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平凡勇者の異世界渡世  作者: 本沢吉田
24 メルヴィル怒濤編
289/301

289話 メルヴィル4年目(春から夏)


寒い早春が明け、穏やかな春がやってきた。

木陰の雪も溶け、若草が芽吹いた。


この頃には空に彩雲がかかることが多かった。

彩雲は国内各所で見られた。


王宮では『不良貴族を滅ぼして直轄地を広げたことに対し天が喜んでいる』とされ、自己正当化に使われた。


オリオル辺境伯領では天が戦勝を祝っていると大々的に宣伝した。

本当に戦勝したのか、どこに勝ったのかはよくわからなかった。



ちなみにハーフォードでは「瑞相である」と特に喜ばれた。

(瑞相:めでたい出来事が起きる前触れ現象)

なぜならオルタンスとカールの婚姻が発表されたから。


「彩雲に乗って・・・」と言いたいところをグッと堪え、実際は公爵家の豪華な馬車に乗って、オルタンスとカールがメルヴィルからハーフォードまでパレードした。


公爵の館で大々的なお披露目会が催された。


とは言え「まだまだ国内に騒乱の残滓が残っているため」という理由で、王都からの賓客の来訪は遠慮して貰った。


ライムストーン公爵の名代としてイーサンとカトリーヌが参列した。

この時さりげなくイーサンとカトリーヌは「イーサン・バリオス夫妻」として扱われた。

私はピンときていなかったのだが、これには政治的な意味合いがあった。


王族や上級貴族主催の正式な晩餐で「夫妻」として扱われた実績があれば、特に式などを挙げていなくても夫婦として認められるのだそうだ。



「へえ~。そうなんだ」


「どちらかというとお前と私もそうだろう」



無邪気に感心する私をソフィーがやんわりとたしなめた。



私とソフィーは新郎の両親として参列した。

カールはアンナの子供だが、あくまでも「第一夫人ソフィーの子」として送り出す。

これが貴族の流儀だそうだ。


スティールズ子爵家に何かあって全員死に絶えた時、カールが子爵位の第一継承者として立ち、子爵領を継承するのだという。

な~るほど。


少々困ったのが私の服だった。

ソフィーはマグダレーナ様に仕立てて頂いたドレスがあったので問題なかったが(セクシー過ぎて主賓より目立っていないか? と言う疑問はあったが)、私は着る服が無かった。


こっちに飛ばされた時に来ていたスーツは体に合わなくなっていた。

(冒険者として鍛えられていくうちに肉体労働者の体型になって入らなくなった)


仕方ないのでアンナに吊しの服を頼んだ。

「金糸や銀糸の飾りは控えめな奴を頼むね」と言って選んで貰った。


アンナには意中の派手な服があったのだが、私には似合わなかった。

流石のアンナも



「この服に合わせるには、もっと背が伸びるか、もっと太る必要があります」



と言っていた。



カールは、使い魔契約を結んだスウィフトを連れていった。

そこでもう一つお土産を付けた。


オコジョの使い魔の子供達2匹。

子オコジョをカールの使い魔契約をして連れていかせた。



「父上。この子達に何を探らせるのですか?」


「ハーフォード公爵とマグダレーナ様だ」


「義父様と義母様を監視するのですか?」


「監視ではないな。お二方が何に取り組まれておられるのか、何にお心を痛めておいでなのか、知りなさい。そしてカールやオルタンスに相談があった時には的確な助言が出来るように常に準備しておくのだ」


「わかりました」



◇ ◇ ◇ ◇



この春は良い天気が続いた。

晴れたかと思うと驟雨しゅうう(にわか雨のこと)が降り、またカラリと晴れた。

気持ちの良い天気が続いた。


麦は芽吹きから生育は順調だった。

稲はもう少し先になる。


マンフレートと一緒に田畑を眺めた。



「このまま私の不安が杞憂で終われば良いな」


「仰せの通りでございます」




初夏になると微妙な感じになった。

ずっと春が続いている感じだった。

暖かくなったかな? という次の日に寒の戻りがあった。


再びマンフレートと一緒に田畑を眺めた。



「これは夏じゃ無いなぁ」


「そうでございますねぇ」


「天気は良いんだけどなぁ」


「はい。これほど晴れておりますのに涼しいとは・・・ まるで早春がそのまま続いているようで御座いますね」


「でも生育は順調そうじゃないか。マンフレートの世話が良く行き届いているな」


「恐れ入ります。子爵様が寒冷種に舵を切られたお陰と存じます」



田畑はマンフレートに任せておけば良さそうだ。


問題はその周辺にあった。



◇ ◇ ◇ ◇



アドリアーナ(冒険者ギルド長)が面会を求めてきた。



「魔物の数が増えており、冒険者達の手に負えなくなってきました」


「ダンジョンですか?」


「いいえ。ダンジョン以外です」


「? 詳しくお聞かせ下さい」


「北の領境、南の領境、東の領境です」


「メルヴィルの周り全てですか?」 (西は海)


「そうです」


「原因はわかりますか?」


「草食の魔物がメルヴィル周辺に集まりつつあります。それを狙って肉食の魔物が集まってきております」


「どうしてメルヴィルが狙われるのですか?」


「野山に草食魔物のエサとなる草が殆ど残っていないと報告が上がっています。食べる物に窮した魔物がメルヴィルの田畑を狙ってきていると考えられます」


「騎士団を出すべきレベルに達した、と言うことですね」


「その通りです」



「ねえ、アドリアーナ。1つ教えて欲しいのだけど」


「なんなりと」


「東の領境って対魔樹の土手ですよね。その向こうはもうハミルトンでしょう?」


「はい」


「魔物はハミルトンから来ていると言うことですか?」


「その通りです」


「ハミルトンはどうなっているのですか?」


「既にハミルトンの麦はかなりの面積を魔物に食い荒らされています。魔物は食を求めて徐々に西に勢力を広げつつあります」


「魔物の種類は?」


「ホーンドラビット、ストライプドディアー、ボア。

そしてこれらを狙うグレーウルフです」



そりゃあ初心者を卒業したばかりの冒険者達じゃあ手に余るなぁ。




対策会議を開いた。


子爵家、騎士団はもとより、客にも集まって貰った。



「冒険者ギルドから騎士団へ魔物討伐の応援要請が上がりました。

メルヴィルは西を除く全周囲から魔物に狙われているようです。

冒険者ギルドは冒険者に魔物討伐のクエストを出していましたが、手に余るほどになったのです。ざっくばらんに意見を出し合って下さい」



ウォルフガングが口火を切った。



「手に余る、とな。魔物の種類は何だ? 誰か知っている者はいるか?」



ジョアンが答えてくれた。

炎帝も客として参加してくれていた。


ジョアンが答えると、ジョアンとユミの間で話が始まった。

何故かユミがやる気になっている。



「ホーンドラビット、ストライプドディアー、ボアです。その背後にグレーウルフもいます。グレーウルフは4~8頭の群れなのでかなり厄介ですよ」


「ジョアン様は現場を見ましたか?」


「ええ。見ました」


「やはり難しそうですか?」


「ええ。メルヴィルの平均的な冒険者はE級、D級です。ホーンドラビットは問題ありません。しかしストライプドディアーは木立に入られると見つけられないでしょう」


「ボアはいかがですか?」


「ボアを確実に倒すには前衛にC級が必要です。ですがそれだけの力を持ったパーティはまだ少ないです。それにボアも群れますので・・・」


「数が問題なのですね?」


「ええ。1頭なら問題ありません。2頭でギリギリ。3頭出たら逃げるしか無いでしょう」


「どの魔物がどの方向から来る、という傾向はわかりますか?」


「北から来るのはホーンドラビットばかりですね。

東はホーンドラビットとストライプドディアー。

南がホーンドラビットとボアです」


「なんだか方角によってパーティの得意/不得意が出そうな感じです」


「その通りです。ということでこの先はウォルフガング騎士団長と相談して受け持つ場所を決めないといけません」


「よろしくお願いします」



話し合った結果、以下の通りに対処することになった。


斥候隊(フクロウ部隊とオウム部隊)は全方向へ派遣した。


スウィフト隊は東へ派遣し、ストライプドディアーの洗い出しに精を出して貰った。



北側。

初心者、腕に覚えのある冒険者を問わず、パーティにジョイントを組ませ、ジークフリードとクロエをサポート兼監督としてホーンドラビットを倒しまくって貰った。



南側。

炎帝に頼んだ。

炎帝だけで大丈夫? と訊ねたところ、



「火球と火矢を自由自在に撃つには俺たちだけの方が安心できる」


「味方を撃つ心配をしなくて良いからね」



炎帝。

任せた。



東側。

ここは守備範囲が広いので、ウォルフガング、ルーシー、メルヴィル騎士団、イーサン、カトリーヌで対処して貰った。



予備戦力はソフィー、マキ、ユミ。

救護班はエマ、マヌエル、ガブリエラ。



最後に私から一言。



「獲物は全て回収し、冒険者ギルドで解体すること。そして干し肉を作り、長期保存食にすること」


「かなりの数を仕留めることになりそうなんですが・・・」


「望むところです」


「メルヴィルで1年で消費する量の10倍以上も取れると思います。そのくらいいますよ」


「問題ありません。アドリアーナと交渉して、値崩れを防ぐために全て子爵家で買い上げますよ」


「何かお考えがあるのですね」


「ええ。後のお楽しみです」



◇ ◇ ◇ ◇



ユミはちょくちょく南へ出向き、炎帝の戦いを見に行った。



炎帝の戦い方は洗練されていた。


ボアが2頭までなら前衛が剣と火球で食い止める。

食い止めた隙に後衛が火矢、火槍で仕留める。


3頭から5頭の場合は先制攻撃を掛ける。

ボアをバラバラにして個別討伐できるようにする。

5頭中3頭も討伐すれば成功。

2頭ほど見逃しても良い。

野生動物なのだから「1頭も逃すな。絶滅させろ」という訳では無い。メルヴィルから逃げていってくれるなら、それはそれで良い。


稀に複数頭が炎帝に突撃を仕掛けてくることがあったが、その時は巨大な火球を並べて防いだ。



ユミがヴェロニカ(炎帝の斥候)を掴まえてレクチャーを受ける姿が見られた。



「どうして火壁では無いのですか?」


「火壁って火魔法の上級魔法でしょう? 魔力消費量が多くて制御も難しいのです」


「わかります」


「その割に、ボアみたいな頑丈な魔物が痛みを堪えて飛び込むと、突破を許してしまうのです」


「ああ・・・」


「それなら初級魔法の火球を縦に並べて “厚み” を出した方が、ボアにとってはイヤなのです」


「そうなのですね」


「初級魔法ですので魔力消費量も少ないですし制御もし易い。良いこと尽くめです」




それからユミが炎帝と一緒に魔物退治に勤しむ姿が見られるようになった。


ユミはボアは炎帝に任せ、背後を突こうとするホーンドラビットをコツコツと火球で退治していった。




「子爵様の奥方様ということで、最初はどうなんだろうって思ってたが意外だな」


「ああ。背後は完全に任せられる」


「何気に装備が凄いんだよな。流石はビトー様の奥方様だよ」



炎帝のメンバーからも一定の評価をもらえるようになった。




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