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平凡勇者の異世界渡世  作者: 本沢吉田
05 ハーフォードの呪い編
55/302

055話 ハミルトン村

突然だが、公爵夫人の出身地ハミルトン村へ視察に行くことになった。


村で困っていることがあるらしく、頻繁に予算申請書が届くのだが要領を得ない。


実は公爵と結婚される前は夫人が村を取り仕切っておられ、その頃は問題無かったという。

夫人が嫁いだ後、後任の村長と領都の間の意思の疎通がうまくいかなくなった。

何か深刻な問題があるのか、それとも申請の仕方がまずいだけなのか、読めないという。


ミリトス教撲滅キャンペーンが始まろうという最中、まさかとは思うがミリトス教がらみではないことの確認もしなければならない。


だが余所者が視察?

相手が嫌がるのでは?

と思ったが、公爵と公爵夫人に揃ってお願いされたら断るわけにはいかない。



「本来は儂かマグダレーナが手を砕いて当たるべきなのだが、ミリトス教撲滅キャンペーンが始まるので動けぬ。

なにしろマキ嬢という稀代のエースが王都へ去ってしまわれたのでな」


マキ。

ここでも評価されていたのね。


「そこでお主に依頼するのだ。実際に村長に会って実情を把握して来て欲しい」

「余所者どころか他国人です。ハミルトン村のことは何も存じ上げません」

「むしろよいだろう。かなりこじれてしまったのでな。領都の役人が出向いてもマグダレーナに気を遣いすぎて正しい判断が出来ない可能性が高い。そちが白紙の状態で判断して欲しいのだ。先方にそう伝えておく」

「一冒険者として行くのですね?」

「冒険者ではあるが儂の使いという身分だ。ただし今回は公爵家の馬車は出せぬ。全てミリトス教撲滅キャンペーンで出払う予定なのでな」

「村について最低限の情報を頂けますか?」

「どんなことだ?」

「村長のお名前ですとか、ここ領都からの行き方ですとか。もし村のタブーがあれば知りたいです」

「ふむ。では出発前にマグダレーナに聞くが良い。それからミリトス教には目を光らせておくのだ。では儂は失礼するぞ」


そう言って公爵は退出された。

公爵夫人のお名前はマグダレーナ様というのね。ふむふむ。



「ごめんなさいね。公爵は忙しくて」

「キャンペーンが始まりますので当然でございましょう。王都もハーフォードには期待しておりましょう。力を抜くことは許されません」

「本当にね。あんな感じですけど、公爵はあなたに本当に感謝しておりますのよ」

「有り難き幸せにございます」

「私もよ。公爵以上に感謝していますわ」

「もったいのうございます」

「公爵へ説明するのが大変でしたの」

「?」

「“若返り” についてよ」

「ああ、閣下には納得して頂けましたでしょうか?」

「ふふ、どうかしら。でも最後は『女の秘密に踏み込む気?』って凄んだら降参しましたわ」

「それはよろしゅうございました。御方様はご手腕をお持ちのようで、ハミルトンを治めておられたというのも納得でございます」


公爵夫人は顔を曇らせた。


「私がいた頃は公爵を悩ませることなど無かったのですけれど・・・」

「予算申請と伺いました。ハーフォード公爵領では予算申請の時期は決まっているのですか?」

「決まっているわ。もちろん、急に王の行幸が決まったりして、緊急に対処しなければならない時はあるわ。その様な時のために予備費ももっていますけど」



「御方様。私にはわからないことがございます」

「公爵と私の関係?」

「・・・御方様の洞察力には恐れ入るばかりです」

「他領の者には村娘が公爵に嫁いだみたいに聞こえますものね」

「はい。ですがその様なはずはございません」

「そうね。ハミルトンは特別なの。ハーフォード公爵領発祥の地なのよ。だからハミルトンの代表者は貴族と同等に扱われる。私は女爵扱いで公爵に嫁ぎました」


「これから私が会いに行きますハミルトン村の村長は男爵であらせられる」

「そうね。本人にはそんな意識は無いでしょうけど。田舎の村長にすぎません」

「村長のお名前は」

「マルコ。私の兄よ」

「なんと・・・」

「気さくな田舎者ですわ。政治的な駆け引きはありません」


「タブーはございますか?」

「村の結束を乱すのはダブーね」

「それは収穫に関係がありますでしょうか?」

「良くわかっているわね。その通りよ。収穫時は一糸乱れぬ統率が必要になるの」

「村長がそれを・・・」

「そう。私の兄は収穫を指揮させたら右に出る者はいないわ・・・ あれだけ村民を動かせる人間が、どうして予算申請になると支離滅裂なのかしら」

「兄君は政治家や官僚タイプではなく、軍の指揮官タイプなのかもしれません」

「ああ・・・そう、そんな気がしてきたわ。 ふふ、なんだかあなたと話していると楽しいわ」

「恐れ入ります」



私のアルバイトは期間延長された。

報酬については何も取り決めていないけど、アルバイト期間中は衣食住を保証してくれる。正直助かる。


それからハミルトンへのルートを聞き、村長の家の場所を聞き、村の宿の場所を聞き、お食事処の場所を聞き、犬を連れて行っても大丈夫と聞き、お暇することにした。

途中から貴婦人にしては気さくな口調で話をされるなと感じたが、昔を思い出されていたのかも知れない。




翌日。

お借りしていた部屋を片付け、執事に出立の挨拶をし、出納係に立ち寄って路銀を受け取り、領都の店で保存食を購入し、マロンと共に徒歩でハミルトンへ出発した。

公爵から連絡が行っており、私とマロンは顔パスで守衛の前を通過した。



ハミルトンまで徒歩で4日の工程。

本当に久しぶりの二人きりの旅になった。

野営するときは一応交代で不寝番を立てたが、何もなかった。

途中で見かけた魔物も、魔物じゃなくて野ウサギだろう、というレベルだった。



◇ ◇ ◇ ◇



街道を進み、そろそろハミルトンに着く頃に川に突き当たった。

名をルーン川という。

川には立派な橋が架けられており、川の名前を取ってルーン橋という。

橋の先に街道が続いている。


ところが近づいて見ると橋は年季が入っており、私やマロンが徒歩で通行する分には問題無いが、馬車で通過するには度胸が必要だ。

実際に馬車が通行するところを見たが、橋桁が軋んでいた。

次の水龍の呪いを待つまでもなく、ちょいと重量オーバーの荷馬車が通過したら橋桁ごと落下しそうな感じ。


川を渡り、更に街道を進み、ハミルトン村に入った。

守衛に冒険者証(E級)を見せると何も言わずに通してくれた。

農産物の輸送の護衛(小遣い稼ぎ)が来た、程度に思っているのだろう。

マロンについても特にお咎めなしだった。


教えられた宿に投宿し、今夜の部屋を確保。

村を見て回る。

城壁はしっかりしている。

冒険者向け食堂を確認。村唯一の大衆食堂という感じ。

酒場確認。村唯一の大人の憩いの場だろう。

食料品店確認。保存食は干し肉系よりも堅パン、ビスケット系が多い。ドライフルーツも種類が多い。

武器屋はない。鍛冶屋が兼ねているようだ。


村の外を見て回る。

村の外を2つの川が流れている。

一つは領都から来たときに渡ったルーン川。

もう一つが村を挟んで反対側を流れるグラント川。


2つの河川とも川岸は石組みで護岸されている。

管理に力を入れていることは素人にもわかる。

ただし堤防の高さは気持ち程度。

日本の堤防のイメージで見ると不安になってくる。

でもこちらの世界では相当気合いが入っているのだろうな、と想像できる。


川に挟まれた土地にも小麦畑が拡がっている。

さすがはブリサニア王国を代表する穀倉地帯。

高名な画家が見たら腕が鳴りそうな景色が拡がる。

だがよく見ると、所々に耕作放棄地がある。

アレは何だろう?



村からグラント川まで街道が伸びている。

グラント川まで行ってみると、大きな船着き場が目に入る。


領都で見た資料によると、グラント川とルーン川は蛇行しながら流れ、最終的にはハーフォード川に合流する。

2つの川の水深はそれなりにあり、水運が発達している。

ハミルトン村の南方の村落で収穫された農産物を領都へ運ぶ際、舟でハミルトン村まで運び、ハミルトン村で荷下ろしし、陸路で領都へ運び込むという。

その船着き場だった。


グラント川にも橋が架かっている。

川の名を取ってグラント橋。

この橋も立派だが年季が入っている。

やはり徒歩で渡る分には良いが、馬車で渡るには度胸が要る。

こちらの橋も次の水龍の呪いまで保つか否か、といったところ。


グラント川を渡った先にも広大な畑が広がっている。

小麦だけでなく、様々な農作物が作られている。

柑橘系、葡萄、トウモロコシ、ジャガイモかなあ・・・ いろいろ作られている。

だがここにもかなり大きな耕作放棄地が見える。なんだろう?


一通り見て回ったので、村に帰る。

明日、村長に会ってみよう。



◇ ◇ ◇ ◇



翌朝。

村長の館を訪問し、名前を述べ、領都から参りましたと言って面会を申し込むとすぐに会ってくれた。

事前に話が通っていたようだ。

妙なことだが、マロンも一緒に面会した。


マルコ・ハミルトン男爵。

ハミルトン村の村長。

マグダレーナ様(公爵夫人)の兄君。

中肉中背。

こちらの世界の男子としては背が低い方かな。

私より背が高いけど。

マグダレーナ様の面影は・・・ ない。

貴族という感じはしない。

かといって日本の村長、町長、市長とも違う。

最も近いところでは “職人” かな?

良く働く男、という感じ。


いずれにせよ政治家ではない。



「男爵のお忙しいお時間を割いて頂き、感謝に堪えません」

「とんでも御座いません。マルコとお呼び下さい。ビトー様」

「ではマルコ様。ハミルトン村で困っていることがおありなのに、なかなか領都に伝わらないとお伺いしました」

「はい。恥ずかしながらその通りでございます」



男爵のお話は、問題の核心へたどり着くまでかなりの紆余曲折があったが、話を総合するとこういうことだった。


ルーン川とグラント川に掛かる2本の橋。

この橋の老朽化が著しく、掛け替えて欲しい。

その予算を出して欲しい。


うん。おかしな点は無い。

私も掛け替えるべきだと思う。

他に何かありますか?

無い?

要求はこれだけ?

これが通らない?


・・・


ちょっと待て。

何かおかしい。


念のため男爵を鑑定してみる。

よかった。隠れ信徒ではない。


ではなぜ申請が通らないのだろう???


「予算申請書の写しを見せて頂いてもよろしいですか?」

「いや、写しは持っていないのです」

「ええと・・・」

「実はジェームス子爵からアドバイスを頂きまして、持たないようにしております」

「そうでしたか。念のためこれからは写しを取りましょう。ところで内容は憶えておられますか?」

「私は物憶えが悪くて・・・ ああ、彼なら憶えているかも知れません」


助役を呼んできた。

男爵と二人で何とか概要を思い出してもらった。

二人の話を総合すると、橋が落ちると困ることを書き連ねたらしい。


「投資効果に何をお書きになりましたか?」

「投資効果とは何でしょうか?」

「橋を更新すると得られるメリットです」

「領都への病人・怪我人の搬送です。橋が落ちると病人・怪我人がハミルトンで足止めされます」

「領都に行くとどのような手当が期待されますか?」

「騎士団に怪我の手当に経験豊富な人がいます。その人に見てもらうと適切なポーションを選んで頂けます。病気は判断が難しいのですが」

「二番目には何をお書きになられましたか?」

「公爵がハミルトンへ視察に来られなくなります」

「なるほど。三番目はありますか?」

「領都で行われる園遊会への参加が出来なくなります。これらはハミルトンだけでなく、川下の村も同様です」

「なるほど・・・」

「3つ書きましたが、なにはともあれ病人・怪我人の輸送です。これに尽きます」




私はこの世界の常識を知らない。

ハーフォード公爵領における予算申請の手続きも知らない。

審査基準も知らない。


だけど、なんとなく間違えているような気がした。

申請の理由が。


私が審査官でも却下しそうだと思った。




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