033話 神との対話
メッサー・ダンジョン1階層の未踏破エリアの攻略後、フェリックスはルーの里へ帰っていった。
マロンはフラフラとどこかに行った。
ギルド長は王への面会の調整中。
師匠はギルド長留守中のギルドを預かっている。
フェリックスと別れるときはちょっと辛かった。
レイ、マキ、ユミ、マロン、私は一人一人フェリックスとハグし、別れを惜しみ、感謝の意を伝え、別れても友情は続くことを確認し、見送った。
牛肉の干し肉を4kg持たせた。
レイ、マキ、ユミ、私は訓練に励んだ。
レイとユミは魔法の訓練中。
水魔法と火魔法で良い勝負をしている。
レイもユミもマジックアイテムで攻撃力、防御力ともに上がり、訓練といえどもハラハラするような威力の魔法を打ち合っている。
魔法の威力だけならD級冒険者クラスではないだろうか。
マキと私は基礎体力の訓練に励んでいる。
10分走の後、フル装備で800mダッシュ×10本をこなしても鼻から魂が抜け出なくなったころ。
二人並んで冬枯れの草原に座り、息を整えていた。
マキから異世界召喚されたときのことを聞かれた。
「ねえ。あのときビトー君は何か見たの」
「マキと同じだと思うけど、やたらと濃い霧に巻かれて、自分の足下も見えなくて、霧が晴れたらあの部屋にいた」
「そっか。私はちょっと違うんだ」
「違うのか。どんなだったの?」
「霧は薄くてすぐそばに誰かいたのよ」
「どんな人だったかわかる?」
「うまく言えないけど・・・私たちと全然違う人。外人・・・。とにかく全然違う人だった」
「外見は?」
「外人ぽいけど・・・違うような気がする。日本人でもない。宇宙人?」
「実は自分も誰かいるなとは感じてたんだ。話しかけられたかもしれない」
「え! 何を話しかけられたの?」
「それがわからないんだ。日本語じゃないし、英語でも無いと思う」
「それでビトー君はなんて答えたの」
「何も・・・ 声のした方へ振り向いたら誰もいなかった。気配も消えた」
「もうっ!」
思い当たることはある。
私やマキをこの世界に召喚したのは誰だろう?
召喚の理論なんて説明されても理解できないけれど、肉体を伴ったまま異世界召喚を可能にする御方など数十次元の存在だろう。
それは「人」ではなくて、「柱」で数えられる方々。
「いや神ではない。神というのは・・・」
と、精神の崇高さを説く方はおられるだろう。
その通りだと思う。
そういった向きには「神とも見紛う」と思って欲しい。
霧の中にいた「神とも見紛う」存在が、私とマキをはじめ勇者候補者たちをこの世界に召喚したのだと言われれば、私は納得する。
決して嬉しくはないが。
「ねえ。女神アスピレンナってどう思う?」
嫌なことを聞いてきた。
問題の核心の1つである。
腹の中で思っていても、口に出してはならぬこともある。
マキはどこまでならセーフと認識しているのだろう。
それともマキが教会の間者である可能性を考慮しないといけないのだろうか。
答えを逡巡していると変なスイッチが入ったのか、マキは女神に対する罵詈雑言を言い始めた。
そのうち女神の容姿をけなし始めたので、思わずマキを押し倒して手で口を塞いだ。
マキはびっくりした顔で私を見上げた。
「ビトー君、女神が好きなの?」
私はどう答えるべきだろう?
とりあえず、どこに信者がいるかわからないのだから、そのようなことは人前で言わないこと、寿命が縮む、と口酸っぱく言い重ねた。
それから考えを言葉にする時間をくれ、と言って、回答を翌日に延ばした。
◇ ◇ ◇ ◇
ギルドに戻り、師匠を捕まえた。
「お前が私を捕まえるなんて珍しい」
師匠から好奇の目で見られた。
だがマキの話をすると真剣になった。
レイ、マキ、ユミを冒険者ギルドに受け入れるとき、教会のヒモ付きで無いことを魔道具で確認したとのこと。
「その後、洗脳されていないとは言い切れないが・・・」
師匠も一抹の不安はあるようだ。
鑑定してみます。洗脳されていれば状態が「魅了」となりますから。
そう言ったら、後で報告しろと言われた。
翌日。
朝一でマキを捕まえ、草原へ連れ出した。
マキは洗脳されていなかった。
人目に付かぬところで小声でボソボソ話し始めた。
「女神が好きか嫌いかと問われたたら “やや嫌い” に一票」
「ふ~ん、大嫌いじゃ無いんだ」
「大嫌いと言えるほど、深く関わり合いたくない」(キリッ!)
「なんでそう思うの」
「関わったら大嫌いで済まなくなる」
「ふ~ん」
「宗教だぞ。私は宗教には関わりあいたくない。マキは何か信じているの?」
「私は何も信じてない」
「私は?」
「ええ。母は信じていたわ」
「お母さんは信じていて、マキは信じていない?」
「・・・母子家庭ってね、いろいろ来るんだ。それでいろいろ見るんだ」
「ああ、幸福の押し売りか」
「そう。大嫌いよ。あいつら」
「ごめん、話がずれたか ・・・いやずれてないか。女神の話だ」
「あの女が私たちをこの世界につれてきたんでしょ。このひどい世界に」
「そっか。そうだな。でもそれを人前で言ったら絶対に駄目だよ」
「わかってるわよ」
「マキ。絶対だ。失敗したら次はないんだ」
「う・・・ん」
「どうしても我慢できないときは、二人だけの時に私にだけ言いなさい」
「うん」
「レイとユミはどうかな」
「2人とも私と同じ境遇よ。前の世界ではあらゆる宗教を毛嫌いしていたわ。こっちの世界では宗教の講義の時以外、触れる機会はなかったわ。2人ともミリトス教を無視しているわ」
「宗教の講義、そんな物があったんだ」
「そっか、ビトー君はすぐにいなくなったからね」
マキは宗教の講義の内容や、反抗して “調伏された” 財前たちの話をしてくれた。
話を聞くと “若い” 宗教っぽいな。
近づかない方が良い。
「それでね。異世界に飛ばされたとき、すぐそばにいた人は誰かな」
「女神アスピレンナじゃ無い。多分本当の神だと思う」
「女神じゃないんだ」
「私はあの女神は “神” ではないと思っている」
「そう言われるとそんな気がしてきた。でも二人しか神を見ていないのかな?」
話題がフラグだったのだろうか。
マキと私の周りに霧が立ちこめてきた。
◇ ◇ ◇ ◇
一寸先が見えない、とはこのことだ。
マキは私にしがみついている。
絶対に手を離すな、と耳元で囁かれた。
マキの体をしっかりと抱きしめた。
すぐそばに誰かいる。
見えないが強く感じる。
しかしそれが右なのか、左なのか、後ろなのか、前なのかよくわからない。
相手が何か話し掛けているように感じるが、実は耳で聞いているのではないようだ。
脳に直接情報を送り込もうとしているように感じる。
テレパシーだろうか。
だが話し掛けられている事の意味がわからない。
返答を急かされていない、ゆったりとした時間の流れを感じる。
難解な学問を外国語で講義されているような、どこから手を付けて良いのかわからない感じがする。
テレパシーなら言語がわからなくてもわかり合えると思っていた。
だが語彙の深さ(一語に込められる情報量)と常識が異なりすぎると、テレパシーでもわかりあえないのだな、とショックだった。
まあ人間(神)とアリ(私)がテレパシーで繋がっても、会話は成立しないよね。
マキが口を開いた。
「あなたは誰? ミリトス様なの?」
答えは大量に返ってきたが・・・ わからない。理解できない。
YESではなさそうだ。
私にしがみつくマキの腕に力が入った。
「私たち、元の世界に戻れるの?」
答えは大量に返ってきたが・・・ 正確にはわからない。
NOに近いニュアンスだと思う。
「じゃあ魔王を倒したら私たち、元の世界に戻れるの?」
先ほどよりもっと明確なNOに近いニュアンス。
「そもそも私たちは魔王を倒せるの? どうすれば倒せるの?」
答えは大量に返ってきたが・・・ わからない。理解できない。
YESでもNOでもない。
おそらく次元が違いすぎて会話が成立していない。
神は何かを伝えようとしているが、我々が汲み取れずにいる。
情けない。
もどかしい。
会話は諦め、YES/NOで回答できる一問一答方式を試みた。
あなたが私をこの世界に召喚したのか?
回答はYESでもNOでもない。
そうか、YESであり、NOでもあるのか。
あなたが技術的に私をこの世界に召喚したのか?
限りなくYESに近い。
あなたは、あなたの御意志で私をこの世界に召喚したのか?
明確にNO。 (まさかな・・・)
あなた以外に私をこの世界に召喚したいと思った者がいるのか?
明確にYES。
あなたはその者に頼まれて私をこの世界に召喚したのか?
限りなくYESに近い。
私は、その者に、既にこの世界で会っているか?
明確にYES。
それは私が心に思い浮かべた者か?
明確にYES。
私がこの世界に召喚された理由は魔王を倒すためと教えられたが、それは本当か?
回答がわからない。
YES/NOではなかった。
私をこの世界に召喚するようあなたに頼んだ者は誠実か?
回答がわからない。
YES/NOではなかった。
私の質問が悪い。
誠実の定義など、立場によっていくらでも変わる。
その者は「神」か?
限りなくNOに近いニュアンスに思えるが、若干YES要素がある。
あなたは私にこの世界で何かして欲しいことがあるのか?
明確にNO。
私はこの世界で、私の価値観と判断基準で動いて良いか?
明確にYES。
ふと気付くとあたりに霧が立ちこめ始めた。
神の事情聴取の時間は終了だな。
最後に。
もう一度お会いしたいです。可能ですか?
回答はYESでもNOでもなかった。




