046話 ラミアの里 古森編 指名クエスト
ラミアの皆さんの治癒が終わり、私の治癒魔法の話になった。
「コスピアジェ殿に話は聞いていましたし、アレクサンドラからも連絡がありましたが、本当にあなたはラミアに偏見がありませんのね」
「はい。全くありません。それにどうやら私は人間族よりもラミア族の方が治癒の経験値が高いようです」
「それであなたはミリトス教信者ではないのね?」
「はい。違います。むしろ私たちはミリトス教会に命を狙われております」
「狙われているのはあなただけ?」
「いいえ。私とマキとマロン。それからここには来ておりませんが、ヒックスの街に残っているレイとユミと言う者がミリトス教会に狙われております」
「あなた達はラミアの里にいる限り、安心していいわ」
「ありがとう存じます」
ブリサニア王国における治癒事情を聞いた。
「ブリサニア王国にも治癒魔法士はいるのですか?」
「ええ。昔は少しいたわよ」
「ミリトス教信者ではありませんよね?」
「もちろんよ。ミリトス教信者が治癒魔法士になれるって聞いてきた?」
「はい。熱心なミリトス教信者の中で、更に女神の寵愛を受けた者だけが治癒魔法士になれると聞きました」
「信じてる?」
「いいえ。私が生きた反証でございます」
「ふふ。そうね。 その話を聞いたとき、どう思った?」
「ええと・・・ どうとは?」
「質問が悪かったわね。 女神アスピレンナは50年前に突然出現したのよ。じゃあその前は治癒魔法士っていなかったのかしら?」
「ということは、女神の寵愛を受けた者だけが治癒魔法士に、という下りは嘘八百ということ・・・」
「私は特に何も決めつけませんわ」
「はい。私も口外しないように致します」
忘れかけていた仕事の話をした。
例の頼まれていた件、アイシャから探りを入れられていた件だ。
「実はヒックスの冒険者ギルドから私に打診がありました。まだ引き受けてはおりません」
「賢明な判断ですね」
「アイシャ様はヒカリオルキスをご存じですか?」
「ご存じも何も、私たちはそれを栽培していますよ」
「そうだったのですね。お薬になるのですか?」
「そうね。治癒魔法を使えないラミア族にとって、怪我をしたときに頼みとするのがヒカリオルキスね」
「納得しました」
「なるほど。彼らはこれに目を付けたのね」
「花粉が良く効くと伺いました」
「そうね。でもヒカリオルキスの花は捨てるところが無いのよ。効くのは花粉だけではありません」
「そうなのですね」
「それで彼らは攻めてくる気?」
「まさか。絶対勝てません。それどころか地上からヒックスの街が消滅するでしょう。そのくらいは彼らもわかっています」
「では交易を行いたいということね?」
「おそらくそうだろうと思います。ただし、ヒックスの街においてもヒカリオルキスの価値は天井知らず。釣り合う交易品を見つけられずに悩んでいました」
ラミア達も考え始めた。
ヒカリオルキスは少量なら外に出せる。
だが対価としてヒックスの人間から欲しい物はあるか?
剣や槍は? いらない。持っている。普段使わないだけ。
防具は? いらない。持っている。普段使わないだけ。
弓は? 種族的に得意じゃないなぁ。
ポーションは? ヒカリオルキスの方が効くでしょ。
装飾品は? いらないなぁ。
道具類は? 必要な物は既に持っている。自分達で作る。
食べ物は? 自分達で狩る。
酒は? 自分たちで作っている。昨日呑んだアレ。蛇酒。
「肉以外の食べ物はいかがですか?」
「肉以外ねぇ。どんなものがあるの?」
「鶏卵とか乳製品とか果物とか食べませんか?」
ラミア内でちょっとした論争があった。
鶏卵とか乳製品を知らない人がそれなりにいた。
知ってはいても食べたことがない人が殆どだった。
「なにそれ、おいしいの?」
どこかで聞いたことがある台詞だ。
そしてビトーさん、指名クエストを受けました。
指令。
ヒックスの街へ行き、乳製品、鶏卵、野菜、穀物、プランテン(バナナ)、その他面白そうな物を仕入れてこい。(味見のため)
◇ ◇ ◇ ◇
私、マキ、マロンは20日ぶりにヒックスの街に戻った。
冒険者ギルドを覗くとレイとユミはいなかった。
伝言の確認は後日することにした。
今はギルド長に見つかりたくない。
気を取り直してラミアの里へ持ち帰る食料品の調達。
メインストリートは敷居が高いので、1本奥に入った通りの商店を物色する。
乳製品(ヨーグルト、チーズ、バター)。
鶏卵(こちらの世界では大量生産していないので、結構なお値段になる)。
野菜(レンコン、人参、ゴボウ、ジャガイモ、トマト、唐辛子・・・ らしき物)。
パン(いわゆるバゲット、ハード系長パン。 ソフトなパンはなかった)。
果物(プランテン(バナナのような物)、柑橘系のなにか)。
スパイス各種。
背負い袋 (アイテムボックス)に納めてラミアの里に引き返した。
乳製品を運ぶときはアイテムボックスは助かる。
フェリックスに感謝。
他の冒険者たちの目に付かないように気をつけながら、古森へ引き返す。
早速味見を兼ねた宴会に向けて準備に掛かる。
マキちゃんシェフ大活躍。
「もともと家事は私がメインだったから」
と頼もしいお言葉。
「似てはいるけど向こうの世界の野菜とかなり異なるから『とんでもないもの』が出来るかもよ」
はい。すべて飲み込んでおります。
レンコンもどき+人参もどき+ゴボウもどき+唐辛子もどき=きんぴらもどき。
トマト+唐辛子+ハーブを煮込んでトマトソース。
茹でジャガイモ。
以上を仕込みとして事前準備。
試食を兼ねた宴会開始。
まずは串にチーズを刺し、炙る。
酒を片手に皆さんで御試食。
割と人気。
酒飲みは概ね大好き。
酒を飲まない(飲めない)人の一部に苦手と言う人がいる。
次にきんぴらもどき。
みなさん首をかしげながら食す。
旨くも不味くもないらしい。
野菜を食べない人たちだからそんな物かも知れない。
辛さは殆ど感じない人たちらしい。
パンのスライスにトマトソースを塗り、チーズをのせ、炙る。
それなりの人気。
酒飲みは概ね大好き。
チーズは苦手だけどこれならいける、と言う人も出てきた。
バターと鶏卵で炒り卵。
大人気。
「もっと濃い塩味にして」
の声多数。
高血圧になるぞ。
固めに焼いてトマトソースを掛けて出したらお代わりが続出した。
茹でたジャガイモにバターのせ。
大人気。
「もっと濃い塩味にして」
の声多数。
塩強めバターか。
高血圧になるぞ。
最後にプランテン(バナナ)の輪切と柑橘系にヨーグルトを掛けた物。
みなさん首をかしげながら食す。
味が全くわからないらしい。
「最後に出たこれは何? 何か意味があるの?」
と聞かれること多数。
話を聞くと、種族的にデザートとか冷菓とかいう概念が無い。
「なるほど。それでは戸惑いますね。これが一番痛風に良いのですが」
「なんですって・・・」
ラミア達は先を争って食べていた。
薬と思っているのだろう。
しかしこれほど食べるなら交易では無く、自分達で作った方が良いのではないだろうか?
そこで、
「ご自身で牛や山羊を飼われて見てはいかがですか?」
「う~ん。やってみたことはあるのよ」
「そうでしたか。どうなりました?」
「乳を取ろうとは考えていなかったわね。肉の確保が目的だった」
「はい」
「繁殖させて増やそうとしたの。でもね。失敗だった」
「何があったのでしょう?」
「なんかもうねぇ、気の毒なほど怯えちゃってエサを食べないのよ。何にも食べずに餓死しちゃった」
「・・・」
「牛ってこんなに痩せるんだ、ってびっくりしたわよ」
「・・・」
「山羊はね。何度も何度も柵に頭をぶつけて死んじゃった」
「・・・」
「きっと病んでたのね」
◇ ◇ ◇ ◇
翌朝、族長の家に呼ばれた。
「昨夜の食事はご苦労でした」
「はい」
「私の依頼を全うしたと認めます」
「ありがとう存じます」
「報酬を決めておりませんでしたね。何か希望はありますか?」
「それではヒカリオルキスの花を一輪戴きとう存じます」
「あら。でもこれはあなたには必要無いものではなくて?」
「これは薬として使うのではなく、ヒックスがラミア族との交易を立ち上げればどれほどの富を得られるのか、その象徴としてヒックスの権力者に見せつける為に用いようと考えます」
「ふふふ。あなた商人ね」
「しがないE級冒険者でございます」
族長の家にエリスを始め、ラミア族の幹部が呼ばれた。
マキとマロンも呼ばれた。
私は引き続き参加した。
アイシャが宣言した。
「ヒックスの街との交易を検討する」
「はっ」
「ありがとうございます」
「ただし条件がある」
「・・・」
「ビトー、あなたが交易の仲介をしなさい。あなたが信用です」
「はいっ。 ええと・・・」
治癒魔法が理由でミリトス教会から命を狙われていること。
ミリトス教の影響の少ないこの国に逃げてきたこと。
ヒックスは国境の街なので、神聖ミリトス王国から商人がくること。
おそらく刺客が紛れてくること。
ヒックスに長居をすると危険なこと。
ミリトス教を邪教に認定しているハーフォード領へ逃れたいこと。
といったことを訴えた。
「ふむ、なら最初の取引に立ち会いなさい。それで我々も手を打つことにする」
「承りました」




