070話 ヒックスにて
「それで? 他に言い訳は無いのか?」
私は早朝から正座をしている。
私の前には仁王立ちになったソフィーがいる。
そして昨夜、手厚い看護をしなかったことを責められている。
「ふ~ん。私よりマロンが良いんだ」
マロンは部屋の隅で小さくなり、上目遣いでソフィーを見ながら震えている。
「いえ、決してその様なことは・・・」
「なら何故態度で示さない? 昨夜はあれほどスキを与えてやったのに!」
「あれはソフィーのスキだったのですか!?」
「ああっ?!」
胸倉を掴まれて説教される私。
あれほどセクシーな下着をオーダーメイドしたら今夜は・・・ と期待させておきながら、何もしないというのはイケナイそうです。
それから頑張って2度、手厚い看護をしました。
ソフィーさんはやや機嫌を直してくれました。
心なしか肌のつやと張りも改善されたようで、祝着至極でございます。
ホールでウォルフガング、ジークフリード、クロエと合流した。
クロエも心なしか美人度が上がった気がするのは気のせいか?
気のせい? そう・・・
アメリカンブレックファストの肉特盛りみたいな朝食を頂いた。
酒は無しね。
ウォルフガングが、
「儂は一杯やニ杯の酒では酔わんぞ」
とは言うが。
ええとですね。 これは酔う/酔わないではありません。
貴族や取引先と会う前に酒を飲んではいけません。 礼儀として。
先方から振る舞われた場合はこの限りでは無いのですが。
だけど、個人的には「朝から酒」は健康寿命を少しずつ削ると思うので、私の元で働くウチはやめて欲しい。
健康寿命という用語も概念も無いので、くどくどと説明した。
「つまり儂が60で死ぬか、70で死ぬか、と言う意味か?」
「全然違います。50過ぎで卒中になって、半身不随かつ言葉も不明瞭になって、そんな状態で10年も生きて、60でやっと死ねるか、70までピンピン元気に生きて、70過ぎたら苦しまずにコロリと死ぬか、です」
「おまえイヤなことを言うな・・・」
「でもそうなんです」
「わかった。儂もまだ本調子でないのでな。しばらくは夜も酒を控える」
「よろしくお願いします」
マーラーの巨大ブティックを訪問。
店の前でユミが待っていた。
ユミはもうココの店員か?
店に入った途端、店の奥からアンナが 「スドドドドド・・・」 という感じで近づいてきた。
「お待ちしておりました。当店史上最高傑作に仕上がりました。奥様こちらへ」
ソフィーを裏に連れて行かれ、私は手持ち無沙汰。
「ユミは見た?」
「見た。良い仕上がりよ」
「本当? 付けてみたら微妙・・・ って事は無い?」
「下着って付ける人次第ってところがあるからね。でもソフィーさんは抜群のスタイルだから間違いないよ!」
「そうか。期待するよ」
アンナから「旦那様、どうぞお入り下さい」と言われ、帳の向こうへ。
姿見の前で自分自身をじっと見つめるソフィーがいた。
私は左斜め後方からソフィーを見ている。
それだけで十分わかった。
高い山はより高く美しく、深い谷はより鋭角的に深く美しく。
高い腰の位置は更に高く。
もともとスタイルが良かったが、下着が更にメリハリを強調している。
ソフィーが纏うのは紺地にレースの装飾の付いた上下セットの下着。
肌の色とのコントラストも素晴らしい。
ソフィーははにかみながら聞いてくる。
「どう? 似合う?」
「今日ほどソフィーを妻に迎えて嬉しかったことはない」 (キリッ!)
「・・・」
「本当に美しい」
「馬鹿・・・」
私がうんと背伸びして、ソフィーがやや屈んでくれて、キスした。
◇ ◇ ◇ ◇
商談が始まった。
マーラーが前面に出てくるのかな、と思ったら、アンナが仕切り始めた。
かなりの裁量権をお持ちらしい。
それだけ有能ということは間違いない。
尻毛まで毟られないように気を付けねば。
新たなデザイン、フリル、レース、色展開、フロントホック、上下セットについて。
「すべてウチで取り扱わせて下さい」
「よろしくお願いします」
「買い取り額は白金貨5枚(5000万円)でいかがでしょうか?」
「いえ、パテント(特許)でお願いします」
「パテント?」
「私の商品案は全てマーラー商会で独占して取り扱うことを認めます。そのかわり売り上げの5%を私に納めて下さい」
「なるほど。そういう方法ですね」
「独占商品を他商会に真似されない為の管理方法はあるのですか?」
「ございます。商業ギルドに商品を登録して独占商品であることを設定するのです。コピー商品が見つかった場合は厳罰が下されます」
「わかりました。よろしくお願いします」
「ところでワイヤを入れるとは何でしょう?」
「ワイヤがバストの形を整えてくれます。バストをきれいに見せるのです。ワイヤがバストを支えますので締め付け感がなくなります」
ユミが答えてくれた。
「でもワイヤが無いので代替品が必要ですね。しなやかな木材を細く削って型を作るのが良いでしょう」
「それからショーツは一分丈もおしゃれな物を用意した方が良いでしょう。
ご年配の方は今までの習慣を変えるのは難しいでしょう。
でもおしゃれはしたいですわ」
「ワイヤの代替品を使ったブラと一分丈ショーツについても、ウチで独占的に取り扱わせて下さい」
「もちろんです」
「それから・・・」
アンナはユミと密談。
「○○○○はいかがなさいますか?」
「同じ扱いで。つまり独占的な取り扱いを認めますので、パテントで」
「承知致しました」
なにを密談しているのだろうと聞き耳を立てたら、
「男子禁制!」
「まあまあ旦那様はお好きなようで・・・」
心外だ。
一通り案が出切ったのをみてマーラーが契約書を作り、私も見て、ソフィーにもチェックしてもらい、2点修正させ、契約を締結した。
ソフィーが修正したのはリスクについて。
貴族はリスクを負わないものらしい。
勉強しないといけない。
アンナは私が貴族の端くれと知ってびっくりしていた。
◇ ◇ ◇ ◇
新作下着はマーラーのブティックで超ヒット商品かつロングラン商品になった。
そして私の資金源として大樹に育った。
マーラー商会はハーフォードに支店を出し、アンナが支店長として赴任した。




