089話 イルアンダンジョン4層
3層の階層ボス部屋の前にいる。
念のためウォルフガングから全員に確認。
「安全地帯を出る時にも確認しているが、体調の悪い奴はいないな?
魔力も体力も回復しているな?
隊列は儂、ジークフリード、クロエが前衛だ」
「質問があります」
「なんだ。言って見ろ」
「中にいるのはトレント系でしょうか、ディアー系でしょうか。それによって突入後の隊列の入れ替えもあり得ると考えた方が良いでしょうか? 鑑定の出番はあるでしょうか?」
「トレント系もディアー系も攻撃魔法を使わないのでな。この隊列は変わらないと考える。それからボス部屋では擬態している事はないと思う。侵入者も階層主がいるとわかって入ってくるからな。鑑定は余裕があれば常にしなさい」
「了解しました」
「では入るぞ。 3,2,1 それっ!」
部屋の中には巨大な鹿が1頭いた。
種族:ブルーディアー
年齢:1歳
魔法:無し
特殊能力:魔法攻撃耐性
脅威度:C+
ブルーディアー。
ストライプドディアーの上位種。
とにかく巨大でHPを大量に持つ。
肩高2m。
体重2tクラス。
そして巨大な角を持つ。
ヘラジカの魔物か。
毛並みが青い。
丁寧に処理すればかなり美しいのではないか。
すぐに我々を襲ってくるのではなく、こちらを見ている。
ウォルフガングが対処法を示した。
「ソフィーは前衛にまわれ。
とにかく剣でHPを削り切る。
魔法による攻撃は、あのデカイ角で無効にされる。
ビトーとマロンは戦いに参加してはならない。
前足切りも封印だ。
安全第一だぞ。 いいな!」
それからウォルフガング、ソフィー、ジークフリード、クロエがブルーディアーを囲んだ。
魔法を使わず剣だけで、慌てず、急がず、安全第一。
むしむしとHPを削りに掛かった。
ブルーディアーは角を振り回し、前足を踏み鳴らし、後ろ足を蹴り上げて暴れたが、動きはさほど速くない。
ブルーディアーが動くのに合わせ、我々は部屋の中を行ったり来たりしている。
戦っているメンバーは、とにかく慎重に立ち回っている。
10分ほど戦いを見ていて、やっと気付いた。
ブルーディアーの戦い方は、敵を壁に追い詰めて体を押しつけてつぶすこと。
敵を床に転がし、馬乗りになって押しつぶすこと。
角を振り回すのも、前足を踏み鳴らすのも、後ろ足を蹴り上げるのも陽動だ。
皆が慎重に戦っている理由も、前足切りが駄目な理由もわかった。
大量に持つHP頼みで、相打ち覚悟で捨て身の戦法を取るのだ。
20分ほど戦うとようやくブルーディアーに疲れが見え始めた。
戦いが始まって30分。
大木が倒れるようにブルーディアーが倒れた。
だがまだ目が死んでいない。
ソフィーから皆に注意。
「うかつに近づくな。コイツはまだ角を振り回す力が残っている。下から攻撃されるのでちょっと厄介だ」
「ではどうすれば・・・」
クロエが焦った様子で聞く。
せっかくここまで削ったのに、という心の声が聞こえる。
「ビトー、とどめを刺してくれ」
「はい」
私はブルーディアーの視界の外へ行き、そこで自分に認識阻害を掛けた。
そ~っと近づき、ショートソード・アクセルを喉に突き刺し、急いで飛び退いた。
「グエーーーー」
なんとも嫌な声を上げ、ブルーディアー横になったまま暴れたが、やがて生命が失われていった。
鑑定で確実に死んだと分かるまで、近づかなかった。
宝箱は出なかった。
どうやらブルーディアー自体が宝物らしい。
ブルーディアーは、巨大な角、美しい毛皮、魔石、大量の肉を持ち、いずれも高級品とのこと。
アドリアーナが喜ぶ。
ナオミも喜ぶ。
ダンジョンに吸収される前に、丸ごと背負い袋 (アイテムボックス)に収納した。
ボス部屋の先に通路が続いている。
先に進むと雰囲気が変わってくる。
森の中のイメージから、再び洞窟のイメージにもどる。
初層、2層と違うのは、壁の色が暗いこと。
元々ダンジョン内は薄暮の世界だが、初層、2層が昼だとすれば、ここは夜の世界だ。
遠くにぼんやりと階段が見える。
だが、階段の手前に見慣れた奴がいる。
スケルトンメイジ。4体。
まだ遠いので奴らの索敵範囲に入っていない様だが、入った途端攻撃魔法を撃ってくるはずだ。一同立ち止まったところでパーティ全体に認識阻害を掛けた。
ウォルフガングとソフィーが遠目に見て相談している。
「今更スケルトンメイジだと・・・」
「変ですね」
「ああ、次の階層は訳ありかな」
「撤退の判断は早めにお願いします」
「ああ」
「あの杖」
「あの様子は火かな」
「私もそう思います」
「ここで魔法を使い始めるか?」
「ええ、ビトーにさせましょう」
「何か良い手があるのか?」
「そういえばリーダーはイルアン攻防戦のとき、ビトーがスケルトンメイジを潰したところを見ていませんね」
「知らんぞ」
「ではご覧に入れましょう」
私が呼ばれた。
状況を説明され、何をすべきか理解した。
早速タクトを取り出し、私としてはかなり大きな魔力を込め、タクトの先端から細いレーザーを照射した。
左端のスケルトンの胸に赤い点が現れる。
位置良し。
出力をグッと上げる。
レーザー光がスケルトンを貫く感触がある。
そのまま右にズイッと動かすと、スケルトン4体の上体がズレ、やがてバラバラになって砕け散った。
魔石回収。
ウォルフガングとソフィーが、スケルトンメイジが持っていた杖を確認していた。
4層へ降りる前に作戦会議。
「4層にはスケルトンメイジがいるだろう。このスケルトンは火魔法を使う」
「もし奴らの方が先に我らを見つけると、ファイヤーボールの先制攻撃を受ける」
「暗いのでマロンに頑張って貰うが、100%の保証はない」
「そこでだ。ファイヤーボールを弾く手段を持っている者は手を上げろ」
ウォルフガングとソフィーとクロエが手を上げた。
「よし、この3人が前衛になる」
「それからビトー以外で魔力量が半分に近づいた者がいたらすぐに言え」
「いないな? では降りるぞ」
4層へ降りた。
道が左右に分かれているところは左手の通路から進んだ。
しかしこの階層は暗い。
ダンジョンの中が明るいのはダンジョンの七不思議だが、それに慣れてしまうとこの階層の暗さは不安になる。
ゆっくり進むと通路右手に部屋がある。
部屋の中が明るいので覗いてみるとスケルトンメイジが1体、ブラックサーペントが1体いる。
ウォルフガングの合図で階段の位置まで戻る。
もう一度作戦会議のやり直し。
ウォルフガングの説明によると、スケルトンメイジとブラックサーペントは、魔物としての成り立ちや方向性が全く異なる。
あのように一緒にいて攻撃し合わないということが考え難いという。
「どう思う?」
「スケルトンメイジがブラックサーペントを従えているようにみえました」
「そうだ。そうなんだが・・・」
「普通は考えられません」
「う~む」
「アイシャ様へ送った護符・・・」
「そうだ。それだ」
「この階層に秘密がありそうですね」
「よし、まず奴らを狩ってみよう」
もう一度先ほどの部屋の前まで行く。中を伺うとまだいる。
「一気に踏み込んで片を付けるぞ」
「はい」
「儂がブラックサーペントを倒す。ソフィーとクロエでスケルトンメイジを頼む」
「はい」
「可能な限り魔法を使わずに倒して欲しい」
「承知しました」
「行くぞ」
ウォルフガングを先頭に部屋の中に飛び込んだ。
あのダッシュの速度だった。
続いてソフィーも飛び込んだ。
やはりあのダッシュだった。
ウォルフガングは一瞬でブラックサーペントに肉薄すると、ロングソード・アクセルを一閃した。
ブラックサーペントは時間が止まったようだった。
やがて巨大な鎌首がずり落ちてきた。
ブラックサーペントに比べ、スケルトンメイジは反応が早かった。
杖を構えようとした。 が、そこまでだった。
ソフィーは杖ごとスケルトンメイジの首をはねた。
スケルトンメイジの首が飛んで後ろの壁に当たり、頭蓋骨が粉々に砕けた。
その後、断末魔のブラックサーペントの胴体が暴れ回るのを離れてみていた。
ブラックサーペントが落ち着いてから部屋の中を探索した。
まずはスケルトンメイジから。
右手に持っていた杖に何かがぶら下がっている。護符らしい。
鑑定するとサーペントを操る呪いの護符。
アイシャ様へ送ったものと同じものと思われる。
ブラックサーペントは、外見はおかしなところは見受けられない。
牙、毒袋、皮、魔石、肉。全てが素材として価値が高いので、ダンジョンに呑まれる前に背負い袋に回収した。
スケルトンはダンジョンに呑ませ、残った護符と魔石を背負い袋に回収した。
さてこの先どうするか?
「ビトー以外、魔力は?」
「大丈夫です」
「疲れていないか?」
「問題ありません」
「よし、探索を続ける」
「何か私の扱いが雑じゃありませんか?」
「お前の魔力、体力はソフィーが管理している。安心しろ」
「?」
「お前が気付かぬうちに、お前以上に詳細に管理している」
いつの間に・・・
4層ではスケルトンメイジ+ブラックサーペント退治が続いている。
最初こそ虚を突いた急襲で瞬殺したが、それ以降、不意打ちできずにいる。
最初のブラックサーペントの断末魔の騒ぎが伝わったのだろう。
そして不意打ちできないことからクロエとソフィーが魔法を使い始めている。
ブラックサーペントがバンザイアタックをしてくる隙にスケルトンメイジが火魔法を放ってくるので、どうしても使わざるを得ないのだ。
じわじわと魔力も減らされていった。
そして遂に階層ボス部屋らしき扉の前についた。
「さて、この流れで行くとボス部屋には魔法攻撃してくる奴がいるはずだ」
「スケルトンと同系統となるとアンデッドでしょうね」
「何と読む?」
「安全サイドに予想すれば、レイス、またはリッチでしょうか」
「なるほど。奴らなら知能が高い。人語も解する。使い方をレクチャーした上で護符をスケルトンに与えられるというわけか」
「ええ」
「リッチが相手となると魔法の撃ち合いでは分が悪い。一気に乱戦に持ち込まねばならん。ということで、みな力を込めろ! 悠長に敵を見定めている暇は無いはずだ。いきなり全開で剣戟、魔法、どちらも撃てるように準備!」
ウォルフガングはロングソード・アクセルの柄に付いている魔石に魔力を流し始めた。
ソフィーはロングソード・アクセルとは別に、いつでも氷槍を撃つ準備。
ジークフリードは砂の入った革袋を出した。
クロエはいつでもウィンドカッターを出せる状態。
「ビトー、お前が扉を開けろ。
開けたらすぐに前に倒れて伏せろ。我々がお前を踏み越えていく。
すぐ起き上がり、ヒールが必要な者にヒールを掛けろ。
余裕があればデ・ヒールで攻撃しろ」
「では行くぞ、3,2,1 GO!」
ガバッと扉を押し開け、そのままの勢いで前方に倒れ込んだ。
チラッと見えたのは、スケルトンメイジ達の中に豪華なガウンを羽織ったスケルトンっぽい奴が1体いる。
あれがリッチだな。
と思う間もなく4人が突撃していった。
咄嗟に「まずいっ!!」と思った。
中にいたのはリッチ1体。スケルトンメイジが5体。
ウォルフガング、ソフィー、ジークフリード、クロエは1対1で敵に付いている。
フリーの敵が2体いる・・・
必要なのはデ・ヒールではなく・・・
ウォルフガングの後ろに回り込んで魔法を放とうとするスケルトンメイジ2体に対し、
「うおおおおおおおお」
と、わざと大声を上げて突撃した。
注意をこちらに向けようという算段だった。
そして私に注意を向けたスケルトンメイジ2体に対し、ゾーンオブサイレンス(無音空間)を当てた。
これは多少賭けの要素があった。
スケルトンメイジが魔法を使う時、実際に呪文を唱えているのかどうかわからない。
スケルトンに舌があるようには見えない。
普段から脳内だけで詠唱が完結していれば、呪文を封じても、きっと魔法は撃ててしまう。
だが、僅かでも「いつもと違う!」と動揺してくれれば魔法は発現しない。
魔法はそういうものだ。
スケルトンメイジの持つ杖の先から炎が出かけて消えた! 成功だ!
私の横を黒い弾丸が飛んでいった。マロンだった。
マロンはスケルトンメイジに体当たりすると喉笛に噛みつき、頸椎を噛み砕いた。
ガラガラと音を立ててスケルトンメイジが崩れ落ちる。
もう一体のスケルトンメイジも難なくマロンが倒した。
ソフィー、ジークフリード、クロエはあっさりとスケルトンメイジを倒した。
ウォルフガングがリッチと組み合っていた。
リッチ、強い!
ウォルフガングはリッチが呪文を唱える隙を与えず、息もつかせぬ剣戟を加えていく。リッチは杖で防戦一方だ。
ロングソード・アクセルの剣戟を受けて折れないのだから、あの杖は魔法で強化しているのだろう。
だが、ウォルフガングの剣戟を受けている!
魔法使いなのにウォルフガングと接近戦をして引けを取らないとは・・・
どうやらリッチはウィンドなら無詠唱で使えるらしく、でロングソード・アクセルの剣戟の威力をやわらげているようだ。
だが、リッチから攻撃に出るほどの余裕はないらしい。
やがてリッチを取り囲んだウォルフガング、ソフィー、ジークフリード、クロエがガシガシと剣戟を入れ始める。
リッチもウィンドで防いでいるが、ゴリゴリとHPを削られる。
だがリッチは諦めていない。奥の手がありそうだ。
リッチが何かをする前に片を付けてしまおう。
私はリッチをゾーンオブサイレンスで包み込み、デ・ヒールを掛けた。
リッチが凄い目で私を見た。
私に向かって腕を伸ばし、何かをしようとした。
その瞬間、ソフィーの長剣がリッチの脳天に潜り込んだ。
グスッ!
リッチの頭蓋骨に刃がめり込む音が聞こえた。
「キシャアアアアアアアアアアアアアアアア・・・・」
異様に響き渡る断末魔の叫び声を上げ、リッチが崩れ落ちた。
何という声を出すのだ!
脳内に金属を差し込まれるような絶叫だ。
一命を賭して魔物をおびき寄せたのか?
新たに魔物が湧いてくるかもしれぬということで、すこしの間、円陣になって警戒を続けた。
ボス部屋で手に入れた物は興味深い物だった。
まずリッチの魔石はBランクだった。
リッチの杖と法衣が残された。
呪いの品のような気がしたので触れたくなかったが、鑑定したら呪いはなかった。
【炎杖】
火炎樹から削り出して作られた杖。
火魔法の素質がない者でも火魔法を扱える。
火球、火矢、火槍、火壁を扱える。
【賢者の法衣】
魔法で強化された最上級の糸で織られた布を使い、魔石をふんだんに織り込んだ法衣。
防御+20(フルプレートメイルに近い)。
呪い耐性(強)。
自動修復機能(中)。
防御に特化した法衣だった。
火炎樹って何だろう?
ソフィー先生に聞いてみた。
「ノースランビア大陸のほぼ中央を南北に走るランビア山脈はわかるな。その主峰である活火山の麓に生える樹木だ」
「・・・」
「生育環境は常に有毒ガスに晒されている。時には火山弾、火砕流、熱雲も浴びる。生えている環境からして普通の植物ではない。トレントのような樹木系の魔物と考えられている」
「そんな木を伐採して杖を作る仕事があるんですね」
「ない」
「?」
「誰がそんな物を伐採できるというんだ・・・ 火炎樹から炎杖を作る過程は謎だ」
火炎樹自体はともかく、生育環境が脅威度Aだそうです。
そのくらいの危険を冒して杖を作れる奴がリッチになれる、ということなのかな?
なりたくないけど。
宝箱らしき物があった。
鑑定すると罠無し。ソフィーに開けて貰った。
中から出て来たのは白紙の護符が20枚と魔力を帯びたインクだった。
これを使えばサーペントを操る護符を作れるという訳か。
リッチはそんな知識を持っていたのか、それとも誰かに教えられたのかな。
そのほかに、スケルトンメイジの魔石と、破壊されていないスケルトンメイジの杖3本を手に入れた。
部屋の奥に通路が続いている。
足を踏み入れると、洞窟であることは同じだが、再び昼をイメージする明るさ、壁の色に変わっていた。
先頭を行くマロンが止まった。
まだ下層階への階段は見えない。だが何かがいるらしい。
かなり遠いが人影が見える。
角がある?
遠くから鑑定すると、
種族:オーガ
年齢:1歳
魔法:-
特殊能力:人語理解
脅威度:Cクラス
鑑定で5体ほどいることがわかった。
「5体か・・・ 一端引くぞ」
「は」
3層のセーフティゾーンまで戻ることにした。
4層を抜ける時、魔物が1匹もいなかった。
おかしい。
ダンジョンが変わろうとしているのかもしれない。
ウォルフガングの指示で、急いで走り抜けた。
3層はいつも通りだった。
トレントとストライプドディアーは元気にかくれんぼをしていた。
本来ならダンジョンの外まで一直線に走り抜けるところらしいが、私の様子を見ていたソフィーが3層のセーフティゾーンで一旦休憩するよう進言した。
セーフティゾーンに入ると急に疲れを感じた。
非常食を取って寝た。




