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平凡勇者の異世界渡世  作者: 本沢吉田
05 ハーフォードの呪い編
53/301

053話 解呪

2025/4/18 誤字脱字修正

公爵に各工程を十分にレクチャーした後、公爵全面バックアップの下に解呪準備に取り掛かった。


仕事は段取りが8割。

だが今回は10割のつもりで準備する。


特別に準備したのは工程表だ。

そして最大の山場が公爵夫人とマチルダ嬢の背中から刻印を浮かす工程。

これが出来るのは私だけ(宗教査問官の中にも治癒魔法士はいなかった)。

そしてそれが問題だった。


公爵もオーウェンも身分など問わず、私に呪いの刻印を浮かせるつもりだった。

それに消極的に難色を示されたのが公爵夫人とマチルダ嬢ご本人。

激しく反対したのがジェームス子爵だった。


公爵夫人とマチルダ嬢は、当初は私に肌を見せることに抵抗はなかった。

だが、話の端々からおぼろげながら私とマキの素性が見えてくると、難色を示されるようになった。




マキが理解できない様子で、二人きりの時に聞いてきた。


「公爵夫人とお嬢様はなんで急にイヤがるようになったのかしらね。呪われたままでいいのかしら?」

「いや・・・ そうじゃないんだ」

「心当たりがあるの?」

「・・・」

「ジェームス子爵だっけ? どうかしたのかしら?」

「・・・」


当初は公爵夫人とマチルダ嬢の視界に私とマキが入っていなかっただけなのだ。

犬や猫に裸を見られても恥ずかしくないのと一緒だ。

色々話を聞くうちに私とマキが人間に見えてきた。それだけだ。

貴族というものについて思うことが無いわけでは無いけれど、ここでそれを言ってマキのやる気を削いでも仕方ない。

黙っていることにした。




明日決行が決まった。

公爵の即断即決には恐れ入る。

我々は公爵の館に宿泊し、万全を期すことになった。



公爵夫人とマチルダ嬢のお話から、呪いは深夜に送られてくる(深夜に痛みと苦しみが増す)と判断し、決行は夕刻~夜。

呪いが送られてくる前。

公爵は、いかなる邪魔が入ろうと排除できるように騎士団を配置した。


そして超級ポーションの準備。

ポーションは薬なので体重で摂取量が決まる。

超級ポーションは一瓶で3服分とされる。

これは体重100kgの冒険者または騎士を基準としている。

公爵夫人とマチルダ嬢はぐっと小柄のため、4服分になる。

事前に4等分にして頂いた。


「2服分余るが・・・」

「予備です。公爵のお手元に保管願います」


公爵はほっとされているようだった。



公爵夫人とマチルダ嬢は早めに湯を使って頂いた後、背中が大きく開いた夜会服に着替えて頂いた。

公爵夫人付き侍女とマチルダ嬢付き侍女にペンを持たせ、痣が拡がる1点に印を付けて頂くことにした。


「印は、大まかに○を付けて下されば大丈夫でございます」


そう言って安心させた。


オーウェンにはフィリップ枢機卿とフリット大司教の肖像画の用意を依頼した。

既に額と背板から絵の本体を外している。

さすが仕事が早い。


私はトレントの樹皮を人型に切り抜いた。

軽くヒールを掛けて樹皮を活性化しておいた。

最後に公爵夫人とマチルダ嬢に失礼の無いように湯を使って汗臭さを消した。

(加齢臭は無いと信じるけど、万一臭ったらいけないから)


マキに工程表を渡し、作業中に抜け・漏れが無いようにチェックを依頼した。

工程を外れそうになったときはいつでも止めてくれ。

大声を出してよし。

そう言うとマキは不安がった。


「こんなの初めてだよ。怖いよ・・・」

「大丈夫。私も初めての時は怖かったよ。でも1回経験すれば大丈夫」


私も隣にいるから迷ったらいつでも声を掛けなさい、となだめた。

チェックするときは時刻・OK・NGを記入して、全員に分かるように声を出してね、とお願いした。

更に、どんなに些細な事でも気付いたことを書き留めて貰うことにした。


「君が進行役、全体の総司令官になるんだよ」とは言わなかった。


必要以上に緊張するから。



◇ ◇ ◇ ◇



夜。

呪われた当事者と解呪に関わる全員が一室に集合。

まずは公爵から公爵夫人に超級ポーションを振る舞って頂いた。


不安そうにグラスを見る公爵夫人。

公爵に促されると目をつぶって必死にグラスをあおった。

だが公爵夫人の恐怖心とは裏腹に、ポーションの薬効は目を見張るようだった。

腕全体に拡がっていた痣がみるみるうちに消えていく。

ベールに隠されていて細部は見えないが、顔色がみるみるうちに明るくなる。

背中を拝見すると、背中上部に痣が収束していく様が見える。

背中上部の1点が、最後までポーションの薬効に抵抗している様に見える。


再度呪われるのを待つまでも無い。

これが呪いの刻印だ。

タイミングを見計らい、すかさず侍女がペンで○を描く。


マキが


「○時○分 公爵夫人の痣、収束を確認。 確認者、全員」


そう宣言し、工程表に時刻を記入する。


「いいぞっ!」


小声でマキを鼓舞する。

オーウェンが拡大鏡で○印の中心のホクロのようなものを見る。


「間違いありません。呪いの刻印です」

「○時○分 公爵夫人の背に呪いの刻印を確認。 確認者、筆頭宗教査問官」


マキが宣言し、工程表に記入する。

オーウェンがかざす拡大鏡を公爵ものぞき込む。


「うむ。これは確かに」


オーウェンの説明によると、この呪いは時間を掛けて練った呪いで、対象にしがみつくタイプの呪いらしい。

なるほど。

刻印を写し取る素材をトレントの樹皮にしておいてよかった。

羊皮紙では写し残しが出たかも知れない。


公爵夫人付きの侍女が、夫人の体の主な部分に痣が残っていないことを確認すると、マキが復唱して工程表に記入する。



解呪を開始する。

刻印を皮膚の異常と見立て、状態異常回復魔法を掛ける。

イメージは、公爵夫人の背中の丸印の中にある刻印を、メラミン色素ごと、ホクロごと、浮かす。

落とすのではなく、浮かす。または剥がす。

公爵とオーウェンとマキが食い入るように見つめる。


「浮いてきましたぞ」(オーウェン)


流す魔力量を安定させることを心がけながら、状態異常回復魔法を掛け続ける。


「皮膚から完全に浮きましたぞ」(オーウェン)


念のためもう一度トレント樹皮にヒールを掛け、公爵夫人の背中にそっと当てる。

そしてそっと外す。


「よしっ。夫人の背中に残っていないぞ!!」(オーウェン)


ここまで5分掛かった。

自分を解呪したときに比べると格段に早い。

公爵夫人を鑑定すると「被呪」が消えている。


マキに声を掛け、記録させる。


「○時○分 公爵夫人の状態異常解消を確認。確認者、ビトー・スティールズ」


慌ててマキは復唱し、工程表に記入した。


緊張の糸の切れかけた公爵夫人がふらつかれたため、いったん休憩して頂く。


そして同じ事をマチルダ嬢に対して行った。

問題無くマチルダ嬢を解呪した。




ここからは我々の仕事。

あらかじめオーウェンが準備していた肖像画の裏にトレントの樹皮を貼った。


フィリップ枢機卿の肖像画に公爵夫人の呪いを写し取ったトレントの樹皮を。

フリット大司教の肖像画にマチルダ嬢の呪いを写し取ったトレントの樹皮を。


そして肖像画とトレントの樹皮が一体化するようにやさしくヒールを掛けた。

オーウェンに肖像画を元通りに額装してもらった。



この間、公爵と侍女とマキが公爵夫人とマチルダ嬢を監視。

いつもなら呪いが始まる時間帯を過ぎたが痣は拡がらない。

体の苦しみや痛みも無い。

成功したと判断する。



「○時○分 公爵夫人の解呪成功! 確認者、ハーフォード公爵閣下」

「○時○分 マチルダ様の解呪成功! 確認者、ハーフォード公爵閣下」



マキが高らかに解呪成功を宣言し、工程表に記入する。


マキの「解呪成功!」の宣言を聞いて完全に緊張の糸が切れたのだろう。

公爵夫人とマチルダ嬢は我々の前なのに気を失うようにして眠ってしまった。

公爵と侍女に終夜監視をお願いし、オーウェンとマキと私は隣室へ移動した。



◇ ◇ ◇ ◇



翌朝。

我々が待機する部屋の扉を「ドーン」と勢い良く開けて、公爵が入ってきた。

もう声を聞かなくてもわかった。

目元に寝不足の気配があるが、それよりも何よりも、全身から精気が滴り落ちるのではないかと思うほど気力が横溢し、かつこれ以上ないほど上機嫌の公爵だった。


「成功したぞっ!!」


そう叫ぶと我々を一人ずつ、荒々しく力一杯抱きしめてキスして回った。

閣下、あなた上級貴族でしょうに・・・


公爵配下の鑑定士に鑑定させ、今朝になっても呪いが解かれていることを確認したらしい。



更に2日間様子見をした。

呪いは再発しなかった。


オーウェンが肖像画を確認したが、目立った変化は感じられないという。

急激な変化は呪いを解除されたと気付かれるかも知れない。

いろいろな意味で良いと思う。



◇ ◇ ◇ ◇



解呪はうまくいった。

次は呪われたルートを解明しないといけない。

マキに心当たりがあった。


「お二人の呪いの刻印があった位置。あれは首飾りの鎖の止め具の位置なのよ」


二人とも背中の1点から痣が拡がっていた。

そこにホクロのような刻印があった。

確かに位置的に首飾りが怪しい。


オーウェンの見立てでは、


「あれほど強い呪いの受け口を作るには直接肌を触る必要がある。

だが、公爵夫人がミリトス教徒に背中を触らせるとは思えない。

ならば何かを介して刻印したはずだ。

呪いの首飾りの線は大いにあり得る」


早速公爵に謁見を申し出て、例によって盗聴防止を掛けなから相談した。


「首飾りか・・・ わかった。装飾品を使用しないようにさせる。首飾りを全て持ってこさせよう」

「お願い致します」




さて、首飾り。

マチルダ嬢の首飾りは28本。

公爵夫人に至っては50本以上もお持ちだった。

さすがお貴族様。


数が多くても危険物なので気が抜けない。

鑑定ミスも許されない。

オーウェンと私でダブルチェックして行くが、自分が呪いを受けてしまわないように、直接触れるわけにいかない。

オーウェンが棒を使って選り分けていたが、1本1本分けるのに相当難儀されていた。そこで私が代わった。

私は棒2本を箸として使い、首飾りをつまみ上げ、ひょいひょいと分けていく。

オーウェンがあきれたように私の手元を見ていた。




「これですね」


マチルダ嬢から提供された、大きな青い宝石の首飾りに “それ” を見つけた。

マキの読み通り、ペンダントトップでは無く、首飾りの鎖の留め具に呪いの残滓がある。


マチルダ嬢、公爵夫人それぞれ一本ずつ呪いの首飾りがあった。


公爵に報告し、公爵家全員(公爵のご家族はもちろん使用人も全員)に装飾品の使用を中止させ、入手経路の調査をお願いした。


今日の公爵はちょっと怖かった。



◇ ◇ ◇ ◇



首飾りの入手経路が判明した。

領都の大店リオーズ商会。


いつもの御愛顧に感謝して、といって献上された物だった。

間髪を入れず、公爵は自領の騎士団を率いてリオーズ商会を急襲した。

宗教査問官一行と王都騎士団が同行した。

しかし既に店はもぬけの殻だった。

店主・従業員は行方知れず。


隣接する店の者に話を聞くと、我々が領都に入った時期に夜逃げがあったらしい。

激高する公爵だったが、オーウェンがクールダウンさせる。


「商人などどうせ下っ端です。奴らにはあのような高度な呪術の知識も技もありませぬ」


オーウェンによれば、これだけ精緻な呪いを組める者はそういない。

商人風情では無理。

かなり研鑽を積んだ呪術師が時間を掛けて編むとのこと。

それを聞いた公爵は各部署に指令を出しはじめた。

任せておいてよさそうだ。




宗教査問官2名と私で公爵家全員の装飾品の鑑定をしていく。

気が遠くなる。

公爵とジェームス子爵とオルタンス嬢の首飾りもチェックしていく。


するとオルタンス嬢の首飾りの中に「まだ呪いを発動していない」ものが見つかった。

リアル危険物だ。

即報告。

公爵麾下の鑑定士にも情報を共有する。

そして公爵麾下の鑑定士たちが公爵家の様々な装飾品、道具類を鑑定していった。



ちなみに子爵、オルタンス嬢は普段装飾品を身に付ける習慣が無く、式典のときだけ装着する。

そして昨年から園遊会などが無かった(天候不順で中止していた)のが幸いしたらしい。




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