286話 メルヴィル4年目(晩秋・地震)
収穫が終わり、運ぶべき荷も運び終わり、冬支度に入る。
六佳仙には予約がビッシリと入り・・・
と、その前に。
先日お茶を引いていなかった4人の六佳仙から妓楼ギルドに呼び出された。
重要なことなのでもう一度言います。
呼び出されました!
可及的速やかに来いと。
私って領主じゃ無いのか?
領主ってこんなに簡単に呼び出されるものなのか?
やっぱり私は幇間なのか?
自分の身分を疑ってまごまごしていたらマキにどつかれた。
「気になるならさっさと行きなさい」
妓楼ギルドに付いたら麗人4人がお出迎えになった。
マホームズは建屋の隅で壁に向かって丸くなって、「聞か猿」のポーズをしていた。
一人でも国を傾けかねない麗人が4人揃い、私を取り囲むように迫ってきた。
「子爵様。わたくし共にはお慈悲は頂けないのでしょうか?」
口調は悲しげだった。
しかし言っていることは脅しだった。
絶世の美女4人に強面で迫られ、尋常ならざるプレッシャーが掛かる。
これは領地経営のためだ。
大切なことなのでもう一度言います。
これは領地経営のためなのです。
決して脅しに屈した訳ではないのです。
領地の健全経営のためならば、領主は幇間にもなるのです。
「誠心誠意務めさせて頂きます」
「グローリア様は・・・ 特に首筋を? ええ。真っ直ぐで美しいうなじですものね~ これは凝りますよ。それにしても美しいうなじですね~ まるで東郷青児先生のモデルのようです。 ええ、こっちの話です」
「ジャクリーン様は背中? はい。 肩甲骨? ここ? ここ凝りますよね~
肩甲骨の下あたりはいかがですか? ここ。 はいはい暴れない。 叫ばない。
反対側もやりますよ~ ほら、ほぐしていきますからね~」
「カルメンシータ様は首と肩を入念に? 大きいですものね~ 凝りますよね~
大きさ・形ともにナンバーワンですよ。 ええ、間違いありません。
えっ? もっと上に? 前に突き出すようにしたい? ダイアナ様のを見た?
負けちゃおれぬ? またまた~ カルメンシータ様は大陸一ですよ」
「エカテリーナ様は腰を中心に? 体の要ですからなぁ。 お美しいラインをおもちですなぁ。 ミロのビーナスのごとき曲線美です。 はい。 こっちの話です。
ここ、骨盤と背骨の境目。気持ちいいですよね~ もっと上も? はい。
ここですね~ おっと声が漏れました。 全然恥ずかしくないですよ~」
マホームズは建屋の隅で耳を塞いで痙攣していた。
「皆様、これから勝負の3ヶ月が始まります。お体に気を配って下さい。皆様はメルヴィルの宝なのですから決して無理をせず、少しでもおかしいと思ったらすぐに声を掛けて下さいね」
4人は優雅に跪いた。
◇ ◇ ◇ ◇
ある日の夜半。
懐かしい感じのアレがあった。
地震。
震度3かな。
この日はユミと一緒に寝ていたが、二人揃って目が覚めた。
ユミは余震の段階で目覚めていたらしい。
「地震ね」
「だね」
「長いわね」
「本震が来るかな?」
「これが本震だと思う」
「そうなの?」
「この家大丈夫よね?」
「多分・・・」
「自信無さそうな回答ね」
「地震だけに」
「馬鹿」
「この家の土台は大岩・小岩を骨材として混ぜて土魔法で固めてあります。
多分だけど元の世界のコンクリートよりも強度は高いと思います」
「へえ」
「柱や壁は木材と土魔法を併用しているからやっぱり強いと思います」
「地震に備えて作ったの?」
「いや、要塞として作ったのだと思う」
「そうなんだ。じゃあ安心してもう一眠りする?」
「いや・・・」
「・・・」
「また揺れてる」
「起きましょう」
「うん」
日本人の基準からすればこの地震は大したことはない。
気になったのはこの世界に来て十数年間一度も地震が無かったこと。
それなのに今夜は2度(私が気付いていないだけで、実はもっと多かった)地震があったこと。
地龍の呪いの前兆かも知れない。
いつでも報告を受けられるように身なりを整え、広間へ出て行った。
それが良かった。
こちらの世界の人は地震に慣れておらず、この世の終わりの様な顔をして集まってきた。真夜中だというのに。
私とユミが身だしなみを整えて寝室から出て来たのを見て、あからさまにホッとしていた。
「ご主人様とユミ様のお部屋にご注進にゆかねばならないかと思いました」
とはマリアンの弁。
本当に全員が起きてきた。
皆青い顔をしている。
本当にこっちの人は地震に慣れていないんだな、と感動していたら、マキが眠そうな顔で出て来た。
マキにとってはこのくらいの地震は日常茶飯事だよねぇ。
ご苦労様。
マリアンに尋ねた。
「地震の時はどのような行動を取るのが定石ですか?」
「領地の安全を確認します」
「わかりました。ですが夜間パトロールは危ないですし、見落としも出るでしょう。
詳細は朝になってから確認することにして、まずはこの館の照明を全て点けましょう。
そして外の照明も点けましょう。
村人や商人やギルドの報告を受けられる体制を取りましょう」
驚いたことに、農村部やギルドや妓楼から使いの者がやってきた。
皆これといった情報は持っていなかったが、不安で駆け付けたという。
街には灯りが灯りはじめた。
みんなに訊ねた。
「誰かに聞いたら震源がどこかわかるかな?」
「シンゲンって何ですか?」
素で訊かれた。
アル達使い魔部隊にパトロールを命じた。
「火事があったら教えてね。その他、変なのがあったら教えてね」
◇ ◇ ◇ ◇
夜が明けるのを待って、メルヴィルの街を一通りパトロール。異常なし。
対魔樹の並木。倒木や傾きは無し。
南北ダンジョン。魔物の異常な動きなし。
西の崖。崩れ、亀裂等なし。
農村部。住居、田畑、水路、異常なし。
妓楼。店や設備に異常なし。お客様に怪我人無し。ただし妓楼に宿泊していた客は早々に帰るらしい。
◇ ◇ ◇ ◇
オルタンスを連れてハーフォードへ報告に行くことにした。
報告することなんて何も無いのだが、地震自体が極めて珍しいので念のため。
ところが・・・
驚いたことに各地、各村から代表者が続々と集まってくる。
そして公爵へ直接報告を上げる習わしだという。
これは来て良かった。
直轄地以外で最大面積の領地を預かっていることから、私から報告が始まった。
敬礼し、報告を始めた。
「メルヴィル子爵領、報告。
対魔樹の並木。異常なし。
南北ダンジョン。異常なし。
西の崖。異常なし。
農村部。住居、耕地、水路、設備、異常なし。
妓楼。店、設備、異常なし。お客様に怪我人無し。
以上、領内全て人員、機材異常なし」
「よしっ!」
公爵がビシッと答礼してくれる。
このやり方で良かったか、とちょっと胸をなで下ろした。
その後、他村の報告を聞くと、
畑の境界の土手が崩れた
木が倒れた
橋が崩れた
といった情報があがる。
え?
そんなに揺れたの?
驚いていたら、
「ハーフォード領内でも東部の村ですね」
オルタンスが耳打ちしてくれた。
ということはそちらが震源に近いのか。
ということは内陸部の震源だな。
と言うことは断層かな?
後で間違えていたことがわかった。




