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平凡勇者の異世界渡世  作者: 本沢吉田
05 ハーフォードの呪い編
56/302

056話 予算申請

「マルコ様。昔の予算申請書の写しは残っていませんか?」

「マグダレーナ様のものでしたらございます」


男爵は知らなかったようだが、助役が憶えていてくれた。


「予算申請書の形式は今と同じですか?」

「ええ。変わりありません」

「私が拝見することは可能でしょうか?」

「昔のものですよ?」

「はい」

「既に終わってしまっている案件ですが・・・」

「はい。終わっている案件の方が秘密とかが無くてよろしいかと」

「そう・・・そうですね。村長、この方にご覧に入れてよろしいでしょうか?」

「ええ。昔の物でよろしければご自由に閲覧して下さい」

「ありがとうございます」


男爵にお暇を告げて、助役に連れられて書庫らしき部屋へ行った。

過去の予算申請書はすぐに出てきた。

最初のページを助役と一緒に見る。


「同じ形式ですか?」

「はい。同じ物です」

「では拝見致します」


助役にも仕事に戻って頂いた。



一人になってマグダレーナ様が書かれた予算申請書を見る。

一件ずつ見ていく。


・・・


マグダレーナ様の予算申請書を見て気付くこと。

毎年必ず同じ時期に提出されている。

つまりハーフォード公爵領には次年度予算の募集期間があり、それに合わせて申請されている。マグダレーナ様の仰った通り。

それは今月ではない。


件名は簡潔。

私ではわからない用語(地名?隠語?)も使われている。


投資効果。

領都から見て重要と思われる効果に絞って書かれている。

間違っても「これがあると村が助かるんですが・・・」という論調ではない。


見積もりは・・・

記載された数字が妥当か否か、私には見当すら付かなかった。

私がいた世界とは異なり過ぎる。

この世界は江戸時代同様、農産物が貨幣の代替品として扱われている節がある。



マグダレーナ様の予算申請書の中に、一件だけ異なる時期に提出されている案件があった。

大量の補足説明書が添付されている。

ところどころ記載されていない項目があるが、そこにはマグダレーナ様ではない、誰か別の人のサインが書かれている。


おそらくだが、緊急案件なのでマグダレーナ様が領都に赴き、直談判された結果、承認した官僚のサインが書かれていると思われる。

マグダレーナ様。有能。



さて。

橋の件。

何となくわかったと思う。

夕方、男爵と助役の仕事が済んでからお時間を頂いた。



◇ ◇ ◇ ◇



「橋の修繕の予算申請は、何回か出されましたか?」

「ええ。これまでに3回出しました」

「一回目はいつ頃出されましたか?」

「11月頃だったかな? 助役」

「ええ。その頃で間違いございません」


いつもマグダレーナ様が申請されていた時期から3ヶ月も遅れている。

たぶん領都では審査が終わっている頃だ。


「領都から返事はいつ頃届きましたか?」

「いつ頃だったかな? 助役」

「たぶん年が明けて、ずいぶん経ってからだったと思います」


では律儀に審査をして返答したんだな。

マグダレーナ様のお里だから丁寧に対応しないといけない。


「内容はこのフォーマットに合わせて書かれましたが、件名は○○○○、投資効果は○○○○でしたね」

「その通りです」



たぶん最初に目にした官僚が、一度目を通しただけで却下しているはずだ。

その後、マグダレーナ様のお里なので各所に根回しして、それから却下の返答をしたためたはずだ。

時間が掛かっているのはそのせいだ。

目の前のお二人にどう伝えるか考え込んでしまった。


不穏な空気を感じ取った二人がおろおろし始めた。

心配を掛けさせてはいけない。

急いで思うところを説明しなければならない。

だが相手は仮にも男爵。

ストレートに言ってはだめだ。


「申し訳ありません。原因が見えそうですのでお時間を頂戴したいのと、私が壮大な勘違いをしているといけませんので、まずはマルコ様と摺り合わせをさせて頂きたいのです。よろしゅうございますか?」



助役に退出して頂き、男爵と二人になった。

マロンはいるけど員数外ね。


無音空間を出した。

男爵は驚いていた。

はい。盗み聞き防止です。ご安心下さい。



「なにか間違えていましたか・・・」

「件名『ルーン橋、グラント橋の修繕』は良いと思うのです」

「ええ」

「次に投資効果ですが、『領都への病人・怪我人の搬送』これは領都の役人に刺さらないと思うのです」

「えっ!!! どうしてですか!?」

「緊急時は舟で渡せば良い、と言われると考えます」

「しかし、水龍の呪いの最中ですから舟は使えませんよ!」

「水龍の呪いの最中のことを想定されていたのですね。しかし水龍の呪いの最中でしたら、領内全域が大変なことになっていますから、領都に運んでも騎士団がいないのではありませんか? 仮にいたとしても手一杯ではありませんか?」

「う~む。そうかも知れません」

「おそらくですが

 『領内全域が厳しい故、各村で対処せよ。一時的に村長へ権限を委譲する。許せ』

みたいな周知がされるのではありませんか?」


「ああ・・・ 一度そのような周知がされたことがございました・・・」

「そして水龍の呪いが前提となりますと、残念ながら公爵の査察と園遊会は、理由としてはかなり弱くなります」

「・・・」



男爵ががっくりしてしまった。

だが、私が思うに橋の修繕は絶対に必要なのだ。


「僭越ながらマルコ様。私は橋の修繕には別の強力な効果があると思うのです」


そう切り出すと、男爵はすがるような目で見てきた。


「私が勘違いをしていないか、一緒に検証して頂きたいのです」

「わかりました」

「ハミルトン村の収穫は荷馬車に乗せられ、領都に運ばれますね?」

「そうです」

「荷馬車はルーン橋、グラント橋を渡り、街道を通って領都に達しますね?」

「その通りです」

「ルーン橋、グラント橋が落ちていると荷馬車は領都に行けませんね?」

「その通りです・・・」

「収穫が領都に届かないと、ハーフォード公爵領の経営に支障が出ませんか?」

「あっ!!!」

「ハミルトン村の収穫だけではありませんね? 南の村落から舟でハミルトン村へ運び込んだ収穫も領都に運べませんね?」

「!!!!!」

「領地経営の一大危機だと思うのですが、私は間違っていますか?」

「あなたの指摘は正しい! そして私は間違っていた! ああっ!!!」



男爵に伝えなければいけないことはもう一つ。


「マルコ様。実は私が気になったことがもう一つございます」

「何でもおっしゃって下さい。あなたはこの村の救世主です」

「そんなこと・・・ 予算申請書を領都へ送る時期なのです」

「時期?」

「はい。マグダレーナ様の予算申請書を拝見しました。ほぼ全ての申請書を8月に送っています」

「8月?」

「はい。領都で来年の予算を決めるタイミングに合わせて送っていたのです」

「マグダレーナはその様なことまで・・・」

「何月に予算申請の募集を行うか、領によって異なると思います。領によっては領主が全権を握り、時期も額も領主がランダムに決める領地もあると思います」

「・・・」

「これはどちらが良いか、悪いか、ではありません。ハーフォード公爵領ではこうしている、と言うことでございます」

「わたしはそんなことも考えずに送っていた・・・」

「それも予算を頂けなかった理由かも知れません」

「あああ・・・・」



男爵は頭を抱えてしまった。


しばらくして男爵が悲しげに聞いてきた。


「『領都への病人・怪我人の搬送』と言う理由は、全く理解されないのですか?」


これは答えるのが難しい質問だ。

男爵の考え方は心情的に否定できないし、かと言って領都の役人を悪く言う事もできない。


「マルコ様。これは私ビトーの思うところ、と割り切って聞いて頂きたいのです」

「はい」

「まず『領都への病人・怪我人の搬送』は、この村の民を預かる村長として当然の理由です。おかしなところは一つもございません」

「はい」

「一方、マルコ様が領都のお役人に任命されたとしましょう」

「はい・・・」

「マルコ様の元には同じ様な予算申請や陳情が、各村から一斉に送られてきます」

「・・・」

「予算の上限は決まっています。全部に予算は付けられません」

「・・・」

「マルコ様はいくつか予算申請を落とさねばなりません」

「・・・」

「マルコ様は投資効果を見比べます。ハミルトン村の投資効果は『領都への病人・怪我人の搬送』です。おかしなところはございません」

「はい」

「一方、別の村から出された投資効果は、第一の理由に『領都へ収穫を安全確実に搬入する』、第二の理由に『領都への病人・怪我人の搬送』と書かれていました」

「・・・」

「マルコ様はどちらを選びますか?」



男爵は頭を垂れたまま、しばらく動かなかった。



ハミルトン村がして欲しいことはわかる。

だが予算は獲り合いだ。

元の世界でも同じだった。

領都の役人の心に刺さるアピールポイントを書かねばならない。


橋の余寿命はどのくらいか。(水龍の呪いは耐えられない。通常の雨期でも怪しい)

橋が崩落する可能性と、領都へ搬入出来なくなる収穫の種類と量。

これを明記できたら領都は姿勢を正さざるを得ない。



水龍の呪いが起きれば草食性の魔物のエサも影響を受けるに違いない。

そして飢えた魔物達はハミルトン村に集積され、運ばれるのを待っている収穫に目を付けるだろう。

橋が落ちていれば騎士団の派遣が難しくなり、魔物の討伐も遅れる。

ここまで書ければ領都は青ざめるだろう。




気を取り直した男爵と善後策の打ち合わせを行った。

助役にも入っていただいた。


今年の雨期で橋は流されるという前提で動きましょう。

予算は無い前提で、村単独で出来る緊急措置を考えましょう。

手持ちの資材で橋を補強できそうな箇所は補強しましょう。

村民の協力を募り、今から可能な限りの流木をストックしましょう。

雨になれば流木がそれなりに流れてくるので、危険を犯さない範囲で可能な限りかき集めてストックしましょう。

橋が流されたときは、流木で簡易の橋を架けましょう。

過去の水龍の呪いでどのようなことが起きたのか、情報を集めておきましょう。



来年度予算は諦め、この村でやれることをやる。

当面のやるべき事を把握された男爵は、先ほどとは別人のように精力的に動き始めた。



助役の動きが気になった。

助役は男爵に何かを訴えているようだった。

だが、男爵は助役を抑えているようだった。




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