293話 サーディンヴィルの戦い
(サーディンヴィル駐留部隊アスカランテ隊長の視点)
我々サーディンヴィル駐留部隊は、サーディンヴィル(かつてのスキラッチ領の領都だった廃城)に駐留している。
そしてその実態は、旧スキラッチ領民という名の野盗・盗賊の海の中にポツンと浮かんだ城に籠城している中隊(80名)である。
我らがサーディンヴィルに着任した時は、サーディンヴィルは廃墟だった。
オリオルの愚か者が街に火を付け、住民ごと街を燃やしてしまったのだ。
我らはサーディンヴィルが最低限砦として機能する様に修繕するところから始めなければならなかった。
特に城壁の再構築は急務だった。
城壁は長時間猛火に晒され、かなり脆くなっていたのだ。
私は騎士団本部に土魔法士の派遣を要請し、城壁を復旧させた。
それが王宮のお気に召さなかった、と後から知った。
金の使い過ぎだという。
しかしあのままでは城壁の役を成さぬ。
どうしようも無いではないか。
次に困ったのは食糧だった。
周辺には徴発する食糧が無かった。
住民は農業を放棄してしまったらしい。
そしてなにより驚いたのは、我々は民に恨まれている、ということだった。
食糧を徴発するどころではない。
彼らは逆に我々の食糧を盗もうとした。
その者達は異様だった。
満足に言葉を話せなかった。
常にヨダレを垂らしていた。
隙あらば我らに噛みつこうとした。
私はある可能性に気付いたが、誰かに話す気になれなかった。
そして我々の食糧を盗んだ者を処刑した時から対立は決定的となった。
すぐに王都騎士団本部へ援軍と食糧補給の要請を出した。
だがどちらも来なかった。
王都騎士団本部に督促を出した。
この時は「今送る」の返事が来た。
結局一度も来なかった。
兵が飢え始めた。
城という物は籠城を考えて設計する。
籠城は強力な援軍が来ることを前提とした作戦だが、その援軍は常に遅れがちだ。
従って城というものは各所に隠し財産(保存食)を持つ。
だがこの城はオリオルの愚か者が全焼させたため、隠し財産は無くなってしまった。
サーディンヴィルは食糧の補給が生命線なのだ。
もはや悠長に補給を待っている訳にはいかない。
城内の食が尽きる前に行動しなければならない。
私は王都に状況を説明し、撤退の打診をした。
だが帰ってきた回答は私を呆然とさせるものだった。
「現有戦力でサーディンヴィルを維持せよ。食糧は現地調達せよ」
私は3人の副長を集めて全ての情報を開示した。
副長達の意見は明快だった。
「我々は軍人です。本部がここで死ねと言っているのであれば、我々の死には意味があるのです」
「そうか・・・ すまぬ。貴官らの命、預かるぞ」
「「「 はっ 」」」
私は良い部下に恵まれた。
出来ればそなたらにもっと良い指導者の下で働いてもらいたかった。
私の力不足だ。
◇ ◇ ◇ ◇
人間は追い詰められると様々な知恵を働かせようとする。
ある者は草や木の根にデンプンが溜め込まれているのではないか、と自分の体で実験を始めた。
その結果、十分にアク抜きをすれば食べられるものがいくつか見つかった。
どれほどの栄養を持つのかはわからないが、希望になる。
ある者は鳥獣を捕まえるべく罠を作り始めた。
残念なことに今は冬なので鳥も獣もほとんど見ない。
◇ ◇ ◇ ◇
ある日。
連続して降っていた雪が止んだ。
だが北の空は暗く、雲が低い。
すぐに北から降り始めるだろう。
突然見張りが警告を発した。
「敵。東南東。徒士100。騎兵8」
「同じく敵。南。徒士80。騎兵7」
「騎兵の鎧に旧スキラッチの紋章が見て取れます。元スキラッチ騎士団が混ざっていると見て間違いありません。ご注意を!」
副長を集めて作戦を指示した。
「兵を東と南に分けて城壁の上から城壁を盾に戦う。火矢を主な攻撃手段にしろ。
狙いは騎兵と城壁をよじ登る歩兵。
火壁は極力使うな。敵が撃ってくる矢・火魔法は火壁で受けるな。避けろ。
後ろに飛んで着弾しても雪の上だ。簡単に火は付かん」
「省エネで戦うのですな」
「その通りだ」
「北と西は?」
「見張りを1名ずつ配置しろ」
「承知致しました」
戦いが始まった。
敵の騎兵は指揮官だ。
私は騎兵を重点的に叩くよう作戦立案したが、敵の騎兵もそれはわかっていたらしく、致命傷を受けるような距離には入ってこなかった。
我が軍は城壁に近付く歩兵を重点的に葬っている。
南の戦場は膠着状態。
敵があまり勇猛では無く、城壁に近寄ろうとしては撃退されている。
東の敵は勇猛だった。
かなりの数が城壁に殺到し、斃れていった。
敵の姿はよく見える。
みな一様に目が赤く、ヨダレを垂らし、何かに取り憑かれたように城壁を登ろうとしていた。
膨大な犠牲を出しながら、徐々に敵の主力は北へ移動していった。
それに合わせ我が守備隊も北へ回っていく。
敵の主力が北へ移ったので北の見張りを東へ移した。
北が主戦場になった。
と同時に雪が振り始めた。
吹雪では無いが、かなり大粒の牡丹雪が降り始めた。
視界を遮られる。
「よく敵を見て撃てよ。無駄撃ちを控えよ」
敵の弓矢や火矢も狙いがお粗末になってきた。
どこに向かって撃っているんだ? といった方向へ随分無駄撃ちをしていた。
それから一刻ほどした時。
突然副長が怒鳴った。
「東の見張りはどこだ!?」
東の見張りがいない。
すぐに捜させると東の見張りではなく、敵兵に出くわした。
なぜ城内に敵がいる!?
雪を透かして見ると、東の城壁を乗り越えて次々と敵兵が侵入してくる。
詮索は後だ。
体勢を立て直す。
副長に命じて北の部隊と南の部隊を集結させた。
私は下知を下した。
「全員騎乗! 隊列を組め!」
みな速やかに隊列を整える。
「いいか。出し惜しみは無しだ。
火矢の一斉射撃ののち、敵歩兵へ突撃。蹴散らすぞっ!!」
「「「「「 おおっ!!! 」」」」」
最初の一斉射撃&突撃で敵の歩兵陣を突破した。
再度隊列を整えている時に副長が耳打ちしてきた。
「東の見張りは火矢に撃ち抜かれて死んでいました。恐らく北の敵が無駄撃ちしていた火矢の流れ弾に当たったのでしょう」
「敵は東側に死体を積み上げて階段を作りました。その死体の階段を踏みしめて城壁を乗り越えてきたのです」
いや、流れ弾ではあるまい。
敵は最初からそれが狙いだったのだ。
あの無駄撃ちは不自然だった。
我々の主力を北へおびき寄せ、見張りを斃し、味方の屍を積み上げたのだ。
天候まで味方に付けて。
敵歩兵部隊が集結を始めている。
私は最後の下知を下した。
「いくぞ! 一斉射撃の後、突撃だ。我に続けっ!!」
「「「 おおっ!!! 」」」
火矢の一斉射撃。
だいぶ火矢の本数が減っている。
魔力切れが顕著になってきた。
そして突撃。
敵陣突破。
「反転するな! そのまま城門を走り抜けろっ!!」
城外へ出た。
前方に歩兵と騎兵の混成軍を見た。
歩兵の目は一様に赤かった。
もう何も下知せずとも部下は私に合わせてくれた。
一斉射撃。
突撃。
突破!!
「よぉし。そのまま真っ直ぐ進め・・・ む? 副長は?」
「副長殿は全員斃れましたっ! お陰で我々は全員おりますっ!!」
「よし、今からおまえが副長だ。隊列を整えよ」
「はっ!」
「いくぞ! 正面の敵へ一斉射撃! 突撃!」
「「「 おおおおおおおっ!!! 」」」
突撃!
突撃!
突撃!




