059話 帰還
騎士団は私宛に公爵の伝言を持ってきていた。
それによると、私宛の書簡が届いているらしい。
差出人は「レイ・カトー」。
王領ヒックス代官の紋章の封印で送られてきたため、公爵が代わりに開封することは出来ない。
ミリトス教撲滅キャンペーンの最中なので、機密文書が未開封のままというのは気持ち悪い。早く戻って内容を確認して欲しいとのこと。
レイ・カトーとは香取麗華の英国風の変名だろう。
ラミアとの通商にトラブルが生じていたらまずい。
騎士団を見送った後、私 (とマロン)は男爵にお暇を告げ、領都へ帰ることにした。
帰路。
騎士団長の警告を受けて、左右の畑に目を配り、気配を消しながら歩いた。
見渡す限り、麦は刈り終わっている。よかった。
畑も道も冠水したのだろう。ゴミだらけだ。
ところどころ水が引かない場所がある。
水たまりの中に家畜の死骸が放置されている。
死骸が何かに喰われた形跡がある。
明らかに雨の前より治安が悪化している雰囲気だ。
大雨以降、騎士団以外にこの道を通った者はいないと思う。
こうなると夜営場所に迷う。
マロンの意向を尊重し、マロンが指示する場所でテントを張らずに夜を過ごした。
最初にマロンが不寝番をするという。
理由があるのだろう。
マロンを信頼して横になった。
夜半。
予定の交代時刻より早めにマロンに起こされた。
師匠の訓練の賜物で、急に起こされてもクリアな意識で目覚める。
「魔物がいるの?」
「 (うん) 」
「強いの?」
「・・・ (返答に困っている) 」
「ホーンドラビットかな?」
「 (うん) 」
「奴らは我々に気付いている?」
「 (うん) 」
「でも逃げない?」
「 (うん) 」
「我々を襲おうとしている?」
「 (うん) 」
「2匹?」
「 (もっと) 」
「5匹?」
「 (もっと) 」
「囲まれた?」
「 (まだ) 」
「どっちの方角にいる?」
「 (あっち) 」
ホーンドラビットは大雨の前、ハミルトンへ行く途中で見かけたが、こちらに気付くと草むらに隠れた。向こうから接触してくることは無かった。
だが今夜は違う。
ホーンドラビット。 脅威度E。
ゴブリンより強い。
額の一本角を武器に頭突きをしてくる。
足が速いので狩られる側に回ると厄介な魔物だ。
気配を探ると10匹はいる。
我々を包囲しようと思えば出来ない数じゃない。だがしてこない。
ということは、
・逃走させて背後から襲う
・退路の先に待ち伏せがある
のどちらか、または両方だな。
「逃げると見せかけ、奴らが集団で追ってきたところに瞬光を放つ。
瞬光を合図に反転攻勢を掛け、正面突破する。
その際2~3匹を血祭りに上げる」
「 (了解) 」
「奴らを突破したら、もう一度反転攻勢を掛け、数を減らす」
「 (了解) 」
「奴らがどのくらい残っているか、他の魔物がいないか、確認する」
「 (了解) 」
マロンはいつでも来い、という体勢を取る。
私は脇差とショートソード・アクセルを抜き、両手に構えた。
久しぶりの実戦だ。
だが不安はまったく無い。
マロンに起こされたときに戦闘のスイッチが入っていたようだ。
ダッシュの構えを取り、マロンの目を見て、戦いの口火を切った。
「GO!」
◇ ◇ ◇ ◇
足下に10体のホーンドラビットが転がっている。
まだ生きている奴にトドメを差した。
残りのホーンドラビットは逃げていった。
戦闘は予定通りだった。
ダッシュで逃げる我々に釣られ、ホーンドラビットは集団で追ってきた。
ライトボムで目くらましを掛けると同時に反転し、足が止まったホーンドラビットの集団に中央突破をかけた。
このとき4匹倒した。
更に反転し、視覚を失って右往左往しているホーンドラビットを狩っていった。
生き残ったホーンドラビットは目が眩んだままバラバラの方向へ走っていった。
待ち伏せのホーンドラビットもいたが、一目散に逃げていくのが見えた。
今回ショートソード・アクセルを初めて実戦で使ったが、その切れ味に驚いた。
両刃なので扱いに気をつけなければならない。
ホーンドラビットの死体。
そのままにしておけないので、ライト(光魔法)で照らしながら解体していった。
魔石と角を取り分けるが、気になったのは死体の痩せ方だった。ガリガリだ。
試しに胃袋を割いてみた。
麦わらを噛み砕いた物が大量に入っていた。
奴らは草食魔物では無いのかな? 麦わらでは腹くちくならないのかな?
マロンに聞いても「?」だった。
魔石と角を回収した後の死骸はまとめて燃やした。
これが目印になって魔物が寄ってくると困るので、焚き火からはかなり離れて監視した。寄ってきたのはホーンドラビットだけだったが、それもすぐにいなくなった。
翌朝、燃え残りを水たまりの中に放り込み、領都へ向かう旅を続けた。
◇ ◇ ◇ ◇
領都に着くと公爵と公爵夫人の歓迎を受けた。
「よくやってくれた。感謝致す」
「兄からビトー殿の活躍の報告が入っております。本当によくハミルトンを守って下さいました。兄の面目も立ちました」
「ありがとう存じます。褒め過ぎでございます」
ん?
ハミルトン村から報告が入っている?
早馬じゃないよな。
聞いてみると伝書鳥とのことだった。
鳩じゃない。鳥。
こちらの世界の鳥は、だいたいどの鳥も頭が良いらしく、飼い慣らせばどんな鳥も伝書用に使えるとのこと。
領地によって使う鳥も違うらしい。
男爵からの報告は、私が洪水対策の方針を示し “私財を投げ打って” 対策を実施した、という美談になっていた。
勘弁してくれ。
ハミルトンから領都への道中でホーンドラビットの集団に襲われたことを報告し、旅人に対する注意喚起をお願いした。
そして私宛の書簡受け取り、宛名、差出人を確認し、借りている部屋で開封した。
書簡は暗号(日本語)で書かれていた。
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親愛なる美籐君
メッサー冒険者ギルドの情報が入りました。
ギルド職員が死ぬか怪我を負い、ギルドが機能不全に陥っています。
ギルド長の姿が見えなくなったという情報があります。
ソフィーさんが一人で頑張っているようです。
私には何もできませんが、情報を共有致します。
王領ヒックス 上級監察官 香取麗華
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急ぎ公爵に安心するよう報告した。
「書簡ですが、全く問題ございません。例のキャンペーンや水龍の呪いには関係ありません。最近ヒックスで起きたことを知らせてきただけの内容でした。なぜあのような封印をされたのか理解に苦しむのですが・・・」
「そうか、よかった」
公爵の前を辞して部屋に戻ったが、さてどうするか。
結論が出なかった。
◇ ◇ ◇ ◇
今年の雨期はハーフォード公爵領を流れる河川の溢水という最悪の事態は回避した。
ただし、人知れず別の事態が進行していた。
今回は黒森周辺に大量の雨が降った。
黒森周辺には水が捌ける川が無く、水は黒森に溜まり続け、ついには黒森自体が浸水林と化した。
元々黒森に棲む魔物はイナゴ系、蜘蛛系だった。
だが大雨の影響で虫系魔物が激減し、いったんスライム系の独壇場になり、続いて黒森周辺から流されてきた餓死寸前の魔物達との生存競争の場となった。
魔物が大量に死んだ。
そして死んだ魔物の死骸がその場で土に還らず、水に漂って一箇所に流れ着いた。
そこは水龍の呪いで死んだ魔物が流れ着く場所だった。
何度も繰り返される水龍の呪いの結果、遂に一定量以上の魔力が溜まった。
原始ダンジョンが産声を上げた。
そして付近に人が住んでいないため、誰も気付かなかった。




