042話 港湾都市ヒックス
2025/4/15 誤字修正
ミューロン~ヒックス間の定期船に備え付けられているブリサニア王国を紹介する小冊子を読んだ。
典型的な宣伝冊子なのだが、ちょっと紹介する。
ブリサニア王国は約500年前に現れた一人の英雄によって建国された。
英雄の名はブリスト・スチュワード。
当時このあたり(ヒックス)を縄張りにしていた強力な魔物と戦って引き分け、強さを認められたことから自治を認められ、建国した。
英雄の名を取ってブリサニア王国と命名された。
ヒックスは元々建国の地で首都だったが、国土が西に拡大するにつれ、国の東端に位置するヒックスでは何かと不便になり、遷都した。
ブリサニア王国の南半分は気候が温暖で、それにふさわしく国民性は陽気だという。
北半分がどうなのかは書かれていない。きっと陽気じゃないのだろう。
主要産業は一次産業。
主要農産品は麦。
二次産業は勃興中。これはどこの国も同じ。
どの国もまず鉱山開発と製鉄に注力している。
鉄の他に金、銀、銅、錫、ミスリルなどの鉱山も鋭意開山中。
ミスリルとはゲームやファンタジーの中ではよく聞くが、実際どんな性質を持っているのか識らない。馬鹿みたいに高そうというのはわかる。値段と性能が見合っているのかわからない。
第三次産業・サービス業という概念はなさそう。
一応全方位に発展中ということらしい。
国力はノースランビア大陸随一と謳っている。
(ちなみに神聖ミリトス王国も、国力、人口ともにノースランビア大陸随一と謳っている)
信教は制限されている。
国の大方針として水の女神:ティアマトを祀ることを推奨している。
これは建国以前より水害に悩まされてきたためと言われる。
御神体は川とその水源(ミューロン川、ハーフォード川、ニルヴァ川、バイン川の4大河川とその水源)で、各所に祠がある。
水神信仰以外では、ミリトス教以外の宗教なら何を信仰しても罰則は無いが、ミリトス教だけは禁教とする。
ブリサニア王国はミリトス教会の設置、布教活動、集会を認めていない。
一時的に(5日以内)ブリサニア王国を訪れる旅人や商人はミリトス信仰を保持したままでも構わないが、定住または長期滞在する場合はミリトス信仰を放棄すること。
放棄しない場合は国外追放に処す。
隠れて信仰を続けた場合は刑の上限が無い。
これは本人だけで無く、親族、関係者全員を死刑に処すことを想定している。
ミリトス教を問題視する理由はその教義の問題ではなく、ミリトス教会が他教に対し著しく狭量で不寛容で攻撃的なこと、主義を通すために犯罪も辞さないことが理由とされる。
具体的には、
・ミリトス教会は嘘を練り固めた歴史を勝手に作ること
・その歴史を信じるよう強要すること
・ミリトス教会は自分に都合の良い戒律を勝手に作ること
・その戒律を国法に優先させること
・ミリトス教会が執政官や王に対し裏工作を行い、政策をねじ曲げること
・ミリトス教会が民を洗脳している事例があること
・ミリトス教会が信者を不当に搾取すること
・搾取した富を全て教会の総本山に送ること
・ミリトス教会が非教徒を脅迫、迫害することを『功徳』として推奨していること
当然ミリトス教会は上記の行状を否定しているが、神聖ミリトス王国以外の国々では共通認識となっている。
ブリサニア王国の施策はノースランビア大陸の他の諸国の施策と同等で、特に厳しいわけではない。(ブリサニア王国としては完全にミリトス教を締め出したいが、神聖ミリトス王国に隣接しているため、完全に禁止すると経済活動に支障が出る。苦肉の策と聞く)
ただし、ブリサニア王国内のハーフォード公爵領においては、ミリトス教徒の立ち入り自体を禁じている。
一時的な滞在や通行も許可しない。
潜入が明るみに出ると死刑一択である。
過去に何かあったのだろう。
10年ほど前から魔物の数が増えてノースランビア大陸の各国を圧迫しているというミリトス教会の主張は、神聖ミリトス王国以外のノースランビア大陸諸国では冷笑でもって迎えられている。
絶対王政、専制君主制の良いところは、宗教問題に表れると思う。
ミリトス教会の時間稼ぎの言い訳は一切聞かず、あっさりと断罪する。
爽快ですらある。
ただし、為政者が名君の時は良いが、暗愚のときは目も当てられない。
難しいところである。
今我々はミリトス教会から迫害を受けているので、頼もしい限りである。
◇ ◇ ◇ ◇
船はヒックスの港に入港した。
ヒックスの港の入り口に灯台があった。ミューロンには無かった。
ヒックス港は夜間の入出港を認めているのかもしれない。
ヒックス港はミューロン港の4倍ほどもある巨大な港で、巨大船、小型船、はしけが何艘も停泊している。
様々な大きさの桟橋が何本もある。
きっと巨大船、小型船、河川用平底船・はしけ等様々なサイズの船に合わせるためだろう。
荷を積み下ろしする広大なエリアが広がる。
その隣に巨大なドックがいくつも見える。小さなドックも見える。
元の世界の港と見比べてもイケてるんじゃないか? と言う規模の港だ。
我々の乗った船は港の端にある小さな桟橋に着桟した。
ここは荷物を積み下ろしする桟橋から離れている。
人の乗り降り用の桟橋らしい。
乗客は併設された事務所に導かれ、ミューロンで記載した乗船名簿と一人一人突き合わされる。
大きな荷物を持った商人らしき人たちは税関らしき建屋に回された。
我々は冒険者証を見せて本人確認された後、検非違使による取り調べが入念に行われた。
これは、我々は神聖ミリトス王国人なので(そういう設定なので)、ミリトス教信仰を破棄していることの確認をされたのだった。
我々は本当は神聖ミリトス王国人ではないけれど、それを説明して納得させることは不可能と思い、船上でレイ、ユミ、マキと話し合って逆らわないと決めていた。
検非違使が薄ら笑いをしながら説明するには、ミリトス教徒でないことの証明方法は色々あるらしい。
何か期待しているようなので乗ってやることにした。
「え? はい。何でもやりますよ」
「ええ。どしどし持ってきて下さい」
「女神の肖像画? ええ。顔のあたりを思い切り踏んづけますがなにか?」
「上でツイストなど踊りましょうか?」
「枢機卿の肖像画? 生の尻を押しつけて放屁などいかがでしょう?」
「力み過ぎて実が出るとか・・・」
「女神の顔に付いた泥を尿で丁寧に洗い流すなどいかがでしょう?」
「ゲロは?」
「・・・それには及ばない?」
「もう結構?」
「そうですか・・・ 残念です」
こんなに協力的な人は初めてだ、とがっかりされた。
レイ、マキ、ユミは女神の肖像画に唾を吐きかけ、踏んづけながら靴底で顔中に塗り広げるパフォーマンスをしてドン引きされたそうだ。
マロンは何もせずに入国した。
◇ ◇ ◇ ◇
ヒックスは、ブリサニア王国の各地、神聖ミリトス王国、聖ソフィア公国、リュケア公国、ローラン王国を結ぶ海上物流の要衝であり、ヒックスを起点とした国内主要街道を擁する陸上物流の要衝の街である。
海上から国内外の大量の物資を受け入れ、陸上交通網で内陸へ運ぶ。
一方周辺の大農地から大量の農産物を陸路で受け入れ、海路で国内外へ送る。
国内外から多くのバイヤーが訪れ、大量に買い付けて行く。
ヒックスは旧王都なので、王都時代の名残がある。
随所に歴史的建造物が残っており、街に威厳をもたらしている。
ちなみに今でもヒックスは王家の直轄地で、代官が置かれている。
ミューロンよりもずっと洗練されている。
神聖ミリトス王国の首都・アノールよりもずっと巨大都市である。
ヒックスは商都だ。
付近にダンジョンは無く、スキルアップ目的の冒険者を呼び寄せる要素は無い。
しかし冒険者ギルドは大きい。
冒険者も大勢いる。
これはヒックスに多くの商人が常駐し、随時隊商が出入りし、護衛クエストが常にあるためである。
隊商の護衛は、
期間が決まっている
行き先が明確
脅威度の高い魔物に遭遇する可能性が低い
といった理由から、安定志向の冒険者の人気は高い。
港を一望できる高台に大商人の豪邸が建ち並ぶ一角がある。
どの館も塀の高さ、厚み、門構えの立派さなど、ちょっとした城並みである。
定期的に大きな取引が行われる(巨額の金が動く)ので、ここでも護衛のために冒険者が雇われる。
ここは「第一線を引退した『名のある』冒険者」を雇うことが多い。
仮に賊が侵入しても、斯界の顔役の冒険者が出てきてその場で “話し合い” が行われ、手打ちとするのだ。
港から一直線に街の中心を貫くメインストリートは幅広く、清潔で、ごみは落ちていない。
馬糞も落ちていない。
メインストリートの両サイドには小洒落た商店や飲食店が建ち並び、夜も明るい。
場末の酒場など存在しない。その分値段はお高め。
メインストリートから一本奥に入ると、だいぶ庶民的な商店や大衆食堂、大衆酒場、武器屋、アイテム屋が並ぶが、荒んだ雰囲気は無い。
更に一本奥に入ると、やっと娼館が出てくる。
ヒックスとミューロンの比較だけで結論を出すのはいかがかと思うが、やはり国力はブリサニア王国の方が上かな。
◇ ◇ ◇ ◇
ヒックスの冒険者ギルドに向かう。
冒険者ギルドの建屋はメインストリートから一本奥に入ったアイテム屋の隣にあった。
かなり羽振りが良いらしく、メッサーの冒険者ギルドの建屋より遥かに立派だ。
高級そうな扉を開け、建屋に入り、受付に向かう。
ブリサニアにおける冒険者としての身分の確認と情報収集のためだ。
ここで改めて思う。
メッサーの冒険者ギルドの受付嬢は異常だった。
レイ、マキ、ユミ、私の4人分の冒険者証を受付嬢に見せ、ブリサニア王国での活動する手続きを依頼する。
受付嬢が私の会員証がメッサー冒険者ギルドの永久会員証と気付き、引き留められた。
4人+1匹はすぐにギルド長室へ通された。
「お初にお目に掛かります。ビトー・スティールズと申します」
「おお。ギルド長のリーだ。まあ掛けてくれ」
メッサーのギルド長は2mの偉丈夫だったが、ヒックスのギルド長も見上げるような大男だった。やはり2mクラス。
ギルド長から疑問を呈された。
たかだかE級冒険者が何で永久会員?
その永久会員が何で国を出た?
「その疑問は当然です。私自身もピンときていないところが御座いますが・・・」
「なんだ。言って見ろ」
「私たちはミリトス教会から迫害を受けています。具体的には殺され掛けました。ですので信者のいない土地、できればミリトス教を邪教に認定しているような土地に行きたいのです」
「なるほど、それならハーフォード公爵領だ。 だが何をした?」
「私たちもしかとはわからないのですが・・・ 不敬罪の嫌疑を掛けられているらしいのです」
「不敬罪なら具体的に何をしたかわかるだろう」
「ところが呼び出しも査問もなかったのです。いきなり殺され掛けたり、呪われたりしたのです。なんだこれは? と冒険者ギルドで調べてもらったら、ミリトス教会の刺客であることがわかりました」
「・・・」
「でも彼らに説明を求めたら、余計に『不敬だ!』といわれるでしょう?」
「そうだよなぁ・・・」
「逃げるしか無くて」
「ふぅむ」
「ところで駆け出しの冒険者がなぜ永久会員証を持つ?」
「G級の時にメッサーのダンジョンの初層の未踏破エリアを初踏破しました。あとは魔物との友好関係樹立など、地味な功績の積み重ねです」
「ほう。魔物とは何だ?」
「いや~ メッサーのギルド長に『最初に公にするときは俺が言う』と釘を刺されておりまして、私からは言えないんですよ」
何となく納得してくれた。




