079話 ソフィーさんの貴族教育
(ハーフォード公爵の視点)
どこで教育を間違えたのか。
それとも持って生まれた資質だったのか。
ジェームスはリオーズ商会と関係を持っていた。
もしくは持とうとしていた。
ジェームスから持ちかけたことは間違いない。
しかもマグダレーナとマチルダが呪われている時に、だ。
それだけでも死に値する。
マルコは口をつぐんで言わないが、ハミルトン村の橋掛け替えの予算申請の不備についても、ジェームスが一枚噛んでいたことはわかっている。
マグダレーナはジェームスの処断に躊躇はなかった。
自分の実の子では無いからか。
それともハミルトンに噛んでいたからか。
マグダレーナのハミルトン村に対する思い入れの深さに接すると、時折彼女が貴族なのか平民なのかわからなくなる。
だが、女として許せない、と言う気持ちはわかる。
当初私はジェームスを守ろうと思っていた。
一度だけチャンスをやろうと思っていた。
だが、たとえそれが歪曲された不確実な内容であっても、私の元に集まってくる情報を鑑み、情けを掛けられる様な状況ではない事もわかってきた。
処分の仕方を悩んでいた時に、ジェームス自らやらかした。
最初、何を言っているのかわからなかった。
理解した時は気が狂ったのだと思った。
それとも、まさかとは思うがビトーとなにがしかの因縁があったのか?
何も無かった。
それどころか・・・
今、ビトーとその仲間にハーフォードを去られるとまずい。
領地経営の崩壊に繋がりかねない。
必死に引き留めた。
儂だけでは引き留められなかったかも知れない。
マグダレーナの力がかなり働いたと思う。
否応なしに最短の手続きでジェームス処断に向けて進むことになった。
その夜、ジェームスは姿を消した。
正直私はホッとした。
だがマグダレーナは許さなかった。
「絶対に見つけ出して処断します。それが出来なければハーフォード公爵領は廃領になるとご覚悟下さい」
まだジェームスは見つからない。
◇ ◇ ◇ ◇
私は今、久しぶりにソフィーから座学を受けている。
科目は「貴族との付き合い方」。
貴族の生態を詳らかにし、平民は貴族にどう向き合い、どう付き合っていくのか。
実際に起こった事件を材料にした実践教育である。
「あのとき、お前は子爵を闇討ちした」
「他の者にはわからなかっただろう」
「良いことだ」
「お前は子爵の言うことを否定した」
「口では言わぬが、睨みつけて態度で否定した」
「それで良い」
「言葉でも、態度でも、行動でも、明確に否定しなければ肯定したと受け取られる。注意しろ」
「上級貴族に対し、曖昧な態度は肯定であり、迎合であり、どんな理不尽な命令でも喜んで受け入れると意思表示したものと受け取られる」
「これを肝に銘じろ」
「公爵も公爵夫人も、最初は子爵を咎めるそぶりは無かった」
「内心驚いたのかも知れない」
「ひょっとすると事前に相談を受けていたのかも知れない」
「いずれにせよお前が否定しなかったらお咎めなしだ」
「子爵の言動は何一つ問題視されない」
「公爵も公爵夫人も機械的にお前から私を奪う」
「私は子爵の奴隷にされて終わりだ」
「公爵があの部屋に護衛騎士、召使いを引き入れ、部屋の惨状を見せたということは、子爵の失態を公にするつもりだ」
「廃嫡も視野に入れていたのだろう」
「注意しろ。お前は間接的に子爵を追い込んだのだ」
「では私は譲歩しすぎました?」
「そうではない」
「お前が示した譲歩は公爵の腹の中では既定路線だったはずだ」
「子爵の失態で実現が怪しくなりかけたが、公爵と公爵夫人、騎士団長の間では予定調和だ」
「ここで拒否すると公爵の顔に泥を塗ったことになり、色々と面倒なことになる」
「譲歩して正解だ」
「では子爵の乱心に関係なく、我々はこうするしか無かったと?」
「そうだ。そもそもお前がダンジョンを調査すると言った時からこうなると予想していた」
「私って馬鹿ですか?」
「そうだな。完全には否定できないな」
「そうですか・・・」
「どうせアイシャ様の手前、調査せざるを得なかったのだろう?」
「アイシャ様は王国内の最高戦力だ」
「いざという時、古森を頼れるのは我々にとって巨大なメリットだ」
「貴族も恐れるに足らぬ」
「それだけでも調査する価値がある」
「それにアイシャ様が勧めると言うことは、まだ何かあるぞ」
「期待しよう」
「次は予算の話だ」
「お前の年俸を3倍にすると言ったが、これは本来お前の年俸であって、イルアンにおける活動予算じゃない。お前は勘違いしていたようだが」
「予算について何も言っていませんでしたね」
「そうだ。ということは、イルアンに行ったら村長と折衝して村の予備費を使え、と言う意味だ」
「なるほど・・・」
「だが、取り立てて見所のない村に大した予算があるわけがない。結局お前の年俸から出すことになりそうだぞ」
◇ ◇ ◇ ◇
自分は全然駄目だな。
偉そうにレイにこの世界への対応の講釈をたれていた自分が恥ずかしい。
ああっ! もうっ!
頭から毛布を被って悶々としていたら部屋にソフィーが入ってきた。
ソフィーの手を取って強引に引き寄せ、ベッドに押し倒した。
無理矢理看護した。




