005話 魔法の基礎(実技)
今日から魔法の実技訓練が始まった。
魔力発生器官で魔力を発生させる訓練と、発生させた魔力を魔法に変換する訓練の2つの訓練を行う。
教会から女神、フィリップ枢機卿、フリット大司教、フース司教、ハンス司祭が参加。
王宮から王、マルクス宰相、ミハエル騎士団長、護衛騎士多数が参加。
どちらの陣営もやたらと偉い人が参加されている。
魔法の訓練は魔力暴走が怖いため、最初は必ずベテランがマンツーマンで付くらしい。
そこで教会、王宮双方から魔法の大御所が参加される。
騎士団長、護衛騎士は魔法のエキスパートらしい。
しかしエルンスト王という政治の大御所が参加されるということで、教会側が困惑していた。何か困ることがあるらしい。
しかし、それを言うなら女神が参加している事の方が妙だと思うが。
◇ ◇ ◇ ◇
魔法を使うには、
1.魔力発生器官で魔力を湧出させる
2.湧出した魔力を体内に巡らせる
3.魔力を魔法に変換する過程を明確にイメージする
4.そして集中
5.魔法を発動する
とにかくイメージと集中だ。
だそうです。
火魔法の指導から始まる。
フース司教とハンス司祭がマンツーマンで魔法発動の指導をしてくれる。
さすがにこのときは、勇者候補生たちも失礼な言動を控えていた。
みな(1.)の魔力発生器官で魔力を湧出させるのはできるようだ。
優秀じゃないか。
(2.)の湧出した魔力を体内に巡らせる、でつまずき始めた。
今まで魔力なんて感じたことが無いし、体内に巡らせるというのがわからない。
武術の達人が全身に気を巡らせるとは聞いたことがあるが、あれか?
(2.)が成功したのかどうかわからないまま、(3.)の魔力を魔法に変換する過程を明確にイメージする、に進む。
指導官が具体的なイメージを教えている。
(4.)のそして集中は、まあ、集中してくれ。
そして(5.)の魔法を発動する時は決まった詠唱を行うらしい。
私の年齢ではかなり恥ずかしい詠唱の文言だ。
「聖なる炎よ、我が敵を撃つ弾となれ・・・ (なんたらかんたら)・・・ 【ファイヤーボール】! 」
おお、恥ずかしがらずに真面目にやっとるじゃないか。
・・・と思ったら騒ぎ始めた。
どうやら火魔法が発現しないらしい。
確かに火魔法は発現する過程をイメージするのが難しいと思う。
可燃物が無い空間にどうやって火を出すのだろう?
火ってプラズマだと聞いたことがある。
いくら魔法でも、何もない空間にいきなりプラズマを出せ、というのはハードルが高すぎないか。
プラズマの元って何だ?
空気中を漂うホコリを燃やすのだろうか?
疑問は解消されないまま、火・水・風・土の順に指導が進む。
そしてその全ての魔法で難儀している。
私が思うに指導者が教える「魔力を魔法に変換するイメージ」が漠然としすぎている。
全然明確ではない。
私ならこうイメージするけどなぁ、などと思いながら見ていた。
◇ ◇ ◇ ◇
私の番になった。
相変わらず私は最後だ。
神聖魔法使いが1人しかいないので仕方ない。
神聖魔法は治癒魔法。(だそうです。私は知らなかった)
病気に効くがどうかわからないが、怪我ならば、そして治癒する具体的な怪我があれば、イメージは割と付けやすいと思われる。
ただし、重傷者は勘弁して欲しい。
医師としての訓練を受けていない私では、ひどい怪我を見ただけで顔面蒼白・嘔吐・精神耗弱などの諸症状が見られると思う。
誰で(何で)試すのかな? と怖々待っていたら、怪我をした犬が連れてこられた。
中型犬。
甲斐犬の黒虎のような毛並み。
尻尾は丸まっていない。
指導してくださるのはフース司教だった。
「魔力の湧出を感じるんだ・・・ 全身に魔力を回し・・・ 精神を集中しろ・・・ 傷が塞がるように祈るのだ。祈りの文句は・・・」
祈りの文句は
『慈悲深き女神の息吹よ、あらゆる怪我より汝を守れ、寛大なる女神の御心に感謝を、我が同胞を救う光となれ、女神の祝福を【ヒール】 』
だそうです。
え~と。
魔力の湧出を感じるのは良い。意外と分かりやすい。湧出する場所は腹の底だな。
全身に魔力を巡らせる・・・ 何となく怪しい感じがする。
精神を集中するのは良い。
傷が塞がるように祈る。
ここが前のステップと繋がらない。違和感がある。
祈りの文句が・・・ ほとんど女神賛歌だ。
具体的な文言は『あらゆる怪我より汝を守れ』と『我が同胞を救う光となれ』だと思うが、これで何をどうイメージしろというのだろうか?
皆さんは本当にこれで魔法を使えているのか?
信じる者は救われる。
私は渾身で祈った・・・
「慈悲深き女神の息吹よ、あらゆる怪我より汝を守れ、寛大なる女神の御心に感謝を、我が同胞を救う光となれ、女神の祝福を 【ヒール】!」
(ヒール! ヒール! ヒール!) (治れ、治れ、治れ)
神聖魔法・・・
発現しない・・・
あれだけ恥ずかしい文言を堂々と唱えたのに・・・
犬。
ごめん。
勇者失格。
◇ ◇ ◇ ◇
それから各自訓練することになった。
フース司教は風魔法の指導に行ってしまった。
私一人だ。
私は犬を見ている。
犬も私を見ている。
左の後ろ足にひどい怪我をしている。
息が荒い。
痛いよな。
犬を連れてきた下っ端の神官に犬の名前を聞いた。
名前は無いらしい。
女の子とのこと。
名前を付けさせてもらった。
その方が成功しそうな気がする。
名前は「マロン」。
理由は天上眉があって「麻呂」みたいだから。
マロン。
私は君を治したい。
私を信用してくれ。
マロンは私を見ている。
必死に私を信じようとしている。
マロンの傷を見る。
カギ爪のようなもので乱暴に切り裂かれたような傷。
絶対君を治す。
そう決心して再度チャレンジしたが、やっぱり失敗した。
そこでフース司教には申し訳ないが、我流でやらせて貰うことにした。
1.魔力発生器官で魔力を湧出させる
呼吸とともに下腹部(丹田(気海))から魔力を湧出させる。
2.湧出した魔力を体内に巡らせる
元々の魔力量が少ないせいか、体に循環させようとすると魔力が薄くなり、魔力を感じられなくなった。多分これで失敗する。
そこで丹田から湧き出る魔力をじんわりと全身に浸透させることにした。
後から後から魔力を湧出させ、全身に魔力を充填するイメージにした。
すると全身に魔力が行き渡った感じがする。
魔力を感じ続けている。
魔力も薄くならない。
無理に循環させようとするのはやめた。
3.魔力を魔法に変換する過程を明確にイメージする
魔力を魔法に変換する過程のイメージだが、申し訳ないが『あらゆる怪我より汝を守れ』と『我が同胞を救う光となれ』では駄目だ。
魔法は発現のイメージが重要らしいので、「こりゃ駄目だ」と思った時点で失敗確定だ。
これで具体的なイメージが湧く人なんて一部の特殊なミリトス教信者だけだろう。
ここは肉が盛り上がり、表皮細胞が伸張して傷口を覆うイメージ。
つまり、普通に傷が治る過程をイメージして脳裏に思い浮かべることにした。
4.そして集中
何か特別な集中をするのでは無く、魔法を使っている間は集中を切らすな、イメージを持ち続けろ、という意味に解釈した。
傷に手をかざすのは集中の一助になる。
5.魔法を発動する
妙な詠唱はやめた。
あの詠唱は妙な笑いを誘い、逆に集中を阻害する。
この時点で失敗確定だ。
心の中でそっと「ヒール」と唱えるだけにした。
◇ ◇ ◇ ◇
結論から言うと私は魔法が使えた。
成功したときの感触は忘れられない。
私の魔力が手のひらからマロンに流れていく感じがした。
魔力の流れが目に見えるような気がした。
マロンの傷口が微かな光を纏ったように見えた。
そして私がイメージした通りに傷口が塞がっていった。
マロンの表情が変わった。
きょとんとした感じ。
マロンがじっと私をみている。
長い時間手をかざしていたような気がしたが、実際は1分くらいだったろうか。
突然マロンが私に飛びついてきた。
私を押し倒し、もの凄い勢いで私の顔を舐め始めた。
うおおおおお・・・
マロンを抱きしめて止めさせようとすると、マロンは体をよじって私の手から逃れると、首を振りながら跳びはねて、また私を押し倒して猛然と私の顔を舐め始めた。
できた。
遂に魔法を発現できた。
私がマロンの治療の成功をかみしめていたとき、フィリップ枢機卿とフリット大司教がそっと私に近づいてきたことに私は気付かなかった。
そして、王とマルクス宰相とミハエル騎士団長がフィリップ枢機卿とフリット大司教を注視していたことに、フィリップ枢機卿とフリット大司教は気付いていなかった。