどうしていますか?」
「祈祷だ」
「治癒では無く?」
「治癒魔法は怪我に強いが、病気は治せないぞ」
病を祈祷で治すというのはこの世界の共通認識らしい。
どうやらこの世界には細菌の概念は無さそうだ。
しかし治癒魔法は病気に効かないのだろうか?
治癒魔法で細菌を殺す、というイメージでどうだろう?
もしくは治癒魔法で白血球、キラーT細胞、マクロファージといった細胞達を応援するイメージでどうだろう?
内臓の炎症を内臓の怪我と見ればどうだろう?
成人病的な病は状態異常ということで一括りにできないか?
想像するとなんだか楽しくなってきた。
「病気に強い種族や国はありますか?」
「病気に強い種族は聞いたことはないな。病気に強い国は『聖ソフィア公国』だな。あそこは病からの快復率が高いと有名だ」
行ってみる価値がありそうだ。
◇ ◇ ◇ ◇
ギルド長の把握されている範囲で良いので、と断って、教会の治癒士のレベルを聞いてみた。
教会の治癒士の治癒能力は
駆け出し:カウントの対象外
司祭 :ビトーと同じか、それ未満。つまりヒールを使えるかどうか
司教 :皆が期待するレベルのハイヒールを使えるはずだが、怪しい
大司教 :皆が期待するレベルのキュアを使えるはずだが、怪しい
枢機卿 :皆が期待するレベルのディスペルを使えるという噂だが、見たことはない
教会に治癒を頼むと、どれほど深い傷であっても最初は駆け出しの治癒士に治癒させる。そして空振りに終わる。これも料金に含まれる。
順番に司祭、司教と出てくるので、無駄金を払うことになる。
ギルド長が私を匿うのは、教会の食い物にされる冒険者を減らしたい、という目的のためだった。
教会が私を取り込もうとせず、殺そうとする理由が聞けたのは、もう少し先だった。
◇ ◇ ◇ ◇
私は治癒能力のテストをされることになった。
殺風景な部屋に移動した。
ちなみに神聖魔法と言ったらギルド長に大声で否定された。
「『神聖魔法』なんて言葉は使うな。『神聖』が穢れる」
まあ、否定はしない。
ちなみに神聖ミリトス王国以外の国では『光魔法』または『治癒魔法』と言う、と教えてくれた。
ギルド長が「怪我人を連れてこい!」と怒鳴ると、まだ若い男の重傷者が連れてこられた。
包帯をはずされると右の二の腕がザックリとやられており、前の世界の感覚では二重か三重に縫わねばならない感じ。
骨は大丈夫そうだが、あと少しで傷は骨まで届きそうな深さだ。
傷口から血があふれ出てくる。
「治せそうか?」
「やってみます」
傷の深さにたじろいだが、騎士団員の傷を見慣れていたので慌てずに済んだ。
辛いのは私じゃない。怪我人だ。
そう自分に言い聞かせて心を落ち着かせた。
まずはやってみよう。
悩むのは失敗してからだ。
素人なりに人体(上皮、真皮、筋肉、腱、血管、骨など)をイメージする。
そして丹田に魔力を貯める。
全身に魔力を充填する。
傷に手をかざす。
傷が治っていく過程を具体的にイメージする。
イメージを崩さないように精神集中。
ソロソロと傷に魔力を流す。
呪われて以降、私の魔法の発現は遅い。
だが一呼吸置いた後、傷口がぼんやりと光を纏ったので治癒は始まったのだろう。
教会治癒士並みの大失敗では無いはずだ。
魔力も傷口へ流れている感じがする。
ちょっと怖いのは、傷が底なし沼のように魔力をのみ込んでいく感じがすること。
私の魔力量は大丈夫だろうか?
精神の集中を途切れさせないように注意しながらゆっくりと呼吸する。
このあたりの呼吸の加減は難しく、慣れないと一気に集中が切れる。
慎重に。
ゆっくりと。
深い傷の奥からゆっくりと肉が盛り上がり、薄く皮が張り始めた。
うまく血管はつながっただろうか。
痛みを堪えて唸っていた冒険者の表情が和らいでいくのがわかった。
治癒はうまくいったようだ。
痛みが和らぐとそれまでの疲労がいっぺんに出たのだろう。
スイッチが切れたように冒険者は眠ってしまった。
◇ ◇ ◇ ◇
治癒を終えた冒険者を別の部屋に運び、こぼれた血を拭き取り、血まみれの包帯を処分するなど後片付けを済ませ、白湯を頂きながら治癒成功を噛みしめていた。
今回治癒した傷はかなり深かった。
私は外科医のように血管をつなぎ合わせるとか、腱をつなぎ合わせるといったところまではイメージできない。
だがぼんやりと、お前たち(血管や腱や筋肉)のことを忘れていないよ、とイメージするだけであとは魔法が治癒してくれた。
おそらくだが、治癒魔法は魔法が直接治癒するのではなく、怪我人自身の持つ自然治癒力を強力に後押しするのだと思う。
そう考えると辻褄が合うような気がする。
成功してほっと一息を付いていると、冒険者を見届けたギルド長が治癒室に戻ってきた。
ギルド長からは丁寧な礼と賞賛を頂いた。
「本当によくやってくれた。最近ではまずお目に掛かれない水際立った治癒だった。教会の治癒士ではこうはいかん。素晴らしい治癒を見させて貰った」
「恐れ入ります」
「奴は剣士だ。利き腕だったからポーションでは1ヶ月は活動できなかっただろう。後で色をつけて代金を回収しておく。お前を冒険者ギルド専属治癒士として迎える。ただし治癒士としての存在は公にできないから、ギルド職員とする。ギルド内に闇の処置室とお前が住む部屋を用意する」
「ありがとうございます」
「うむ。励むように。 ところでおまえ無詠唱だな」
ギルド長、気付いたのか。
「そりゃあこの年になってドヤ顔して『慈悲深き女神の息吹よ・・・ なんたらかんたら・・・ 女神の祝福を【ヒール】』なんて唱えている自分を想像すると、恥ずかしくて変な笑いが漏れますよ。 その上失敗なんかしたら首吊りモノでしょう?」
ギルド長は大笑いして肩を叩いてくれた。
理由はギルド長に話した事以外にもある。
呪文を唱えるのと同時に魔法が発現するなら唱えても良いのだ。
だが私の場合、唱え終わってから1~2秒後に『じわ~』と魔法が発現する。
この間が大変間抜けであり、失敗したように見える。
というか、自分自身「失敗したか!?」と思う。
その結果、自分で勝手に精神の集中を乱し、失敗する。
無詠唱なら問題の1~2秒を自分の中で溜める事ができ、むしろ集中を高める作用をもたらす。
私は無詠唱のほうが成功するのだ。
もう一つの理由。
私は傷が塞がっていく過程を見ながら必要なだけ魔力を流していく。
意識してそうしているのでは無く、遅いので自然とそうなる。
ヒールならヒール1回分だけ魔法を掛ける、という訳ではない。
だから私自身の中ではヒールとハイヒールの境が無い。
だから下手に詠唱しない方が良い。
とにかく。
名前を偽ってメッサー冒険者ギルドに就職した。
私のこの世界での仕事は “メッサー冒険者ギルドの治癒士” になった。
衣食住を確保した。
金を稼ぐ目処が着いた。
転職成功である。