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平凡勇者の異世界渡世  作者: 本沢吉田
05 ハーフォードの呪い編
54/302

054話 ハーフォードの呪い

公爵夫人とマチルダ嬢は日に日に回復されている。

私は公爵の依頼で、表向きはお伽衆として、本当は呪いが再発したときの早期発見・早期対処のために傍らに侍している。


就職とはいえない。

短期アルバイトである。



本来は、


「王国を揺るがす大事件。

しかし駆け出しの男前の下級貴族の活躍で一件落着。

上級貴族は傷つかず、下級貴族は上級貴族に引き立てられ、割を食うのは平民ばかり」


というたわいも無い話で貴婦人の無聊をお慰めするのがお伽衆の役目だが、残念なことに異世界人の私にはネタがない。

元の世界でも底辺だった私は、貴婦人を楽しませる話術も話題も無い。


というわけで必然的に私が聞き役となって、「ハーフォード領あるある」を聞くことになった。

これが意外と面白かった。



ハーフォードは、ヒックスから領都へ来る途中、自分の目で見てきた通りの小麦の一大産地で、ブリサニア王国の食料庫になっている。

代々の領主が農業に力を入れており、ハーフォード川とその支流を水源とする灌漑設備が整っている。

小麦だけでなく、南部は柑橘系やプランテンなど、北部は大麦、ライ麦、ジャガイモ、トウモロコシに力を入れており、農産物の多様化も進んでいる。

農産物は領内だけでなく国の隅々まで出荷され、さらには国外へ輸出もしている。


ハーフォードは領地の真ん中をハーフォード川が流れ、大半が農業に適した平地で構成されるが、北部に森があり、森の更に北には山地があり、ハーフォード川の水源となっている。


西部には『黒森』と呼ばれる原生林がある。

一般に森や山地には強い魔物が棲むと言われているが、調査はされていない。

調査するのが恐ろしい、藪をつついて蛇、という一面もある。


ハーフォード領にダンジョンは無い。

従ってダンジョン目当ての脳筋派荒くれ冒険者はハーフォード領では見ない。


隊商の護衛任務が多いため、やや年かさの経験豊富な冒険者が多い。


冒険者ギルドは領都ハーフォードに1つあるだけというのだから、いかに領内が平和なのかがわかる。



ハーフォード領には「ハーフォードの呪い」と言われるものがある。

これは公爵夫人とマチルダ嬢が被害に遭われたような個人に向けられた呪いでは無く、ハーフォード領を周期的に襲う天災を指す。


天災は2種類ある。

「水龍の呪い」と「地龍の呪い」。

水龍の呪いは集中豪雨と、それによって発生する洪水を指す。

地龍の呪いは地震を指す。


水龍の呪いは雨期の終わりに発生することが多いが、毎年発生するわけでは無い。

発生すると広大な土地が水に没する。

収穫前に洪水が発生すると農産物は腐って駄目になる。

農家はもちろん悲惨だが、食料をハーフォードに頼っているブリサニア王国全体が飢えることになる。

当然輸出など出来るわけも無く、ノースランビア大陸全土が食糧危機に見舞われる。

現公爵はもちろん、歴代公爵は治水に力を入れてきたが、まだまだ自然の力に及ばないのが実情である。


地龍の呪いはかなり長い周期で来る。

前回は70年前に来たそうだ。

そのときは領主の館が半壊したらしい。

民衆の家がどうなったのかは記録が残っていない。

地龍の呪い前後の人口の変化の記録が残っていない。

その年の税収はどうなったのか記録が残っていない。

都合の悪いこと、興味の無いことは記録に残さないようだ。

津波が来たという記録は無いらしいので、震源は海底ではなさそうだ。

直下型だとすると、それはそれで怖いが。



◇ ◇ ◇ ◇



公爵御自ら陣頭指揮のもと、ジェームス子爵、王都騎士団、宗教査問官、マキの全面協力を得て、ハーフォード領内の隠れミリトス教徒を絶賛殲滅中。


ここでもマキの元の世界での経験が生きており、隠れ信徒が潜んでいそうな団体、人間関係を次々に潰していっている。



◇ ◇ ◇ ◇



毎日公爵夫人とマチルダ嬢のお話を伺っているうちに、お二方の私に対する態度が変わってきた。

超級ポーションを献上したのが私、お二方の呪いを解いたのも私、筆頭宗教査問官に一目おかれている、ということを注進するものがいたのだろう。

日を追う毎に、人間(御用商人レベル)から下級貴族へレベルアップしていくのが目に見えるようだった。

同格の人間に対するような言辞でもって応対してくださるようになった。

喜んで良いのか否か少し悩んだが、喜んでおくことにした。



公爵夫人とマチルダ嬢は健康を回復された。

しかしお体は元に戻らなかった。

アイシャに言われていたことを思い出す。


「傷は治る。だが古傷になると治らない」


公爵夫人は40代前半である。

しかし今のお姿は50代後半と言われても納得する。

お顔全体に張りがない。

おそらく全身の肌もそうだろう。

涙袋、両頬にたるみが。

目尻に鳥の足跡が。

御髪は腰がなく、細く、白いものが目立つ。

首筋はまともに年齢が出るところである。

しわが深く、たるみが目立つ。

肩が丸くなり、やや猫背である。

内臓にも疲労が溜まっているのだろう。


彼女が長年大地と向き合ってきた農家の女性というなら納得する。

その老いは尊くすらある。

だが貴族の女性としてみると、あり得ないほど老け込まれている。

マチルダ嬢は20代前半のはずだがアラフォーに見える。



「これでもハミルトンの名花と謳われたこともありますのよ」


そう穏やかに話されて微笑まれた公爵夫人の目に、うっすらと涙が滲んでいるのを見てしまった。


貴婦人のお心に触れて奮い立たない訳にはいくまい。

これでもラミア族の信用は厚いのだ。

だが人間に試すのは初めてである。

万全を期すことにした。



公爵夫人とマチルダ嬢のご予定を確認すると、本日は公爵夫人は終日空いている。

マチルダ嬢はすぐに公務に赴かれるとのことで退出された。


すぐに本日の公爵夫人の予定を押さえた。

侍女に寝椅子、クッション、上掛け、汗を拭う大量の布、お茶の準備を依頼。

準備が整うと公爵夫人と侍女に本日行うことを説明した。


「お手間を取らせて申し訳ありません。本日は御方様のお体の疲れを拭い去るための施術を致したく、ご予定を押さえさせて頂きました」

「マチルダにはしなくていいの?」

「拙者修行が足りませぬゆえ、一度に二人は施術できませぬ」

「じゃあ後でね」

「はい」


「妾はなにをすればいいのかしら?」

「御方様は寝椅子に横になられ、楽にしていてくださいませ」

「何もしなくていいの?」

「お茶をたくさん召し上がって頂きとう御座います」

「それだけ?」

「はい。ですが、喉がお渇きにならなくても、定期的にお茶を召し上がって頂きたいのです」

「ふ~ん」


公爵夫人にお茶を召し上がって頂いてから横になってもらい、鑑定を始める。

内臓系に疲労が溜まっている様に感じる。

全身の筋肉に疲労が溜まっている。

長期間痛みに耐えていたせいだと思われる。

どこから手を付けるべきだろうか。


ちょっと考えて、肝臓、腎臓、膀胱から癒やすことにした。

解毒系と毒素排出系。

特に病を患っているわけではないため、「がんばれ」「応援するぞ」とエネルギーを与えるイメージ。

うん。良い感じ。

疲労が抜けていく様子がわかる。


ここで公爵夫人が侍女と一緒に席を立たれた。

戻ってこられたときはラフな服装に着替えられていた。

お茶を召し上がって頂き、施術再開。


消化器系。

施術再開後、15分くらいでまた公爵夫人が侍女と一緒に席を立たれる。

戻ってこられ、お茶を召し上がり、施術再開。

この繰り返し。


途中、公爵夫人に恨めしげに見られたが、気付かぬ振りをして続行。

循環器系に移る前に、もう一度着替えられた。


そして総仕上げ。

疲労回復ではなく、異常状態の解消。

頭皮から開始し、顔、首、そして全身へ。

小じわ、たるみ、シミ、そばかす、ホクロ、表に出ていないメラニン色素、古い角質。

全て取り去るイメージで。

潤いを取り戻すイメージで。

張りを取り戻すイメージで。

乳房を吊る靱帯の再建&強化。

ヒップアップ筋肉を強化。

おっと、膝関節、股関節にもエールを送っておいた。


ラミアの方がやり慣れていて楽だな、人間は複雑な関節が多くて面倒臭ぇ・・・

と思ったのは秘密。


公爵夫人はすっかりリラックスされて寝てしまった。

ご婦人の寝顔を見るわけにはいかず、侍女と相談して失礼させてもらった。



その晩、なにやら遠くの方で叫び声が聞こえたような気がするが、気のせいだろう。




翌朝。

いつも通り公爵夫人とマチルダ嬢にご挨拶。

公爵夫人の変貌ぶりにかなりびっくりした。

二人並ぶと親娘ではない。姉妹だ。

しかも公爵夫人が妹。


ちなみに胸とお尻を再建したはずだが、アレクサンドラの凶悪なものを見慣れてしまったせいか、服の上からではビフォー/アフターがわからなかった。


「御方様、本日は格別にお美しゅうございます。

正にハミルトンの名花。

それがし敬服致しまして御座います」


片膝を付き、頭を垂れ、このくらいでいいかな? と思っていたら、公爵夫人とマチルダ嬢と二人の侍女達に拉致され、隣室に連れ込まれた。



厳しい尋問を受けた。

お前は一体何をしたのか?


「完全に呪いが解け、お体の疲労が抜けたのでございましょう」


そう韜晦したが、許してくれなかった。

マチルダ嬢の懇願に始まり、侍女達の泣き落としに遭い、最後は証拠を見せると言われて公爵夫人が上着のボタンを外し始めたので全面降伏した。

そして全てを語る代わりにこのメンバーだけの秘密にして下さいとお願いした。

そして “真実” を語った。



私は治癒魔法使いであること。

しかしミリトス教徒ではないこと。


それが原因でミリトス教会から命を狙われること4回。

呪われること1回。


教会の魔の手から逃げ惑う最中にラミア族に保護されたこと。

ラミア族の族長に請われ、ラミア達を治癒したこと。

ラミアの治癒をしているとき、副次効果として「若返り」があることに気付いたこと。

ミリトス教会は「若返り」については知見が無いこと。


若返りは私とラミア族の間の秘密であること。

若返りが公になるとラミア族が気分を害し、公爵領に対し何らかの干渉がくる可能性があること。

下手をすれば国が滅ぶこと。

また、若返りが公になると、ミリトス教会は必ず「治癒以上の魔法」を葬り去ろうとすること。

彼らのやり方として、関係者全員を暗殺しようとすること。


公爵夫人とマチルダ嬢と侍女達は、ミリトス教会については敵愾心を燃やしていたが、ラミアと聞くと黙ってしまった。

そして秘密の絶対厳守を約束してくれた。



マチルダ嬢に施術した。

施術後、ちょっと魅入ってしまった。

母である公爵夫人は正統派の美人なのに対し、マチルダ嬢は落ち着いた感じの穏やかな美女だった。

私の好みはマチルダ嬢だった。

母の血を濃く受け継いでいるとは言え、よくあの公爵からこのような麗人が・・・


侍女達の強い要望で(腕を掴んで離さなかった)、彼女達にも施術した。

さすが公爵家に仕えるだけあって侍女達も美人なことに驚いた。



念入りに打ち合わせを行った。

公爵夫人とマチルダ嬢については呪いが解けて元に戻った、で押し通すことにした。


呪われていた時期の印象が強すぎたので、今の印象が鮮明すぎるのでしょう。

そのうち慣れますわよ。ほほほほほ。

呪われていた時期に化粧法も研究しましたし。


侍女達について。

公爵夫人とマチルダ様が快復された時に心労から解放されて倒れるほどでしたの。

やはり公爵夫人とマチルダ様と同じく、心労の重かった時期と今とでは印象が全く異なるのですわ。

何か? 私はもっと不細工なはずとおっしゃりたいので?



◇ ◇ ◇ ◇



公爵、子爵、王都騎士団、宗教査問官、マキが隠れ教徒の殲滅から帰還した。


予想通りリオーズ商会の会頭や従業員の行方は分からなかったが、隠れ信徒あぶり出しの腕利き達が、リオーズから事業を引き継いだ連中や、取引先や、学友から17名もの隠れ信徒を識別した。


ちなみに鑑定で確かめたので間違いは無い。

鑑定はミリトス教の信仰自体を識別するのでは無く、ミリトス教信仰を「狂信状態」と判断し、精神異常と鑑定する。

この判定が正しいと考えて良いものかオーウェンにこっそり確認したが、経験上正しいとのこと。


早速王都に報告すると共に、隠れミリトス教徒が領主一族を呪っていたことを領内にくまなく公示し、信者を速やかに公開処刑した。



うん。このスピード感が民主主義と違うね。


元の世界だったら

「呪った/呪っていない」の水掛け論から始まり、

呪いの定義で揉め始め、

儀式には参加したが呪いの儀式とは知らなかった、とか屁理屈を捏ね始め、

とりあえず何でも反対する連中が湧いて出て、

2年、3年と無益な時間が過ぎ、

その間、被害者は放置され、

むしろ被害者が増えちゃったりして、

首魁は国外へ逃亡し、

そして誰もその責任を取らない。


気を取り直して、このスピード感は有り難い。




余波があった。

王都から全土に命が下った。


ヒックス(王の直轄地)、ハーフォード(ミリトス教に厳しい事で有名)で隠れ信徒が多数見つかり、暗躍していたことを重く受け止め、ブリサニア王国全土でミリトス教撲滅キャンペーンを始める。

急ぎ王都騎士団と宗教査問官は王都へ戻れ。


マキと別れを惜しむ時間も無かった。


「頑張れ!」


とだけ声を掛けた。




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