302話 メルヴィル5年目(夏・ピレ戦2)
ピレの街(というか、村)を守備する予備隊隊長を拝命した。
臨時とは言え外様貴族が王都騎士団の隊長を務めるなんて異例中の異例。
なので、改めて予備隊の皆様に挨拶した。
マリオが予備隊にいてくれて、団員との顔つなぎがスムーズにいって助かった。
その流れでマリオに副官をお願いした。
マリオが言うには
「エドモンド隊長はビトー隊長がお気に召さぬ様です。ビトー隊長を遠ざけるために異例の人事をしたのではないでしょうか」
まあいいや。
私のせいでエドモンド隊長がイライラして判断に狂いが生じてしまってはいけない。
別行動が正解だろう。
でも従軍治癒士が必要だから私を付けたはずなのだが、良かったのだろうか?
まだアンデッドは出てこないと知っているのだろうか?
◇ ◇ ◇ ◇
本隊が出陣すると同時にアルを飛ばした。
広範囲に偵察して貰う予定だった。
ところがアルはすぐに戻ってきた。
「何かな?」
(北方に敵影発見。2隊。数181と46。181は騎兵。46は歩兵)
「181はどこに向かっているかな?」
(本隊を追いかけていった)
「46はどこに向かっているかな?」
(ここに向かっている)
フクロウに限らないが、一般に鳥は極めて目が良いので偵察で得た情報が正確なのが助かる。
本隊を追った騎兵は放っておく。
まずはここに向かっている歩兵46をどうにかする。
予備隊を預かっているとは言え、私には野戦の才能は無い。
街の城門を閉めて籠城戦をすることにした。
ピレの街の城門は北と東にある。
時間が無いので簡単な命令をマリオに下した。
「北から敵歩兵が来ています。数46です。北門を封鎖して下さい。そのままマリオ殿は部下50名と共に北門を見張り、敵の侵入を防いで下さい」
「隊長殿は?」
「私は配下の者と東門を封鎖します」
「3人で大丈夫ですか? 少し人を付けますか?」
「3人で大丈夫です。敵は北から来ていますから。それから・・・ 街中にも注意して下さいね」
「それはどうしてですか?」
「勘です」
東門を封鎖した。
そしてそのまま東門の前で寛ぐことにした。
するとガリガリに痩せた村人(中年男性)がやってきた。
私達をジロジロ見ている。
「どうされました?」
そう声を掛けると村人は舌打ちして帰って行った。
しばらくすると建物の陰から矢が飛んできた。
ソフィーが氷壁を展開。
簡単に弾いた。
おやおや。
ピレは味方だと思っていたけど違ったのね。
じっと待っていると村人(男)が12名現れた。
手に得物を持っている。
得物に統一性はない。 剣、槍、棍棒、弓。
そして村人が我ら3人に襲い掛かってきた。(アルとネロは無視された)
でもなんか変。
全員幽鬼のようにヒョロヒョロのガリガリ。
足下も覚束ない様子。
頬が痩け、目玉が飛び出しそうになって、口が開いている。
ヨダレを垂らしている奴もいる。
しかし目をギラギラさせ、瞬きもせず我ら3人を見ている。
その殺意、狂気、執念は見間違えようがない。
村人のはずなのに殺人を躊躇っている奴は一人もいない。
どこからどう見ても話し合いの余地など寸分も無い。
どうなっているんだ。
だが彼らにとって残念ながら、こっちにはソフィーがいる。
ソフィーは遠慮も会釈もなく、マシンガンのように氷槍を叩き付け、一瞬で全員をズタズタに引き裂いた。
すぐにアルに手紙を託し、認識阻害を掛けてから北門へ向かわせた。
「矢が届かないように高空を飛ぶんだよ。弓を持っている奴に気を付けてね」
◇ ◇ ◇ ◇
北門からマリオと護衛の2人が走ってきた。
アルはその後ろを飛んできた。
「北門はどうですか?」
「隊長殿の懸念が当たりました。村人の襲撃を受けましたが全員斃しました」
「東門もです」
死体を数えたマリオが驚いたように言った。
「12人もきたのですか?」
「ええ」
「あ・・その護衛が倒したのですか・・・」
「そうです」
「だがそれにしても・・・」
「予想していましたから」
「隊長殿はどうしてわかったのです?」
「敵が現れるタイミングが早すぎました。ですのでひょっとすると内通者がいるかもしれないと思っていました。ところで今、北門は?」
「門の外に敵がつきました。今副官に指揮を任せています」
「大丈夫ですね?」
「大丈夫です。では村長を尋問しましょう」
村長を東門の前に連れてきた。
死んでいる村人を見ても、村長は眉一つ動かさない。
ということはこいつもグルだな。
「この者達は何者か?」
「何者かではありません。ピレの市民を殺害しておいて我々の協力を得られるなどと思わないで頂きたい」
「他に何人いる?」
「何を言っているのです」
「お前もグルか?」
「・・・」
村長を拘束した。
マリオに耳打ち。
「あなたは犯罪者を尋問したことはありますか?」
「騎士団員なら一通り経験します」
「お願いして良いですか?」
「わかりました。何を聞き出しますか?」
「いつからピレは反逆者になったのか? 仲間は何人くらいか? 村人は全員が反逆者か? 食糧はどの程度残っているか? 外部の反逆者との連絡方法。 外部の反逆者の正体。 181人の反逆者はどこに向かったか? こんなところですかね」
「わかりました。では・・・」
マリオは北門から連れてきた2人を助手に尋問を始めた。
その間、私はふと思いつき、ソフィーとユミとネロとアルと一緒に東門の周囲の民家を調べ始めた。
手当たり次第10軒ほど調べたが誰も住んでいない。
生活をしていた痕跡はあるのだが生活臭がしないので、しばらく誰も住んでいなかったようだ。
マリオの所へ戻る。
「どうですか? 教えてくれましたか?」
「反逆者であることは認めましたが街の仲間については口を割りませんね。それからこの街に食糧は無さそうです。外の反逆者の正体も把握していないようです」
マリオに合図をして尋問を代わってもらった。
「いつからピレは人口が減ったのですか?」
「・・・」
「死者はどこへ葬ったのですか?」
「・・・それを聞いてどうする気だ」
「たとえ拙い技であっても御霊を慰めねばなりますまい」
「お前がか?」 村長は嘲笑った。
「私がです」
「・・・何をする気だ」
「施餓鬼会をするつもりです」
「セガキエだと・・・」
「ええ、飢えで亡くなった人を慰める作法は、私はそのくらいしか知りません」
「・・・南だ」
「南?」
「城内の南側だ。城壁に沿って墓地がある。そこに纏めて葬られている」
アルに上空から視察してもらう。
戻ってきたアルによると確かに墓地がある。
墓石だけでなく、小山のようなものもある。
ということで北門の予備隊から3人追加で東門に来てもらい、東門を守らせ、南の墓地へ行ってみた。
巨大な土まんじゅうが目に入った。
近付くと墓石もあることがわかった。
村長に尋ねた。
「この土まんじゅうは何ですか?」
「死者を合同で葬ったのだ」
「どうやって葬ったのですか?」
「火葬して骨をバラバラにして埋めたのだ」
火葬して骨もバラバラにするということは、アンデッド化を恐れたのか。
火葬にすることでゾンビ、グール化を防ぐ。
骨をバラバラにすることでスケルトン化を防ぐ。
そこまで入念にやったと言うことはアンデッド化し始めていたと思われる。
処理して穴を掘って土をかぶせただけということは、ぎりぎりまで追い詰められていたのだろう。
「あなたは “それ” を見たのですか?」
あえて “何を” とは訊かなかったが、それで通じたらしい。
村長に憎しみの籠もった目で睨まれた。
北門と東門から伝令が来た。
「外の奴らに城壁を乗り越える力はありません。北門の前で動けなくなっています」
「北門から東門へ回る敵兵はいません」
結局東門には敵兵はこなかった。
城壁の上から北門の外を見渡すと、敵兵46人が門の外でうずくまっているという。
私も確認のために城壁の上にのぼると、報告の通り。
「あなたがた、そこで何をしているのですか?」
そう敵兵に問い掛けたが返事がない。
恨めしげに上を見上げるが声が出ないようだ。
仕方ないので北門に陣取るマリオ副長の部下に尋ねる。
「彼らは何をしているのですか?」
「空腹で動けないようです」
確かに兜の下の顔は痩けている。
目だけぎょろぎょろしている。
「どうしますか?」
そう問われた私は、彼らを1人1人鑑定した。
そうか・・・ そこまで追い詰められているのか。
「今夜は雨は降りませんね?」
「ええ」
「ならば監視だけ付けて放っておきましょう」
「それはいったい・・・?」
「反乱軍ですので命を助けるわけにはいきません。とはいえ門の外に出て行って殺してきなさいという命令は屠殺と同じです。命じられた側は大変です。
水を与えなければ、明日の朝までに皆死ぬでしょう。
ここは自然の摂理に任せます。
ピレの村人が水を与えないように監視して下さい」
「わかりました」
翌朝。
北門の前で冷たくなっている反乱軍46人を鑑定し、全員死んでいることを確認。
さてこの死体をどうするか? と考えていたら、村人がポツリポツリ出て来て死体を見ている。
村人は反乱軍の死者を見ても、拘束された村長の姿を見ても、動揺したふうに見えない。どこか諦めの表情がある。
「村長。反乱軍と我々を襲撃した連中を荼毘に付せ」
死者を火葬した。
「村の共同墓地に埋葬しろ」
新たに土まんじゅうが作られた。
土まんじゅうの前で宣言した。
「これより施餓鬼会を行う」
この村で飢えて亡くなって埋葬された人の数を聞く。
先ほど荼毘に付した人数と合わせると188人になる。
私は予備隊に守られながら施餓鬼会を行った。
2つの土まんじゅうの前に祭壇と見立てた簡素な台を置き、188枚の干し肉を背負い袋から出し、大皿に盛り上げた。
背後の村人たちの間からうめき声や叫び声や悲鳴が聞こえた。
続いて「肉だけだと片寄るからなぁ」と思い、やはりアイテムボックスに入れていたこちらの世界の野菜(キュウリもどき、ズッキーニもどき、トマトもどき)を取り出して、もう一つの大皿に盛り上げた。
火を焚いて護摩に見立て、経を3度唱えた。
村人の方へ向き直り、最後尾まで聞こえるように大声で怒鳴った。
「ただ今施餓鬼会を行った。飢えて無くなった者達の魂は救われ、間違いなく天国へ行った」
そう断言すると村人の間からどよめきが起きた。
「ここに死者から頂いたお裾分けがある。死者に感謝し、死者の前で頂けば功徳を積めることだろう。さあ遠慮は要らぬ。この場で頂きなさい」
村人の間からわっと歓声が上がり、一斉に大皿に群がった・・・ かに見えたが、そうならなかった。
村人は幽鬼のようにゆっくりと近付いてきた。
彼らはもはや歩くことも精一杯だった。
目をギラギラさせながら視線は肉に釘付け。
一人に一枚干し肉を渡していくが、彼らは手が震えて肉を掴めない。
仕方ないので騎士団が1人1人に両手で肉を掴ませ、その場に座らせ、食わせた。
だが彼らは歯をカチカチ震わせ、干し肉を噛み切ることが出来ない。
騎士団が肉を小さく千切って口の中に押し込んでやるしかなかった。
「口の中でゆっくりとふやかしてから食うんだぞ」
「急いで食うなよ。腹が受け付けないぞ」
「まず一口食ったらしばらく待て。腹を慣らせ。肉は逃げないぞ」
そう予備隊から注意させたが、長らく飢餓の状態にあった者が食べ物を前にして自制できるものじゃない。
あちこちで吐き気をこらえたり痙攣したりしている村人を予備隊が介抱した。
村長をつかまえて聞いた。
「ここに来ていない村人はいるか?」
「自力で来られる者は来ています」
「それならお前も食え」
村長の拘束を解いて無理矢理干し肉の欠片を食べさせた。




