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平凡勇者の異世界渡世  作者: 本沢吉田
06 メッサー脱出編
68/302

068話 アイシャの瞳


私は自分の殺気を隠しきれなかったことを悟った。


どうしてこんなことになった?

理由はわかっている。

あいつがアレクサンドラに手招きされ、抱擁され、巨大な乳房の谷間に顔を埋められているのを見て、我慢できなくなったのだ。


相手はラミアだ。

人間じゃない。

たかが魔物だ。


そう自分に言い聞かせても駄目だった。


あいつとアレクサンドラの間には、確かに愛情と呼べるものが存在した。


アレクサンドラだけじゃない。

ラミア達はあいつを歓迎し、信頼している。




あいつは変な奴だ。


魔物と交流する奴なんて聞いたことが無い。

魔物に親近感を持つ奴も聞いたことが無い。

魔物に信頼される奴なんて前代未聞だ。


だいたいラミアを見て恐怖以外の感情を持つ奴などありえない。


だからゴブリンを殺した時にあれほど動揺したのかも知れない。



私にとってあいつは単なる弟子じゃない。


【藍玉の首飾り】を受け取った時、私は特別な関係を自覚した。


だがあいつはわかっちゃいないだろう。

女にアクセサリーを贈るということ。

それもダンジョン出土の貴重な魔道具のアクセサリー。

しかも私の属性に合わせてある。


そんなアクセサリーを贈る意味を。



でもそんなこととは関係なく、あの死地にふらりとやってきた時に確信した。


あいつは私を自分の女だと思っている。

そして私もあいつは自分のものだと思っている。

それにあいつは私しか知らない。(はずだ)


他の女に盗られてたまるか。



そう気付いたのは自分が殺気を漏らしてからだった。


殺気を向けたのはラミアの族長。

決して殺気を向けてはいけない相手。


そしてそれに気付いた者が2人いる。


私は呼び出しが掛かることを覚悟した。




あいつは必死に「殺すな、大怪我を負わすな」という。


だがこれは女のプライドを掛けた戦いだ。

一歩も引けぬ。


あいつの目の前で死ぬのなら本望だ。

私が死んだらアレクサンドラに庇護してもらえ。




立ち会いはすぐに終わった。


だが私は半日も戦っていたような気がした。


アレクサンドラの蛇の下半身が自在に動く。

人間で言えば足首と膝と腰が無数にあるかのごとく微調整が出来る。

そしてその関節は360度どの方向にも動く。


間合いを取れない。

こちらが把握したと思った間合いを、一瞬で詰めたり外したり出来るのだ。

際限の無い間の取り合い、外し合いをしている感じがした。


アイススピアを撃とうとは一瞬も思わなかった。

氷が出現し始める前に勝負が付く。

そう確信していた。



アレクサンドラは私がどこまで付いてこられるかを見極めたのだろう。

ゆっくりと、まっすぐ間合いに入ってきた。

ゆっくりに見えるだけで、実はかなり速かった。


刀を振っては間に合わない。

構えたままの位置からアレクサンドラの体に押し当てるようにした。

気付いたら前のめりに倒れていた。

首から背に掛けて痺れていた。




立ち会いの後、アレクサンドラとビトーについて少し話した。


わだかまりは氷解した。

メッサーを逃れたあいつを守ってくれたのはアレクサンドラだった。

あいつに付き纏う殺し屋を始末したのはアレクサンドラだった。

無事ブリサニアへ抜ける事ができたのもアレクサンドラのお陰だった。


アレクサンドラもあいつの庇護者だった。



驚くことにミューロン川の向こうにもラミアがおり、やはりあいつの庇護者になっているという。

ラミアにとってあいつの価値は計り知れないらしい。


だがアレクサンドラは私に庇護者になれ、といった。



「あやつはそちを助けるため、我らに協力しろと強面で迫ったのだ」


「あやつにとってそちは特別な女じゃ」


「あやつにとっても庇護者は同族のそちの方が良い」


「命を掛けてあやつを守れ」


「あやつの子を産み、治癒魔法使いの系譜を残せ」



◇ ◇ ◇ ◇



私の隣でソフィーが安らかな寝息を立てている。

藍玉の首飾りがぼんやりと淡い光を放っている。

ソフィーの美しい寝顔を見ながら、私は先ほどまで熱い吐息を交わし合っていたことを思い出していた。



アレクサンドラとの立ち会い後、突然ソフィーは



「今夜からお前と一緒に寝る」



そう宣言した。そして、



「今後は師匠と呼ぶな。ソフィーと呼び捨てにしろ」



と言い出した。

何で? と聞いたら、殴るのでは無く、抱きしめられた。

そして耳に息を吹きかけるように私の意思を追求された。



「お前は私に【藍玉の首飾り】をくれたな?」


「はい」


「女にアクセサリーを贈る意味は知ってるな?」


「えっと・・・」


「知ってるな?」


「はい・・・」


「しかもダンジョン出土の貴重な魔道具のアクセサリーだったな?」


「はい」


「そのアクセサリーの属性は、私の属性に合わせてあったな?」


「はい」


「これほどのものを受け取ったら、女は贈った男のものになる。それを受け入れたということだ。わかっているな?」


「・・・」


「わかっているな?」


「はい・・・」


「何か不満か?」


「いえ。ししょ・・ ソフィーが私の妻になって下さるなんて想像もしていませんでした」


「困るか?」


「嬉しいです」


「本当か?」


「本当です」


「では態度で示してくれ」



眠っているソフィーの胸元でぼんやりと淡い光を放つ藍玉の首飾り。

以前はこんな光り方をしていたか記憶に無い。


ソフィーが身に付けるとステータスが変わるのかな?

鑑定してみた。



【藍玉の首飾りEX】

水属性の装飾品

水属性を持つ者が装備すると力を引き出せる

水魔法の効果UP、水魔法の魔力消費半減


水属性を持つ者が身に付けた状態で光魔法を掛けると稀にアップグレードされる

アップグレードされると全ての水魔法使用時の魔力消費がほぼゼロになる

アップグレードされると水属性を持つ者が身に付けた状態で淡く光る



そうだったのか。

そういえば首筋から背中に掛けてヒールを掛けたっけ。


魔力消費がほぼゼロ。

お弁当と水筒を傍らに戦えば、ソフィーは無限砲台になるのか。


私は眠っているソフィーにキスをして、横になった。



◇ ◇ ◇ ◇



岩の森を辞去するまで間。

私は岩の森のラミアの皆さんを癒して回った。

最初に訪れた時のような重症者は皆無だった。


若返りも行き届いていて、全体的に誰が母で誰が娘かわからなくなっていた。


ただし、一部の方の肩こりは根絶しがたく、私の行く先々で奇声が上がった。


最後に族長の家を訪問し、アレクサンドラの肩こりをほぐした。



「気持ちいいのじゃ~~~」


「極楽じゃ~~~」


「気に入って頂けて幸いです。私自身は中々わからないのですが」


「お前はこれが無いからの」



そう言って巨大な乳房を揺らして見せた。



「ブラを付けて下さいませ」


「どうも付ける習慣が無くてな」


「付けると付けないでは、乳房の形の保ちが違うはずです」


「そうなのか」


「末永く美しい形をお楽しみになりたい場合は、ブラを付けた方が良いと聞きます」


「お前はラミア専属の仕立師にでもなったらどうか」



族長の家の片隅に、背負い袋の中に残してあった『ハーフォードの月』『レントの誉』『ハミルトンの雫』1本ずつ置いて辞去した。



◇ ◇ ◇ ◇



岩の森のラミアの皆さんと再会を約し、小舟3艘に分乗してミューロン河を渡った。


ソフィーもウォルフガングもジークフリードもクロエも、こんな形で密出国するなんて・・・と絶句していた。



ウォルフガングは、



「これで俺はもうメッサーの冒険者ギルド長じゃない。ウォルフガングと呼べ」



と言った。



ミューロン川を渡り、古森に入った。


古森の出迎えもラミア族。

2カ国に跨がるラミアの総戦力を想像した一同は気が遠くなりかけていた。


渡船場に着いたので正確には既に古森の中に入っているのだが、形式上アイシャの許可を取るようにした。



「古森の友、ビトー・スティールズで御座います。

 こちらに控えておりますのは元メッサーの冒険者ギルド長・ウォルフガング。

 同じく元ギルド職員で我が妻のソフィー。

 冒険者・ジークフリード。

 冒険者・クロエ で御座います。

 一時的に古森で保護して頂きとう存じます。

 御検分をお願いいたします」



そう声を掛けると私とマロンが先頭に立ち、ウォルフガング、ソフィー、ジークフリード、クロエに付いてくるように言い、そろそろと森の中に入っていった。


真っ先に出迎えてくれたのはユミだった。



「おまえは・・・」


「はい。ユミでございます。ウォルフガング様、ソフィー様、皆様方、ようこそ古森へ。歓迎致しますわ」



ウォルフガングとソフィーは、ユミが古森を代表して人間との交易を行っていると知って目を剥いていた。



ユミの案内でアイシャの元へ。

アイシャに尋常に挨拶・・・ したのだが、やはりというか、ソフィーだけアイシャの元に呼ばれた。



「そこのあなた。ソフィーさんと言われましたか? こっちへいらっしゃい」



ソフィーが立ち上がり、アイシャの前まで行き、跪くと、



「顔を上げなさい」



そう言うとアイシャはソフィーの目をのぞき込んだ。


ソフィーは目を逸らさなかった。

ソフィーはうっすらと汗をかいているらしいが、苦しそうではなかった。

ソフィーもアイシャの目を見ていた。

アイシャの瞳が虹色に輝いていた。

色彩が徐々に変わっていく。


恐らくアイシャはコスピアジェ同様に魔眼の持ち主なのだろう。

魔眼にどのような力があるのかは良くわからない。

ソフィーが何をされているのかわからなかったが、もしソフィーの身に何かがあれば、私はあなたを許さないからね、と思い続けた。


アイシャの瞳が光を放つことをやめ、アイシャの表情が柔らかくなった。



「ふうむ。そなたは情の強い女ね」


「お褒めの言葉と受け取らせて頂きます」


「ほんと強情」


「ありがとう存じます」



アイシャの前を辞去し、今夜の宿に案内された。


私とソフィーは同じ部屋。

何があったのか聞いた。

ソフィーは精神攻撃を受けていたようだ。



「頭の中に直接響くのよ。『お前ごとき矮小な人間がビトーを守れるのか』って。

 『守れる』『私が守ってみせる』って言っていたのだけど、こんな時はどうするって、だんだん絶対に守り切れないケースを言い始めるの。

 『死んでもビトーを守る』『それでも守り切れない時は一緒に死ぬ』『私はビトー・スティールズの妻だ』とだけ言い続けたの。

 私の考えを直接読み取れるみたいで、口先だけの嘘はすぐに見抜かれるわね。

 最後は根負けしたみたい」



そっとソフィーを抱きしめた。



「よくぞ試練に耐えてくれました」


「当たり前よ」



皆で夕食を御馳走になり、ホッとしているところで私にアイシャから呼び出しが掛かった。



◇ ◇ ◇ ◇



「アレクサンドラ様のお力添えを頂き、目的を達することができましたこと、ご報告申し上げます」


「あのソフィーという女がお前の目的なのね」


「はい」


「お前にとってあの女の価値を言いなさい」



アレクサンドラに話したことをもう一度話した。



「恩人ということ?」


「はい」


「お前の妻とする理由には弱い」


「私が拘っているのです」


「あれは経験の足りぬ小娘に過ぎません」


「小娘? ですか? 私より年上ですが」


「そうなの? そうは見えませんでした。お前は年上が好きなの?」


「私自身はその様なつもりはないのですが・・・ 実はアレクサンドラ様からも言われたことがございます」


「何と?」


「お前は熟女好きだの、と」


「ふふふ・・ ならばそうなのでしょう。あの娘の人の見る目は正確です」


「恐れ入ります」


「エリスでは不満?」


「不満などあろうはずがございません。ただし種族が異なります。寿命が異なります。お互いに辛いことになります」


「それを補って余りある力があると思うけど」


「力とかメリットとか度外視して、私がソフィーに拘っているのです。私の想い人なのです」


「ふうむ。わかりました。お前もなかなかに頑固ね」


「はい。自覚は少しあります」


「少しか・・・」




「ついでにお願いがあるの」


「なんなりと」


「ユミを連れて帰りなさい」


「まさか! 粗相がございましたか?」


「そうではありません」


「・・・」


「そろそろ人間の間で暮らさないとおかしくなるわね」


「承知致しました。代わりの者は必要でしょうか?」


「今のところ交易は順調よ。何かあってもヒックスにレイがいる間は大丈夫ね」


「承知致しました。 しかし、そういうものなのですね」


「お前は意外と大丈夫そうなのにねぇ」




それからハーフォードにおいて私が知っておくべき情報を聞いた。

危険な情報だった。

戻ったら最優先で確認しないといけない。



この度の古森のラミア族の多大なる支援の御礼として、3日掛けて一族を癒やして回り、族長の家の片隅に、背負い袋の中に残してあった最後の『ハーフォードの月』『レントの誉』『ハミルトンの雫』1本ずつ置いて辞去した。



一同とユミは古森への忠誠を誓い、マロンの先導でヒックスへ向かった。




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