080話 イルアン攻防戦1
あの日以来ジェームス子爵は姿を消した。
ああいう小悪党は放っておくとなにがしかの悪事を働く。
そして悪人同士つるむ。
より大きな悪事を行う。
可能な限り早く始末しておいた方が良い。
そうウォルフガングに言われたが、どうせよというのだ。
とりあえずマーラー商会のアンナにジェームス子爵の情報を集めてもらうことにしたが、にわかに足取りは掴めなかった。
我々「ウォーカー」はイルアンに本拠を移した。
村長に挨拶に行ったが、予算云々はまだ言わない。
村周辺の治安維持活動を開始した。
だが魔物が一匹もいない。
命からがら逃げ帰ってきた「大角」のリーダーの報告とずいぶん違う。
「おもしろい」
「ええ。原始ダンジョンらしくていいじゃないですか」
ウォルフガングとソフィーは変だと思っていないようだ。
ジークフリードとクロエと私 (とマロン)の為に講義してくれた。
「原始ダンジョンはコロコロ変わる。それは聞いたな?」
「はい」
「これもその一つさ。大量に魔物を吐き出したかと思うと、次の日にはだんまりを決め込む。だがこれはデカイ動きがある前兆だ」
「今のうちにダンジョンの入口の位置を確認しておきますか?」
「うん。それもいいな」
マロンを先頭に黒森方面へそろそろと進む。
「あった」
ダンジョンの入口は、最後に見た位置から500mほどイルアンに近づいていた。
そして予想外のものがあった。
貴族のものと思われる豪華な剣が見つかった。
付近を捜索するとジェームス子爵の死体が出て来た。
死因はスケルトンによって負わされたと思われる刀傷。
そして興味を引くのは死体の近くに “護符” が落ちていたこと。
ウォルフガングもソフィーもこの護符は見たことがないという。
鑑定してみる。
どうやらサーペント系の魔物を操る呪が書かれているらしい。
入手経路は不明ながら、子爵はこれを使って魔物を操ろうとしたように見える。
そして素人らしく、魔物なら何でも良いと思いこんでスケルトンを使役しようとし、逆に殺された。
こんな場所で子爵が魔物を使役しようとした理由は何となくわかる。
私達を暗殺しようとしたのだろう。
恐怖に顔を歪ませ、何かを叫びながら死んだようだ。
おそらく「話が違う!」とでも叫んでいたのだろう。
こんな奴がアンデッド化すると困る。
死体も剣もダンジョンの中に放り込んでダンジョンの肥やしにした。
このことはウォーカーのメンバー内だけの秘密にした。
◇ ◇ ◇ ◇
ジェームス子爵の黒い噂を大量に聞き込んだアンナが、えらく心配してイルアンまで報告に来てくれた。
ジェームス子爵はリオーズ商会と繋がっていた。
これは複数の商会で確認した。
確報である。
ジェームス子爵とリオーズ商会が繋がっていた時期は、公爵夫人とマチルダ様が呪われていた時期に重なる。
同じくジェームス子爵とリオーズ商会が繋がっていた時期は、リオーズ商会とミリトス教会の関係が疑われ始めた時期に重なる。
ジェームス子爵は、リオーズ商会が雲隠れした後、呪いを解く方法を探し回っていた。
リオーズ商会にだけ商品を卸していた商会がある。
ウラジミール商会。
ウラジミール商会もリオーズ商会と一緒に雲隠れしたが、一時、事後処理要員が残っていた。
ジェームス子爵がウラジミール商会の事後処理要員と接触していた。
ジェームス子爵はハミルトン村の予算申請に関わっていた。
最近のジェームス子爵の足取りが掴めない。
なるほど。
おおよそ見えました。
アンナに注意とお願いをした。
「ウラジミール商会というのがミリトス教会の出先機関で間違いないでしょう。貴重な情報ありがとうございます」
「とんでもございません。ご指示によって調べなければ、我々もミリトス教会の手先と関係してしまう可能性がありました」
「アンナ殿は会頭に報告してお終い。この件から手を引いて下さい」
「はい」
「あとは会頭にお任せしましょう。それから支店長になられたわけですから一人で行動しないこと。必ず商会の息の掛かった護衛をお連れ下さいね。ウラジミール商会を探った後ですので、特に」
「お気遣いありがとうございます」
「それからこの情報は、王都の宗教査問官のマキという人へ共有をお願いします」
「そのお名前、聞いたことがございます。隠れ信者の炙り出しのエースとか」
「そうです」
「その様な御方とお知り合いなのですか」
「ええ。差出人はアンナさんで。 『ビトーの依頼で調査していたところ引っ掛かった。ビトーの指示で情報共有する』 として下さい」
「お気遣いありがとうございます」
「それから “これ” なのですが・・・」
アンナに護符を見せた。
「アンナ殿の情報の対価としては微妙なのですが・・・」
「構いません。これは何でしょう?」
「ダンジョン近辺で妙な物を拾いました。どうやらサーペントを操る護符らしいのです。これは古森のアイシャ様に関係する品と思われます」
アンナはまじまじと見ている。
「私が触れても大丈夫ですか?」
「大丈夫です。ただ、魔力を通さないように気を付けて下さい」
「それはもちろん」
「至急会頭の元へ送って下さい。そしてユミに託してアイシャ様の元へ届けさせ、アイシャ様の御意見をお尋ね下さい。もしアイシャ様が手元に置かれると言うのであれば、仰せの通りにして下さい」
「わかりました。マーラー商会の封緘命令書で送ります。」
上質の布に幾重にも包み、上に「返品」と書いて渡した。
アンナがニコッと笑ってくれた。
「このような、誰の目にも触れていない、第一級の情報に最初に接するのが私どもの目的でした。これからもよろしくお願い致します。マリアン達も使ってやって下さいませ」
そう言うとアンナは馬に乗って颯爽とハーフォードへ帰って行った。
格好いいな。
◇ ◇ ◇ ◇
アンナが帰った次の日の午前中。
村の外をぶらついていたマロンが飛び込んできた。
「魔物がいる?」 いる。
「スケルトン?」 そう。
「いっぱい?」 うん。
「100?」 もっと。
まだ何か言いたそうにしている。
「スケルトンだけじゃない?」 うん。
「ゴブリン?」 うん。
「いっぱい?」 うん。
「100?」 もっと。
ウォルフガングが全員に命令を下す。
「全員5分後にフル装備で屋敷の前に集合!」
ウォルフガング、ソフィー、ジークフリード、クロエは、長剣+短剣+全身鎧+大盾+籠手+脛当て+兜で完全武装。
いつもと違うのが兜。
乱戦になると想定しているらしい。
私はいつもの脇差+短剣+隠密の革鎧+隠密の小盾+斥候の手袋。
あとは良くわからない装備。
マロンは首輪のみ。
マリアン、マルティナ、ミカエラ、メリンダも、それぞれ牛刀、包丁、フライパンを持って集合した。
「儂は北、ソフィーは西、ジークフリードは東、クロエは南。
各門へ走り、門を閉めさせろ。ただし儂の北門は閉めない。魔物をここにおびき寄せて決戦する」
「「「 了解 」」」
「マロンは儂と一緒に来い」
「ワウ」
「ビトーは村長宅へ行って事情を説明」
「了解。至急自警団の動員を要請します」
「各門へ行った者は閉門を確認後、門は守衛に任せて北門へ集合」
「「「 了解 」」」
「村人が戻らねえ、ガキが戻らねえとか色々あるだろうが、ギリギリまで我が儘を聞いてやれ」
「「「 了解 」」」
「マリアン、マルティナ、ミカエラ、メリンダ」
「「「「 はい 」」」」
「お前たちはここに残って救護班。怪我人をここに運び込む。野戦病院だ。
お湯を大量に湧かし始めろ。清潔な布を大量に準備。マリアンが頭を取れ」
「「「「 はい 」」」」
「それからビトー」
「はい」
「ポーションは全部ここに出していけ」
「了解!」
「あの・・ ポーションとは?」
マリアンがおずおずと聞いてきた。
するとウォルフガングが私の頭を小突きながら、
「ウチの主人はな、超高級ポーションを持ってるのよ。もしお前さん方でも目を背けるような酷い怪我人が担ぎ込まれたら、迷わず使え」
「はい」
それからマリアン、マルティナ、ミカエラ、メリンダの前に、超級、特級、上級、下級ポーションの瓶を出した。
超級、特級、上級ポーションの瓶にはマーラー商会の封印がされている。
みなさん目を見開いていた。
「これだけで一財産・・・」
だれだ、そんなことを言う奴は?
「必要と思ったら迷わず使いなさい。一時的だけど、王侯貴族の気分が味わえるよ」
そう言ったら皆さん「うふふふ」と笑っていた。
用法用量は皆さん知っていた。
さすがはマーラー商会の精鋭達。
マリアンだけ呼び寄せた。
こっそりとまとまった金を渡した。
「何ですかこれ?」
「非常事態です。金より命が貴重なはずなのですが、意外とそうでない場合があります」
「・・・」
「もし金の有効な使い道があったら、あなたの判断で使ってください」
「はい」
ウォルフガングの最終確認が入る。
「皆、言い忘れたことはあるか?」
「ありません」
「では、掛かれっ!!!」
「「「「「「「「 応!!! 」」」」」」」」
各自、自分の持ち場に散っていった。




