067話 メッサー脱出
冒険者ギルドの外の気配を伺う。
ギルドを見張っていた冒険者のお代わりはいない。
合図をしてギルドの建屋の外に出た。
全員を1パーティとし、パーティ全体に認識阻害を掛け、冒険者ギルドを後にした。
隊列は私が先頭。
そしてクロエ、ジークフリード、ギルド長、師匠の順番。
私が行商人。
クロエ、ジークフリードが荷物持ち。
ギルド長、師匠が護衛。
のフリ。
夜間なので細部まで見えないし、全体的にそれらしく見えれば良い。
メッサーの街の門へ向かう。
ぼんやり見ていれば早出の商人だと思うだろう。
だが、さすがに守衛を誤魔化すのは無理だろう。
守衛は買収されており、ギルド長、師匠を捜している。
明確なターゲットを捜している人間には認識阻害は効きが悪い。
また、一人一人じっくり見られると、認識阻害はバレやすい。
結局守衛は気付いた。
露骨な時間稼ぎをしようとしたので守衛を無音空間で包み込んだ。
守衛は異変に気付き、大声で仲間を呼ぼうとしたが、殆ど聞こえない。
すばやく師匠が首を落とした。
門を出たところで、タクトで合図(赤外線)を送った。
師匠が訝しげに聞いてきた。
「今何をした?」
「合図を送りました」
「合図? 誰に向かってだ?」
「私の協力者にです」
「合図というほど何かをしたように見えなかったが」
「師匠の目には見えません」
「お前には見えるのか?」
「私にも見えません」
「それでいいのか?」
「良いんです」
「走りますよ」
そう言って、ペネロペと打ち合わせておいた草原の窪地に向かって走る。
街の外に冒険者パーティが伏せていた。
我々に気付いたパーティが追ってくる。
今夜は月がきれいだ。我々の姿が見えるのだろう。
合図を出している。
他のパーティを呼び寄せている。
「ここで良いです」
そう言って私は窪地に皆を導き、円陣を組んだ。
冒険者の声が聞こえた。
「どうした。もう追いかけっこは終わりか?」
「女がいるじゃねぇか」
「あんまり傷つけるなよ。あとの楽しみがへっちまう。ひっひっひ」
師匠が小声で聞いてくる。
「ビトー?」
「もう逆包囲していますよ。奴らがやけくそになってこっちに突っ込んできた時は、切り伏せてくださいね」
全員剣を抜いて構えた。
周囲から笑い声の合唱が沸き起こった。
笑い声の中に何か別の音が混じっていた。
冒険者の生首が3つ。
空からボタボタと降ってきた。
にやけた顔のままだった。
フェリックスに首を落とされたホブゴブリンを思い出した。
あの音は首を切り飛ばした音だったのね。
我々を取り囲む冒険者どもが不意に黙り込んだ。
「あら。お楽しみはもう終わり?」
「もっとはしゃいでもいいのよ?」
ゾッとするような艶めかしい声が聞こえると、周囲から特徴のある音が一斉に湧き上がった。
割と近いのは菜切り包丁でキャベツを切る音か。
でも切っているのはキャベツじゃない。
それを知っているとゾッとする。
冒険者どもが息を呑む音は聞こえたが、悲鳴は聞こえなかった。
キャベツを刻む音は2秒ほどで消えた。
あたりは静まりかえっている。
私が注意する。
「皆さん、剣を納めてください」
「これから我々を守ってくださった方々にお会いしますが、絶対に敵対しないでください」
「絶対にです」
「私の信用問題になります」
「皆さんの意見は聞きません」
「絶対勝てませんから」
「逆立ちしたって勝てません。100回戦って100回秒殺されますからね」
「いいですか、みなさん?」
「いいですね? 手は体の前」
「はい。ではペネロペ殿、姿をお見せくださいませ」
音も立てず、スッと草の間から出てきて艶然と微笑む上半身裸の美女。
月明かりなので完全には見えないが・・・
ギルド長も、師匠も、ジークフリードも、クロエも、目を剥いて固まっている。
目玉が転げ落ちそうだ。
私は自分の体で彼らの視線をさえぎり、目の前で手を振って正気に戻す。
「ご紹介致します。岩の森のラミア族、ランナバウト隊隊長、ペネロペ殿です」
「岩の森のペネロペです。どうぞよろしく」
ペネロペの優雅な挨拶を受けて人間側の混乱は極点に達したようで、ジークフリード、クロエが気を失って倒れた。
慌ててギルド長と師匠で意識を取り戻させていた。
その間にシモーネ分隊、ジャニス分隊が合流した。
「隊長。連絡に走った6人を始末しました。死体はジャニス分隊に任せました」
「ご苦労」
ランナバウト隊(10名)が全員揃ったところで改めてお互いに自己紹介をした。
自己紹介が終わると、ラミア達はあっという間に死体を処分した。
ジャニス分隊が引き連れてきたブラックサーペント5匹、レッドサーペント1匹に呑ませた。あっという間に呑んだ。
黒光りする巨体、赤銅色に輝く巨体を滑らかにうねらせて、サーペント達は下僕のようにラミアの命令に従順だった。
「では岩の森へ案内します。我らの背に乗ってください」
「そんな・・・ラミアの皆様の背に乗るなんて・・・ 我らは許されるのですか?」
「ビトー様のお仲間でしょう? 歓迎しますわ。それに急いでここを離れませんと思わぬ事態を招きますわよ」
「おお・・・ お願いいたす」
私はペネロペの背に乗った。
ジークフリード、クロエ、ギルド長、師匠もそれぞれのラミアの背に乗った。
ブラックサーペント、レッドサーペントを引き連れ、月明かりの中、凄い速さで無人の荒野を進んだ。
不快な揺れはなし。極上の乗り心地。
ただ、何となく来た道と異なる気がしてペネロペに聞いてみた。
「往路とルートが異なるようですが、何か問題がありましたか?」
「気付いたの?」
「何となくですが」
「地面の固いところ、足跡が付かないルートを進んでいるのよ」
「なるほど」
夜が明ける前にかなり進んだ。
ラミアの後ろをサーペントがついてくる。
サーペントはラミアの足跡を消しながらついてくる。
ラミアもサーペントも行動中は食事も睡眠も必要無いらしい。
休憩もせずにガンガン進む。
しかし人間はひ弱である。
ペネロペにお願いし、夜が明け始めた時に近くの森の中に潜ってもらい、休憩してもらった。
人間はラミアの背からよろめきながら降り、ぐったりしている。
とりあえず用を足し、食事。
私は非常食を持っているが、皆は何も持っていない。
私の非常食を分け合って食べた。
ギルド長の疲労の色が濃いので、全身に隈無くヒールを掛けておいた。
ペネロペにお願いして15分だけ寝させてもらい、再出発した。
昼は他人の目を用心しながら注意深く進むが、それでも馬車より遥かに速い。
そしてどこをどう走ったのかわからないが、4日目の朝に岩の森に到着した。
ちなみに中間地点に展開していた予備隊はとっくに撤収済みだそうだ。
どうやって連絡を取り合っているのかわからない。
冷静に考えるとなんか凄い。
無線機でも持っているのだろうか?
人間はいったん岩の森の端に下ろしてもらった。
ペネロペはじめラミア一同を抱擁すると、彼女らは森の中に入っていった。
森の入り口でマロンが待っていた。
しばらくマロンを抱きしめていた。
ごめんマロン。
でも往復7日間もラミア族にしがみついて移動するのは、四つ足のマロンでは無理だと思うんだ。
少し待つと森の中に気配があった。
「岩の森の友、ビトー・スティールズで御座います。
こちらに控えておりますのは元メッサーの冒険者ギルド長・ウォルフガング。
同じく元ギルド職員・ソフィー。
冒険者・ジークフリード。
冒険者・クロエ で御座います。
一時的に岩の森で保護して頂きとう存じます。
御検分をお願いいたします」
そう声を掛けると、ギルド長、師匠、ジークフリード、クロエに付いてくるように言い、そろそろと森の中に入っていった。
そこから先はどこかで見た光景だった。
族長の家の回りに整列しているラミアの人数からその総戦力を想像して気が遠くなりかけ、アレクサンドラに謁見し、アレクサンドラの大きさを見てまた気が遠くなりかけ、その美しさと若さに感じ入っていた。
そして私がアレクサンドラにペットのようにいじられる姿を見て目を剥き、謁見の最後に岩の森への深い感謝とともに「決して岩の森へ剣を向けませぬ」と誓った。
◇ ◇ ◇ ◇
岩の森には2日間滞在した。
その間、ギルド長に疲労を抜いてもらった。
私はアレクサンドラと話す時間を多く取った。
私から質問をし、アレクサンドラからも質問を受けた。
「この度ランナバウト隊に刀を持たせましたが、どうしてでしょう?」
「サーペント次第だったのじゃ」
「?」
「連れ戻せるサーペントがいるかいないか。いるなら何匹か。これが読めなかったので刀を持たせたのじゃ」
「申し訳ありません。私は鈍いようです」
「ふふ。そちは冒険者どもの死体を残したくあるまい?」
「はい」
「そこでサーペントどもに呑ませる方法を取ったのじゃが」
「はい」
「サーペントがいなかったらこの手は使えぬ」
「はい」
「サーペントが1~2匹のときもこの手は使えぬ」
「?」
「奴ら、大量に飯を食わせると寝てしまうからじゃ」
「な・・・るほど」
「その時は死体を残すしか無い」
「はい」
「いつもの倒し方をすると、鋭い者ならラミアが一枚噛んでいるとわかるはずじゃ」
「・・・」
「そこで致命傷を刀傷にしたのじゃ。これだと死体を放置してもなかなかラミアに紐付かん」
「なるほど ・・・私はやはり鈍かったようです」
「ところでの。首に藍玉の飾りを付けた女じゃが」
「ソフィーですね」
「うむ。あやつはお前の何だ?」
「私がこの世界で冒険者として生きていける最低ラインまで、力ずくで引っ張り上げて下さった師になります」
「お前の治癒魔法か?」
「いいえ。治癒魔法以外です」
「治癒魔法以外とは?」
「この世界の常識、魔物の知識、ダンジョンの知識、金の稼ぎ方、走る力などです」
「走る力?」
「私は冒険者としては弱者ですので、大抵の魔物から走って逃げないといけません」
「なるほど。 それでお前が助け出したかったのはあの女じゃな」
「はい」
「あの女、儂を睨んでおった」
「・・・なんですって?」
「儂が乳房の間でお前をあやすじゃろう?」
「・・・」
「その時じゃ。かすかに殺気のようなものが漏れておった」
「まさか!」
「間違いない。ペネロペも気付いた」
「そんな・・・」
「改めて聞く。あやつはお前の何だ?」
「少し長い話をしてもよろしゅうございますか?」
「うむ」
「私が初めて魔物を倒した時のことです」
「ふむ。ラミアか?」
「私はドラゴンじゃありません!!」
「ふふ、冗談じゃ」
「もうっ! とにかく初めて “殺し” をしたのです」
「ふむ。たかが魔物じゃろう?」
「はい。たかが魔物です。でも私にとっては正気を保つことが困難になるほどのショックだったのです」
「ふむ」
「私は弱っかすなのです。 肉体も、精神も」
「そうは見えんがの」
「私が潰れそうになったとき、ソフィーは一晩中私に付き添い、私に女を教えてくれ、私の精神の均衡を整えてくれました。そのお陰で今の私があります」
「そうか。あの女は自分の男を盗られたと思っているのだな」
「そんなことってありますか?」
「まあな。儂がお前を乳房の間であやしておるからな」
少し考えたアレクサンドラは
「軽く立ち会って手打ちと致すか」
恐ろしいことを言った。
◇ ◇ ◇ ◇
アレクサンドラと師匠の立ち会いは族長の家の前の広場で行われた。
アレクサンドラから立ち会いを命ぜられた時、師匠は予期していたようだった。
アレクサンドラは素手。
師匠は私の強い要望で木刀。
審判はペネロペ。
「いいですか」
「絶対に大きな怪我をさせないで下さいね」
「死ぬのは言語道断。一生お恨み申し上げますからね」
「一生治らない怪我も駄目」
私は両者に向かって言ったが、アレクサンドラに注意していることは一目瞭然。
立ち会いは、最初は見合っていた。
決着は一瞬だった。
突然アレクサンドラの上半身がブレた。
師匠は目で追えていた様だった。
だが何かをする前に倒れていた。
「勝者 アレクサンドラ」
ペネロペが宣言し、師匠が木刀を地面に置いてすぐに立ち上がると、アレクサンドラが師匠を手招きしてぼそぼそと話をしていた。
やがて二人は肩を抱き合って健闘を称え合い、分かれた。
師匠の顔は晴れ晴れとしていた。




