066話 メッサー冒険者ギルド再び
メッサーへ派遣する部隊が岩の森の東側、街道もなにもない森の端に集結した。
全体指揮 :アレクサンドラ
予備隊隊長 :アレクサンドラ
メッサー派遣部隊総隊長:ペネロペ
メッサー派遣部隊分隊長:サンドラ
メッサー派遣部隊分隊長:シモーネ
メッサー派遣部隊分隊長:ジャニス
アレクサンドラは岩の森とメッサーの中間地点まで進み、予備隊を握る。
ペネロペはメッサーへ派遣する3つの分隊全てを掌握する。
各分隊を預かるのが サンドラ、シモーネ、ジャニス。
いずれも治癒魔法で懇意の方々。
分隊は3名構成なのでメッサーへ派遣するラミア族は10名。
メッサーの街を根こそぎ潰せる戦力。
アレクサンドラは予備隊20名を率いて中間地点に布陣する。
ここでアレクサンドラから私に一言。
「今回の部隊編成は初めて行う。だが今後『メッサー派遣部隊』を他用途で使う機会が増えるであろう。これを表すよき言葉はあるか?」
これはもうアレでしょう。
「此度の編成はラミア族ならではの快足を生かし、戦場を縦横無尽に駆け回り、敵を蹂躙します。そして現場指揮官に大きな権限を持たせ、現場の判断で最大の戦果を上げることを目的とします。
以上から「ランナバウト」(run about)はいかがでしょうか」
「ふむ。よき語感じゃ。ペネロペはランナバウト隊隊長、サンドラ、シモーネ、ジャニスはランナバウト分隊長じゃ」
「「「「 はっ 」」」」
「部隊、前進!!」
そこから昼夜を問わない猛烈な行軍が始まった。
◇ ◇ ◇ ◇
岩の森を出発して3日目。
ランナバウト隊隊長ペネロペ、サンドラ分隊長、シモーネ分隊長、各分隊員の7名とともにメッサーの街を見下ろす場所に陣取っていた。
日が落ちて30分。
薄暮の時間帯もそろそろ終わり、夜の帳が降りる前。
ラミアの皆さんに向き直り、敵陣突入宣言をした。
「これから私はあの街の冒険者ギルドに潜入します。一人で帰ってくるかも知れません。何人か連れてくるかもそれません。その時ですが・・・」
ペネロペが後を引き継ぐ。
「ああ、あのゴミどもを潰せば良いのだな」
「おそらく教会本部へ駆け込む連絡要員もいると思われます」
「反対側にシモーネ分隊を配置しよう」
「お願いします」
「ジャニス分隊は既にアノール近郊でサーペントどもを呼び寄せ始めている」
「よろしくお願い致します」
サーペント奪還は今回の作戦のもう一つの重要な鍵である。
「合図は『それ』でよいのだな」
「はい」
「タイムリミットは夜明け前1時間だ。忘れるな」
「はい。では行ってまいります」
◇ ◇ ◇ ◇
私はメッサーの街に最後に入る行商人一行を隠れ蓑にした。
自分に対し「認識阻害」を掛け、彼らの後ろにつき、行商人一行にも「認識阻害」を掛け、彼らに紛れて街中に入った。
守衛にとっては “全部で何人いるのかわからない、妙に存在感の薄い行商人一行” に感じたことだろう。
メッサーの街はすっかり寂れていた。
この短期間でここまで寂れるのか、と驚愕した。
王宮はこれで良しとしているのだな。
そう思うとこの国に対する未練も何も無くなった。
冒険者ギルドが見えるところまで近づいた。
冒険者ギルドの灯りは消えている。
戸締まりもされている。
営業はしていないようだ。
他国から流れてきたのであろう見かけない冒険者が2人、遠巻きにして冒険者ギルドを見張っているのが見て取れた。
と言うことは、中に誰かいるのだろう。
冒険者ギルドを見張っている冒険者を鑑定した。
いずれもLUK無しの犯罪者だった。
そしてミリトス教会の奴隷だった。
メッサー冒険者ギルドの敵に間違いない。
どうやって奴らに気付かれずに冒険者ギルドの中に入ろうか?
透明人間にでもならない限り、冒険者に見られずに中に入ることは不可能だ。
私がこそこそと冒険者ギルドに近づいた途端戦闘が始まるだろう。
私は生涯で初めての決心をした。
◇ ◇ ◇ ◇
私の足下に冒険者の死体が転がっている。
首が切断されているが、出血は驚くほど少ない。
私が殺した。
初めて人を殺した。
二人とも殺した。
自分の意志で殺した。
殺した方法は・・・ タクトだ。
私らしい卑怯な闇討ちだったことは言明する。
私に正々堂々は似合わない。
初めてゴブリンを殺した時ほど動揺しなかった。
フェリックスがホブゴブリンを殺すところを初めて見た時、気持ちが悪くなった。
自分でホブゴブリンの首を落とした時も気持ちが悪くなった。
今回はその様な感情も湧いてこなかった。
コイツらが今までどんな犯罪に手を染めてきたのか知らない。
だが教会に守られて、罪を犯し放題であることを知っていたからだろう。
私も犯罪歴が付き、LUKが無くなったと思う。
イヤダイヤダイヤダ。
だが自分のどうでも良い感情は後回しだ。
冒険者ギルドを監視する犯罪者どもを一掃した。
今のうちに冒険者ギルドに入ろう。
冒険者ギルドの職員通用口をそっと開けた。
鍵の隠し位置は変わっていなかった。
自分に掛けている認識阻害を再確認し、ギルド長室へ向かう。
ギルド内で敵方の冒険者に出くわすかも知れない。
周囲を鑑定しながら慎重に進む。
いくつか罠が仕掛けられていることがわかる。
ギルドの建屋内における戦闘を想定しているとは・・・
ここまで追い詰められているとは思わなかった。
ギルド長室の前まできた。
ギルド長室は灯りが付いている。中に誰かいる。
鑑定・・・
軽くノックし、扉を開けて中に入り、扉を閉め、鍵を掛けた。
ギルド長の席に師匠が座っていた。
すぐに無音空間を展開した。
師匠が立ち上がり、無言で近づいてきた。
殴られると思ったら、抱きしめられた。
しばらく抱きしめられていた。
師匠の首に私の贈った『藍玉の首飾り』が輝いていた。
◇ ◇ ◇ ◇
師匠と私はしばらく抱き合っていた。
私は震えていたが、師匠も震えていた。
しばらくして顔を上げ、お互いの目を見つめ合った。
「どうした。震えているな。何があった?」
「初めて人を殺しました」
「それは大問題だ。お前を引っ捕らえなければならん。ところで誰を殺した?」
「このギルドを見張っていた犯罪者です」
「なんだ。それなら不問だ」
「ありがとうございます」
「師匠?」
「何だ」
「怪我を負ったと聞きました」
「かすり傷だ」
「毒は?」
「屁みたいなもんだ」
「そのお顔の変色は?」
「何でも無い」
「そんな訳ないでしょう。そこに横になってください」
「貴様、一丁前に・・・」
抱き合ったままソファーに押し倒すと、素直に押し倒される師匠。
師匠に覆い被さる私。
二人ともしばらくそのまま動かなかった。
師匠の傷を鑑定する。
黙って鑑定される師匠。
顔。被毒の痕跡。
毒自体はポーションか何かで解消しているが、跡までは消えない。
毒の後遺症もある。
「治します」
怪我の有無に関わらず、全身にヒールを掛けていく。
丁寧に、ゆっくりと。
皮膚・筋繊維・靱帯・骨・軟骨を正常な状態に。
元気を与えるように。
ラミアで鍛えた技を。
ハーフォードで発展させた技を。
渾身の力を込めて、これでもか、と。
師匠の頬を両手で挟み、毒の痕跡を消しつつ肌を若返らせていると、師匠は私を見つめながら聞いてきた。
「ブリサニアに行ったのではないのか」
「行きました」
「戻ってきたのか」
「はい。一時的に」
「奴らに見つかっただろう」
「たぶん見つかっておりません」
「どうやって入ってきた」
「え~と、説明を始めると時間が・・・」
「そうだな。ここに入るのを見られていないか?」
「おそらく」
「多少の時間の余裕があるか・・・」
「おそらく」
「ではギルド長を診てくれ」
「了解です。どこにいますか? 護衛はいますか?」
「ああ。腹心に守らせている。棚卸しの時でないと行かない隠し倉庫にいる。扉の前で冒険者が見張っている」
「師匠の治癒が終わりました。行きましょう」
師匠の腹心はジークフリードさんとクロエさんだった。
私に気付くと押し殺した声を上げ、駆け寄って抱擁した。
「ビトー!」
「ビトーさん。ギルド長を助けてください!」
ギルド長が匿われている倉庫に入った。
「おお・・・ ビトーか」
「どうぞ、そのまま横に」
全身を鑑定する。
盾を持つ左手がひどい有様。これも毒か。
解毒ポーションを使った形跡があるが、使うタイミングが遅かったように見える。
左手の指先が壊死し始めている。
血が行かないのか、毒が回ったのか。
毒は全身を弱らせている。
まず全身にキュアとヒールを交互に掛ける。
体が持ち直したら、集中的に左手にキュアとヒールを掛ける。
左手の指は骨が無事だったので、なんとか元通りになった。
なんだか指先だけ肌の色が若いのが愛嬌だが。
師匠、ジークフリード、クロエ、ギルド長、私で喜びを分かち合った。
一息ついたところでギルド長室へ移動。
これからの作戦について説明する前に皆さんの意思を確認した。
「ギルド長、相談があるのですが」
「うむ、儂もだ」
「この国に未練はありますか?」
「なに?」
「ご家族はいらっしゃいますか?」
「いや、いない」
「ではこの国を捨てて他国へ行くのはいかがでしょう?」
「それは・・・」
「ええ、ギルド長が私にお勧めになったことです」
「・・・」
「私が思いますに、敵は王宮内にも必ずいます。
そしてこのギルドの味方は、残念ながらこの国にはいません。
この国に未練が無いと言えば嘘になるでしょう。
しかし、国に殉じるならまだしも、ミリトス教会のエゴの為に殺されるのでは、死んでも死にきれないと思うのです」
「わかった」
「ジークフリードさんとクロエさんはいかがですか?」
「俺たちはギルド長に味方した。もうこの国には俺たちの居場所はない」
「そうよ。もうギルド長とソフィーさんと一蓮托生よ」
「わかりました」
「おい」
「はい」
「私には聞かないのか?」
「師匠の意思は確認しません」
「なぜだ」
「たとえ師匠がここに残ると言っても、無理矢理連れて帰ります」
「生意気言いやがって。お前に出来るとでも思っているのか」
「はい。 出来る、出来ないでは無く、やるのです」
「一丁前に言いやがって。で、どうするんだ? このギルドは常時見張られている」
「今はその見張りを崩しています。敵が気付いていなければ抜け出せます」
「無事に門の外に出たとして、この街は外から24時間見張られている」
「見張っているのはどんな奴ですか?」
「B級冒険者パーティ3つだ」
「なるほど。アレですね。問題ありません」
「・・・」
「なるべく敵を1箇所に集めたいのです」
「自分を囮にして敵を集めるのか」
「そうです」
「集めた後、どうする?」
「成仏してもらいます」
「・・・」
「ではすぐに出ましょう。
確認のためにもう一度申します。
ギルドの建屋から門までは自分で自分の身を守る必要があります。
門の外に出れば皆様の身の安全は保証されています。
私を信じて私から離れないでください」
治癒したとは言え、最も衰弱の激しいギルド長を守るように隊列を決めて、行動を開始した。




