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平凡勇者の異世界渡世  作者: 本沢吉田
24 メルヴィル怒濤編
294/301

294話 メルヴィル5年目(厳冬)


寒い。

今年の冬は寒い。


こちらの世界に飛ばされて十数年。これ程寒い冬は初めて経験した。

そして雪の量が尋常でなかった。



マキとユミが家の前をせっせと雪かきをしている。

1日4回。

6時・10時・13時・16時。


雪かきしながらユミが文句を言っている。



「なんも今年の冬はどうなってんだ。もう雪は降らなくてええって言ってるだべ。 これ以上積もると軒さつくぞ」



ここは東北地方の日本海側か?



「がんばるね~ 助かるよ~」



と褒めたら胸ぐらを掴まれた。



「おめもせ。何他人事みたいに言ってるんダス。これやんねえと外に出られなくなるんだぞ」



と凄まれた。


洟をたらしながら雪かきした。



◇ ◇ ◇ ◇



これ程寒いと魔物もどこかで冬ごもりをしているらしく、姿を見せなくなった。

魔物の話題は噂にも出なかった。


イルアンのスロースタンピードに伴うゴブリンとスケルトンの徘徊も、ダンジョンの外に出た途端に寒気にやられるらしく、全く姿が見られなくなった。

対魔樹並木のパトロールは春まで中止された。


その代わりと言うわけではないが、時々北の調整池に顔を出し、キャスター一家を訪問した。

火魔法で焚き火を起こして一家に暖まって貰い、四方山話を聞く。

帰りに魔物の干し肉を持たせた。

御礼に池に沈んでいた不思議なアイテムをくれた。



「これは何?」


(池に侵入したスケルトン(スケルトンというがスケルトンナイトらしい)が身に付けていた。妙な気配がするので横に除けておいた。使えるならどうぞ)


「結構な物を頂きまして」



魔道具のロケットらしい。

だがどう使うのか?

使いどころがわからない。


持ち帰って図書室でひねくり回してみたところ、蓋が開いた。

中身は空。

蓋の内側に渦巻きのような文様が彫られている。

この文様に転送の術式が組み込まれている。

これはいったい何に使うのだろう?


ユミが入ってきた。



「何これ?」


「ロケットみたい」


「どうつかうの?」


「わかんない」



ソフィーとウォルフガングにも見てもらうが、やっぱりわからない。



「わからん」


「お前の鑑定ではどうなっている?」


「ロケットですね。魔力によって中身を外に転送することができるみたいです」


「指でつまめばいいんじゃないか?」


「ええ、そうなのですけど・・・ これ、かなりの業物らしいですよ」


「なぜわかる?」


「銘を入れられますから」



ふうん、とソフィーが首をかしげていた。

ウォルフガングは全く興味を失っていた。



「あ・・・」 ユミが声を漏らした。



「これ、私がもらって良いですか?」


「どうぞ」


「ありがとうございます。頂戴します。銘は『Teleportation』と入れて下さい」



ユミは何をする気だろう?


それから雪の日にユミが外で何かをしている姿が見られた。



◇ ◇ ◇ ◇



冒険者達は大丈夫か?

生きてるか?

と思ったら、ダンジョンに籠もっていた。

ダンジョン内は常春なので、逆に「外に出たくねぇ~」と嘆いていたらしい。


どうしても風呂とまともな食事と人肌が恋しくなると、のそのそとダンジョンから出て来て冒険者ギルドで換金し、思い思いの店へ散っていき、またダンジョンに籠もるという生活をしていた。




マンフレートを尋ねると村民は全員(つつが)なし。

変わったことと言えば、凍った雪で転倒して骨折が3件、風邪らしき症状が5人いたが、いずれもエマ、マヌエル、ガブリエラ、リックの医療チームが対処していた。


リックはこの冬から治癒士デビュー。

村人達から可愛がられている。


マンフレートから耳打ちを受ける。



「昨年はお隣のハミルトンからお忍びで治癒依頼があったのですが、今年はないです。ハミルトンにも治癒士が常駐されたのですか?」


「さあねぇ。そうだといいねぇ」



やや棒読みだったのは許してくれ。



それがフラグだったのだろう。


ある吹雪の夜、ハミルトン村のマルコ様がお忍びで当館を訪れた。

急患だった。


(どうもマルコ様は男爵という感じがしない。私の中では『様』なのだ)


妊婦。逆子。

陣痛が始まって既に10時間。水も飲めず。



「ウチの者が子爵様にとんでもないことをしました。マグダレーナ様から激しい叱責を受け、メルヴィルに頼ることはまかりならぬと止められているのですが・・・ ですが・・・」



自分はどのような罰も受けるので村民の命を救って欲しい、というマルコ様のお気持ちはわかる。

だからマルコ男爵ではなく、マルコ様なんだな。

貴族じゃない。



「どなたですか?」


「カルロの妻です」



カルロ・・・

水龍の呪いの時、一晩中土手の上で不寝番をしてくれた豪傑か!



「わかりました。私も彼に恩義があります。直ちに向かいます」



医療チームを緊急招集。

事情を説明。


エマがテキパキと指示を出す。



「一人だけじゃない。他にも治癒を待っている人がきっといる。私とガブリエラは必須。でもマヌエルはメルヴィルに残って。メルヴィルにも急患が出るかも知れない。

パパは絶対に来て。パパがいないと危ないと思う」



私、ソフィー、ユミ、レベッカ、サマンサ、エマ、ガブリエラの7人とマルコ様でハミルトンへ出発した。



深夜。

吹雪は収まり、雪は小降り。

でも凄まじい積雪。

そこにマルコが歩いた筋が1本。それも消えかけている。


もがく様に先を急ぐマルコをソフィーが落ち着かせる。



「一定のリズムで雪を掻き分けた方が速いです。ここは私が先頭に立ちましょう」



そう言うと先頭を替わり、体の大きさを生かしてグイグイ雪を掻き分けて進むソフィー。

ソフィーの後ろについているうちに何となくわかった。

ソフィーは雪の状態が見えるらしい。

掻き分けやすい箇所を的確に選んで進んでいく。

これも氷魔法なのか。




ハミルトンに着いた。


多くの人が松明を焚いて門の外でマルコの帰りを待っていた。

マルコの後ろに我々がいるのが見えると歓声が上がった。


すぐにカルロの家に通される。

うめき声が聞こえる。


サマンサとユミとエマで状況確認。

すぐに私が呼ばれる。

エマから指示が飛ぶ。



「パパは鑑定した物を触らずにうごかせるでしょ?」


「うむ」


「この人のお腹の中の子は正常な位置にいない。正常な位置に・・・ 頭を下に持ってきて」


「わかった」



鑑定する。


・・・これまずいぞ。



「母親を動かすな!」



そう命じて子供の頭と肩をそっと掴んでゆっくりと回転させる。

絶対に強い力を加えてはならない。

焦ってはならない。

そっと、そっと。



「パパ。まだ?」


「もう少し・・・」


「問題があるの?」


「大いにある」


「何なの?」


「へその緒が首に巻き付いている」


「え・・・」


「何ですって!」



サマンサが恐怖に満ちた声を出したので落ち着かせる。



「私に任せなさい。今ほどいている。あと少しだ・・・」


・・・


・・・


「よし、いいぞ!」


「パパ。そのまま赤ちゃんを産道に持っていって」


「すでに頭は産道に着いている。あとは陣痛と蠕動だ。ここからは私は失礼するぞ」



私が部屋から出ると、入れ替わるようにガブリエラと村の女達が部屋に入っていった。

カルロが死にそうな顔でマルコの腕を掴んでいる。



「村長!」


「大丈夫だ!」


「でも・・・」


「聖女様が来て下さったのだ。もう大丈夫だ!」



マルコの声が聞こえたかのように部屋の中が騒がしくなった。


やがて、



「生まれました!」



村の女が出て来た。

マルコとカルロが中に入っていった。



◇ ◇ ◇ ◇



エマとガブリエラの前に行列が出来ている。

みな怪我人や体調不良者だ。


ユミとサマンサがエマとガブリエラの助手として動いている。

私、ソフィー、レベッカが記録を付けている。



そしてエマとガブリエラから遠く離れて、しかし目に入るところで、平伏している者達がいる。


8人かな。

因縁付けてきた奴らか。


その後ろに家族らしき者達がやはり平伏している。

・・・それは困る。


マルコを呼んで事情を聞く。



「あの者達は先日子爵様に愚かな事をした者どもです。家族に問題のある者がいて、なにとぞエマ様とガブリエラ様に取りなしをお願いしたいとああしております。

気にする必要はありませぬ」


「え~っと」


「あそこにいない者は独り者でしたので、追放しております」


「えーーーっ!」




さて。

闇治癒士としての私の信条は?


生きとし生きる者、病や怪我の前では全て平等。

相手が王侯貴族であろうが、市井の貧乏人であろうが、対応は変わらない。


私に悪意を向ける者に情けを掛ける義理は無いが、その家族となれば話は別。



エマとガブリエラの列が途切れそうになったのを見て、マルコに断って事前にヒアリングをするために彼らに近付いていった。


彼らが地面に額を擦り付け始めたので止めさせた。



「まずはお座りになって下さい。お座りにならないとお話は伺いません」


「マルコ様の御要請を受けて来ております。御礼はマルコ様へ」



彼らを座らせて話を聞いた。


骨折2人。

怪我5人。

病気1人。


話を聞きながら鑑定する。

怪我の1人と病気の1人が良くない。


エマとガブリエラが来てくれたので引き継ぐ。

但し状態の良くない人は私が見る。



「あの・・・ 子爵様は何を・・・ エマ様は・・・?」


「ああ。私よりパパの方が腕利きよ。私はパパに教えて貰っているの」


「ええっ!! 聖女様がっ!」



ニッコリ微笑んで指の骨折を癒やしていった。

指は本当に丁寧に直さないと一生辛いことになるからね。


もう一人が問題だった。


エマとガブリエラの癒やしが終わるのを待って3人で一緒に鑑定した。



「これ。みえる?」


「・・・ゴマ?」


「こんな所にゴマがあるわけないよね。確かにゴマに見えるけど」


「これなぁに?」


「石なんだ」


「体の中に石があるの? この人、石食べたの?」


「ちがうんだ。自然に出来るんだ」


「「 ええーーーーっ!! 」」


「石を落とすよ」


「パパ・・・ 痛くないの?」


「大丈夫。痛みの原因は石がこすれる事じゃ無い。おしっこが詰まって腎臓が腫れることが原因なんだ」


「「 そうなんだ・・・ 」」



それから遠隔操作で尿路結石を膀胱まで落とした。



「2~3日血尿が出るかも知れませんけど、これで地獄の苦しみから解放されますからね。安心して夜も眠って下さいね」



患者と家族は涙を流して御礼を述べて帰っていった。




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