047話 ラミアの里 古森編 追加クエスト
ヒカリオルキスの花一輪をアイテムボックスへ入れ、マロン、マキ、私の3人は早朝に古森のラミアの里を出た。
一路ヒックスの街へ向かっている。
これまでヒックスで入手できたヒカリオルキスの花はミューロン川を流れてきた物なので、水に浸かっている。
ラミア達の話によると、ヒカリオルキスの花は摘んだ後で水に浸かると薬効成分が8割減になるという。
今、私の背負い袋 (アイテムボックス)に収まっているヒカリオルキスの花は摘んだ直後で時間経過が止まっている。
正真正銘のお宝である。
従って本来なら周囲を警戒しながら進むのだが、今回はどんどん進んで夕方のラッシュアワー前にヒックスの街の西門に着いた。
警戒を緩めてスピード重視で進んだ理由はエリスの指示。
理由は後々明らかになった。
冒険者ギルドの扉を開け、あらゆる意味で師匠と正反対の受付嬢にギルド長への面会を申し込んだ。
「ご用件はどのような?」
「ギルド長直々のご依頼の件で多少の進展が見られましたので報告にあがりました」
すぐに通してくれた。
「ギルド長。少々進展が御座いましたので報告に上がりました」
「おお、久しぶりだな。どこかへ行っていたのか」
「ええ、これを見て欲しいのです」
そう言って背負い袋からヒカリオルキスの花を取り出す。
「おまえ、これは・・・」
「水に浸かる前のヒカリオルキスの花です」
「ということは・・・」
「ラミア族に会いました」
「お前、生きてるのか?」
「自分でも怪しいと思います」
「喰われたのか」
「喰われました」
「やっぱり喰われたのか・・・」
「黒焼きにされて頭から丸かじり・・・ ではなくてですね」
ギルド長にラミアの族長と “握った” ことを話した。
ヒックスと古森で交易の “検討をする” ところまで族長に譲歩して頂いたこと。
ラミア族が出せるヒカリオルキスは少量であること。
天候によっては出せない年もあるだろうこと。
ただし開花後、水に浸かっていない最高の状態の花を出せること。
摘んだ後で水に浸かると薬効成分は殆ど失われるので、今までヒックスで入手していた物に比べると、薬効は桁違いにデカいこと。
従って、改めて言うまでもないが、ラミアから直接提供されるヒカリオルキスの価値は天井知らずであること。
ヒックスでヒカリオルキスに見合う交易品を用意できるか否かが成功の鍵であること。
「わかった。それで彼らが求めている物はなんだ。剣や槍か?」
「いいえ。今のところ武器の類いはいらないと言っておりました」
「では防具は」
「それも今はいらないそうです」
「では宝石や魔石か?」
「もっといらないみたいです」
「ノコギリやノミといった工具類とか」
「必要性を感じてなさそうでした」
「酒はどうだ!」
「不要だと言われました。彼らには彼らの酒があると。でも私個人は “アリ” だと思います。交易が軌道に乗ったら試す価値があると思います」
「うむ。将来有望だが今すぐではない、と。 う~ん。何が良いかわかるか?」
「ヨーグルト、チーズ、バター、鶏卵、プランテン(バナナ)、柑橘類などが手応えありそうです」
「どういうことだ?」
ラミア族は肉食と酒がメインの食習慣である。
だが、たまに珍しい物が食べたくなる。
少量持ち込んで試食してもらったところ、いけるんじゃないか、との結論に至った。
ラミア族は乳製品、鶏卵、果物を作っていない。
そこで高品質かつ一定量を揃えたら、交渉のテーブルに乗ると考える。
あえて痛風の話はしなかった。
「ヨーグルトや卵や果物なんて単価は安いだろう? 本当にいいのか?」
「その分、入手できるヒカリオルキスは少量になるでしょう」
「う~ん。残念だな」
「ラミアから入手するヒカリオルキスの品質は桁違いに高いですから、少量でも今まで以上にポーションを作れますよ」
「そう・・・ か」
「これは手始めですよ。相手が交渉のテーブルについてくれただけでもギルド長の大手柄になります」
「・・・そうだな」
ギルド長はぶつぶつ言いながら考えを整理し始めた。
「確かに入手しやすく、単価も安いので大量に用意が可能だ・・・」
「だがラミア族と取引をする・・・ 扱う商品がヒカリオルキスとなると、ヒックスでも一流の商人でないと無理だ・・・」
「商業ギルド長と打ち合わせなければならん。人選に相当難儀しそうだな・・・」
ギルド長はしばし考えた後、
「よし、商業ギルドに行く。お前も来い」
「ギルド長。私はミリトス教のことがありますので、あまり商人の前に出たくないのです。商人はどうしても神聖ミリトス王国人と会う機会が多いでしょうから、噂になりたくないのです」
「それもそうそうだな」
「手柄はギルド長にお譲り致します。私はその間にラミアの里へ行って経過報告をしておきます。商業ギルド長との打ち合わせに私が必要なときは冒険者ギルドで行って下さい」
「わかった」
「それからこれをお預けします」
そういってヒカリオルキスの花をギルド長に手に渡した。
「おまえ・・・ これ」
「商業ギルド長に本気になって頂くには、これを見せるに限るでしょう」
「その通りだ」
「どんなポーションが作れるか、検討して頂いてはいかがでしょうか」
「わかった!」
私はラミアの里へとんぼ返りしてアイシャへ中間報告をした。
「交易の件。進み始めました。今はヒックス側で交易を行う商会を選定中のはずです。しばしお待ち願います」
「ん? なんで商会選定に時間が掛かるの?」
これは回答が難しいな。
言葉を選びながら説明した。
「私たち、ビトー、マキ、マロンはコスピアジェ様のお口添えもあって、古森のラミア族に良くして頂きました」
「ええ」
「ラミア族に対する畏敬の念はありますが、恐怖心はありません。ラミア族の皆様も私たちを信用して下さっていると思います」
「ええ」
「でもヒックスの人間族はどうでしょう? 信用ゼロからのスタートです。私が仲介を致しますが、取引上の駆け引きでラミア族に睨まれたら、竦み上がって取引にならないでしょう」
「そうねぇ。そうかも知れないわね」
「仮に今回は順調に取引が出来たとしましょう。ですが商売は良いときも悪いときもございます。どうしても取引量を押さえなければならない不作の年も御座いましょう」
「それはそうね」
「そのようなときは単価を見直さなければならないでしょう」
「なるほど・・・ そうねぇ」
「これはヒカリオルキスだけではありません。牛が伝染病で大量に死ねばヨーグルトの単価は上がります。大風でプランテンの木が多数倒れればプランテンの単価も上がります」
「なるほど・・・」
「もう一つ。ラミア族は大変に長命ですが、人間族は短命です。人間族の取引担当者は次々に代替わりしていきます」
「あら。そうねぇ」
「ヒックスは、ラミア族と真っ正面から話し合える胆力を持ち、誠実であり、礼儀作法をわきまえた人材を、継続して輩出しなければなりません。そんなことができる商会はどこだ? と、冒険者ギルド長と商業ギルド長が選別しています。これは大至急やっています。今、商業ギルド長は鬼の形相で有象無象の商会を叩きまくっていると思われます」
「なるほどねぇ」
アイシャへの中間報告を終えると、最新情報を得るために再びヒックスに戻った。
ヒックス側の体制が固まったのは2日後だった。
巨利が見込める案件にしては、とんでもなく早いと思う。
おそらく商業ギルド長は一睡もしていない。
次に時間が掛かったのは、交易の要諦を記す綱領の内容決定だった。
この交易に限定したヒックスの商業ギルドの綱領を制定し、ラミア族が承認するという形を取った。
ラミア族には綱領の文化が無く、アイシャは私に丸投げした。
私と冒険者ギルド長は、冒険者ギルドに商業ギルド長を呼び寄せ、口を酸っぱくしてラミア族に有利な条件を求めた。
「相手がラミアというところを忘れないで下さい」
「俺は冒険者ギルド長だが、ここは冒険していいところじゃない」
「一歩間違えると我々が死ぬだけじゃ済みません」
「ここに記された “条件” に該当するのは10年に1度あるかないかの不作の年だ。だが、その時にラミア族に『だまされた』と思われたら全てお終いだぞ」
「黙って交易すればデカい利益が見込めます。まずは目の前の利を取りましょう」
商業ギルド長は渋ったが、最後は “預けていた” 新鮮なヒカリオルキスの花を商業ギルド長個人に贈呈することにして、うんと言わせた。
この間、私はヒックスと古森の間を2往復した。
公然と馬に乗ることは憚られるため(第三者に何か大きな事が動いていると悟られるのを防ぐため)、全速力で走った。
鍛えていて良かった。
目的はヒックスで決まったことをアイシャに伝え、アイシャの承認を得ること。
真の目的はアイシャの督促をヒックスに伝えつつ、アイシャの不満を抑えること。
アイシャは私たちには優しく接してくれるが、ヒックスの人間族に対しては人が変わった様に(蛇が変わった様に)厳しく接する。
大体表情からして違った。
ヒックスとの取引の話題になると無表情になり、蛇のような雰囲気になる。
いい加減慣れている私でさえゾクッとする。
私たちには柔和に接してくれるので勘違いしそうになるが、その気になればたった1人で都市の一つや二つを廃墟にする戦闘力を有し、その意向に逆らう者など存在しない魔物の長なのだった。
とにかく思い通りにならない工程に不機嫌になるのをなだめるのが大変だった。
3日間で私も両ギルド長もげっそりやつれた。
◇ ◇ ◇ ◇
ヒックスと古森の中間地点。
草原の一角に豪華な会場が設営された。
そして古森のラミア族とヒックスの商業ギルドとの間の商取引を定めた綱領が締結された。
古森ラミア族代表:族長アイシャ、隊長エリス。
ヒックス人間族代表:商業ギルド代表マーラー、冒険者ギルド代表リー。
立会人:ビトー・スティールズ(これはラミア族が譲らなかった)。
ちなみにヒックスの街には代官(王の代理)がいるのだが、肝が据わらず、ラミアの前に出るのは不適と判断された。
人間側の代表に何故冒険者ギルド長も名を連ねたかというと、ヒカリオルキスが貴重すぎるため、取引にはベテラン冒険者の警護が必要不可欠との判断からだった。
両陣営の代表の後ろにはそれぞれの側の高官、精鋭が20名ずつ並んだ。
これだけの数のラミア族を一度に見ることは “あり得ない” らしく、後で両ギルド長から
「心臓に悪い」
「黙示録の世界を見た」
「代官を連れてこなくて正解だった」
としみじみと述懐された。
事実、同席したヒックスの高官は半数ほどが2~3日寝込んだという。
綱領締結はブリサニア王国史上の一大エポックとされた。
この件については(途中経過を含め)随時ヒックスの代官から王都へ報告がされており、綱領締結の報に際し王より直々に「歴史的快挙である」との言葉を賜った。
王都の官僚からは「なぜ締結前に綱領の内容を王都へ相談しなかった」とか「なぜ人間族代表を宮廷官僚にしなかった」とお叱りを受けたが、
「ラミア族から『遅いっ!』と凄まれて、これ以上引き延ばせますかっ!」
「私は綱領の締結を見ずに死にたくありませんっ!」
と逆ギレそのままの返答がなされ、王都も納得したらしい。
ちなみに私の必死のお願いで、調印式に出席するラミア族全員にチューブトップブラを付けて貰った。
◇ ◇ ◇ ◇
アイシャからの要請で、しばらくは私とマキとマロンが取引に立ち会うことになった。
事実立ち会い、品質の確認と毒味をした。
そして2回目の取引時に、理由を伏せてアイシャが商業ギルド長マーラーと冒険者ギルド長リーを呼び出した。
既に1回目の取引で空前の利益に湧いていたヒックスの両ギルドはこれを断るわけにはいかず、両ギルド長は遺書をしたため、死人の顔色で古森に向かった。
案内したのは私だった。
「なぜだ・・・」
「どんな粗相があったというのだ・・・」
「今日俺は死ぬのか・・・」
「妻と子供達には別れを済ませてきた・・・」
「何で俺たちが呼ばれたのか聞いていないか?」
「あのヒカリオルキスの花は極上だった。上級ポーションどころか特級ポーション、超級ポーションまでざくざく出来ているのに・・・」
「どうして・・・」
「どうして・・・」
古森に入ってすぐの広場(私たちが最初にエリスと出会った場所)に会場が設営されており、アイシャ、エリス、マーラー、リー、マキ、マロン、私が顔を突き合わせて密談を始めた。
ラミアの戦士達が周囲を取り囲み、鉄壁の防御壁を構築していた。
いきなりアイシャが特大の爆弾を投下した。
「ビトーとマキを狙っていた刺客を片付けましたの」
「刺客はローラン王国出身のB級冒険者パーティ『燭光』の6名でしたわ」
「死体は二度と出てきませんから安心してね」
「始末する前に尋問しましたのよ。依頼主はミリトス教総本山の枢機卿フィリップ。なお『燭光』以外にも刺客が雇われていますわ」
「そちらの刺客はローラン王国出身のB級冒険者パーティ『閃光』の6名ですわ」
「『閃光』はレイとユミという冒険者を狙っていますわ」
「そちらの首尾は残念ながら話して頂けませんでしたの」
「そしてヒックスの中に協力者がいましたのよ。 『こ・い・つ』ですわ」
突き出されたのは冒険者ギルドの受付嬢オルガだった。
オルガは隠れミリトス教信徒だった。
そしてミリトス教会に我々を売っていた。
レイとユミは教会の気配を察知してヒックスの街を去ろうとしていたが、冒険者ギルドで足がつき、『閃光』の追跡を受けることになったという。
ラミア達がどのようにオルガを誘い出して捕縛したのか、方法がわからない。
彼女に対し、どのような取り調べが行われたのか想像も出来ない。
彼女は既に正気を失っており、体も五体満足ではなかった。
「あなた方の一派がヒックスと古森の友好関係を壊そうとされたのですから、あなた方がどう対処されるのか見定めるまで、交易は中断しようと思うのですけれど、いかがでしょうか?」
商業ギルド長マーラー、冒険者ギルド長リー両名ともすっ転ぶような勢いで跪き、
「アイシャ様の仰せに従います」
「直ちに関係者を全員捕縛し、泥を吐かせます」
「お二方とも若年であらせられるのにご手腕をお持ちのご様子。とても期待しておりますのよ」
20代にしか見えない300歳のラミアの族長が、時折牙をチロッと見せ、舌先で牙を舐めながら艶然と言うものだから、両ギルド長とも顔色が無くなり、大量の汗を滴らせ、震えが止まらない。
端から見ていて息をしていないのではないかと心配になった。
すでに日が落ちていたため、今夜は古森に泊まって行きなさい、というアイシャのお誘いを両ギルド長は必死に固辞した。
「とんでも御座いません。当方の恥をアイシャ様に御教示頂いたうえ、お持てなしまで受けてしまっては、私は生きておれません」
「直ちに街に戻り、残る隠れ信徒を洗い出し、引っ括ります。夜だろうが関係ありません。腕が鳴ります」
両ギルド長は真っ暗闇の中をヒックスへ急行した。
二人にはもちろんラミアの小隊の護衛が付いた。
ここからは後日、冒険者ギルド長から聞いた話。
真夜中にヒックスの街に到着した両ギルド長は代官を叩き起こし、衛兵を使ってその夜の内に受付嬢の身内9族まで逮捕。
友人逮捕。
関係者逮捕。
直ちに尋問を開始した。
非協力的な容疑者には拷問も辞さなかった。
逮捕された者、拘束された者の中に代官の関係者、衛兵関係者がいないことを確認すると、代官に事態の全容をぶちまけた。
直ちに代官から王都へ伝書鳥&早馬で報告がなされた。
急報を受けた王都より、騎士団(1個大隊100名)と宗教査問官6名を急行させると返答が来た。
同時並行で、冒険者ギルド内で受付嬢と勤務が近い者へ尋問が開始された。
冒険者ギルド職員総ざらいで『燭光』『閃光』が過去に手掛けた案件を調査された。
受付嬢、『燭光』『閃光』の立ち寄り先の調査が始まった。
この間に私はアイシャから『特命』を受けていた。




