035話 暗雲
レイ、マキ、ユミ、私は公式にE級冒険者になった。
駆け出しの新米が飛び級で昇格した訳だが、メッサーダンジョン1階層の未踏破エリア3箇所を全て踏破して、地図と魔物情報をもたらした功績から、口さがない冒険者達も文句を言わなかった。
そして師匠の課す訓練に忠実なのも文句を言われない理由だと思う。
最近師匠の膝はすこぶる調子が良く、訓練にも気合いが入り、我々は明らかに以前よりもハードに鍛えられている。
師匠の膝の古傷は完全に癒えており、半月板も軟骨も靱帯も新品同然である。
現役時代を含めて今が最も体の調子が良いらしい。
ちなみに手も綺麗にした。
手のひらの皮を薄くし、指の関節を細くし、爪を綺麗にした。
女性らしく指の長い美しい手になった。
師匠は密かに現役復帰を目指しているらしく、自分が現役復帰するイメージを重ねながら訓練を課すため、メニューがどんどんハード方向に上振れする。
困る。
私たち4人が口からエクトプラズムを出しながら、草原で討ち死にしている光景を見たことのない冒険者はいない。
マロンは相変わらず凄い基礎体力だ。
我々の訓練に付き合って平然としている。
◇ ◇ ◇ ◇
訓練と並行して、レイ、マキ、ユミ、マロン、私でダンジョンに潜る。
コスピアジェがいた部屋にも行ったが、もう誰もいない。
彼女がいた痕跡は何も残っていない。
途中の通路でアリが少々出るくらい。
宝箱も出なくなった。
コスピアジェがいた部屋はメッサーダンジョンの名物の一つになっており、いろいろな冒険者が見学に訪れた。
私は未踏破エリアばかり攻めていたので、普通に初心者が攻略するエリアを全く知らないことに気付いた。
そこでメッサーダンジョン1階層の王道を行ってみることにした。
まずゴブリンが3匹一組で出てきた。
これは簡単に撃退した。
1階層の半ばまで行くと、たま~にオークに遭遇するようになる。
種族:オーク
年齢:1歳
武器:棍棒
魔法:無し
特殊能力:無し
危険度:Eクラス
身長1.5m~1.7m。
体は力士。頭は豚。
ただし豚のようなつぶらな瞳ではない。
よくまあここまで・・・ と感心するくらい目付きが悪い。
そして徒党を組んで、ダンジョン内をブイブイいわせている。
指揮命令系統は無い。
4~5匹まとまって出てくるが、みなバラバラにターゲットを決めて襲いかかる。
誰にでも因縁を付け、誰にでも絡む。
ここは好感を持てる。
B級冒険者をスルーして、E級冒険者にばっかり絡んでいたら・・・ ねぇ。
スピード、パワーともに特筆する点はないが、ゴブリンより一回り強いイメージ。
G級冒険者の時にこいつらに囲まれたら厳しかっただろうなと思う。
今ならレイ、マキ、ユミ、マロン、私の誰でも楽に倒すことが出来る。
実はこういう油断がいけないのだが。
ダンジョン1階層を隅々まで回り、ゴブリン、アリ、オーク、まれにトレジャーボックスビーストしか出てこないことを確認した。
第2層へ挑戦する時期が近づいていた。
しばらくはこんな生活が続くものと思っていた。
◇ ◇ ◇ ◇
メッサーダンジョンにコスピアジェが潜伏していたことの報告のため、謁見の日程調整をしていたギルド長から凶報がもたらされた。
マルクス宰相が亡くなった。
魔物に襲われたことが原因だった。
関係者の話を総合すると、経緯は以下の通りだった。
その日は王都近郊の草原で行われた勇者(日下グループ)の演習の視察があった。
宰相には護衛騎士6名がついていた。
護衛騎士のリーダーがブラックサーペントに気付き、警告を発した(王宮にも急報)。
護衛騎士3名でブラックサーペントに対処し、護衛騎士1名が勇者グループを逃がし、護衛騎士リーダーと護衛騎士1名は宰相の側に残った。
ところがブラックサーペントが3匹に増えた。
護衛騎士3名の手に負えなくなった。
宰相の命で、宰相の護衛をしていた護衛騎士リーダーと護衛騎士1名もブラックサーペントの対処に当たった。
タイミングを見計らったように、宰相の背後からレッドサーペントが現れ、宰相は致命傷を負った。
レッドサーペントはブラックサーペントの上位種で、体は一回りでかく、全長8mになる猛毒持ちの大蛇だ。
脅威度はブラックサーペントがCに対し、レッドサーペントはB。
宰相を倒したレッドサーペントは、続けて勇者たちに襲いかかった。
王宮から急行した騎士団によってレッドサーペント、ブラックサーペント3匹は討伐された。
勇者(日下グループ)は2名無傷、4名死んだ。
◇ ◇ ◇ ◇
今回の悲劇の直接的な原因は3つある、とされた。
まずこれほど脅威度の高い魔物が王都近郊に潜んでいたこと。
以前、フェリックスが倒したブラックサーペント2匹について、冒険者ギルドから王宮へ報告されており、厳重に警戒されていた。
パトロールも強化していた。
しかし、騎士団にも冒険者ギルドにも目撃情報は寄せられなかった。
レッドサーペントとブラックサーペントはどこに隠れていたのか。
襲撃の仕方に計画性が見られること。
レッドサーペント、ブラックサーペントともに知性は無い。
にもかかわらず、時間差を付けて襲撃している。
計画性が見られる。
レッドサーペントはマルクス宰相を倒した後、致命傷を負った宰相を放置して、勇者の襲撃に向かった。
普通はマルクス宰相を倒した後、宰相の遺体を呑むはずである。
本能によるものではない行動が見られる。
勇者の資質に問題があること。
「勇者」としての資質以前に「人間」として問題がある。
それはブラックサーペントが現れた際の勇者たちの行動に見られた。
護衛騎士の命令に従って整然と逃げるか、あるいはブラックサーペントを取り囲んで討伐に当たるか、いずれかをしていれば結果は違った物になった。
しかし勇者たちはブラックサーペントを見て腰を抜かし、あるいはその場で立ちすくみ、逃げようとしなかった。
それどころか漏らしながら笑っていた者さえいた。
恐怖のあまり気が触れたのであろう。
その後、背後からレッドサーペントに襲われたとき、他の勇者をレッドサーペントに向かって突き飛ばし、盾としたことで助かった者が2名(道端レイコ、山崎香奈子)いた。
取り調べの結果、道端レイコ、山崎香奈子は奴隷に落とされ、娼館へ送られた。
マルクス宰相襲撃事件については真相究明が待たれた。
◇ ◇ ◇ ◇
メッサーダンジョンにコスピアジェが潜伏していたことについての報告は、なんとかギルド長が終えた。
マルクス宰相襲撃事件とコスピアジェが絡んでいないか散々詮索されたが、コスピアジェがダンジョンに潜り込んだのは40年前だし、流石にコスピアジェ、レッドサーペント、ブラックサーペントのいずれかがダンジョンを出入りすれば気が付くし、コスピアジェはともかく、サーペント類が移動すればデカイ足跡(這った跡)が付くし、気付かないわけが無い。
最後は献上品が物を言った。
【ロングソード・アクセル】×8振り
【ロングボウ・アクセル】×4張り
騎士団の手練れが使えばレッドサーペントを一撃で葬ることができるらしい。
「コスピアジェ殿から王家への献上品です。奏上の言葉も頂戴しております。
『40年もの間お目こぼし頂いたことに感謝の意を表し、迷宮出土の業物を献上するとともに、末永い王家のご繁栄をお祈り申し上げます』
とのことです」
◇ ◇ ◇ ◇
道端レイコ、山崎香奈子は最初に付いた客に殺された。
◇ ◇ ◇ ◇
冒険者ギルドが密かに地下の情報を集め始めた。
宰相のスケジュール
宰相の訪問先
勇者のスケジュール
勇者の利用施設
教会のスケジュール
教会の出入り業者
教会に関係のあるクエストの発注者とクエストの経過
武器の取引履歴
マジックアイテムの取引履歴
各種ポーションの取引履歴
保存食の取引履歴
魔物の肉類・素材の取引履歴
他領地産のアイテムの取引履歴
宿泊施設の利用履歴
特定の冒険者の動向
犯罪者および犯罪者予備軍の動向
行方不明者の洗い出し
各ギルド(商業、鍛冶、清掃・・・)の情報収集
魔物の情報
娼館へ送られてからの道端レイコ、山崎香奈子のスケジュール
娼館出入り業者
他の娼婦の動向
これらの情報収集は、各々の組織の最下層の下働きに対して行われた。
誰が客として訪れたか。
何を売っていったか。
何を買っていったか。
いつどこにどんな魔物がいたか、いなかったか。
娼館出入り業者は、更にその先の取引先まで。
教会関係者と接触したか。
どんなことでも良い。
いつもと違う景色を見たか。いつもと違うルーチンを見たか。
膨大な情報量の中から鍵となりそうな情報を一つ一つ積み上げ、これに宰相と勇者のスケジュールを重ねていく。
パソコンが欲しいな、と思った。
データ収集に1ヶ月。
整理に半月。
情報同士の紐付けに、更に半月掛かった。
紐付く情報だけ抜き出すと、朧気ながら見えてくるものがある。
宰相の訪問先を教会関係者が下見している。
宰相が帰った後も見ている。
勇者の行く先々を教会関係者が下見している。
勇者が帰った後も見ている。
大型の魔物の餌になり得る魔物の肉を大量に購入している者がいる。
その者に教会関係者が接触している。
教会の施設内にかなり大きな荷物を搬入し、保管していた時期がある。
女神が姿を見せなかった時期がある。
教会の施設内に大きな荷物を搬入した時期と重なる。
教会の通用門周辺に、重たい物を引き摺ったような跡があったが、その後消えた。
教会は、常に勇者の予定を把握しようとしていた。
教会が毎年行う祭事を行わなかった。
教会の施設内に大きな荷物を搬入した時期と重なる。
教会は、解毒ポーションを大量購入している。
教会出入り業者の荷物搬品先(部屋)が変わった。
教会の最下層の構成員が数名いなくなった。
道端レイコ、山崎香奈子を指名した客は、教会の出入り業者の下請けだった。
道端レイコ、山崎香奈子は元勇者という触れ込みで人気があり、指名第一号は店の常連客が落札していた。
しかし直前になって強引に割り込んできた客がいた。
強引に割り込むには相当な金を積む必要があるが、そんな大金を持っているような業者ではない。
何でこんなことを知っているのかというと、データ収集を始める前に、どんなデータを収集対象にするか、検討するところから関わってしまったから。
頭を悩ませていた師匠にブレーンストーミングを教え、「じゃあ私はこれで・・・」と帰ろうとしたらヘッドロックされ、有無を言わさずメンバーに加えられた。
師匠と私だけでは頭が足りないのでレイ、マキ、ユミも巻き込んだら、面白がって付き合ってくれた。
ブレーンストーミングを知らなかったらしい。
中学・高校で小集団活動は・・・ やらないな。
フェリックスの話(魔物の行進の後をつけてきたらこの国にたどり着いた。その中にブラックサーペントもいた)も付け加え、ギルド長から王宮へ情報共有した。
数日後、ギルド長が王宮から呼び出された。
戻ってきたギルド長から言われたのは、レイ、マキ、ユミ、私はブリサニア王国へ逃亡しろ、という亡命の勧めだった。
勧めとは言え、命令に近かった。
◇ ◇ ◇ ◇
「レイ、マキ、ユミ、ビトー、そして死んだ勇者たち、そして無くなったマルクス宰相にとってミリトス教会は敵だ」
「これは王宮、冒険者ギルドの共通認識だ」
そう言い渡された。
マルクス宰相は教会以外の治癒士を育成することに積極的だった。
残った勇者に対し、治癒魔法を使えるように訓練を施していた。
勇者達がどの程度励んでいたのかは知らない。
宰相がいなくなるということは、レイ、マキ、ユミ、私を預かる冒険者ギルドの後ろ盾がなくなるのと同じだ。
私の素性を教会がどこまで把握しているかはわからない。
もし把握されれば、教会はなりふり構わず私を殺しに来る。
「ビトーの素性はまだ知られていないと考える。そして勇者は3人残っている。教会は3人を優先的に狙うだろう。だから今逃亡するしかない。ブリサニアへ逃げろ」
そうギルド長は言った。
亡命先にブリサニア王国を選ぶ理由は、ミリトス教会の力が非常に弱い。
というか、ほぼ無い。
ブリサニア王国は王家の力が強く、国内でミリトス教の布教活動を認めていない。
大多数の国民はミリトス教を邪教と思っている。
つまり、レイ、マキ、ユミ、私が安心して住める。(と期待できる)
レイ、マキ、ユミはすぐに亡命に賛成した。
能面のような顔をしていたが。
私は・・・
「結論は明日聞く」
ギルド長の言葉で解散となった。
◇ ◇ ◇ ◇
レイ、マキ、ユミは髪をバッサリ切った。
レイが赤、マキが紺、ユミが金に髪を染めた。
師匠に別れの挨拶をした。
何を言えば良いかわからなかった。
師匠に『藍玉の首飾り』を贈った。
師匠はしばらく私を抱きしめた後、
「お前は私の弟子だ。私の顔に泥を塗るな」
それだけ言った。
私はメッサー冒険者ギルドの永久会員証を貰った。
冒険者ギルドに特別な貢献をした者にだけ発行する証明書とのことだった。
私のこの世界での職業は 勇者 => 騎士団員の治癒士 => メッサー冒険者ギルドの治癒士 と変遷し、ついにプータローになった。
二日後。
メッサー冒険者ギルドに1つの告示がされた。
*************************************
メッサー迷宮第2層に挑戦中のレイ、マキ、ユミのパーティが消息を絶った。
情報を求む。
*************************************
異世界から召喚された勇者は全員死んだ。




