050話 一件落着
ヒックスの街で捕縛された隠れミリトス教徒は180名を超えた。
王都から派遣された宗教査問官と騎士団は疲労困憊だったが、その表情は明るかった。
これほど短期間でこれほどの成果は前代未聞で、王都帰還後に全員昇進または表彰が待っている。
マキの助言はことごとくツボだったらしい。
ラミアの里で行われた最後の『神託会議』には騎士団だけで無く、宗教査問官も同席し、マキに深い感謝の言葉を述べた。
その際、是非宗教査問官に、と勧誘された。
上級査問官の地位を約束するとのことだった。
王都の許可がいるのでは? と聞いたところ、許可を出せる地位の人が来ているとのことだった。
回答はいったん保留にしてもらってマキは考え込んでいた。
◇ ◇ ◇ ◇
古森とヒックスとの友好関係が回復し、交易が再開された。
再開に際し、マーラーとリーはラミアの里を訪れ、アイシャへのお目通りを願い出て直接感謝の言葉を伝えると共に、上級・特級・超級ポーションを献上した。
「これは何?」
「ヒカリオルキスの生花から作られましたポーションでございます。上級・特級・超級でございます」
「効果は?」
「上級ポーションは治癒魔法の『ハイヒール』に相当します。
特級ポーションは治癒魔法の『キュア』(解毒)に相当します。
超級ポーションは治癒魔法の『ディスペル』(解呪)に相当します。
上位のポーションは下位のポーションの薬効を包含します」
「ラミアにも効くの?」
「ポーションの効果は人間もラミアも変わりません。ただし必要量は体重に比例しますので、これ一瓶で人間なら3人から4人分ですがラミアの皆様でしたら1人分でございます」
「ふふっ。ありがとう」
ヒックスでは上級・特級・超級ポーションの生産が公式に発表された。
これまでも生産していたのだが「材料が手に入ったら作る」というスタンスだったため、常に入手できるものではなかった。
それが常時店頭に並ぶことになった。
売値は市場の値崩れを防ぐため、それまでの価格に合わせて商業ギルドと冒険者ギルドから売り出された。
上級ポーション(ハイヒール)は大金貨1枚(100万円)。
特級ポーション(キュア)は白金貨1枚(1000万円)。
超級ポーション(ディスペル)は大白金貨1枚(1億円)。
今まで買いたくても買えなかった貴族、冒険者、商人達がこぞって飛びついたので、一時的に品薄になったのは仕方ない。
だが一通り需要を満たして供給が安定すれば、値は下がっていくだろう。
そしてミリトス教会の財源をじわじわ潰していくことが期待された。
ちなみに上級・特級・超級ポーションのファーストロットはラミアの里と王家に納められ、セカンドロット以降は商業ギルドと冒険者ギルドに卸された。
私は商業ギルドと冒険者ギルドから、特別慰労金代わりのお裾分け(3本セット)を貰った。
◇ ◇ ◇ ◇
ヒックスの冒険者ギルドでは職員の刷新が行われた。
オルガ+2名が隠れ信徒として逮捕され、処分された。
その他の職員も、業務上とは言えオルガとなにがしかの関係を持っていた者は一新された。
ヒックスの商業ギルドでは2つの新部門の立ち上げが行われた。
1つ目は古森のラミア族との交易を担当する部門。
2つ目は新ポーションを製造・販売する部門。
それぞれの部署で議論が白熱している。
1つ目については初回取引、再開後の取引を行った商会があるが、このまま同一商会に任せっきりで良いのかと大議論が巻き起こり、新組織が立ち上げられた。
これは特定の商会のみ交易を行っていくのではなく、ヒックスの商業ギルドが指名した商会が交易できることをアピールするためである。
とは言えラミア達の信用を考えれば、毎回商会の顔ぶれが異なるのは望ましくない。
ということで御用商会に選ばれる条件について議論されているが、収束する気配が見えない。
2つ目については上級・特級・超級ポーションのどれを重点的に製造するかで議論が白熱している。
希少価値は認めるが、超級ポーションなど年に何本も売れる物では無い。
注文生産で良いだろうという意見。
いや、国内はもとより他国からも引き合いが殺到している。
超級も特級も今は作れるだけ作ろう、という意見。
ヒックスの冒険者や商人のことを考えれば、彼らの手の届く価格帯(上級ポーション)を重点的に製造すべきだ、という意見。
こちらも議論が収束する気配が見えない。
商業ギルドでミリトス教会総本山とメッサーの冒険者ギルドの噂を聞いた。
商業ギルドで他国の冒険者ギルドの噂を聞くのは妙な気がしたが、神聖ミリトス王国の商人がポーションの買い付けにきていたので情報が入ったのだった。
ミリトス教会の治癒レベルは落ちるところまで落ちたらしい。
元々冒険者達は教会の治癒は相手にしていなかったが、商人や職人にまでスルーされるようになった。
ということは、まだ私を呪い続けているのだろう。
そして呪いを散らされていることに気付いていない。
今更ながらウォルフガングの見識に頭が下がる。
でもこのままでは済まないだろうなと思っていたら、どうやらミリトス教会はメッサー冒険者ギルドに露骨な干渉を仕掛けているらしい。
根拠のない上納金を求めたり、毎週一定数の治癒依頼をするよう要求しているという。
ギルド長と師匠が門前払いをしているが、全て撃退し続けるのは難しい。
何しろあの国ではミリトス教は国教のため、様々な横暴が許されてしまう。
商業ギルド長には引き続きミリトス教会の情報収集をお願いすると共に、国内および他国に対し、ミリトス教会の惨状と横暴の情報拡散をお願いした。
◇ ◇ ◇ ◇
マーラー、リー、マキ、ユミ、レイ、私の6名で、今後のヒックスと古森の友好関係の維持について話し合った。
マロンも何気なく聞いている。
「どうです? もう私がいなくても大丈夫でしょう?」
そう言ったら怒られた。
そしてマーラー、リーの二人がかりで泣き落としにかかってきた。
何も無ければ大丈夫。
だが、どんなに些細なことでも粗相が生じたら、ラミアに対して毅然とした態度で謝罪するのは無理。
すでに一度アイシャの信頼を失いかけたので、ひたすらアイシャの機嫌を損ねないように這いつくばってしまう。
アイシャにチラッと牙を見せられただけで思考停止に陥るらしい。
まあ、気持ちはわからなくもない。
エリス率いるラミア小隊が、薄ら笑いを浮かべながらゴブリン集落を殲滅した戦闘を間近に見たら、対等に交渉するのは難しいと思う。
ただ、ラミアが話し合ってくれると言ってくれるなら、四分六、三分七で話し合いをするのはアリじゃないかな。
駄目だったらごめんなさいで。
そう言ったら、ゴブリン集落の殲滅とはなんだ、とマーラーが聞いてきた。
リーが説明するとマーラーは一点を凝視して動かなくなった。
きっとヒックスの街がラミアに殲滅される幻を見ているに違いない。
マーラーを揺さぶって現実に引き戻していると、ユミとレイから提案があった。
マキとマロンとビトー君は古森のラミアの信頼を得た。
ユミとレイは岩の森のラミアとは友好関係を結んだが、古森のラミアとはそこまでいっていない。恩義だけがある。
そこで古森のラミア達の信頼を得られるように、古森の為に働こうと思う。
これにマーラーとリーが飛びついた。
アイシャとも話し合った結果、ユミとレイはそれぞれ古森とヒックスに分駐して交易を監督すると共に、古森の利益を守る監察官となった。
ユミはエリス配下として古森に常駐することになった。
レイはヒックスの「上級監察官」の役職を与えられた。
その位置づけはマーラーとリーと横並びであり、商業ギルド、冒険者ギルドに縛られない。マーラーとリーに直接進言できる立場となった。
二人ともいつでも取引に介入できる権限を持たされた。
◇ ◇ ◇ ◇
3回目の交易が成功裏に終わり、ヒックスがその成果に湧いていたころ。
私とマキとマロンはアイシャとエリスと話していた。
「その後、お体の調子はいかがですか?」
「快調ね。200歳も若返った気分よ」
「何よりでございます。エリス様はいかがですか?」
「あら。私に様なんていらないわよ。そうね、すこぶる快調で手持ち無沙汰ね。潰してもいいゴブリン集落は無いかしら」
「ははは・・・ 里の皆様も快調でしょうか」
「ええ。この里はかつて無いほど戦力が上がっているわ」
「それはよろしいことで・・・」
「これからあなた達はどうするの?」
「ハーフォードへ向かおうと考えています」
「ミリトス教対策ね」
「はい」
「永住する気?」
「わかりません」
「永住するには良い土地じゃない?」
「なにせ見たことがありませんので・・・ それにこれは私個人の考えでございますが、どんなに禁止されていても隠れ信者の五人や十人はいるものです」
「あら。でもハーフォードじゃ言い訳の余地無く死刑よ」
「それでも狂信者は必ずいるものでございます」
「狂信者ねぇ」
「ええ。狂信者です。だいたいあの女を女神と信じて崇拝することを “狂信” でなくて何と言いますか?」
「それもそうね」
「狂信者ですからね。迫害されればされるほど燃えるのです」
「ふふ、お前は面白いわね」
「ときどきお前の施術を受けたくなると思うのだけど、来てくれる?」
「論を俟ちません。直ちに参上致します」
「あら嬉しいわ」
「古森に残るユミに伝えて下さい。ユミから連絡を受け次第、直ちに」
「え~っと」
「アレクサンドラ様からのご要請も承ります」
「話が早くて助かるわ」
「素朴な疑問なのですが、ヒカリオルキスの花や超級ポーションがあっても、私の施術は必要なのですか?」
「花やポーションは応急措置なのよ。とりあえず命をつなぐ、とりあえず戦闘継続できるようにする、そんな感じね。
でもね、それは古傷になって残るの。古傷は治らないのよ」
「理解しました。私の施術はオーバーホールなのですね」
「そうよ。だから凄く気持ちいいの」
「そういえばアレクサンドラから『ラミアの牙』を受け取ったんですって?」
「はい」
「では私から『ラミアの鱗』を授けるわ」
「ありがたく頂戴致します。ひょっとするとこれもラミア族の信用が付いて回るという神アイテム・・・」
「まあ、ありがとう」
「このような物を頂戴したうえにお願いとは気が引けるのですが」
「なあに」
「もし、私、マキ、ユミ、レイ、マロンに危機が迫ったとき、古森で匿って下さるようお願いしたく」
「いいわ。アレクサンドラにもお願いしたのでしょ?」
「はい」
「いつでも逃げてらっしゃい」
「ありがとう存じます」
◇ ◇ ◇ ◇
マキは宗教査問官のオファーを受けることにした。
「自分の食い扶持は自分で稼がないとね。いつまでもビトー君のお荷物では恥ずかしいわ」
「そんなことはないよ。マキは私が岩の森へ行っている間にアイシャ様の信任を得たでしょ? 働きを認められたんだよ」
「う~ん。確かにギルド長よりずっと信用して頂いていると思うけどね。でもやっぱりビトー君の治癒魔法あってのものなのよ」
「そうか」
「だから一人でやってみる」
「わかった。でも、どうもおかしいと思ったら、いつでも古森を頼るんだよ」
「ええ。ビトー君の言う『狂信者の1人や2人はどこにでもいる』を肝に銘じるわ」
「ああ。お互い落ち着いたら定期的に連絡を取り合おう」
「ええ」
◇ ◇ ◇ ◇
私とマキがハーフォードへ出立する日が来た。
既に古森のラミア達とは別れを済ませている。
冒険者ギルドでリーに挨拶をしたとき、ヒックスの冒険者ギルドの永久会員証を授けられた。
「お主には返しきれぬほどの恩がある。心ばかりだがこれを持って行け」
「有り難く頂戴致します」
商業ギルドでマーラーに挨拶をしたとき、餞別に上級、特級、超級ポーションのセットを渡された。
「とんでもなく高価なものを・・・ (既に1セット頂いておりますのに)」
「お主のお陰だ。持って行け。 それからこれは噂なのだが・・・」
金さえ出せば上級、特級、超級ポーションが手に入るようになった。
王家には献上したが、それ以外の貴族には「買ってくれ」のスタンスだ。
だが今は発売初期で注文殺到中。
納品は順番待ちになっている。
ハーフォードからも注文を受けているが、納品は3ヶ月後になる。
「どうやらハーフォード公爵の身内にかなり上位のポーションが必要な者がいるらしい。矢の催促がきているのだ」
「なるほど。私は身分を隠した方が良いのですね」
「貴族の情報網を甘く見るな。お前はもう斯界の有名人だ。ヒックスの西門を出た途端捕捉されると思え」
「ハーフォードへ行かない方が良いですか?」
「お前がハーフォードへ立ち寄る気らしい、ということは先方も掴んでいる。急に行かぬとなるとハーフォード公爵に喧嘩を売ることになるが、そのつもりがあるならそれでもよかろう」
「そんなのあるわけ無いじゃないですか」
「だからだ。持っていけ」
「わかりました。 『マーラー様からの賄賂です・・・』と渡しておくのは?」
「馬鹿もん」
西門の前でリー、マーラー、レイとしっかり抱擁し、再会を約し、マキと私とマロンはハーフォード経由で王都へ戻る騎士団、宗教査問官の馬車に乗った。
私とマロンはハーフォードまで同乗させてもらうことになった。
マキ、レイ、ユミは就職した。
私は再びプータローになった。
ちょっと悲しい。




