036話 逃避行
季節は春になっていた。
逃避行にマロンが付いてきてくれた。
マロンには我々の置かれている立場、危険度をクドクド説明し、ここでパーティを解散しても良いのだよ、と話したが、一吠えで付いてきてくれた。
有り難い。
索敵範囲がぐっと広がる。
レイ、マキ、ユミはマロンをぎゅうと抱きしめて感謝していた。
◇ ◇ ◇ ◇
神聖ミリトス王国とブリサニア王国の国境は、1本の山脈と2本の大河から成る。
山脈の中心に活火山があり、いつも噴煙をあげている。
周期的に大きな噴火を繰り返すため、付近に人は住んでいない。
大河は、北にニルヴァ川、南にミューロン川。
山脈を越えるのは困難だ。
活発な火山活動のため、山脈を越える道が崩れている。
復旧の見込み無し。
インフラが破壊されているため、民家もなし。
魔物でさえ寄りつかないという。
食料・水の調達はできないと見た方が良い。
現実的なのは、北のニルヴァ川を越えるか、南のミューロン川を越えるかの二択。
北回りのニルヴァ川渡河ルートは『入らずの森』を縦断しなければならない。
『入らずの森』は強力な魔物の生息地として有名で(トロール、グレンディルおよびその上位種(脅威度B以上)が生息する)、E級冒険者パーティでは縦断は不可能と見なければならない。
従って南回りのミューロン川を越えるルートになる。
南回りは大雑把に言って、草原に森が点在するエリアを横断する。
街道が通じており、途中に街もある。
食料の補給が可能だ。
まず途中にあるイプシロンの街を目指す。
冒険者ギルドに寝泊まりしていたので準備は万端だ。
テント・寝袋・自炊道具・食料・水・予備の武器を背負い袋に収納。
元々レイとマキが持っていたロングソードとライトメールは嵩張るので、フェリックスに背負い袋をアイテムボックスにして貰っていて本当に助かった。
なんとレイ、マキ、ユミもフェリックスに頼んでポーチをアイテムボックス化(レベル小)して貰っていたので、食料・水は分散して持ってもらった。
ちゃっかりしてる。
◇ ◇ ◇ ◇
イプシロンの街を目指し、街道を進む。
移動手段は乗り合い馬車。
男1・女3・犬1のパーティは目立つので、パーティであることを気取られないようにバラバラに乗客になる。
こんな時、斥候は装備品が小さいので便利だ。
他の職業(行商人など)に化けやすい。
日が暮れると馬車は途中の村に停泊する。
我々は宿屋を使うと人の印象に残るので、目立たないように草原へ出て野宿した。
魔物に襲われないように、不寝番は2人ずつ交代で行った。
「これは実戦だ」と自分に言い聞かせ、がんばった。
負け惜しみだが、良い訓練になったと言っておこう。
斥候職(レイ、マキ、私)はより隠密行動に磨きが掛かり、魔法職は斥候化した。
不寝番の間、まれに魔物を見たが、襲われないのでスルーした。
マロンは寝ながら耳だけ起きていた。
◇ ◇ ◇ ◇
不寝番はお互いのことをよく知るきっかけになった。
レイ、マキ、ユミは3人とも母子家庭。
家計を助けるため、昼間はアルバイトをして夕方から高校に通っていた。
レイは母の病のために中学卒業後すぐに進学できず、浪人を経て進学した。
レイだけ1つ年上だった。
3人は同じ境遇なので友人となり、団結して周囲の迫害に対抗していたらしい。
迫害される理由はなんとなくわかる。
3人ともかなり美人なのだ。
レイは母子家庭と聞かなければわからないほど明るく、かわいい系。
マキは目鼻立ちのはっきりした、少し外国の血が入っていますか? と聞きたくなるほどの美女。
ユミはおっとりとした雰囲気を纏った和風癒やし系美女。
本来なら幸薄い系であるはずの女3人組がクラスで最も目立っていれば、面白く思わない奴が出てきて不思議じゃない。
問題なのはちょっかいをかける奴が “性犯罪の手練れ” かつ “罪を犯しても罰を免れる由緒正しいお家柄” かつ “腐った取り巻きが多数” だったことだ。
まあ、こっちの世界に転生して懸念が解消したので良しとしよう。
私のことも聞かれた。
「こんなおっさんの身の上話なんて聞きたくないだろ?」
と訊いたが、恐るべき勢いで
「話せ。今すぐ話せ。包み隠さず話せ」
と強面で迫られた。
私は22歳。
両親はいるが、いない。
死んではいないらしい。
失踪したのか、自分探しの旅に出たのか、海外を放浪しているのか、それとも “お勤め” に行っているのか、わからない。
施設育ち。
施設の人はいい人達だった。それは間違いない。
ひもじい思いをしたことはない。
ただ、私は施設の人と深く交わらなかったような気がする。
「感情の薄い子」と言われていた記憶がある。
施設では他の子供とも極力交わらず、本ばかり読んでいた。
現実逃避するには読書は一番だ。
時間はいくらでも潰れるし、誰も邪魔をしない。
私は中卒で働き始めた。
中卒で働き口があったこと。
施設出身者を雇ってくれたこと。
ブラックではなかったこと。
この3点について、どれほど感謝しても感謝し切れない。
職場は小さな工場で、一番偉い親方(社長)、怖いベテラン、ガテン系の兄さん、事務の優しい姐さん、そして私だった。
私は当初粋がっていた。
私自身はそんな自覚は無かったが、『俺は社会の不幸を一身に背負ってるんだ!』くらいに肩肘張っていたらしい。
だいぶ後になって姐さんに指摘された。
それを先輩方に見透かされて、ずっと生暖かい目で見られていたらしい。
恥ずかしい。
煉○さんじゃないけれど、穴があったら入りたい。
新人の時期が過ぎ、中堅社員としての心構えが身についてくると、見えなかった物が見えてくる。
粋がっていた自分は、実は周囲に守られていたことに気付く。
いつ私が失敗してもフォローできるように、フトコロの深いおっちゃんや兄さんに、気配り上手な姐さんに、何一つ見落とさない目で見守られていたことに気付く。
このままじゃ駄目だ。
この工場も余裕があるわけじゃない。
頼ってもらえる戦力にならないと。
もっと稼げる戦力にならないと。
そんな時、思い出した。
客先や取引先で、自分が中卒だとわかると微妙な空気になることが多かった。
一度そうなると、私が前面に出ていっても何も決まらない。
兄さんに任せるしかなかった。
中卒を馬鹿にしやがって。
学歴馬鹿が。
仕事は1つも負けちゃおらんわ。
その時はそう思っていた。
今でもその思いは変わっていない。
だが、だんだん違う事を考えるようになった。
今の自分はどうだ。
仕事はできる。
頭もそれなりに切れる。(と思う。思いたい。思わせてくれ。お願いだから)
仕事は8割が段取りだ。段取りで成果が決まる・・・ なんて世間知も付いた。
なんと!
少々ではあるが蓄えすらある。
10年後、20年後の自分はどうだ。
親方やベテランさんが引退し、兄さんと私で会社を切り盛りしていく。
その手腕はある。
新しい社員も少しは採用しているだろう。
取引先だって付いてくる・・・
くるか?
こないのではないか???
もし高卒、大卒という肩書きだけでスムーズに仕事がまとまるなら。
それだけで客や取引先が付いてくるなら。
その肩書きをゲットしようと思えばできるのに、していないのは怠慢ではないか?
「底辺が学歴主義を批判したところで、誰も耳を貸しはしない」
そう思ったら親方に相談していた。
そして定時制高校に通い始めた。
まさかねぇ。
それがこんなことになるなんてねぇ。
私の場合、心配する肉親がいないのは不幸中の幸いだったけど。
職場の皆さんには相当迷惑掛けてるよなぁ。
迷惑掛けっぱなしだったなぁ。
何一つ返せていないなぁ。
ちくしょー。
こんな話をしたら、レイも、マキも、ユミも涙を浮かべて聞いてくれた。
いやいや。
私より君達のほうが遥かに人生ハードモードだった気がするぞ。
◇ ◇ ◇ ◇
ずっと気になっていた、レイが激白してくれたことについて話すことができた。
もう分かっているのかなと思ったが、そうでもなかった。
「あのときビトー君は『最高の結果』って言ったよね。 何で?」
「本当に最高の結果だったからだよ」
「何が最高なの? 私何発も殴られたんだよ」
「切り捨てられてもおかしくなかったよ。でもこうして自由になったでしょ」
「わかんないよ。なんで私が切り捨てなの」
「まず王様に直接話し掛けた。これは無礼だ」
「そうなの? たかが話し掛けただけじゃん」
「それは前の世界の常識だよね。こっちの世界では違う」
「そうなの? 信じられない」
「信じてくれないと本当に死ぬよ。頼むから理解して」
「・・・」
「殴られた後で、更に言い返したのでしょ?」
「うん」
「よく殺されなかったね」
「口答えしただけじゃん」
「無礼者と言われて、殴られて、言い返したのだから、殺されて当然だよ」
「なんで・・・」
「そこで『なんで』という言葉が出てくるということはピンと来ていない?」
「・・・うん」
「日本でも江戸時代まで遡れば、武士は無礼を働く町民をたしなめて、それでも言うことを聞かないときは切り捨てが許されていたんだ。いや、秩序を維持するためには切り捨てが当然の行為として推奨されていたんだ」
「・・・私、無礼なの?」
「そう。庶民が王様に直接声を掛けるなんて、それをたしなめられても言うことを聞かないなんて、教科書に出てくるような無礼だ」
「でも・・・」
「でも?」
「・・・」
「なに?」
「・・・」
「え~とね。レイは日本人としては底辺だ。そんな底辺日本人のレイでも『人間は生まれながらにして平等である』と思い込んでいる」
「・・・」
「レイは王様と対等に話す権利を持っている。少なくともそうあるべきだ。
そう思っている」
「・・・」
「でも私たちが飛ばされたこの世界は『人間は生まれながらにして不平等である。それが当然である』という常識で成り立っている」
「・・・」
「底辺は王様に声を掛けてはならない。そういう常識で成り立っている」
「・・・」
「私たちは生まれながらにして下賤の者。王族と直接話をしてはならない者。
これを体に叩き込んでおかないと何度でも死ぬよ」
「私はどうすれば良かったの?」
「王様のそばに王様に奏上する人がいたはずだ。その人に王様に話してくれるようお願いをするんだ」
「ソウジョウってなに?」
「王様に事情を説明することだよ」
「面倒臭いのね」
「そうだね」
「私、本当に危なかったの?」
「うん。殺されなかったのが不思議だよ。 君を殺さなかった騎士はかなり厳しく罰せられていると思う」
「そんな・・・ なんで・・・」
レイはショックを受けたようだった。
「でも・・・ 人間は平等であるべきだよね?」
「ごめん。はっきり言う。 私はレイと財前は平等であるべきとは思わない」
「財前は別だよ。アレは特別だよ」
「特別扱いがあったら既に平等じゃない。 でしょ?」
「うーーー」
「レイは平等の呪いに掛かっているよ。 平等なんて余裕のある国の主義・主張に過ぎないよ」
「・・・」
「例えば元の世界でもさ、日本以外の国なら、独裁者の気に触っただけで国民をガンガン殺す国があるよ。そんな国では人権も平等も無いよ。
そんな国でも国連に加盟しているし、国連はその国を咎めないし、国連はその国の不平等を尊重さえするよ」
「それって○○のこと?」
「○○だけじゃ無い。△△△とか□□□とか、人権なんて欠片も無い国があるでしょ?」
「うん」
「この国はそんな国よりマシだけど、危険度は変わらないと思っていいよ」
「・・・」
「本当にお願いだから」
きっとわかりたくないのだろう。
認めたくないのだろう。
ここまでくると『平等』は一種の宗教だな。
レイとは距離を置いた方がいいかも知れない。
◇ ◇ ◇ ◇
ミリトス教会は情報収集を開始した。
レイ、マキ、ユミはダンジョンで死んだと推測されるが・・・




