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平凡勇者の異世界渡世  作者: 本沢吉田
03 出国編
38/302

038話 岩の森の手前

乗り合い馬車は岩の森が見え始める前に止まった。

どうやらここまでらしい。


イプシロンを発った時はそれなりの数の乗客が乗っていたが、小さな集落を通過する毎に一人降り、二人降りして行くうちに、ついに私たち4人と一匹だけになった。


街道沿いにポツンと生える1本の木が見えるところで馬車は止まった。

御者が話し掛けてくる。


「お客さん。ここまでですね」

「ミューロンへ行けないのですか」

「ええ。駄目ですね。 あの旗を見てください」


御者が指差す方向を見ると、街道沿いに生える木の幹に旗が刺さっている。

旗の色は赤だった。


「あれはこの先通行不可の印ですわ」

「なにかあるのですか」

「恐ろしい魔物が出るという話ですぜ」

「どんな魔物かわかりますか」

「なんでも蛇の魔物らしいですぜ」


ブラックサーペントを思い出した。

あれはやばい。

馬車で突っ込んで良い魔物じゃ無い。



「ここで降ります」

「一緒に戻らないんで?」

「ええ。どうしてもミューロンに用事があるんです」



何度も引き返すよう誘ってくれる御者に御礼を言い、運賃を払って徒歩で街道を先に進んだ。



◇ ◇ ◇ ◇



どうやらツキが巡ってきたようだ。

イプシロンに向かう乗り合い馬車とすれ違ったので御者に話を聞いたら、岩の森の手前で通行止めを喰らったらしい。

そこで4人の乗客が降りた、と。

ミューロンに向かうと言っていたらしい。


男1人、女3人だった。

男は知らんが女はターゲットで間違いないだろう。


炎の盾の連中に会わなかったか? と聞いたが、冒険者には全く会わなかったらしい。

奴らは俺たちより先行しているはずだ。

合わなかったと言うことはターゲットを追い越しているのかも知れないな。

もうミューロンに着いているか。

あとで奴らの使った間道を聞いてみるか。



◇ ◇ ◇ ◇



遠くに岩の森が見え始めた。

蛇の魔物に注意だが、注意と言っても何に注意すれば良いか?

蛇は目は悪いが、匂いセンサーと赤外線センサーが優秀だったような記憶がある。

匂いと体温か。


『これから蛇のテリトリーに入る。いいかみんな。体温を外気温より下げろ。自分の匂いも出すな』


無理だな。

風向きが我々に有利に働くよう願うしか無いか。



岩の森がすぐそこに見える位置までくるとマロンが話し掛けてくる。

マロンとの会話は、マロンが話したいことを事前に予測し、マロンがYES/NOで答えられるようにするのが良い。



蛇が近づいている? 違う。

追っ手が近づいている? うん。

ミューロンまで3日掛かる。追いつかれるかな? うん。


わかった。何とかしよう。



4人と一匹で意思統一。


「追っ手が近づいている」

「蛇じゃないの?」

「ミリトス教会に雇われた殺し屋だろう」

「ギルド長は庇ってくれたじゃない」

「他国の冒険者だろう。 おそらく戦って勝てる相手じゃ無い」


「どうするの」

「岩の森へ逃げ込む」

「忠告聞いてなかった?」

「聞いてた」

「じゃあなんで」

「危険だからだよ。 敵を危険地帯へ誘い込もう」

「蛇に遭ったらどうするの」

「我々を喰らうか、追っ手を喰らうか、蛇に決めて貰おう」

「投げやりね」

「追っ手に捕まれば勝率は0%だ。 でも蛇に任せれば勝率50%さ」



街道を外れ、岩の森に向かって草原を進む。

できる限り姿勢を低くして、街道を通る追っ手の目に触れないように進む。


だが、いくらも進まぬうちに私の耳にも馬蹄の音が聞こえだした。

一直線にこっちに来るようだ。

どうやら気付かれている。



「マロンだけ岩の森へ走れ」

「どうするの?」

「ちょっと悪あがいてみる」


マロンは岩の森へ一直線に走った。


残った我々は窪地に入り、一端追っ手の視界から消えた。



◇ ◇ ◇ ◇



「隠れたつもりか・・・ 馬鹿め」

「お頭、犬が逃げていきます」

「ほっとけ。犬などどうでもいい」

「奴らを囲め」



長かった追跡もようやくこれで終わる。

馬から降り、剣士は大剣を抜き、斥候は短剣を抜き、魔術師は杖を構える。

特に俺が指示を出すまでも無く、二人一組になり、窪地を囲む位置に着く。


ウチのメンバーは手練れだ。

こういった勘所で自分の判断で動くことができ、しかも決して外さない。

メンバーの動きに満足し、ゆっくりと草むらに入っていく。

包囲を完了した。

絶対に逃さない。



「俺たちはB級パーティ『紅の牙』だ」

「投降しろ」

「お前らE級が我らB級から逃げ切れるとでも思っているのか」

「無駄はやめろ」

「観念して出てこい」

「今投降すれば命は助けてやる」

(は~い。嘘で~す)



考える隙を与えないように次々と大声を浴びせる。

ゆっくりと包囲を狭めていくと、固まっている4人を目に捉えた。


バディと小声で確認。


「3人と聞いていたがな」

「途中一匹増えたのでしょう」

「見られていることに気付いていないな」

「ええ。さっさと殺っちまいましょう」


他の2組に合図を送り、一斉に襲いかかった。

奴ら、びっくりしたような顔をしていた。

リックが男を切った。

よし、殺った・・・


切られた男が消えた。

リックとサンドが倒れたのが見えた。


次の瞬間、世界が真っ白に光った・・・



◇ ◇ ◇ ◇



我々は岩の森に向かって全力で走っていた。

ここで追っ手を引き離せるか否かが生死を分ける。

800mダッシュの成果を見せる。


窪地で私が使ったのは闇魔法『傀儡』。

人形ひとがたを使って我々に “化ける” 程度だ。

化けると言っても初心者の私では “誰かに似せた出来の良い人形” レベル。


ちなみに高等生物や霊・鬼を操る魔法は『使い魔』。

闇魔法と言うよりも陰陽道だが、この世界には陰陽道は無いため、闇魔法に分類されている。



私はコスピアジェから貰ったトレントの樹皮を使って人形を4人分作り、皆に魔力を吹き込んでもらい、そっと草むらに仕込んだ。

我々を探している者が、我々を見つけたいと願望すれば、我々に見える。

初見殺しの効果が高く、経験したことが無ければベテラン冒険者でも引っかかる。

奴らは初見だったのだろう。


目眩ましは光魔法『瞬光』。

閃光弾と同じ効果だ。

閃光弾と違うのは、奴らの目の前で発光させること。

顔を背けて光線を躱される可能性が低い。


瞬間的に盲目になって棒立ちになっている魔術師と斥候の足を脇差で切り裂き、そのまま岩の森目がけて走り出した。



◇ ◇ ◇ ◇



出足でかなり引き離した。

手応えがあった。


だが、少しすると奴らは馬に乗って追いかけてきた。

意外と混乱からの立ち直りが早い。

B級冒険者たる所以か。


奴らの馬を放馬したかったのだが、窪地から見て、岩の森の反対側に留め置かれていたので断念した。


敵の斥候を潰したので森の中に逃げ込めれば振り切れると思ったが、間に合わなかったか・・・

くそっ!



「貴様っ! ぶっ殺す」

「よくも仲間を」



すぐそこまで接近している。

レイとユミは私の先を走っている。


マキが遅れた。


仕方ない。

腹を決め、立ち止まってマキをやり過ごした。


振り向いて追っ手に正対する。

脇差とショートソード・アクセルを抜く。

奴らは槍を持っていないので、僅かながら勝機がある。

馬の足を切るのだ。

腰を落とし、転がりながら馬の足を切る体勢を取った。





何の前触れも無く、私の右側を物凄いスピードで美女が走り抜けた・・・

ように見えた。


美女は私をチラッと見て、「ニッ」と笑った・・・

ように見えた。


美女は迫り来る馬の上に躍り上がると、素手で冒険者の顔面を殴った。

殴った音も聞こえた。


だが音が変だった。

「ガンッ!」とか「バキッ!」ではなく、「ポンッ」だった。

何かが破裂したような乾いた音がした。


何が起きた?

目をこらそうとしたところ、今度は両脇をもの凄いスピードで美女が2人走り抜けた。

美女は軽く手を振って微笑んでくれた。


そして他の馬に向かって猛スピードで突進した。



◇ ◇ ◇ ◇



追ってきた殺し屋パーティが壊滅したのはあっという間だった。

彼女らが馬の上に躍り上がり、馬上の冒険者の顔面を殴ると、冒険者の頭部は血煙を上げて爆散した。


頭の無い死体が4体転がり、主を失った馬4頭が恐慌状態に陥っていた。



「あっちで2人倒れていたけど、トドメさしておいたよ」

「馬がいたから連れてきたよ」

「もう誰もいないよ。全部潰したよ」



彼女ら同士で報告しあっていた。

彼女らは暴れる馬を腕一本でねじ伏せていた。


「どうどう。おとなしくなさい」


彼女らの代表と思しき人が私の前に来て「ニコッ」と笑い、挨拶してくれた。


「ビトー様ですね。私はペネロペと申します」



彼女らの全身が見えた。

私は彼女らが馬に襲いかかったときに正体が見えたので心構えができていたが、レイ、マキ、ユミは腰を抜かすほど驚いていた。




岩の森近辺に出没する恐ろしい蛇の魔物とは、恐らく彼女らのことだ。


上半身は麗しい美女。

時折口元からチラッと牙が覗く。

毒持ち?

なぜかむき出しの胸。


しかし、へそから下は恐るべき姿。

金属のような光沢を纏い、網目状の模様が浮き出た鱗に覆われた長大な胴。



目撃者が蛇の魔物と見紛うのも当然。

彼女達はラミア族だった。




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