064話 (回想)クロエ
私はクロエと申します。
北部の「入らずの森」の近くの村出身です。
父は村を襲ったオーガに殺されました。
兄が家を継ぎましたが、働き盛りの父を失った一家の生活は苦しくなりました。
だから口減らしのため、私は家を出る決心をしました。
幼なじみのジークフリードが冒険者になると言うので、一緒に冒険者登録をしてメッサーに流れてきました。
私は女では珍しい前衛の剣士です。
体はそれほど大きくないので、本来は後衛の風魔法使いだと思うのですが、初級者2人のパーティでは贅沢を言っていられません。
目の前に魔物が迫ってきたら、
「私は後衛の魔法使いです。 ジーク、あなたが盾になりなさい」
と言ってもジークフリード1人では守り切れません。
自ら剣と盾を持って身を守るしかないのです。
でも結局それで良かったのだと思います。
◇ ◇ ◇ ◇
メッサーのダンジョンは大変に渋いところでした。
王都に隣接する有名なダンジョンなので期待していたのですが、低層階は冒険者が多すぎて、少数の獲物を大勢で奪い合うという地獄のような状況でした。
一山当てるつもりで来たのですが、全く稼げませんでした。
運命の日。
私たちはダンジョンに潜っていました。
行けども行けどもゴブリンが散発的に出てくるだけで、それすら他の冒険者と奪い合う状況です。
オークも多少出て来ましたが・・・
オークは魔石の他に肉も売れるので、ゴブリンより実入りの良い獲物です。
だから私たちの前に大量にいる冒険者たちがオークに群がり、肉を奪い合い、どちらが魔物なのかわかりません。
とにかく私とジークフリードの前までオークが来てくれません。
実は低層階にも実入りが見込めるエリアがあります。
未踏破エリアです。
ですが、ここに足を踏み入れるのは、私たち2人では自殺行為と言われています。
初級冒険者同士で大規模パーティを組めば攻略可能かも知れません。
でも、それまでに醜い争いを繰り広げてきた初級冒険者同士が、にわかに手を組めるはずもありません。
結局私たちはダンジョンの外に出て、普段は冒険者が足を踏み入れないダンジョン背後の森を探索することにしました。
これが間違いでした。
私は毒蛇に足を噛まれました。
蛇は木の枝に偽装していて、不覚にも噛まれるまで気付きませんでした。
解毒ポーションは持っていませんでした。
と言いますか、持っている冒険者を見たことがありません。
高価過ぎるのです。
私は普通の冒険者がすることをしました。
中級ポーションを飲んだのです。
中級ポーションは解毒はできませんが、毒の回りを抑えると言われています。
その中級ポーションだって、二人で必死にお金を貯めて買ったなけなしの1本です。
でもジークフリードは迷わず飲めと言ってくれました。
うれしかった。
その後の記憶は曖昧です。
朦朧としながら必死に歩いた記憶があります。
気がついたら冒険者ギルド内のどこかの部屋のベッドに寝ていました。
ジークフリードは?
枕元の椅子に座って眠っていました。
よかった・・・
翌朝。
私は普通に歩けるようになっていました。
蛇に噛まれた跡も見当たりません。
まさか・・・
ジークフリードは心配ないって言うけど、これ絶対・・・
ジークフリードが顔を腫らして帰ってきました。
でも嬉しそうに言いました。
「ソフィーに借りたお金の返却に猶予がもらえた」
「明日からソフィーの手足となって働く。いいね」
◇ ◇ ◇ ◇
ソフィーさんの腹心の冒険者として認められました。
そしてより高度な指令に応えられるように鍛えられることになりました。
ソフィーさんの課す訓練は信じられないほど厳しかったことを憶えています。
最初に与えられたメニューを聞いたとき、笑っちゃった。
そんなの出来るわけ無いじゃない。
そう言ったらいきなり張り倒されました。
気付いたら尻餅をついて、目から火花が散っていました。
「出来ないなら死ね」
冷たい声でそう言われました。
ソフィーさんは男も女も関係ない。
女でも容赦なく殴ります。
ソフィーさんの課すメニューに取り組んでいると、「死ぬかと思った」というのはまだまだだと知りました。
そんなこと思う隙もありませんでした。
そして知りました。
上級冒険者とはいかなる者なのかを。
◇ ◇ ◇ ◇
今、メッサーの冒険者ギルドがどんどんおかしくなっています。
私を治してくれた闇治療士がいなくなりました。
彼のお世話になった冒険者はかなりいるでしょう。
私も冒険者を諦めなければならないところを、たったの一晩で癒やしてくれました。
治療費はたったの大金貨1枚でした。
もし教会を頼ったら・・・ と思うと寒気がします。
訓練中に負った大怪我も知らん顔で治してくれました。(無料だったのは秘密)
胡散臭い冒険者が増え始めました。
腕は立つけど、どこかねじ曲がったような、冒険者なのか職業犯罪者なのか分からないような者が目立つようになりました。
今までいたまともな冒険者が減り始めました。
メッサーに見切りを付けて去った者もいます。
ダンジョンで消息を絶った者もいます。
ダンジョンの管理がおざなりになり始めました。
私とジークフリードはソフィーさんの教育を受けていますので、ダンジョンというものは常に冒険者が手入れをして、中の魔物の数を適正レベルに保つ必要がある、ということを知っています。
これを怠るとスタンピードが起きます。
今のメッサーダンジョンはダンジョンに入る冒険者が減ってしまい、魔物の数が適正に維持されているとは思えません。
下層階にいるべき魔物が上層階で見つかったら危険なサインです。
ジークフリードと私でダンジョン内の魔物の間引きと観察を行う事にしました。
そうソフィーさんに言うと、ちょっぴり嬉しそうでした。
でもすぐに真顔になって言いました。
「ではギルドからの公式なクエストとして頼む」
「だが注意すべきは魔物だけじゃない。あいつらに気を付けろ」
「常にあいつらに見張られている、と肝に銘じろ」
「特にあいつらが見える位置にいるときは注意しろ。別のグループがどこかに隠れている」
「魔物と遭遇したときも注意しろ。反対側を必ず確認しろ」
だんだん冒険者が新種の魔物に見えてきたのですが・・・
◇ ◇ ◇ ◇
大事件が起きました。
冒険者ギルドの職員が殺害されたのです。3人も。
営業の危機です。
それよりも冒険者ギルド職員を狙った殺人なんていったい何の意味が・・・
王宮から騎士団が応援に来てくれましたが犯人は捕まりません。
目撃情報があり、犯人の目星もついています。
例の胡散臭い冒険者達の中の3人です。
でも見つかりません。
どこに潜んでいるのでしょう?
ソフィーさんが冒険者ギルドで襲撃を受け、撃退したという報が入りました。
急いで駆け付けるとソフィーさんは涼しい顔をしていました。さすがです。
ソフィーさんに斬られた襲撃者は10人。
冒険者ではなく、以前ギルドをクビになった者達だそうです。
逆恨みの犯行だとか。
冒険者ギルドが2度目の襲撃に遭いました。
今度は夜間でした。
ギルド長とソフィーさんで7人の襲撃者を倒し、3人取り逃がしたそうです。
以前からマークしていた胡散臭い冒険者達でした。
こいつらの経歴を探りましたが、神聖ミリトス王国には最近入国したばかりで、目立った活動はしていませんでした。
そこで各国の冒険者ギルドに照会した結果、あまりにも凄い内容だったので、各地の冒険者ギルドに広めて注意喚起したところ、ミリトス教会から抗議を受けました。
そういうことなの?
冒険者ギルド襲撃の依頼主はミリトス教会なの?
王宮はそれでいいの?
騎士団はそれでいいの?
ギルド長が襲撃を受け、大怪我を負いました。
ギルド長はB級冒険者上位の実力者なのに。
ギルド襲撃の顛末を報告するために王宮に呼ばれ、善後策を打ち合わせた後の帰路に襲撃を受けました。
王宮もグルなのでしょうか。
ギルド長が倒れてすぐ、冒険者ギルドが3度目の襲撃を受けました。
ソフィーさんが傷を負ったと聞いて、すぐに駆け付けました。
ソフィーさんは元気そうでしたが、ソフィーさんの冒険者らしからぬ美しい顔に毒を受けた変色跡を見つけ、気が狂いそうになりました。
ソフィーさんはギルド長が倒れた後、すぐにギルドの建屋内に罠を張り、襲撃者を待ち構えていたそうです。
そして一人で襲撃者12人全員討ち取ったとのこと。
「少しはギルド長の敵を取ってやったわ」
そううそぶくソフィーさん。
ジークフリードと私はソフィーさんの補佐兼護衛をする。そう宣言しました。
ソフィーさんの命ですぐに罠を設置しました。
目立つ様に設置する見せ罠と、気付かれないように設置する本命罠。
冒険者の襲撃を前提とした冒険者ギルドと、冒険者を容赦なく迎え撃つ罠。
おかしくなりそう。
ギルドを閉鎖するようソフィーさんに進言しましたが、今はギルド長を動かせないとのこと。
こんなになっても王宮は実効のある対策をとらない。
私とジークだけではギルド長とソフィーさんを守り切れません。
誰か助けて。 ソフィーさんを助けて!




