006話 捨てる神あれば拾う人間あり
マロンと抱き合って喜びを噛みしめていたとき、誰かに頭頂部を触られた。
非常に冷たい手だった。
突然の違和感にびっくりし過ぎて、「うわっ」と大声を上げてマロンを抱き抱えたまま前に転がった。
呆然と見上げると、フィリップ枢機卿とフリット大司教が私を見下ろしていた。
表情のない、冷たい目をしていた。
数瞬見合った。
この二人が私になにをしたのかわからない。
だがとりあえず魔法が発現したのだ。
礼を述べるべきだろうと考えた。
片膝を床につき、胸に手を当て、
「フース司教様の御指導を賜りまして、本日神聖魔法の発現を・・・」
「「 何かの間違いであろう!!! 」」
大声で上から被せられた。
どうやら神聖魔法の発現を認めないらしい。
それどころか私は何かをされたらしい。
触られた頭頂部から冷たい感触が下に降りてくる感じがする。
私は儀礼も何も放り出し、走って2人から離れ、壁際に立つ護衛騎士の元へ駆けた。
とにかく頭頂部から下に降りてくる冷たいイヤな感じを止めなければならない。
丹田に魔力を集めろ。
集めた魔力で全身を満たせ。
頭頂部の冷たくなったところに魔力が届かない実感がある。
クソッ!
両手で頭を押さえ、魔力を集中。
そして小声で
「キュア」
「ディスペル」
「キュア」
「ディスペル」
「キュア」
「ディスペル」
・・・
・・・
唱え続けた。
ヒールをたった1回成功させただけの超初心者が、呪いを解く高等魔法を知っているはずもない。
「キュア」も「ディスペル」も私が適当に名付けた。
だが魔法はイメージと集中だ。
もし呪われたのなら、解呪と状態異常の無効化をイメージして魔力を叩き付けろ。
呪いが下に降りてこないように、食い止めるようにイメージしろ。
力ずくで呪いを頭頂部へ押し戻すようにイメージしろ。
熱い魔力で冷たい呪いを焼き尽くせ。
そのイメージだけ持って魔力を集め続けた。
私が何かをしていることに気付いたフィリップ枢機卿とフリット大司教が、慌てて私に駆け寄ってくる。
フィリップ枢機卿とフリット大司教の前に立ち塞がったのはマロンだった。
マロンはうなり声を上げ、二人を睨み上げた。
「な・・・ どいておれ ケダモノがっ!」
フリット大司教が怒鳴るが、マロンは牙を剥き出して返答とし、二人を一歩も私に近づけなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
絶妙のタイミングで割り込んできたのはマルクス宰相だった。
「お二方は何をそのように焦っておられるのかな?」
ビクッとしたフィリップ枢機卿とフリット大司教。
しかしマルクス宰相に振り向いたときは、にこやかな笑顔を取り繕っていた。
「焦っているなど何も・・・」
そう言うと、これ以上マルクス宰相を近づけさせないように位置取りをする。
しかしそんな意図など無視し、2人を押しのけるようにしてマルクス宰相は私の傍らに立った。
「まぐれかも知れませぬが、犬は治ったようではありませんか」
「これは違います。この者が治したわけではありません」
「そうですか。ではどなたが?」
「・・・この者には神聖魔法の能力はありません」
「鑑定では “ある” と出ておりましたな」
「いいえ、無かったのです」
白を黒と言い張るつもりらしい。
それは私に何かをしたのは自分だと自白したのも同じだ。
マルクス宰相は面白そうに言葉を続けた。
「そうですか。それではお二方はこの者に何をしようと?」
「この者には何の能力もありません」
「それで?」
「能力の無い勇者は存在自体が害です」
「ほぉ」
「処分すべきです」
「ではここにいる勇者候補生どもは、みな処分せねばなりませんな」
「なんと・・・ なぜです」
「誰も魔法を発現しておりませんな」
「・・・いや、しかし、剣士とか育てようがありますでしょう」
「それは神聖魔法使いとて同じですな」
「・・・」
「犬はどうなりましたかな?」
「・・・」
睨み合いが続いた。
先に口を開いたのはやはりマルクス宰相だった。
「我が国は貴教会の意を汲んで、多大な準備期間と多額の税をつぎ込んで『勇者召喚の儀』を執り行いました」
「・・・」
「思い通りの成果を得られなかったのは残念至極です」
「・・・」
「ですが、思い通りの成果ではなかったからといって、その些細な成果まで我らから奪い去ろうというのはいかがなものですかな」
「いや、決してそのようなことは・・・」
「でありましょう? ですからこの非力な勇者候補生どもは我が王宮で預かろうと思うのです」
「・・・」
「使い物になるなら良し。ならなければ王宮付きの奴隷にでもしましょうぞ」
「・・・それなら宰相殿にお任せ致しましょう」
◇ ◇ ◇ ◇
私に掛けられた呪いの進行は止まったようだ。
冷たい感触の拡散は止まった。
教会関係者は帰っていった。
女神は一言も発しなかった。
マロンは王宮に残った。
この日、教会は神聖魔法使いである私の抹殺を計った。
だが失敗した。
誰の意志かと問われれば、女神の意志と見て間違いあるまい。
マルクス宰相とフィリップ枢機卿の駆け引きでフィリップ枢機卿が引いた際、女神から何らかのアクションがあって然るべきだった。
しかし女神は黙っていた。
私はフィリップ枢機卿とフリット大司教から逃れたとき、護衛騎士の元へ走った。
そしてマルクス宰相とフィリップ枢機卿が対決している間、私は護衛騎士にあるお願いをした。
護衛騎士はうまくやってくれた。
◇ ◇ ◇ ◇
教会関係者が退出した後、私一人謁見の間に連れて行かれた。
迎賓館みたいだなと思った部屋は、謁見の間と言うらしい。
そこで改めて鑑定を受けた。
鑑定は『鑑定水晶』という道具で行われた。
鑑定水晶を使えば教会に頼らなくても鑑定できるとのこと。
ただし鑑定水晶は凄く高価らしい。
結果は予想通りだった。
私は神聖魔法の能力を持っている。
ただし「レベル0」。
ステータスは「被呪」。
やはりフィリップ枢機卿に呪われたらしい。
私はマルクス宰相の鑑定もお願いした。
宰相は快く応じてくれた。
宰相のステータスは『健康』だった。 よかった。
「ふふふ。そちの懸念はアレであろう?」
「仰せの通りでございます」
「それ以上言う必要は無い。不敬に当たるからな」
「ははっ」
マルクス宰相は口をゆがめて皮肉そうに笑いながら『不敬』と言った。
護衛騎士も鑑定してもらった。
護衛騎士が身に付けていた装備も鑑定してもらった。
いずれも問題なし。
ミハエル騎士団長が面白そうに言った。
「そち、わかっておるの」
「はっ」
「心配致すな。王宮の護衛騎士に持たせる装備は伊達では無いぞ」
騎士団長は自信満々に言った。
私の神聖魔法の発現について再確認が行われた。
そんな簡単にテスト用の怪我人(怪我犬)がいるの? と思ったら、いた。
左手の親指を布で押さえたアラサー美女が連れてこられた。
布に血が滲んでいる。
布を取り去ると5cmほどの創傷があった。
傷は深く、血が止まっていない。
かなり痛々しい。
彼女は宮廷料理人だった。
早速ヒールを掛ける。
丹田から魔力を湧出させる。問題ない。
全身に魔力を充填する。頭頂部に魔力が行き届かない。それ以外は充填される。
傷に手をかざし、傷が治るイメージを練る。
傷の両側から肉が盛り上がり、表皮細胞が伸張して傷口を覆うイメージ。
(ヒール)
手の平から彼女の傷に魔力が流れる感じはある。
だが魔力の流れる速度が遅い。
魔力が流れる道が細い。
つまり魔法の発動が遅い。
時間あたりの魔力の流れる量は、マロンを治癒したときの半分以下。
つまり治癒に倍以上の時間がかかる。
非常にもどかしい。
これがレベル0か。
でも魔法は発動している。
ゆっくりと料理人の指の傷が塞がっていく。
ふと気づいた。
この呪われた状態は魔法の訓練に凄くいいのではないか?
1 丹田から魔力を湧出する
2 全身に魔力を充填する
3 傷に手をかざす
4 傷を治癒する過程を具体的にイメージする
5 傷に魔力を流すと治癒魔法が発現し、傷が塞がっていく
呪われた状態であっても1~3はスムーズにできる。
自分の体内の魔力を感知さえできれば誰でもできる。
実は4が難しい。
4のイメージを持てなかったら5はない。
しかし、4でイメージしなければならないのは5で起きること。
卵が先か、鶏が先か。
5のステップ。
ゆっくりと内部の肉が盛り上がって傷を埋めていく様子。
ゆっくりと表皮が伸張して傷口を覆っていく様子。
傷跡が消えていく様子。
つまり4でイメージしなければならないことをじっくり見ることが出来た。
これは得がたい経験だった。
傷が治る過程を定点カメラで撮影したようなものだ。
イメージをしっかりと記憶したぞ。
これで魔法の発現が安定する。
これを様々な傷で行い、パターン化して記憶に刷り込めば、凄い経験になるのではないか???
うまく行ったな・・・ と思ったら周りを伺う余裕が出てきた。
王も宰相も騎士団長も護衛騎士も、傷が治る過程を食い入るように見ていた。
妙齢の女性の指だからな。
傷跡まできっちりと消さねばなるまい。
そう思って治癒していたら10分も掛かった。
くたくたになった。
◇ ◇ ◇ ◇
アラサー美女の料理人。
涙を流して喜んでくれた。
王に向かって跪き、自分ごとき下賤の者に神聖魔法を使って頂けるなど、身に余る栄誉でございます、この御恩は返し切れませぬ、とか言っていた。
王は鷹揚に頷き、宰相に合図。
宰相は、
「ここで起きたことは他言無用じゃ。わかっておるの?」
料理人は平伏せんばかりだった。
料理人は退出するとき、強い視線で私を見てから出て行った。
・・・呪われてないよな?
◇ ◇ ◇ ◇
(護衛騎士の視点)
私が王の護衛騎士になって3年経つ。
この間、複雑な任務をいくつもこなした。
しかし今回の護衛ほど妙な任務はなかった。
教会から王を守る・・・ ???
ミリトス教会って敵だったのか?
可能性としては理解する。
信者が100人も集まれば、王家に対して不遜な思想を持つ者は出てくる。
一人や二人は必ずいる。
そういうものだ。
だがそのような者は王宮に参内するメンバーからはじかれる。
だからにわかには信じられなかった。
当日己の目で見て理解した。
王宮に参内したのは顕職ばかり。
いずれも何度も参内しており、トラブルとは無縁の者達。
王に殺意を持っているようには見えない。
だが、明らかに雰囲気がおかしい。
何かを隠している。
何かを企んでいる。
何かが起きるのはこんな時だ。
決して気を緩めず、何かあれば即座に会場を制圧する態勢を取り続けた。
トラブルがあった。
突然枢機卿が声を荒げると、勇者候補生が私の下に逃げてきた。
枢機卿と大司教から逃げてきた様に見える。
そしてマルクス宰相が枢機卿と大司教から勇者候補生を庇っている。
会場の注目が宰相と枢機卿と大司教に集まっている。
何かが起きるのはこんな時だ。
王に視線を向ける者がいないか周囲に気を配り続ける。
おっと。
逃げてきた勇者候補生が話しかけてきた。
こいつが襲撃を手引きすることもあり得る。
いつでもこいつを串差しにできる体勢を取りながら、油断なく会場全体に気を配る。
勇者候補生が妙なことを頼んできた。
ふむ。
わかった。
相棒の護衛騎士に合図をする。
そして教会関係者の退出時。
私は宰相と打ち合わせをする体で、宰相と女神の間に立つ。
女神の視線を背中に感じる。
相棒は王と打ち合わせをする体で、王と女神の間に立つ。
勇者候補生が頼んだのは、王と宰相に対する呪いを防いで欲しい、ということだった。
教会関係者が去ってから再鑑定した結果を見ると、勇者候補生の懸念は根拠のないものではなかったようだ。
そして『教会から王を守る』という任務も。




