075話 商売の話、ダンジョンの話
2025/4/20 誤字修正
イルアンからハーフォードへの帰り道も当然のごとく駆け足で、時々ダッシュで、時には魔法をぶっ放しながら帰った。
もし見ていた人がいたらどう思われただろう?
昼過ぎにハーフォードの自宅へ到着し、ハウスキーパーに帰宅の挨拶をし、風呂を沸かしてもらい、全員旅の汚れを落としてホッとした。
ホッとしたところで留守を預かっていたハウスキーパーから報告があった。
「昨日アンナと名乗られる妙齢のご婦人がご主人様に面会に見えました」
「かなり上質のお召し物を身に着けておられ、所作も洗練されておりました」
「しかし貴族ではないと判断いたしました」
「ご主人様の不在を伝えるとまた来ると言い、大金を置いていかれました」
ハウスキーパーは少々、いや、かなりの疑いの目で私を見ていた。
正妻がありながらあれほどの女性と関係を持ち、正妻には服の一つも買ってやれない甲斐性無しがっ!
さらに私らの給金まで妾に貢がせるなんて・・・
旦那様は鬼畜か? いや外道か!
いやいや違うから。
アンナの素性をハウスキーパーに話した。
丁度その時にメイドがアンナの来訪を伝えてきた。
客間に通されたのは2人。
アンナともう一人いる。
そこで私とソフィーで対応。
「昨日はお忙しいところお邪魔致しまして申し訳ありませんでした」
「いやいや大変な物を頂きましたようで」
どもども、どもども、と頭を下げ合ってから本題に入った。
アンナと一緒に訪ねてきたうら若き女性はサビーネと紹介された。
アンナの右腕だそうだ。
その若さで有能。
マーラー商会は正式にハーフォード支店を出店することになり、商業ギルドに登録したそうだ。
アンナは支店長。
どこかのブランドの旗艦店並みのヒックス本店を思い出していたら、「小さなブティックです」と言われた。
「店舗面積は小さいので扱う商品は厳選いたします。 当然目玉商品はソフィー様に納品させて頂きましたランジェリーのシリーズです。
それ以外にも、流行の最先端の品を展示販売いたします。
展示品以外もお取り寄せに対応いたします」
この世界初のセレクトショップということらしい。
そこでまず得意先の私に出店の挨拶に来た。
昨日は1月分のパテントを持参した、とのことだった。
「マーラーも私も準男爵の慧眼に恐れ入っております。買い取りなどという失言、たいへん恥ずかしゅう思っております。どうかお忘れ頂きたく」
既にヒックス本店では超・特・上の三種のポーションに勝るとも劣らぬ売り上げを記録し、収益の太柱に成長。
流行に敏感なヒックスの上流階級のご婦人方の口の端に上った時点でこれなので、これから国内に、さらには国外に広まった暁にはドえらいことになる、と。
想定される客の殺到を捌くため、裏方の製作部隊の裾野を広げている。
わざわざ上客にヒックスまで足を運んで頂くことを避けるため、王都とハーフォードに支店を出す予定。
王都支店は王都と国内北部地方の客をカバーし、ハーフォード支店は国内中部地方の客をカバーする。
ヒックスの本店は国内南部と海外の客を担当する。
ハーフォードは平民にも小金持ちが多い土地柄なので、領地全域に商機ありとのこと。
正式なオープン日が決まったら、また挨拶に来る。
店舗面積は小さく、取り寄せに対応すると言うことなので、商品カタログを用意するようお願いしておいた。
良くわからない風だったのでカタログについて絵を描いて説明した。
「必ず挿絵を入れて下さいね。ラフスケッチでも良いので」
「色展開は絵を見せないと想像しにくいです」
アンナとサビーネは首をかしげながら帰って行った。
◇ ◇ ◇ ◇
公爵へダンジョン発見の報告を行う。
私では説明し切れなかったり、説明しても私では信用されない場合もあると予想し、ウォルフガングとソフィーを連れていく。
ソフィーはあえて冒険者の出で立ちをしてもらった。
公爵は王都から戻られていた。
ウォルフガングとソフィーを控え室で待たせ、私は公爵に面会を申し込む。
すぐに会って下さった。
「年貢も滞りなく納められ、何よりでございます」
「うむ。そちにはだいぶ助けられたとハミルトン男爵も感謝していたぞ」
「もったいのうございます」
ミリトス教撲滅キャンペーンの成果も上々で、こちらも王からお褒めの言葉を頂戴したとのこと。
「さて。今日はどんな話かな」
「実はハーフォード公爵領に新たなダンジョンが生まれつつあります。そのご報告に上がりました」
「・・・」
「・・・」
「今、何て言った・・・」
「ハーフォード公爵領に、新たな、ダンジョンが、生まれつつあります」
それからダンジョンが生まれつつある場所、原始ダンジョンの注意点、監視などについて話し始めたが、公爵の頭がオーバーフローした。
「まて。儂一人の手には余る。騎士団長を呼ぼう。それからマグダレーナとジュードも呼べ!!」
急遽バーナード騎士団長、公爵夫人、ジュード(ハーフォード冒険者ギルド長)が招集された。
謁見の間に公爵、公爵夫人、バーナード騎士団長、ジュード、私が一堂に会した。
ジェームス子爵も参加された。
「ビトー準男爵。もう一度最初から言ってくれ」
「はい。5日前に遡ります。場所はイルアンから西に向かい、黒森まで約1kmほどまで近づいたところです。原始ダンジョンが形成されているのを発見しました」
「原始ダンジョンとは何だ?」
「原始ダンジョンとは生まれたばかりのダンジョンです。その特徴は普通のダンジョンと異なり、非常に不安定なことです」
質問に回答してくれたのは騎士団長だった。
領地にダンジョンを持たない騎士団なのに、よく勉強されている。
公爵が騎士団長に質問を振る。
「不安定とはどういうことだ?」
「ダンジョンの構造が変化するのです。入口の位置が変わったり、ダンジョン内の経路が変わったり、出てくる魔物も変わると言われています。
ダンジョンは定期的に手入れをして、中の魔物の数を一定レベルに抑えておくことが望ましいのですが、その手入れが難しくなるのです」
「それでは困る。どうしたらよい?」
公爵の質問に答えたのはジュードだった。
「危険を覚悟でダンジョンに潜り、ダンジョンに刺激を与えると安定化すると言われております。深く潜る必要はないとされています」
「ならば見つけたそちが潜れば良い」
突然投げやりな、それまでとは温度の異なる声が聞こえた。
初めて聞く声だった。
声の主を見るとジェームス子爵だった。
なぜか憎しみを込めた目で私を見ている。
「「 ジェームス! 」」
公爵と公爵夫人の声が重なった。
穏やかではあるが、一通り醜い争いを見せられた後。
さて、この雰囲気をどう変えようかという共通認識の元、騎士団長、ジュード、私で目配せをし合った結果、騎士団長から「頼む」と仕草で頼まれたので、騎士団長に向かって、
「はい。私が潜ってみました」
と言ったもんだから更に騒ぎが大きくなった。
騎士団長が顔を紅潮させながら、
「ダンジョンとは貴族が物見遊山で潜れるような物では無いっ! 特に管理されていない野良のダンジョンなど、何があるかわからぬのだぞっ!!」
とキツく仰る。
仕方なく、私はしおらしく答えた。
「はい。私は貴族とは名ばかりの実質平民でございますので、これまでにもダンジョンに潜った経験がございます。しかし、さすがに原始ダンジョンに潜るのは初めてでございましたので、専門家を連れて行きました」
「専門家とは誰だ?」
「私の家の者です」
「それは誰だ」
「名前をお教えしてもご存じないかと・・・」
「構わん」
「では、ウォルフガング、ソフィー、ジークフリード、クロエの4名でございます」
すると公爵夫人が驚いて、
「あらっ! ソフィーというのはあなたの妻ですか?」
「さようでございます」
「まあ・・・」
「マグダレーナは知っているのか?」
「ええ。公爵が王都へ赴いてご不在の折、私が代理で準男爵の帰還報告を受けた時にお目にかかっております。大変に美しい女丈夫ですわ」
「その様な者が・・・」
ジュードが、
「そのウォルフガング殿やソフィー様に直接話を聞くことは出来ないのか?」
「可能です。次の間に控えさせております」
「何と!」
早速ウォルフガングとソフィーが招き入れられた。
公爵夫人は席を立ち、ソフィーに歓迎の意を表して下さった。
ソフィーは冒険者の出で立ちをしていたため、カーテシーではなく、公爵夫人の前に跪き、頭を垂れた。
騎士団長とジュードが驚きの目で見ている。
一通り挨拶をしたのち、ウォルフガングからダンジョンについて詳細に報告した。
私の作ったダンジョンの地図(の写し)も献上した。
「なんだ。ほんの少し探っただけではないか。こんなのは手柄でも何でも無い」
ジェームス子爵の珍発言に、私、ウォルフガング、ソフィー、ジュードが目を伏せて口を挟まないのは当然のことながら、公爵、公爵夫人、騎士団長が黙ってジェームス子爵を見続けたので、ジェームス子爵は急にそわそわし始め、突然「用事がある」といって退出していった。
どうやら私はジェームス子爵に恨まれたらしい。
ジェームス子爵の方が先に原始ダンジョンに気付いていたのかな?
実は秘密裏に手を打っていて、手柄を横取りされたと思っているのかな?
公爵、公爵夫人、騎士団長が何事も無かったかのごとく話を続けたのでちょっと怖かったが、情報交換がどんどん進んだ。
そして、
「これは常時監視しなければなりませぬ」
「可能なら、時折ダンジョンを刺激しなければなりませぬ」
「もしスタンピードが発生するなら、その前兆を捉えなければなりませぬ」
というジュードの意見に全員が同意した。
だが、誰がやる?(やれる?)
会議の結論はこの場の全員が察していたが、物事には手順というものがある。
何よりも皆さんがウォルフガングとソフィーを知らねばならぬ。
ジュードがおずおずと、
「ウォルフガング殿、ソフィー様。お二方は並みの御方には見えないのですが、どのような経歴をお持ちなのですか?」
ウォルフガングが淡々と説明した、
メッサーの冒険者ギルドでギルドの運営をしていたこと。
ここにいる準男爵をミリトス教会の魔の手から守るため、国外へ逃がしたこと。
教会と一戦を交えることになり、やがて物量に押し負け、戦いの趨勢が決まったところで逃がした準男爵に逆に救い出され、今日があること。
「何と! ノースランビア大陸でも有数のダンジョンをお持ちの街の冒険者ギルド長をされていたのか!」
「お二方ともかなりのお手前とお見受け致しますが?」
「B級ライセンスです」
「B級ライセンスでございます」
「・・・」
「・・・」
沈黙の後、騎士団長から長い長い話があった。
要約すると、
領地を守るのは騎士団のお役目である。
ダンジョンの脅威から領民を守るのも騎士団のお役目である。
ただ、これまでハーフォード公爵領にはダンジョンが1つも無かった。
領地は極めて平穏で安全だった。
冒険者ギルドがここハーフォードに1つしかないことでもおわかり頂けるだろう。
本来は冒険者ギルドと騎士団が連携し、冒険者達を上手に使いながらダンジョンを管理していくのだろう。他領はそうしている。
だが、この領地にいる冒険者は商隊の護衛しかしたことがない。
ダンジョンに挑むには圧倒的に経験が足りないか、薹が立ちすぎている。
回りくどい話をして申し訳ない。
我が領の冒険者達が育つまで、お二方にお力添えをお願いしたい。
そう言って頭を垂れた。
ところが公爵夫人がすっくと立って、
「ソフィーは駄目です!!」
そう宣言した。
公爵がびっくりしたように声を掛けようとしたが、最後まで言わせなかった。
「マグダレーナ・・・」
「貴族の妻を何だと思っているのです? 許しません。準男爵、もし断り切れない時は私におっしゃい。ソフィーの身の安全は私が保証します」
「御方様・・・」
ソフィーはちょっと感動していた。




