041話 国境の町ミューロン
冒険者パーティ『炎の盾』からミリトス教総本山へ報告が来た。
3通目だ。
当初は冒険者パーティ『紅の牙』から報告が来ていた。
イプシロンの街の情報収集の結果、勇者3名はミューロンへ向かった可能性が高く、引き続き追跡すると言ってきていた。
ここまでは予想通りだった。
『紅の牙』からイプシロンから先の計画が送られてきた。
イプシロンから二手に分かれ、『炎の盾』が一気にミューロンへ急行し、勇者一行を待ち伏せする。
『紅の牙』が勇者一行を追跡する。
挟み撃ちだ。
この作戦は理にかなっている。
我々は『紅の牙』の計画を追認した。
その後『紅の牙』からは報告が無い。
早馬や伝書鳥を徴発できるような集落を通過していないのだろう。
これはある程度予想していた。
『炎の盾』がカバーできればそれで良い。
『炎の盾』からの報告は全てミューロンの街から送られてきた。
1通目はミューロンに到着したこと。
出国者名簿に勇者の名前が無いこと。
ミューロンの街の周囲に網を張ったことを報告してきた。
2通目はミューロンの街中で勇者の痕跡を探し、何も無かったこと。
従ってまだ勇者はミューロンに到着していないこと。
引き続きミューロンの街の周囲に網を張って待ち構えることが書かれていた。
吉報だ。
そして今日届いた3通目。
内容は2通目から進展は無かった。
『紅の牙』からの報告は無い。
まだ草原の中で追跡中なのだろうか。
◇ ◇ ◇ ◇
夜が明ける前に岩の森のラミアの里を出た。
これはミューロンの街の通用門に到着するタイミングが申の刻、つまり夕方の帰宅ラッシュが始まる頃と重なるように調整したためだ。
帰宅ラッシュとは何か。
こちらの世界では野に魔物が出るため、一般市民は街の外で夜を過ごすことは無い。
必ず城壁の中に入って夜を過ごす。
どんなに小さな村落でも城壁を持ち、夜は城門を閉める。
家畜も城壁の中に入れる。
帰宅ラッシュとは、仕事で城外へ出ていた農民や家畜、商人、クエスト中の冒険者が、夜に備えて城壁の中に入ることを指す。
我々もミューロンの街に入る人々の列に並び、ミューロンの街に入る。
城門では人別改めが行われ、我々はE級冒険者証を見せて城壁の中に入る。
城門にはミューロンの街の兵隊が常駐するため、その前で女を襲う、ましてや殺人など破廉恥な行為は出来ない。
だが、我々を追っている暗殺者達は必ずいる。
そして我々を見張っている。
ペネロペの下見の結果、常に冒険者パーティがミューロンの街を監視し、街を出入りする女を見張っている。
特に女3人組を重点的に見張り、後を付けていることがわかっている。
ということで、目を付けられるのは仕方が無いが、いきなり襲われない時刻を選んでミューロンの街に入った。
ミューロンの街は、大河ミューロンの河口に広がる港湾都市だ。
ミューロン川は神聖ミリトス王国とブリサニア王国の国境になっている。
川向こうにブリサニア王国の港湾都市・ヒックスがある。
ミューロンとヒックスの間には定期船が出ている。
ミューロンの街を支える産業は漁業ではなく貿易。
そのため街は賑やかで華やかである。
メインストリートには外国風の建物が建ち並ぶ。
そして港に近づくと雑踏が凄い。
商人、船乗り、人夫がいっぱいいる。
冒険者もいっぱいいる。
そして他国人もいっぱいいる。
出国に必要な手続きは2つある。
一つはミューロンの冒険者ギルドに立ち寄り、冒険者証をブリサニア王国でも有効にして貰うこと。
我々はE級冒険者なので、この手続きをしておけばブリサニア王国でも国内を自由に移動できるし、E級冒険者として扱ってくれる。
もう一つは定期船のチケット(乗船券)を買うこと。マロンの分も購入。
これだけ。
パスポート不要。ビザ不要。お金も両替する必要無し。言葉も通じる。
出国者名簿は乗船名簿で代用される。
定期船には武器・危険物持ち込み可。すげぇ。
もっともコスピアジェはこの程度の手続きも無視して、人知れずミューロン川を渡っているはずだ。
コスピアジェのような超大物が所定の手続きを踏んで船に乗ることが可能か否かわからないし、船員や乗客の精神が保つかどうか自信が無い。
本来どうあるべきか、どこかで詳しい人に聞いてみようと思う。
ブリサニア王国入国後、すぐに食事にありつけるかわからないので、保存食(干し肉、乾燥フルーツ)を購入する。
我々が出国の準備をしているのを監視している奴らがいる。
暗殺者だろう。
暗殺者は全部で3人。マロンが教えてくれた。
おそらく街の外にもいるのだろう。
冒険者ギルドも船のチケット売り場も人が大勢いるので奴らも無茶は出来ない。
だが暗くなったら必ず襲ってくる。
そこで彼らが仕事をしやすいよう、お膳立てをして差し上げることにした。
◇ ◇ ◇ ◇
遂に見つけた。
ミューロンの北門で人混みに紛れ、入城しようとしている勇者がいた。
周囲を見ると他の2人も見つけた。
変装しているが間違いない。
すぐに他の門周辺に張り込んでいるメンバーおよび、城内で張り込んでいるメンバーに伝書鳥で連絡。
包囲網を作った。
女3人と聞いていたが、男が一人合流しているようだ。
まあ良い。
明るいうちはターゲットに気付かれないように、見逃さぬように網を大きくしてある。
『紅の牙』の姿が見えない。完全に撒かれたようだ。
ターゲットの装備は草臥れていない。
ということは『紅の牙』とやり合ったのでは無く、どこかに潜り込んでやり過ごしたのだろう。なかなか侮れない。
だが『炎の盾』の目はごまかせない。ここで年貢を納めて貰おう。
街中で仕事をするには襲撃場所の選定と逃走ルートが重要になる。
作戦は既に練ってある。
奴らを尾行しながら何パターンもある作戦を再確認していたところ、奴らは思いもよらぬ行動をとった。
門が閉まる直前に街の外に出たのだ。
馬鹿め。
これでは襲撃して下さいと言っているようなものだ。
我々は全員で街の外に出てターゲットを大きく囲むように散開した。
◇ ◇ ◇ ◇
夕方、門が閉まる前に全員で外に出る。
守衛から怪訝そうに問われる。
「こんな時刻に外に出て、閉門時刻まで帰ってこられるのか?」
「五分五分ですね」
「閉門時刻を過ぎたら門は開けてやれない。外で夜を過ごすなら気をつけろよ」
「はい」
「間違っても岩の森に近づくんじゃないぞ」
「はい。ありがとうございます」
すぐに道を外れ、草原の中を歩く。
マロンは気付いている。
私も気付いている。
レイ、マキ、ユミは?
マキは気付いたようだ。
レイとユミに「つけられてるよ」と教えたらわかったようだ。
日が落ちてくる。
岩の森の方へ歩く。
歩きながら隊列を整える。
レイ、ユミ、マキ、私、マロンの順に縦一列。
いつでも走り出せる隊列。
夕暮れの岩の森。
なかなかの雰囲気だが、後をつけてくる人間の方が怖い。
マロンが近づいてきて、包囲が狭まってきたと教えてくれる。
マロンの背中をそっと叩くと、マロンは先頭に立って走りはじめる。
全員マロンの後を追いかけてダッシュ。
「うらぁ!」
「逃げられると思うなよ」
「待たんか、オラ」
殺し屋が追いかけてくる。
我々はマロンに先導されて走って行く。
岩の森の手前で襲われたときは馬で追われたので逃げ切れなかったが、今回は普通に駆けっこだ。
走力の比較をすると・・・
慌てる必要は無い。
我々の方が勝っている。
マロンの凄いところ。
それは追っ手が付いてこられるギリギリの速度を読み切って走ること。
うりゃうりゃと下品な喚き声を上げながら追ってくる殺し屋を引き連れて、ある地点を目指して疾走する。
追っ手に余計なことを考えさせず、ただ必死に走るように。
もう一息で追いつく。
そう思わせながら。
ひとかたまりの密集した草むらが見えてきた。
その前を走り抜ける。
ポンッ ボンッ グシャッ バンッ・・・
背後から凄い音が何度も聞こえた。
「終わったよ」
後ろから声が掛かった。
ペネロペに率いられたラミアの小隊(3人)が佇んでいた。
足下には冒険者と思しき死体が6体転がっていた。
マロンも含め、全員がペネロペ達と抱擁を交わした。
「本当にありがとうございます。処理をお願いできますか」
「ああ。問題ない。任せてくれ」
もうミューロンの街に戻るには遅い時刻なので、岩の森の端で野営をする。
岩の森は全域がラミアの勢力下なので安心して野営できる。
イプシロンの街を出たときは、岩の森と言えば人外魔境のように思っていたのに変な気分だ。
一応不寝番に立つが、交代後は熟睡した。
◇ ◇ ◇ ◇
完全に夜が明ける前。
あたりが明るくなってくるとミューロンの街の門が開かれた。
さすが商売の街だ。朝は早い。
人の流れは95%が街の中から外。仕事に向かう人々。
この時刻に外から街中に入る人は殆どいない。
私たちのことは守衛の人たちが憶えていて、声を掛けてくる。
「おお、お前たち無事だったか」
「はい。全員無事です」
「昨日、お前たちが門を出た後で『炎の盾』というパーティも外に出たんだが、会わなかったか?」
「いえ、昨夜は誰にも会いませんでした」
「そうか。男6人の冒険者パーティなんだが」
「そうですか・・・ 私たちより強いですよね。大丈夫でしょう」
「まあ、そうだな」
「お気に掛けて下さってありがとうございました」
「おお、気にするな。これもお役目だ」
殺し屋の名前が『炎の盾』と知ったところで守衛と別れ、すぐに港へ直行した。
乗船券を見せ、全員でブリサニア王国の港町ヒックス行きの始発便に乗船した。
乗船時に冒険者証の提示を求められ、乗船名簿に名前を記入される。
ミリトス教会に調べられたら国外亡命したことがバレるが、まあ仕方ない。
◇ ◇ ◇ ◇
船は定刻に出航した。
船は2本マストのスクーナー船。立派な船じゃないか。
春の日差しがまばゆい。
そして日の光が暖かい。
こっちの世界に飛ばされて、年を越したんだな、と初めてしみじみ思った。
レイ、マキ、ユミははしゃいでいる。
女子高生なんだよな・・・
マロンは私の足下で丸くなっている。
川の中央を越えたのだろう。
「今、ブリサニア王国に入りました」
とアナウンスがあった。
レイ、マキ、ユミが歓声を上げる。
師匠の顔を思い浮かべる。
「お前にしては上出来だ」
と褒めてもらえるかな。
向こう岸が見えてきた。
灯台が見える。
ブリサニア王国だ。
またレイ、マキ、ユミが歓声を上げた。
◇ ◇ ◇ ◇
報告がぷっつり途絶えた。
冒険者パーティ『炎の盾』からの3通目の報告以降、全く報告が無い。
あのときの報告では『炎の盾』がミューロンの街の周囲に網を張り、『紅の牙』が勇者を網の中に追い込む予定だった。
その後どうなった。
成功していれば成功報酬を受け取りに来るはずだし、その前に勝ち誇ったような報告があるはずだ。
うまく行っていない場合は当たり障りの無い報告があるはずだ。
それが無い。
『紅の牙』はB級パーティで6名。
『炎の盾』はC級パーティで6名。
勇者はE級3名。
パーティですらない。
逆立ちしても勇者が勝てるはずが無い。
だが報告が来ないと言うことは『紅の牙』『炎の盾』ともに報告できる状態では無いと言うことだ。
まさかとは思うが『紅の牙』『炎の盾』が勇者に買収されたのか?
いや、借用魔術が使われているからそれはないはずだ。
以前より冒険者ギルドは臭かった。
勇者に力を貸す冒険者を斡旋した可能性はある。
だが『紅の牙』『炎の盾』両パーティを相手取るにはA級パーティが必要だ。
A級パーティは数が限られており、依頼されるクエストは厳選される。
彼らが今どこにいるか、どんなクエストを受けているかは、依頼する側に詳細に把握されており、飛び込みクエストをねじ込むことなどほぼ不可能である。
まれに “王命” などで飛び込みクエストが発生することがあるが、後回しにされる依頼主に対し相当な慰撫がなされる。
それが噂にならないことは無い。
そして今、A級パーティに関して予定外の動きは無い。
とにかく『紅の牙』『炎の盾』両パーティがどうなったのか調べる必要がある。
依頼主がミリトス教会と悟られぬように代理人を雇い、両パーティがどうなったのか調査するためのクエストをメッサーの冒険者ギルドに発注した。
メッサーの冒険者ギルドは、依頼主がミリトス教会であることは知っていた。
だが冒険者ギルドもビトー一行の足取りが掴めなくなっていたため、知らぬふりをしてC級クエストとして受けることにした。
ソフィーの子飼いのC級パーティに因果を含めて送り出した。
調査結果は要領を得ないものだった。
『紅の牙』『炎の盾』両パーティともイプシロンの街では生存を確認できた。
その後『紅の牙』は消息を絶った。
『炎の盾』はミューロンの街で生存を確認されているが、最後に生存確認された日の夕刻に街を出て以降、消息を絶った。
噂無し。
死体、体の一部、装備品など無し。
両パーティは煙のように消えた。
「完璧な仕事をしたと見えるが、あいつらでは出来ないはずだ」
「だれか協力者がいるんですかね」
「そんじょそこいらの冒険者では無理だがな」
「コスピアジェ殿が一枚噛んだと見るのはどうでしょう」
「殺すところまではいい。問題ないだろう。でも死体をどうやって隠す?」
「重しを付けてミューロン川に沈めたのでしょうか。当てずっぽうですが。 誰が協力者だとしても最大の謎です」
「だがまあ無事に出国したようじゃないか」
「ええ。うまくやりました」
「ソフィーの教育が良かったのだろう」
「恐れ入ります」
ギルド長とソフィーは報告を見ながらビトーと勇者一行に思いを馳せた。




