043話 指名クエスト
「メッサーで魔物と人間の間を取り持った実績を見込んで一つ頼みがある」
ヒックスの冒険者ギルド長から指名クエストの話が持ち上がった。
しがないE級冒険者に何を期待しているのだろう。
「ヒカリオルキスを知っているか?」
「いえ知りません。魔物ですか?」
「いや・・・ まあこの国の固有種だから知らないのも当然か。こいつは古森に自生するラン科の植物だ」
「・・・(ふむふむ)」
「夜に花が咲くんだが、花びらがぼんやりと光る」
「それはまた綺麗でしょうね」
「うむ。儂は見たことはない」
「・・・(そうですか)」
「そのヒカリオルキスの花だ。つまり花びら、雄しべ、雌しべ全部欲しいのだ」
「・・・私はその花を見たことがないので難易度がわかりかねますが、よくご存じのこの国の冒険者に依頼すれば事足りるのではありませんか?」
「それが誰も引き受けないのだ」
「???」
ヒックスの街を出て、ミューロン川沿いに北に向かって1日歩くと鬱蒼とした森が見えてくる。これが通称『古森』である。
これまでに一度も人の手の入ったことの無い、太古の原生林である。
この森の中にヒカリオルキスが自生している、と言われる。
ヒカリオルキスの花粉が特級ポーション(解毒ポーション? もっと上?)の材料になる。
ヒカリオルキスの花を入手すれば高値で取引される。
一攫千金である。
ん?
これは冒険者の夢ではないかな?
ヒックス中の冒険者はこぞって古森へ走っているはずだが?
「古森には強大な魔物の住処があってな。おいそれと近づけないんだ」
「古森の強大な魔物って、建国の父が干戈を交えたという相手ですか?」
「恐らくそうだろう」
「魔物って何ですか?」
「ラミアだ」
フラグだろうか?
「ラミアの縄張りに分け入って取ってくるって、難易度超S級って奴ですか」
「そうだ」
「今まではどうしていたのです?」
「嵐の翌日に偶然に川を流れてきた花を拾うんだ」
「いいですね。そうしましょう」
「嵐のたびに川を監視しているんだが、流れてきたのを見つけてもなかなか手が届かなくてな。増水した川に入って取るしか無い。
泳いで取りに行く奴はまず溺れる。
大抵は小舟で繰り出すんだが、花までたどり着けるのは10艘中1~2艘だ。
岸まで戻ってこられる奴は更に半分だな」
「溺れたり沈没したときはどうなるので?」
「死ななかったら驚く」
「・・・」
「・・・」
「激流を横切ろうとするから危ないのですよね? 海まで流れていったのを回収したのでは駄目ですか?」
「塩水に浸かると駄目になるんだ。汽水域ですら駄目だ」
ほほう。
なかなか我が儘な花じゃないですか。
じゃあ素直にあきらめましょうか。
「お前ならどうにかできないか?」
「強大な魔物ってなんでしたっけ?」
「ラミアだ」
「私に死ねと?」
「いや・・・ まあ、そうだよなぁ」
「ラミアと取引できるネタはないのですか?」
「取引ぃ?」
「ええ。ラミアが好きな食べ物とか、酒とか、武器とかアイテムとか、ラミアが乗ってきそうな交易のネタはないのですか?」
「道具・・・ ポーション・・・ 装飾品・・・ 確実なのは結局肉だよなぁ。でも奴らは優秀な狩人だから、わざわざ人間が肉を持って交渉に行ってもなぁ」
「目算があれば検討も致しますが・・・」
「だよなぁ・・・」
「数日はヒックスの街におりますので、ヒントがありましたら連絡ください。私も時折顔を出しますので」
「おお、すまんな」
◇ ◇ ◇ ◇
冒険者ギルドに紹介して貰った宿に投宿した。
女性陣が1部屋で良いよと言ってくれたので、レイ、マキ、ユミ、マロン、私で1つの部屋で寛いでいる。
そしてこれからの相談。
「クエストどう思う?」
「私は受けたくないなぁ」 これはレイ。
「岩の森のラミア達とあれだけ懇意にしたのに、古森のラミア達を無視しちゃうのはどうかなぁ」 これはマキ。
「どうして? 全然面識無いんだから行かなくてもいいんじゃないかな-」 これはユミ。
「ビトー君はどう思うの?」
私の腹は決まっている。
「ええとね。行ってみたい」
「ええっ。マジ?」
「うん」
「私は行きたくない」
「怖いよ・・・」
「うん。無理強いはしないよ。もう勇者を演じる必要はないから、無理に危険な冒険を続ける必要は無いよ」
「そうだよ。やめようよ」
「私は行かないよ」
レイとユミは明確に意思表示する。
彼女たちは無理して行く必要は無い。
これはゲームではない。命が掛かっている。
危険を冒すのは私だけで良い。
甘いかも知れないが私はラミア族に対して良い感触しか持っていない。
だが蛇が苦手な人にとっては厳しいことは容易に想像が付く。
生理的に受け付けない人もいるだろう。
こちらが嫌っていれば相手にも伝わる。むしろ危険だ。
マロンだけが付いてきてくれればいいと思っていた。
ところがマキが、
「私、行ってみたい」
「無理しないで。駄目だったら生きて帰れないから」
「うん。でもビトー君は行くんでしょ?」
「行ってみようと思う」
「どうしてビトー君は行きたいの?」
「ラミア族に可能性を感じるんだ。私たちがこの世界で生きていけるかどうかのカギを持っていると思う」
「ラミアたちが?」
「うん・・・ ええとね、説明が難しいのだけど・・・」
「じゃあ私も行く。レイとユミは無理しないで」
マキが付き合うと言ってくれた。
正直嬉しかった。
だが責任は倍になる。正直キツい。よほど慎重に事を進めないといけない。
そこで宣言した。
「ギルド長のクエストを受けるつもりはないんだ」
「???」
「クエストを受けずに行ってみようと思う」
「どうして?」
「成功するかどうかわからないから」
「???」
「クエストを受けて失敗すると罰金を払わないといけないんだ。そんなリスクは負えない。イザと言うときはさっさと撤収するから」
「そうなんだ」
撤収の判断は1人の時よりもかなり前倒ししないといけない。
マロンも一緒に行くと言ってくれた。
明日以降、レイ、ユミとは別行動になる。
戻ってくるつもりだが、戻ってこられない可能性が高い。
私とマキが死ぬことを前提に準備をしよう。
手持ちの金を全部引っ張り出した。
闇治療で儲けた金がかなりある。
半分に分け、レイとユミに渡した。
「え・・・ なにこの大金」
「当面の生活費」
「え・・・ なんで・・・」
「どのくらいで帰ってこられるかわからない。いや、帰ってこない可能性が高い。だから私が死んだ時のために当面の生活費を渡すから、仕事探しを始めて欲しい」
「そんな・・・」
「もし私が帰ってきたとき、生活の基盤を作っていてくれると有り難い」
「・・・」
「この街にこだわらなくてもいい。ミリトス教に厳しくて暮らしやすい街があったらその情報を集めて欲しいし、さっさと移動しても構わない」
「ビトー君達が帰ってきたとき私たちがいなかったらどうするの?」
「その時は冒険者ギルドに伝言を残してくれればいい」
「・・・」
「この国はミリトス教は禁教だけど、決して油断しないで」
「そうなの? でも見つかったら死刑でしょ?」
「ああ。でも殉教なんて狂信者にとって大好物だから。信者は絶対いるからね」
「・・・」
「お金は返す必要は無い」
「・・・」
「他人には絶対にお金を見せないでね。臭わせても駄目だよ」
「わかってる」
「みんな貧乏人だから大丈夫だと思うけど、他人を信用しないで隠れてしぶとく細々と生きるんだよ」
「うん」
女の子達は泣き笑いをしていた。
◇ ◇ ◇ ◇
やっと安全な地にたどり着いた。
ここはミリトス教禁教の国だ。
ここに来るまでは本当に大変だった。
異世界に召喚された。
一緒に召喚されたクズどものタガが外れて目茶苦茶だった。
宮廷に訴えたが、力一杯殴られた。
冒険者ギルドに島流しにされた。
でもそこからツキが変わった。
死んだと聞かされていたビトー君もいた。
そしてソフィーさんとフェリックスに力を付けて貰った。
初めてコスピアジェ様に会ったときの衝撃は言葉では言い表せない。
殺し屋を雇ったミリトス教会は許せない。
ラミア達に囲まれたときの絶望感も言葉で言い表せない。
そしてやっと約束の地にたどり着いた。
もう冒険は一生分以上した。
これからは落ち着いて暮らすんだ。
そう思っていたら、またラミアと交渉しろという。
もうイヤだ。
イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ。
何が何でもイヤだ。
ビトー君は依頼を受けるという。
しかも公式なクエストを受けること無く、秘密裏にラミアと交渉するという。
ユミは明らかにイヤがっている。
私も何とかやめさせたい。
ところがマキもやるという。
空気読めよ。もうっ!
ビトー君は自分がラミアに殺されることも計算に入れているという。
ビトー君は持っていたお金を半分に分けて、私とユミに渡してくれた。
凄い大金だった。
でもビトー君の話を聞いていて、ラミアに会いに行かずに残るのも危険なんだってわかってきた。
わかった。
ビトー君とマキが帰ってくるまで何とかする。
絶対に生きて帰ってきて。
◇ ◇ ◇ ◇
翌朝。
4人で円陣を組んで気合いを入れた。
部屋は引き続きレイとユミで借りるようにした。
レイとユミは、まずは冒険者ギルドで仕事を探すと言った。
もしギルド長に私のことを尋ねられたら「手掛かりを探しているみたい」とだけ言ってね、とお願いした。
マキ、マロン、私は干し肉を2kgほど購入し、ヒックス街の西門から外に出た。
そしてミューロン川沿いに北へ歩き始めた。




