040話 ラミアの里2
アレクサンドラの体をもう一度鑑定し、治癒の結果を確認する。
尻尾の先端に僅かに痛みが残っているように見える。
骨に変形は見られなかった。
ひょっとすると見落としているかも知れない。
蛇の尻尾の骨の正しい形を知らないだけかもしれない。
だが私にはわからないので、念を押す意味で尻尾にキュアとヒールを入念に掛けた。
「まるで小隊長の頃に戻ったようじゃ」
アレクサンドラはそう言うと尻尾をブンブン振って見せ、次に尻尾の先端で体全体をそっと持ち上げてみせた。
アレクサンドラの体重がどれだけあるかわからない(400kgくらいだろうか)。
だが尻尾の先端で全体重を軽々と持ち上げるなど、この体にどれほどの力を秘めているのか想像も付かない。
とは言え、昨夜まで痛んでいたのだから見ている方がハラハラする。
「アレクサンドラ様。いきなり強い負荷はお控え下さいませ。見ている私の方がハラハラ致します」
「ふむ。老体を心配してくれるのか」
「老体などと・・・ 花の盛りで御座いましょうに」
アレクサンドラは微笑むと私を抱き寄せ、豊かな双丘の間に顔を埋めさせた。
二度目の桃源郷。
「もう一度族長として力を振るうことができる。感謝致す。 それにしてもそち、熟女が好みかの」
「熟女などとお戯れを。アレクサンドラ様はお若いです」
「それを熟女好きと言うのじゃ」
豊穣の女神さながらのアレクサンドラのシンボルをしばし堪能した。
◇ ◇ ◇ ◇
アレクサンドラが族長の家の扉を開けると、ラミア一同が家の前に集まっていた。
皆、固唾を呑んでアレクサンドラを見守っている。
スッとアレクサンドラが外に出ると、一拍おいて大歓声が上がった。
ラミア同士、動きを見れば一目で体の調子は分かるらしい。
宴会が始まった。
◇ ◇ ◇ ◇
次の日からラミアたちの治癒が始まった。
思ったより患者の数が多かった。
多くの患者を診て分かったのは、古傷には3種類あること。
敵の攻撃を受けた外傷。
これは治しやすい。
自分の力で自分を傷つけてしまう傷。
パワーがありすぎて自分で自分の体を痛めるのだ。
これは驚くほど傷が深く、治りが遅い。
最後は加齢とともに現れる症状。
これは年齢とともに軟骨がすり減って痛みが出るパターンと、逆に軟骨がはみ出るヘルニアのパターン。
痛風も何例か見受けられた。
アレクサンドラほどではないものの目を見張るほど大きな方がいらしたので、肩を揉みほぐして差し上げると、皆さん「極楽・・・」だった。
10日間みっちりと治癒に励んだ。
アレクサンドラほど重い傷を負っているラミアはいなかった。
その間、レイ、マキ、ユミはペネロペに集中的に訓練をつけて貰った。
力の出し方(末端に力をためて、瞬間的に力を解放する)を会得したようだ。
ユミは魔術師だが同じ訓練を受けていた。
魔導斥候を目指しているのかもしれない。
私は光魔法のレベルが上がった。
◇ ◇ ◇ ◇
ラミア族を治癒してわかったこと。
ラミア族は完全女系だった。
男のラミアは一人もいない。
ラミア族全員の治癒が終わってから皆と酒を酌み交わしながら病気談義。
水分を多く取って下さいね。
でも酒で摂るのはだめですよ。
食事で良くないのが酒、魚、肝、豆だったかな。
良いのが乳製品、鶏卵、野菜、穀物、バナナですねー。
バナナってあります?
ある?
プランテンっていうの?
肉は・・・食べ過ぎなければ良いです。
魚介の出汁がいけないのですが・・・
出汁ってなんだ?
鰹節、煮干しの話をしたが、ピンと来ないようだった。
ラミア族全員とかなり親しくなった頃、アレクサンドラが聞いてきた。
「我らを恐ろしく思わないか?」
「ええと、はっきり申し上げて好きです」
「ん、そうか。そちは熟女好きだったの」
「最初にコスピアジェ様にお目にかかったときは腰が抜けるほどびっくりしました。その衝撃が大きすぎたのでしょうか。ラミア族は普通だと思います。好きです」
「ほっほ。しかしそのコスピアジェ殿の信を得たのじゃ。たいしたものよ」
コスピアジェの武勇伝を聞いた。
200年前。
聖ソフィア公国の前身のサン=スキビオ王国が偶然コスピアジェの巣を見つけ、討伐することになった。
しかし討伐に向かった1個連隊(1000人)が返り討ちに遭い、全滅した。
怒り心頭のコスピアジェが王都へ侵攻すると噂が流れ、王都守備隊(1000人)と近衛兵(100人)が城に立てこもった。
王都に現れたコスピアジェは、王都に残っていた住民を城内に追い込み、複数ある城の大門を全て封印して飢餓を誘った。
3ヶ月に渡る籠城戦の間、近衛兵・王都守備隊による3度の突撃は全て潰えた。
コスピアジェは王族の自決を迫り、住民の蜂起を促した。
結局王族の6親等までの死と引き換えに王都を解放した。
王都が解放された後、サン=スキビオ王国は壊滅し、聖ソフィア公国として再スタートを切ったのは10年後だった。
対処を誤れば国が滅ぶと言われ始めたのはここから。
このときネームド(銘入り)になった。
「隣国から援軍は来なかったのですか?」
「リュケア公国は援軍の編成を行った」
「しかし派遣されなかった?」
「派遣はしたのじゃ。だが王都にたどり着けなかった」
「なぜでしょう?」
「民衆が他国の軍隊の進軍に協力しなかったのじゃ」
リュケア公国からするとこれは難問だ。
軍は拙速を尊ぶ。
民衆を慰撫しながら進軍したら時間とカネが掛かりすぎる。
民衆を蹴散らして王都に駆け付けることは可能だが、サン=スキビオ国民の恨みを買った上、戦後処理に影を落とす。
撤収も無事に済むかどうかわからない。
結局派兵を断念した。
75年前。
Sクラス冒険者パーティ『漆黒の翼』がコスピアジェ討伐に挑んだ。
漆黒の翼は史上初めてメンバー全員がAクラス冒険者で構成されたノースランビア大陸きってのエリートパーティで、Sクラスというパーティランクもこのとき創設された。
彼らはその前年にレッドドラゴンの討伐に成功していた。
レッドドラゴンは成体なら脅威度S。
このとき討伐したのはレッドドラゴンの幼体だったが、それでも全長5m、脅威度Aだった。
この頃は既にコスピアジェは1箇所に居着くことを止め、定期的に居場所を変えていたが、漆黒の翼は時間を掛けてコスピアジェの居場所を絞り込んでいった。
そしてローラン王国の名も無い山にコスピアジェが滞在しているところを急襲した。
結論から言うとコスピアジェは不意打ちを受けなかった。
むしろ罠を張って漆黒の翼を待ち構えていた。
この頃になると知性のある魔物同士は気脈を通じ始めており、漆黒の翼がコスピアジェを付け狙っていることは筒抜けになっていた。
漆黒の翼は消息を断ち、その後姿を見た者はいない。
「アレクサンドラ様もお名前をお持ちですが、『銘入り』ではないのですか?」
「私は岩の森のラミアのアレクサンドラじゃ。コスピアジェとはノースランビア大陸全土でただ1人の者という意味じゃ」
なるほど。『THEコスピアジェ』ということか。
種族を超えているんだ。
コスピアジェとの出会いについて聞かれた。
「コスピアジェ殿が人間族と交流を持ったことはない。どのように出会ったのじゃ」
「私たちはルー族のフェリックス殿にメッサーのダンジョンで鍛えて頂いておりました。 そのダンジョン内にコスピアジェ様がいたのです」
「なんとルー族とも交流を持ったのか」
「フェリックス殿だけです」
「フェリックスとコスピアジェ殿の出会いは偶然か」
「どうやらフェリックス殿は、メッサーダンジョン内にコスピアジェ様が潜伏していると目星を付けていたようです。 メッサーダンジョンに潜っても不審に思われないように、我々の指導を買って出てくれたのだと思います」
「なるほどの。 彼らの会合の理由はわかるか?」
「フェリックス殿は魔物の移動の理由を探っていました。移動の終点にコスピアジェ様がいらっしゃったので、コスピアジェ様なら何かを知っていると考えていたようです」
「動いた魔物は何じゃ」
「レッドサーペントとブラックサーペントです」
「あやつらか・・・」
「なにかご存じですか?」
「あやつらは我らの言うことしか聞かぬはずじゃ。だが今回は誰かに操られているように見える。誰がどんな手を使ったのか調べておる」
なるほど。
蛇族の頂点がラミア族か。
ラミア族自身について聞いてみた。
「岩の森のラミア族は人間族と交流されているのですか?」
「ない。このラミアの里に足を踏み入れた人間はお主らが初めてよ」
「そうでしたか」
「お主は魔物を治癒することに忌避が無いのか」
「ありません」
「珍しいの。我らからすれば嬉しいばかりじゃ」
「皆さんはここにどのくらい前から住んでいるのですか?」
「だいたい500年じゃ」
「・・・」
「長いと思うか?」
「いえ、自分から聞いたのに、長いのか短いのかよくわからなくなりました」
「そうか。儂らの寿命からいうとほどほどじゃろう」
「みなさん長生きなのですね」
「人間から見ればそうじゃな」
話題はミリトス教会になった。
「おぬしは治癒魔法士なのにミリトス教会から追われておるの? なぜじゃ」
「それには大人の事情がございまして・・・ 一言で言えばミリトス教会に属さない治癒魔法士だからです」
「うん? お前はミリトス教徒ではないと?」
「はい。私はミリトス教徒ではございません」
「ミリトス教徒になろうとは思わなかったのか?」
「そのようなことを思う間もなく、教会に殺され掛けました」
「なぜじゃ?」
「そこが説明の難しい、大人の事情になります」
「申して見よ」
「私はミリトス教徒になる前に、そして女神アスピレンナの祝福を受ける前に、治癒魔法を使えてしまったのです」
「・・・」
「ミリトス教徒の言葉を借りるなら、治癒魔法はミリトス教徒だけ、それも信心深い者の中から特に女神アスピレンナに目を掛けられ、女神の祝福を受けた者だけが使える特別に『高貴』な魔法で・・・ ゲフンゲフン。 すみません。自分で言って自分で恥ずかしいのですが・・・」
「・・・」
「でも私は女神の祝福を受けておりません。 それどころかミリトス教の信者ですらありません」
「・・・」
「そんな者が治癒魔法を使えてしまうと、ミリトス教の権威を根底から揺るがせてしまいます」
「・・・」
「また、ミリトス教会は治癒魔法で膨大な金を稼いでいます。それでご飯を食べているのです。 私の存在は彼らの生活の脅威でもあるのです」
「・・・」
「私の存在は女神に対する不敬の極み・・・ ということらしいです」
「・・・ “女神” か・・・」
「女神アスピレンナがミリトス教会に君臨したのは50年前だったかの」
「はい。そのように聞いております」
「アスピレンナが世に出る前は、治癒魔法はどうだったのかの」
「・・・」
「この世界に治癒魔法はなかったのかの?」
アレクサンドラは何か非常に重要なことを言いかけて止めた様に見えた。
その後、レイ、マキ、ユミがアレクサンドラを囲んで美容と豊胸について聞き始めたので、ペネロペと話をする。
「これからどうするつもりです?」
「ブリサニア王国へ抜けるつもりです」
「ビトー殿には岩の森のラミア一族大変お世話になりました。何かお礼を差し上げたいのですが」
「では折り入ってお願いがあるのですが・・・」
ペネロペと最初は大雑把に、そのうち詳細に、最後はアレクサンドラも巻き込んで念入りに打ち合わせをした。
アレクサンドラは命令を出し、斥候が放たれた。
2日後斥候が戻り、計画が動き出した。
我々はラミアの里を辞去し、ミューロンの街をめざすことにした。
別れに際し岩の森のラミア族との友誼の証として『ラミアの牙 一対』をもらった。
コスピアジェの布同様に、岩の森のラミア族の信用が付いているとのこと。
しがらみが増えていくが悪い気分じゃ無い。




