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平凡勇者の異世界渡世  作者: 本沢吉田
24 メルヴィル怒濤編
295/302

295話 メルヴィル5年目(春・蠢動1)


暦の上では春になったが雪が溶けない。

いや、溶けてはいるのだろうが大量に残っている。


寒い。

体感的には冬が続いている。



「この冬はいっぱい積もりましたな~」


「いつになったら種を播けますかな~」



というのが村人の挨拶になっている。




公爵から召集を受けてマキと一緒にハーフォードへ出向くと、マルコ男爵もいた。

公爵とマグダレーナ様からこの冬の間の各地の情報を共有してくださるという。



「冬の間の各地の情報が入った。これから共有していく」


「まず王都、平常運転」



でしょうなぁ。



「ライムストーン公爵領、平常運転」



それは良かった。



「我がハーフォード公爵領は領地全体でおしなべて見れば平常運転だ。

と言えば聞こえは良いが、実情を見ていくとハーフォードは微妙なバランスの上に立っていたことがわかる。

収穫が堅調だったのは領都ハーフォード周辺から南部に掛けて。

北部の果樹はかなり冷害でやられた。

東部はほぼ手付かずの土地なので集計の対象外だ。

そして最大の穀倉地帯であるハミルトンが魔物の食害を被った。

そこを新興のメルヴィルでカバーできたので、ハーフォード公爵領全体でならせば例年通りだ」



マグダレーナ様がギロリとマルコ様を睨んだ。



「マルコ。申し開きはありますか?」


「ございません」



マルコ様はきっぱりと言い切った。


だけどマグダレーナ様。そりゃ厳しすぎます。

私がピクッとしたのを見逃さず、マグダレーナ様は私に振ってきた。



「ビトー。言いたいことがあるなら言いなさい」


「御方様。そのご指摘は厳しいかと」


「あなた達には過程では無い。結果を求められているのです。結果を残せなかったら叱責を受け、責任を取るのが当たり前です」



それはそうなのですが。

あの魔物の種類と数を考えればハミルトンでは手の打ちようがなかった。

少なくとも私がマルコ様の立場だったら早々にギブアップしていた。


おずおずとその様な主旨を述べるとマグダレーナ様は大きく頷いた。



「当然です」


「当然だ」



公爵も言う。


ん?

ということは?

実情を訴えれば聞き入れてくれた?


はたと気がついて、咄嗟に公爵とマグダレーナ様の前に跪いた。


うわぁ・・・

うわぁ・・・


私は公爵とマグダレーナ様を全然信用していないことがバレてしまった。


マルコ様も私の隣で跪いている。

マルコ様も信用していなかったらしい。



「まったくお前たちは・・・」




しばらく誰も口を開かなかったが、やがて公爵から私に下問があった。



「ビトー。なぜメルヴィルは無事だったのか理由を述べよ」


「はい。メルヴィルは冒険者ギルドを持っております。常時一定数の冒険者がおります。冒険者達が領境で魔物退治に尽力してくれました」


「ハミルトンには騎士団と自警団がいるが?」


「はい・・・ この度の魔物はホーンドラビット、ストライプドディアー、ボア、グレーウルフでした。このうち、ストライプドディアーは通常の騎士団・自警団にとって相性が悪うございます」


「メルヴィルでも騎士団は使えなかったのか?」


「いえ、メルヴィルの騎士団員は全員冒険者上がりですので、むしろ得意としておりました」


「冒険者なら誰もが得意とするのか?」


「一定レベルの者なら・・・」


「どういう意味だ?」


「ストライプドディアーが麦畑の中に、あるいは木立の中に紛れ込むとなかなか見つけることが出来ません。これを見つけるには特別な訓練を要します。

イルアンのダンジョンが管理されていた頃、第3層でストライプドディアーが出ました。ここで修行を積んだ冒険者なら見つけることが出来ます」


「メルヴィルの冒険者ギルドにはその様な者達がいるのか」


「はい。イルアンが閉鎖された後でメルヴィルに流れてきた者達です」


「その者達にハミルトンに常駐してもらうことは可能か?」


「大変申し訳ありませぬ。

『確約はできかねる』という回答になります。

何しろ冒険者は自由人でありますので長期間の拘束を嫌います。

魔物が現れる時期に期間を絞って募集を掛ければ応じる者はいると考えます」


「だが魔物がいるのに去られては困る」


「その様な時は再度募集を掛けるのです。代わりの冒険者を雇うのです」


「ほお・・・ なるほどの」




今度は私から質問した。



「閣下は南部も堅調であったと言われましたが、それはハミルトン村、メルヴィル村の南方の村、と見て宜しゅう御座いますか?」


「うむ」


「では元々豊作だったのですね」


「どういう意味か?」


「メルヴィルは北・東・南の三方向から魔物に攻め込まれました。その中でも南からは主にボアが来ました。ボアは大食漢ですので南の村々もかなり被害に遭ったと想像されます。にも拘わらず堅調と言うことは、元の収穫量が非常に大きかったことになります」


「・・・」



公爵とマグダレーナは顔を見合わせていた。



かなり脱線したが、ここで元に戻って国内情勢の説明の続きを受けた。



「詳細情報を共有する。

王都はライムストーンとハーフォードから収穫を輸送して事なきを得ている。

護衛には王都騎士団が当たった。冒険者では無理だったらしい。

王都は例年直轄地の収穫では間に合わず、主にハーフォードの収穫で食べていたが、今年はライムストーンからも購入している。

王宮は自分の食い扶持を自分で賄えるように2年前に直轄地を増やしたが、土地は荒れ果てて人口も激減したのでしばらくはこのままの傾向が続くだろう」


「ライムストーン公爵領の収穫は堅調だった。魔物の食害に遭ったが、それでも堅調だったのだから実は豊作だったのだろう。やはり大陸南部に位置するので冷害は緩かったのだと思われる」


「東部は火山灰が降り積もり、冷害以前の問題だ。急峻な山岳地帯なので人が殆ど住んでおらず、税も本気で取り立てようとはしていないことが不幸中の幸いだったか。

その分、正確な情報も入ってこないが。

人も全く住んでいないわけではないので難しいところである」


「北部はオリオル領をはじめ、収穫は壊滅的だった。正直この冬をどうやって乗り越えたのかわからぬ。オリオル辺境伯領からは「健在」という連絡のみが王都に届いている」


「直轄領に組み込まれた北部から北西部にかけてだが、北部より壊滅的だ。そして2年前から人口が1/2になった。減少の原因は1年前の内乱に伴う虐殺。この冬の飢えによる餓死。そして王都騎士団との戦闘による戦死だ」


「王都騎士団との戦闘と申しますと?」



マルコが質問を挟んだ。



「王都騎士団が駐留していたのが北西部中核4都市、タイレル、サーディンヴィル、タルサノ、サンタ・クルスだ。このうちサーディンヴィルとサンタ・クルスで戦闘が行われた」


「王都騎士団と誰が戦闘をしたのですか?」



今度は私が質問を挟んだ。



「王宮は単に『賊』と言っておる。その実態はかつての領民だろう」


「なぜ旧領民が王都騎士団と戦闘に及ぶのでしょう?」


「飢えていたのだ。

騎士団がいればそこには食がある。誰でもわかる。


サンタ・クルスでは食糧を運ぶ輸送隊が襲われた。

食糧を輸送するのも騎士団だ。

武器・魔法・魔道具・兵の練度は騎士団と賊では比較にならぬ。

だが賊は食を奪わなければ餓死する。その家族も餓死する。

賊は騎士団の数倍の犠牲者を出しながら襲い掛かり、食を奪ったらしい。


サーディンヴィルでは攻城戦が行われたらしい。

籠城する騎士団が数倍の敵を葬ったという。

強い方が城壁を頼りに戦っているのだから当然だろう。

だがなぜか賊は城壁の上によじ登って城内に入ることができ、内側から門を開けて街に殺到したのだ。

これでサーディンヴィルが陥落した。


ちなみにサンタ・クルスでは一戦も交えずに騎士団が撤退した」



ほほう、左様でございますか。

それはそれは。

なかなかどうしてどうして。



「それでサーディンヴィルとサンタ・クルスはその後どうなりましたか?」


「どうもなっておらぬ」


「と申しますと?」


「反乱軍に占領されたままだ」


「そうですか。王宮は太っ腹なのですか?」


「そんな訳なかろう」


「どうされるので?」


「飢えるのを待っているのだ。

元々北西部には食糧が無かったが、街を墜としたことで賊が食糧を手に入れた。

賊の家族はすぐに合流した。そして冬が明ける前からサーディンヴィルとサンタ・クルスには難民が押し寄せている。戦力になるからと受け入れている。

只でさえ少ない食糧を少量ずつ分け合ったとしてもそろそろ尽きる頃だ。

あと1ヶ月もしたら飢える。それを待っているのだ」


「待った後で何をされるお積もりなのか私は存じ上げませんが、我が領は関係ありませぬな?」


「さて・・・」



そこは関係ないと言ってよ。


暗澹たる気持ちでメルヴィルへ帰った。

帰り道。マキが教えてくれた。

マキは最近また中央の情報を集めている。



「王宮はやる気よ」


「何をかな?」


「反乱の鎮圧よ」


「そりゃあね。放っておく訳にはいかないよね」


「そうじゃない。鎮圧の仕方よ」


「どうするのかな?(あまり聞きたくないけど)」


「鏖殺令を出すわ」


「・・・」


「わかる?」


「ぺんぺん草しか生えない荒野をどうする気かな?」


「さあ。そこまではわからない。でも王宮は旧スキラッチ領や旧ピントゥーニ領の住民を問題視しているの。元貴族が住民に紛れて扇動しているのも確認されてる。

賊の中には元騎士団員もいる。

再占領しても、もう普通に統治は出来ないと王宮は見ているわ。

住人も含めて一度全て更地にするっていう計画があるの。多分そうなるわ」



言っていることはわかる。

多分その方がその後の統治が上手くいくのだろうな。

だがそれを選択してしまう政府がまともな統治を出来るのかな?

国民が付いてくるかな?


自分だったらどうするだろう?



「ウチに出陣要請が掛かるかな?」


「わからないわ。でも時々名前が出ている」


「なんで部下でも無い私の個人名が・・・ けしからん。個人情報保護法はどうなっているのだ」


「なにくだらないこと言ってるのよ」




◇ ◇ ◇ ◇



例年なら麦を播く時期になっても雪が残っている。

突然気温が急降下し、新たに降雪が確認されたりしている。


マンフレートと緊急打ち合わせ。



「今年は米は諦めよう」


「子爵様、それは・・・」


「全て麦でいこう」


「承知致しました」


「麦は思い切り広範囲に播くぞ。新田も全て麦で行くぞ」


「畏まりました。畏まりましたが・・・」


「なにかな?」


「新田から水を落とす能力を今の倍にしなければなりません」


「というと?」


「麦には水たまりがいけないのです。新田に播くと言うことは・・・」


「わかった」



ジークとマキとリックに頼んで排水路を大々的に拡充した。

ここでちょっと手違い発生。

南部のまだ人の手の入っていない湿地の排水までしてくれた。


現場を見たマンフレートと顔を見合わせた。



「どうする。これ」


「かなり広いですな。これは放置すると雑木が茂ります。水が抜けきった頃合いを見計らって麦を播いてみましょう。麦はあまり手が掛かりませぬ。播いてみましょう」


「頼んだぞ」


「あまり手を加えられないと思いますが」


「承知の上だ。ひょっとするとこれが領地を救うかも知れないぞ」




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