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平凡勇者の異世界渡世  作者: 本沢吉田
24 メルヴィル怒濤編
298/302

298話 メルヴィル5年目(バルド)


メルヴィルにお客さんが訪れた。

客はバルドと言った。


彼は王都騎士団のキャメロン隊長の推薦状を持っていた。

推薦状を開いてみると宛先は空欄。

特に私に紹介すると言う訳では無いらしい。


続いて推薦状の中の推薦文を検めた。

受け取る人によってはなかなか刺激的なことが書かれていた。


意訳すると、



この者は、前職はサンタ・クルスの駐留部隊隊長だった。

この者は小生が出会った者の中でも稀に見る誠実な者だ。

その誠実さは上に向けられるよりも部下や同輩に向けられる方が篤い。

このたびはそれが原因で職を失したが、彼の評価を貶めるものでは無い。

どうか次に彼の主人になられる御方には御賢察あられることを望む。



へぇ~。

なるほど。

封建社会向きの人材ではないって言い切っている。

つまり事実上私を名指しして紹介しているようなものか。

道理でハーフォードを素通りして来ている訳だ。



本人に話を聞いてみた。



「この紹介状には宛名が書かれていません。どこの貴族に差し出しても有効なはずです。なぜメルヴィルにきたのですか?」


「キャメロン隊長がされていた子爵様の噂話を聞き、この御方なら私を忌み嫌わない、差別されないと思いました」


「ちなみにキャメロン隊長はどんな話をされていましたか? 差し障りのない範囲で教えていただけますか」


「全く貴族らしくない御方だと言われておりました。

たかが・・・と言っては大いに語弊がありますが、冒険者上がりの部下と対等にお話をされる。タメ口もお許しになる。

正夫人は冒険者上がりらしい。

かといって、必要とあれば威令を利かせることもある。

その時はタメ口を利いていた部下もビシッと従う。

なんとも不思議な御方である、と」


「なるほど。ところでキャメロン隊長の隊に入るという選択肢はなかったのですか? 欠員が出たのでしょう?」


「小生は王都騎士団を追放された身です」


「ふむ。あなたはメルヴィルを訪れた。メルヴィルで就きたい仕事はありますか?」


「小生は騎士団以外でお国のお役に立てた事は御座いません。

大変申し訳ありませんが、騎士団の業務以外のことは疎いのは事実で御座います。

今は任務に就くとともに、自分を見つめ直す時間を頂きたいと思います」


「なるほど。あなた怪我はありますか?」


「御座いません」


「王都騎士団に入隊されて以降、纏まった休暇を取られたことはありますか?」


「いいえ」


「蓄えは?」


「ほどほどに」


「では次の仕事を始める前に骨休めはいかがですか? ここには最高級の妓楼がありますよ」


「ははは」


「では真面目な話を。ジルゴンに近い場所にいると心が痛みますか?」


「え・・ ええ・・・」


「メルヴィルはジルゴンに近いと思いますか?」


「いえ。ここは距離的なものとはまた別の、まるで別世界にいるような不思議な気が致します」


「もしあなたがよろしければ、自省の最中でも構いませんので、メルヴィル騎士団を視察して頂けませんか? あなたの知識はここでは貴重と思います」


「わかりました」


「では予備知識を。

メルヴィル騎士団には最初から騎士団員だった者はおりません。

メルヴィル以外で騎士団勤務の経験を持つ者もいません。全員が冒険者上がりです。

規律の厳しい王都騎士団に比べるとかなりゆるく感じると思います。

ですが今すぐにこれを変えるつもりはありません」


「承知致しました」


「規律を厳しくするタイミングは、冒険者以外の者が、例えば農家の次男・三男を騎士団に採用し始めたときと考えております」


「わかりました」



◇ ◇ ◇ ◇



バルドをウォルフガングのところへ連れていき、


 ・客としてメルヴィルに滞在すること

 ・時間に余裕のあるときはメルヴィル騎士団を(王都騎士団の目で)

  視察してもらうこと


を告げた。

そのためにメルヴィル騎士団の施設を利用する許可を出した。



ウォルフガングは騎士団員と面通しさせた。


バルドの実力を見るための儀式みたいなもの(手合わせ)があるかと思ったが、誰も名乗りを上げなかった。

見ただけでバルドの実力がわかったらしい。



続いてウチの家族(騎士団が守る対象)を紹介。

正夫人や妾。

子供達。

家宰はじめメイドに至るまで。



紹介が終わると、待ち構えていたマキとユミとレベッカがバルドを掴まえ、サンタ・クルスとサーディンヴィルの詳細な話を聞き出しはじめた。



◇ ◇ ◇ ◇



マキとユミが暗い顔をして報告に来た。


バルドの採用はやめろ、と言うのかと思ったら違った。

サンタ・クルスとサーディンヴィルの話だった。


バルドは王都騎士団のサンタ・クルス駐留部隊の隊長だった。

王領を北へ拡大したことにより、王宮および王都騎士団は北の守りの要の都市としてサンタ・クルスを指定。

その駐留軍としてバルドが部隊を率いて赴いた。


実際に赴任してわかったことは惨憺たる状況だった。


1 住民が激減していること

2 住民は既に農業を営んでいないこと

3 全ての住民が流民と化していること

4 流民と化した住民には、軍隊・貴族・王族の統制が効かないこと

5 地域一帯に食糧が無いこと



「ちょっとまって。じゃあ流民と化した住民はどうやって食いつないでいるの?」


「どうも農民にしかわからない蓄えがあるみたいなの。それで食いつないでいたのね。でもそれもこの冬で無くなったって言っていたわ」


「バルドの部隊の食糧はどうしていたの?」


「王都から輸送したけど途中で盗賊の襲撃を受けて奪われてしまったのね」


「盗賊って?」


「住民ね」


「再輸送はしなかったの?」


「無理と判断したのね」


「誰が?」


「バルド隊長がそう判断したの」


「王宮の判断は?」


「 『現地調達しろ』 」


「ん? 現地調達可能なら輸送する必要も無いのだが?」


「そうよ。ちぐはぐなの。だからバルド隊長は命令に背いて撤退したの」


「なるほど・・・」


「全住民が敵に回ったようだって言っていたわね。食糧の補給は望めないし、兵数は隔絶しているし、もう無理だと判断して、部下の命を損なわぬように撤退したって。サンタ・クルス周辺は完全に無政府地帯になったわね」


「食糧の輸送ってどうしていたの?」


「学院でお世話になったキャメロン隊長が輸送隊を率いてきたのだけど、途中で住民に襲われて半分以上奪われたらしいわ」


「ええと。いくら数が多いと言っても、村人が束になっても騎士団に勝てるとは思えないのだけど」


「旧領地の騎士団崩れが混ざっているのを見たって言っていたわね。騎兵隊と歩兵隊が連携して魔法攻撃とかもバンバン撃ってきたってよ。完全に騎士団レベルね」



うわぁ。

もう農民一揆レベルじゃないってことか。

完全に内乱だ。

絶対に関わらないようにしないと。

公爵にご注進しておかないとな。



「サーディンヴィルの方はもっと酷かったみたい」


「そっちの情報も持っていたの?」


「うん。こっちの情報はほんのさわりだけだって」


「なんでさわり?」


「駐留軍が全滅したので詳しい情報が無いのね」


「補給部隊も全滅したの?」


「補給部隊は派遣されなかったのよ」


「え? じゃあバルド隊長みたいにさっさと撤退しないと」


「そうなんだけどね。死守しろって言われたみたいなの」


「死守しろって・・・ 腹が減ったら戦が出来る訳無いじゃない」


「現地で調達しろって言われていたのね」


「現地で調達って。サンタ・クルスでも言っていたみたいだけど、確信犯?」


「さぁ・・・」


「詮索しない方がいい?」


「ええ」



◇ ◇ ◇ ◇



バルドが滞在して2週間。

彼の素の姿が見えてきた。


朴訥。

真面目。

口下手。

生まれついての武人。

メルヴィルでは珍しい槍士。


タイレルダンジョンに挑んだ時、王都騎士団の槍士の並外れた強さは強く記憶に残っているが、そのレベルの強さを持っている。


そして仕事以外の話が出来ないようだ。



ウォルフガングに感触を聞いた。



「魔法抜きでは小官よりも強いですな。

剣と槍という相性の差はありますが、それを差し引いても強い。

王都騎士団の中でも片手に入るほどの実力の持ち主でしょう。 本物です」


「人格はどうですか?」


「どうとは?」


「嘘をついたり不誠実だったりするような人ですか?」


「いや、その様なこととは無縁ですな」


「メルヴィル騎士団に馴染めそうですか?」


「むー どうでしょう? メルヴィルはかなり ”ゆるい” 騎士団ですからね。

本人が真面目すぎると合わないと感じるでしょう」


「ウチはそんなにゆるいですか?」


「ゆるいですぞ。なにしろ団員が全員冒険者上がりですからな」


「そうですか。ハーフォード騎士団と合流したり、マグダレーナ様の指揮を受けたり、ラミアと会ったり、アルマ様と会っても見て見ぬ振りをしたり、かなり無茶な命令を柔軟にこなしているような気がしますが?」


「それを ”ゆるい” と言うんです」


「そうですか」


「バルドをスカウトできればメルヴィル騎士団は大幅に強化されます。部隊の指揮も任せることが出来る」


「ふむ。彼が入隊したらウォルフガングの指揮下に入りますが、彼と上手くやっていけそうですか?」


「メルヴィル騎士団から見れば彼は合っていると思います。

と申しますか、スティールズ家の家風が彼に合っていると思います。

あとは本人次第です。

王都騎士団を追放されたことについて、まだ完全に吹っ切れた訳ではないようです。

ですから子爵様の腹芸次第で背中を押せるでしょう。

子爵様も相当変わった性格をされていますから話も合うかと」


「そうですか」




作戦を考えた。


バルドを娼館の一室に呼び出した。

ただし妓女は酒と肴を運ぶだけ。

ちょっと身構えさせて肩透かし。


騎士団本部や領主の館では他人の目も耳もあるのでなかなか本音を聞けない。

そこでここ(娼館)を使った。


美味い料理を肴に美酒を口に運びながら話を聞いた。


最初はなかなか話が進まなかった。

それはバルドが心を開かないのではなく、思ったことを言葉にするのが得意ではないためだった。

酒を勧めて口をゆるくさせ、時間を掛けてバルドの心の引っ掛かりを引き出した。


つっかえながら、考え込みながら、ポツリポツリと話す彼の話を聞いた。

順を追って話を聞いていった。


サンタ・クルスの話。

キャメロン隊長の悪戦苦闘。

自分の決断とその結果。

自分の決断は間違っていなかったと確信しているが、別の面では悔いていること。


何を悔いている?


退却する時、民を見た。

戦闘員だけじゃ無い。女子供も見た。

酷い有様だった。

特に子連れの女は見てはおれなかった。

明らかに一線を越えた者の目をしていた。



その後、サーディンヴィルの情報が入ってきた。

そして自分が駐留していたサンタ・クルスはまだマシだったとわかった。

サーディンヴィルはこの世の地獄だった。


サーディンヴィルに駐留していたアスカランテ隊長のことはよく知っている。

アスカランテ隊長は民を救えないことを知ったはずだ。

サーディンヴィルに騎士団を駐留させる意味も無いことを知ったはずだ。

だがアスカランテ隊長は残った。

アスカランテ隊長が何を考えたのかわかるような気がする。


自分はアスカランテ隊長が考えたようなことを出来なかったのか?

あれで良かったのか?

そう自問しない日は無い。



「あなたは正しい道を選んだのだと思います」


「本当ですか? 何故そう言い切れるのです?」


「バルドは50人の部下を預かっていたのです。部下の命とその家族の未来を全うしたのですから、誰が何と言おうと正しいのです」


「あの神に見放された地に住民を見捨ててきました」


「ええと、住民が全部で何人いるのかは知りませんが、バルド達50人で全住民の魂を救えましたか?」


「いいえ・・・」


「既に一線を越えている者がいたと言いましたが、その者は人に戻せるのですか?」


「いいえ。アンデッド化が始まってしまえばもはや救えません」


「では一線を越えた者全員を、人間の残滓が残るうちにしいたてまつることは可能でしたか?」


「いいえ、とても」


「ではやはりバルドは正しい選択をしたのです」


「そう言い切れますでしょうか?」


「ええ。バルドが万余の騎士団員を率いていたのなら話は別です。住民1人1人を拘束して選別して、手遅れの者だけを隔離して慈悲を掛けることは可能でしょう。

ですがたったの50人では無力です。

バルドは限られた条件の中で出来ることをしたのです」



私の言葉がバルドの腹の中に納まり、バルドが自分なりに納得するまでに更に時間が必要だった。



納得したバルドはメルヴィル騎士団への入団を了承してくれた。




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