045話 ラミアの里 古森編2
「ようこそおいでくださいました。私が古森のラミアの族長、アイシャです」
「族長に先にお名乗り頂けるなど恐縮で御座います。私はビトー・スティールズと申します。人間族です」
「マキと申します。人間族です。どうぞお見知りおきを」
「こちらはマロンと申します。犬族です。どうぞお見知りおきを」(ワウッ)
3回目だな、と思いながら自己紹介した。
コスピアジェの布を広げて見せ、エリスに渡した。
エリスは押し戴くように受け取り、アイシャに渡した。
周囲から「おおっ」と声があがる。
しばし族長が検分し、「素晴らしい物ですわ」そう言って返してくれた。
古森のラミアの族長は、岩の森のラミアの族長よりほんの少し(5歳くらい)年上に感じた。
人間で言えばアラフォー(40手前)といった感じ。
しかし・・・ 本当に美しい。
美魔女である。
上半身は。
胸は岩の森のラミアの族長より一回り小さいと見たが、それでも大きい。
アレクサンドラの凶暴な胸に比べると “張り” では一歩譲るが、見かけのご年齢を考えると、ブラをされていないのに見事なフォルムを保っておられるのは流石のひとことである。
どうしても胸の話ばかりになってしまって申し訳ない。
ブラを付けて欲しい。
さっきからマキが何か聞きたそうにしていることはわかっていたが、言葉足らずになるとまずいので、私が聞いてみた
「友好的に迎えて頂き嬉しく存じます。ですが昨夜はかなり慎重に我らを見定めておられたように感じました。何か理由がおありでしょうか?」
「不審に思われたでしょう? お詫び申し上げますわ。
最近ヒックスの人間どもが我らに接触を試みようとしているのです。
今まで400年以上も無視していたのにね。
皆様もヒックスからおいででしょう?
妙なヒモ付きで無いか見定めていたのですわ」
「お見通しで御座いましたか。納得でございます」
「あら、ではヒモ付きですの?」
「そうかもしれません。ですが、まず我々が皆様の信頼を頂くことが先で御座います。皆様がお困りのことはございませんか。我々で出来ることがありましたらお力添えをさせて頂きとう存じます」
ラミア一同がワッと湧いた。
「では早速お願いしてもよろしいかしら」
岩の森のラミア族と同じで、長年ため込んだ古傷、骨の変形、軟骨のすり減り、そして痛風の治療をご所望だった。
族長の容態が一番悪いのも一緒だった。
アイシャは話をされるときの言葉使いは若い。凜とされている。
しかし体は疲弊していた。
族長の家にお邪魔し、族長にキュアとヒールを掛けていく。
尻尾の先がかなり変形していたので、まずそこから。
まずは尻尾を持ち上げて冷やし、慢性的な痛みを和らげる。
それから骨、軟骨、筋肉を正常な姿に戻していく。
岩の森のラミア族でみっちり鍛えられたので、迷うことなく治癒が進む。
私は人間の治癒士では無く、ラミア族の治癒士になった方が良さそうだ。
癖になっている筋肉系のトラブルも、筋繊維を一新する感じで癒やしていく。
スムーズに治癒が進む。
アイシャは体の古傷は多くないが、内臓系に影があるイメージを受けた。
詳細に鑑定していくと、内臓疲労というイメージが湧いた。
感染症では無いようだ。
内臓疲労にヒールが効くかわからない。疲労の原因もわからない。
さてどうしたものかと考えていたところ、アイシャが話し掛けてきた。
「ビトー様はラミアのことをよくご存じですのね」
「アイシャ様。私のことは “ビトー” とお呼び捨て下さい。それからラミア族の治癒につきましては、岩の森で修行を致しました」
「あら。アレクサンドラのところで経験を積まれたの?」
「はい。アレクサンドラ様には懇意にして頂きました」
「ふふ。あの子もお役に立てたようでよかったわ」
「アイシャ様はアレクサンドラ様をご存じなのですか」
「私が120のときに産んだ娘よ」
「さようでございましたか・・・ 岩の森で立派に族長をされておりました」
120歳のときに生んだ娘、と。
いろいろ話してくださったアイシャの話をつなぎ合わせると、アレクサンドラは約180歳。
アイシャは約300歳らしい。
時間のスケールが違いすぎてよくわからない。
ラミアに寿命ってあるのだろうか?
「アイシャ様。私は人間族の尺度で見てしまいますのでわからなくなるのですが、ラミア族に寿命はあるのでしょうか? 永遠に生きるように感じるのですが」
「あるわよ。ラミアがラミアとして生きていれば肉体の限界が来るわ。
ラミアらしく生きられなくなると急速に衰えて死ぬの。
どのくらいで衰えるかはラミアによって違うけど、それが寿命よ。
長寿のラミアは400年くらい生きるわ」
400年か。
アイシャは族長だから激闘をくぐり抜けてきたのだろう。
ということは、内臓疲労は内臓の老化とみて良いようだ。
ヒールは老化に効くのだろうか?
イメージが湧かない。
イメージが湧かなけりゃ100%失敗する。
そこでテストしてみることにした。
「アイシャ様。一つお願いがございます」
「なんですの?」
「アイシャ様の古傷を癒やすだけでなく、お顔や頭皮なども癒やしたいと存じます。お許しを頂きたく存じます」
「どのような方法で行うの?」
「アイシャ様の痛風を治癒したのと同じ治癒魔法です」
「そう。温かくて楽になるのね。いいわ。お願いするわ」
「ありがとう存じます」
アイシャの顔にヒールを掛けた。
初めての経験なのでゆっくりと少しずつ。
マッサージをするように。
小じわを伸ばすイメージで。
たるみを取り去るイメージで。
シミ、ホクロを取り去るイメージで。
メラニンを取り去るイメージで。
古い角質を取り去るイメージで・・・
細胞にエネルギーを与え、若返らせる。
すると・・・
肌の色が明るくなった。
くすみがとれた?
肌がピンと張った?
目元がキリリとした。
眉もキリリとした。
あごがシャープになった。
頭皮マッサージをするようにヒールを掛ける。
「あああああ・・・」
「ど、どうされました!」
「続けて」(きっぱりと)
「はい」
髪がウネウネと一本一本立った?
髪のボリュームが激増君。
髪が漆黒になってつやつやと・・・
さっきまでアラフォー美魔女と思っていたが、20台半ば~後半になった。
こりゃアレクサンドラに似ている。
そっくりだ。姉妹だ。
・・・というか、妹だ。
やり過ぎたか?
ヒールは老化にかなり効くことがわかった。
アイシャは頭皮や顔にツッパリ感があるようだが、己の変化には気付いていない。
このままやらせて貰おう。
顔の皮膚や頭皮を若返らせるのと同じイメージで内臓の細胞にヒールを掛けていく。
目に見えないが鑑定すると効いているのがわかる。
内臓系にヒールを掛けるのは初めてなので、鑑定しながらゆっくりと掛けていく。
徐々にアイシャがリラックスしていくのがわかる。
積年の痛みから解放され、全身の凝り・だるさから解放されると、無意識のうちにため込んでいた疲れがドッと出て、糸が切れたように熟睡してしまうのはお約束。
アレクサンドラもそうだった。
アイシャの体が冷えないようにコスピアジェの布を掛けて差し上げ、引き続きヒールを掛けていく。
今回私は施術が終わっても魔力切れが起きず、族長の横で討ち死にせず、自分の背負い袋を背もたれにして15分ほど仮眠すると復活した。
族長の家の中に二人きり。
アイシャはまだ眠っている。
私の体調は復活した。
まだまだいける。
そこでヒールを掛けながら、アイシャの首から肩、そして背中を揉みほぐしていくと・・・
「ふうわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・」
突然アイシャが目を覚まし、身もだえしながら奇声を上げた。
ああ。親子だな。
一瞬家の外が「シン・・・」と静まりかえった後、突然扉をこじあけてラミア達がドヤドヤ入ってくるところも同じ。
「族長!」
「族長!」
「どうされました!?」
「族長・・・ えっ?」
「族長・・・ ですよね?」
「なにか?」
「その・・・ お顔がその・・・」
アイシャは手鏡で自分の顔を見てしばし沈黙。
そして
「これはどういうこと?」
「積年のお体の疲労を癒やして差し上げたいと思いました。ですが治癒魔法で疲労が解消するイメージが掴めませんでした」
「それで?」
「そこでアイシャ様の頭皮と顔の筋肉と皮膚の疲労を癒やしました。成功すれば自分の目で追えます。イメージを掴めます。失敗しても古傷が消えるだけです。
幸い成功致しました。イメージを掴みましたので、目に見えないお体の疲労を回復致しました」
私の言葉を吟味していたアイシャは、突然我に返ると「しっ!しっ!」と闖入者を追い払い、にっこりと微笑んで私にもたれ掛かってきた。
びっくりした。
思わずアイシャの体を抱きしめて支えると、右手が触れてはいけない神聖な丘を鷲掴みに・・・
アイシャは微笑みながら私を見ている。
えいっ もうやってしまえ。
と言うことで、乳房を釣る靱帯を再建しました。
乳房の先端がツンッと上を向きました。
乳房の皮膚もピンッと張りました。
声帯も癒やして、声が若返りました。
上半身は余すところなくヒールを掛けました。
絶対にアレクサンドラの(年の離れた)妹だろう、というアイシャが完成した。
族長の家からアイシャが姿を現すと、どよめきが起きた。
「族長・・・?」
「え・・・ あれアイシャ様なの?」
「別人でしょ?」
「族長の娘?」
朗々たる美声でアイシャが宣言した。
「皆の者。アイシャである。ここ十年ほど衰えを隠せず皆に心配を掛けた。
だがここにおられるビトー殿のお陰でかつての力を取り戻すことができた。
再び私の最盛期の指揮を皆にお見せしよう。
これからもよろしく頼む」
地鳴りのような大歓声が上がった。
歓声はなかなか鳴り止まなかった。
皆さんの視線に幾分狂気がこもっているような気が・・・
私を見る目が怖い・・・
◇ ◇ ◇ ◇
ラミアの皆さんを治癒して回った。
大人のラミアの全員が “若返りの魔法” を所望された。
「これは若返りの魔法では無くて、治癒魔法なのです・・・」
何度説明しても納得してくれなかった。
頑なに “若返りの魔法” を所望された。
「“若返りの魔法” 私にもお願いします」
「治癒魔法でございます。はい、了解致しました」
「ラミアに対して癒やしの魔法を使うなんて前代未聞よ。だいたい “若返りの魔法” なんて噂でも聞いたことは無かったわ」
「あの・・・ 治癒魔法なのですが・・・」
「そもそも治癒魔法自体、実在を疑っていたのよ。どうせミリトス教のガセでしょ、と思っていたわ。でも凄いわよね。こんなに若返るなんて」
「ええと、ヒックスの人間族の間でも治癒魔法は無かったのですか?」
「無かったはずよ。昔お隣の国から治癒魔法使いがきたことがあったのよ。でも
『全然効かない。信じられないほど効かない。信じられないほど高い金を取る』
って大評判よ。それっきり呼ばなくなったわね」
皆さんを治癒して回るのに9日掛かった。
追加の “若返り” 施術にずいぶん時間が掛かった。
その間、マキとマロンはラミア族と訓練をしつつ、友好関係を深めて貰った。
マキは9日間も短剣と土魔法の訓練に勤しんだ結果、かなり腕が上がった。
そして連日の宴会。
マキは宴席における酒量、気配りに並々ならぬ力量を見せた。
おまえ未成年だろう。どこで憶えた?
だが、ラミア達に潰されて反省していた。
まあ潰れてもここは女の園だ。
そんなに気にすることはないぞ。
私も宴会に混ざりたかったが、さすがに治癒が終わると魔力を使い果たしており、簡易ベッドまで這っていって爆睡するのが精一杯。
マロンが側にいてくれた。
どうやら私はラミアの治癒士に転職したらしかった。




