008話 勇者死亡第1号
私は騎士団属託になった。
騎士団員ではないが、騎士団が必要とする雑用をこなすために臨時に雇われた者、と言う位置付けだ。
与えられた仕事は勤務中、訓練中、魔物退治中に怪我をした騎士団員を治癒すること。
当面の措置として個室を与えられた。
マロンも一緒にいて良いという。
食事も騎士団が利用する食堂を利用して良い。食費は騎士団持ち。
衣服も騎士団属託の制服を支給された。
お給金も出る。
つまり私はこの世界で生きていく為の衣食住を得た。
万々歳である。
これからじっくりとこの世界を見極め、自力で金を稼ぐ方策を見定めよう。
ところで。
私のこの世界における仕事は “魔王討伐” から “騎士団員の治癒” に変わった。
非常に胡散臭い “勇者としてのお勤め” から解放された。
喜ばしいことだ。
私は他の勇者から隔離された。
治癒魔法が必要なほどの怪我をする騎士団員は毎日のように出る。
それだけハードに鍛えているのだろう。
騎士団員を治癒するとすぐに神聖魔法のレベルが上がった(0→1)。
だが翌朝にはレベルダウン(1→0)していた。
不本意ではあるが呪いが継続していることが確認できた。
◇ ◇ ◇ ◇
私のそばに常にマロンが寄り添い、警戒してくれた。
寝るときは私のベッドの横で丸くなった。
マロンは私に害意を持つ者の気配を嗅ぎ分けられるらしく、不審者が近づくと独特の節を付けた遠吠えで騎士団に通報した。
騎士団員が駆けつけて不審者が拘束されたことが2回あった。
不審者と言っても窃盗などの賊ではなく、「迷った」と言い張るミリトス教徒だった。
「あなたは騎士団に用事が無いのに、迷うはずがありませんな」
そう宿直の騎士団員が指摘し、侵入者として逮捕し、隅々まで身体検査をし、「わたしはミリトス教徒だ!」と言っても一顧もせず、一晩ブタ箱に放り込み、翌日尋問し、身元引受人(司祭以上)が来ると身元引受人に厳重注意した上で釈放した。
◇ ◇ ◇ ◇
治療の合間に、騎士団の偉い方からこの世界の成り立ちについて講義を受けた。
これは騎士団員に限らず、この世界で一定以上の教養を身に付けている人なら常識であり、他の勇者たちも同じような内容を受講しているらしい。
今私がいる神聖ミリトス王国は、ノースランビア大陸の東大陸の一角を占める。
ノースランビア大陸は巨大な双子島のような形状をしており、神聖ミリトス王国がある東大陸、もう一方の西大陸から成る。
東大陸に神聖ミリトス王国、ブリサニア王国がある。
西大陸にローラン王国、聖ソフィア公国、リュケア公国がある。
東大陸の中央部にランビア山脈が南北に走る。
ランビア山脈のほぼ中央に活火山がある。
ランビア山脈から北に大河(ニルヴァ川)が流れ、ランビア山脈から南に大河(ミューロン川)が流れる。
神聖ミリトス王国はノースランビア大陸の東大陸の東半分を占め、5王国(公国)中、最も国土が広く、人口も多い。
国力は5王国中1位である。
ニルヴァ川、ランビア山脈、ミューロン川が国境となる。
国境を挟んだ西側にブリサニア王国がある。
ブリサニア王国はノースランビア大陸の東大陸の西半分を占め、5王国(公国)中、国土、人口は2位。
ブリサニア王国の西に「二子島のくびれ」に該当する部分があり、その先にノースランビア大陸の西大陸が広がる。
ノースランビア大陸の南に広がる海を渡るとサウスランビア大陸がある。
とされているのだが、今生きている人間でサウスランビア大陸を見た、あるいは上陸した人はいないとされる。
昔はサウスランビア大陸出身者が普通にいたらしいが、今はいない。
神聖ミリトス王国の前身はブルトゥス大公国といい、今よりも国土が狭かった。
今から50年前。
ミリトス教会に女神アスピレンナが現れ、数多の奇跡を行い、自らを女神と認めさせた。
女神アスピレンナの神託により、ブルトゥス大公国はノースランビア大陸の東大陸の政治的空白地を占領し、国土を拡大。
5王国中、第一位の国力を得るに至った。
女神アスピレンナの功績を称え、国名を神聖ミリトス王国と改名した。
以降、ミリトス教会の国政への発言権が強まった。
女神アスピレンナは50年前から存在しているが、容姿は50年前と変わらぬらしい。
ミリトス教は神聖ミリトス王国では国教である。
神聖ミリトス王国におけるミリトス教信者は全人口の50%ほど。
熱心な信者は、信者の中でも15%ほど。
他国にはミリトス教は全く普及していない。
他国の政府が禁教に指定するケースが見られ、そうでない場合も他国民が毛嫌いしている傾向が顕著に見られる。
何となく新興宗教っぽさを感じる。
「女神アスピレンナの起こしたと言われる数多の奇跡とは何でしょう? 教えて頂けませんか?」
「それがな・・・ 後世には一つも伝わっていないのだよ」
「ええ・・ たかだか50年前の話ですよね?」
「そうなのだ。おかしいのだ。公式文書にも口伝にも、一つも残っていないのだ」
この世界の経済・技術について。
第一次産業(農林水産業)が経済の根幹である。
第二次産業(製造建設鉱業)は民間製鉄と冶金が始まっているレベル。
鉱山開発は推奨されている。
蒸気機関はない。つまり産業革命は起きていない。
第三次産業は、街の小売店、乗り合い馬車、占い師など。
商人が物流の重要性を認識し始めている。
後から気付いたが、冒険者および冒険者ギルドは第三次産業の花形だった。
ちなみにこの世界の人は、地球球体説や地動説や万有引力の法則とは縁が無かった。
波風は立てないことにした。
◇ ◇ ◇ ◇
治療や講義が無い時はマロンを観察する。
見た目は甲斐犬のような感じ(ただし尻尾はまっすぐ)だが、時折見せる能力が私の知っている犬とは異なる。
まず木に登る。
びっくりするほど高い木へ登る。
降りられるのか? と不安になるが、頭を下にして大胆に降りてくる。
ある程度まで降りるとヒョイと飛び降りる。
高さ2m位の枝から余裕で飛び降りる。身のこなしはネコのようだ。
地球のネコより木登り、木降りが上手だ。
爪を見るとネコ科の獣のように鋭く、しかも出し入れが可能だ。
吠え声のバリエーションが豊かで、様々な声音を使う。
おそらく何かを伝えているのだと思うが、残念ながら私も騎士団も理解できない。
ただし非常時の吠え声はわかる。緊迫感が違う。
かなり小さな声でしゃべろうとする時がある。
何を言っているのか理解できないが、もし理解できたら一気に世界が広がると思う。
人の言葉をかなり理解する。
かなり複雑な依頼をしても、期待通りの行動をしてくれる。
マロンは犬では無く、魔物の一種ではないかと思う。
気立ては良い。陰湿さは無い。
私に全幅の信頼を置いている。
異世界で初めて得た「友」である。
◇ ◇ ◇ ◇
(王宮サイド)
美島に対する4度目の暗殺の企てを未然に防いだ夜。
(美島が気付かぬうちに処理した企てもあった)
王宮内の一室で密談する二人。
「教会も必死ですな」
「奴らの権威に関わりますからなぁ」
「だが、そろそろ成功する頃合いでしょう」
「その通りです」
「では予定通り」
「お任せください」
「ウォルフガングも了解していますね?」
「了解も何も、彼は表向き『何も知らない』身ですから」
「ふふふ。そうでしたね」
「替え玉の手配は済んでいます」
「足は付いていませんね」
「もちろんです」
「楽しみです」
◇ ◇ ◇ ◇
(メッサー冒険者ギルド長サイド)
王都に隣接する迷宮都市メッサー。
そこの冒険者ギルドでギルド長を拝命するウォルフガング。
先日ウォルフガングはある伝言を受け取った。
「気が向いたら闇夜の散歩などいかが?」
ギルド長への伝言としてはふざけ過ぎている。
だが差出人の素性については疑いようが無い。
ウォルフガングは誘いに乗ってみることにした。
伝言を受け取った後の直近の新月の深夜。
正確には大きい月が新月。小さい月が沈んだ後の時間帯。
ウォルフガングは一人で王都近郊の森へ出かけた。
王都近郊でも森に入れば魔物がいる。
当然襲われることもある。
だがウォルフガングは2m、110kgの偉丈夫の剣士。B級冒険者上位。
何度も騎士団に誘われているが、その都度断っているほどの猛者。
王都近郊で出没する魔物など歯牙にも掛けない実力の持ち主である。
胸元をくつろげながら、ゆったりと森を歩いた。
伝言の意味を読み違えていなければ、先方から接触があるはずだ。
近づいてきたのは犬だった。
犬はウォルフガングの手の匂いを嗅ぐと、「ついてこい」という感じに先頭に立って歩き始めた。
ウォルフガングは犬の後に付いていった。
少し歩くと暗闇の中に人が立っているのがわかった。
犬はその人物の方へウォルフガングを導いていく。
本来なら警戒すべきところだが、暗闇に立つ人物が気配を隠していないこと、「弱い」こと、他の者の気配が無かったことからそのまま近づいていった。
暗がりの中からウォルフガングが現れると、立っていた人物はビクッとした。
「初めまして。ウォルフガング様ですね?」
「ああ」
先方は儂のことを知っているようだ。
「おまえは?」
「ビトーと申します」
「おまえの目的は何だ?」
「プランBだそうです」
「なに・・・」
それで理解した。
秘密裏にメッサーの冒険者ギルドへ治癒能力者を斡旋するということだ。
しかもその治癒能力者の生存は不要だという。
かなりの訳ありだな。
面白い。
ひとつ乗ってみようじゃないか。
◇ ◇ ◇ ◇
王宮から関係者に1つの告知がなされた。
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勇者候補生:美島鋼生は訓練中に騎士団とはぐれ、行方不明になった
王都近郊の森の中で美島鋼生と思われる遺体を発見
魔物に喰われた形跡あり
アンデッド化を防ぐため、直ちに火葬に付した
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私は勇者死亡第一号になった。




