284話 メルヴィル4年目(秋1)
オリオル辺境伯と神聖ミリトス王国の間の紛争は、結局神聖ミリトス軍が引いたので宣戦布告は行われなかった。
もし王宮がその気なら宣戦布告しただろうが、国内の微妙な貴族を一掃することに集中しており、事を荒立てたくなかった。
オリオル辺境伯はというと実質負けていたので、神聖ミリトス王国に対して何かを要求することはできなかった。
ということで奥方と長女の帰国は叶わなかった。
後継者問題をどうするか、問題は山積している。
◇ ◇ ◇ ◇
マーラー商会が入札に応じて納品した物資は、全て北西部の内戦平定に使われたらしい。
アンナは「不良在庫が捌けた」とホクホクしていた。
王宮のもくろみ通り北西部から無能な貴族は一掃され、全て王領に組み入れられた。
ただし人口は激減し、国力は衰えたと思う。
◇ ◇ ◇ ◇
私の状況。
精神的ダメージはアイシャに拭い去って貰ったらしい。
「らしい」というのは明確な説明が無かったから。
すっかり精神的に健康になったと思う。
お前はそれでいいのか?
敵兵とはいえ、あれだけむごたらしく殺しておきながら知らん顔か?
と考える時もあるが、くよくよ悩まなくなった。
◇ ◇ ◇ ◇
レイを葬送した。
レイの亡骸をどうするかマキとユミに相談したが、
「旦那様が決めて下さいませ。私達は従います」
と言われ、結局私が決めた。
領地の北東部。
メルヴィルの鬼門の方角。
大河グラント川が大地を潤しながら滔々と流れる雄大な景色を一望できる高台。
ここは水龍の呪いでも水を被らない。
そこに社を作った。
社に必要な鬱蒼とした木立はスウィフトたちに頑張って貰った。
水の女神ティアマト様。
その御神体である大河ハーフォード川。
ハーフォード川の支流である大河グラント川。
これをティアマト様の眷属と見なし、レイをグラント川の女神として祀った。
レイの豪華装備も一緒に埋葬した。
手を合わせ、祈りを捧げた。
「香取麗華の母君様。あなたの娘御は異世界で神となりましたこと、謹んでご報告申し上げます」
◇ ◇ ◇ ◇
オリオル辺境伯領への援軍に従軍した褒美がでた。
褒美。
貰わないとね。
労働に対する正当な対価をね。
ズイッとね。
でも宝石やお金で貰ってもあまり嬉しくないのはなぜ?
取り敢えず。
従軍した人は当然として、領地や領地外でお役目に従事した人にも宝石を配った。
「一応マーラー商会で価値は聞いているから」
「二束三文じゃないから」
「売れば結構な額になるから」
渡しながら言い訳している私。
◇ ◇ ◇ ◇
派遣軍がメルヴィルに戻った翌日。
ソフィーが出産した。
夜。
戦のことを何も聞かないソフィー。
私も何を話す訳でも無く、二人で静かにしていたら気配を感じた。
すぐサマンサを呼び、ウチの女性陣が駆け付け、私は部屋の外に放り出され、1時間後に無事出産。
入室を許可されて対面。
男児。健康。大柄。頭髪の色は濃い。
いかにもソフィーの息子らしい。
「御方様のお産はいつもびっくりするほど楽ですわ」
とはサマンサの言葉。
子爵家のメンバーが駆け付け、お祝いを述べていく。
私は手持ち無沙汰なのでソフィーの横にいる。
名前は既にソフィーが考えていた。
『テレンス』
磨かれた、知性による彫琢を受けた、という意味だそうだ。
教育ママだ。
頑張れテレンス。
お父さんは応援するぞ。
テレンス・スティールズ。
男の子。
水・光・闇の3属性を持つ。
2日後。
公爵とマグダレーナ様から祝いの手紙と品が届いた。
公爵は何か褒美を考えているようだった。
アンナがお祝いの品を持ってきた。
ソフィーと面会した後、ゆっくりと寛いで貰ってオリオルの土産話(私にとってはトラウマだけど)をしていた時。
不意にアンナが爆弾を投下した。
「公爵は何か言ってこられましたか?」
「お祝いのお手紙は頂戴しましたが、それではないのですか?」
「違います。ではまだ公式に打診されていないのですね」
「今度は何が始まるのですか?」
「婚姻です」
「おや。それはめでたいですね」
「新郎はカール。新婦はオルタンス様ですわ」(カール:私とアンナの間の息子)
「・・・はい?」
「気付いておられませんでした?」
「・・・全然」
「子爵様はあまり領地におられませんから、お気づきになりにくいですわね」
「はっきり『鈍い』と言って下さい。 と言いますか、あなただって普段はハーフォードにいるでしょう?」
「私はこちらにも目を持っておりますので」
「なるほど。ところで。噂になるほど親密だったのですか?」
「ええ。見る目がある者からすれば一目瞭然でした」
「なるほど。私は鈍いと・・・」
「卑屈にならないで下さいませ」
「それで年齢的にはどうなのですか?」
「オルタンス様が17歳。カール9歳です」
「私はよくわからないのですが、頃合いなのですか?」
「この婚姻が成立しますとカールは公爵家に婿入りします。ギリギリでしょう」
「ギリギリ間に合った?」
「そうです」
「では私とアンナの腹を決めましょう。この婚姻に賛成されますか?」
「反対する理由がありません」
「公爵家にとって利はありますか?」
「公爵家にとっても利しかありません」
「カールにとって利はありますか?」
「あります」
「カールはオルタンスのことを愛しているのですね?」
「オルタンス様以外の女性は目に入っていないでしょう」
「オルタンスはカールのことを愛していますか?」
「オルタンス様は最初からカールを狙っておいででした。メルヴィルに常駐されていたのもそのためですわ」
「では公爵から打診があり次第、快い回答を致しましょう」
「カールは子爵家の長男ですが、旦那様も宜しいのですね?」
「はい。私は子爵家の継承など、性別・年齢関係なく、やる気のある者で最も能力のある者が引き継げば良いと思います。誰も引き継ぎたくないならば公爵にお返しするのもありと思っております」
「カールは、やる気はともかく、能力はあると思います」
「ならば公爵家の方がより大きな絵を描けるでしょう。カールに期待するところ大です」
「旦那様はそういう御方でしたね」
◇ ◇ ◇ ◇
イルアンについて情報が入ってきたが、あまり芳しくない。
対魔樹の並木を越えて、今でも散発的にゴブリンがハーフォード領へ侵入してくる。
パトロール業務はハーフォードの冒険者ギルドに引き継がれ、常時2~3組の冒険者パーティが対魔樹の並木の監視を引き受けている。
昔、メッサーの冒険者ギルドの職員だったころを思い出す。
ゴブリン間引きのクエストは常時出ていた。
近くにダンジョンを持つとこれが常態なのだろう。
そう書くと「全然大したことじゃねぇだろ」と言われそうだが、ハーフォード領では今までこんなことは無かった。
メルヴィルの冒険者ギルドを卒業した冒険者達が、ハーフォードの冒険者ギルドに本拠地を移し、ゴブリン退治に精を出すようになった。
◇ ◇ ◇ ◇
秋の収穫を王都へ運ぶ隊商について。
ハーフォード公爵の読み通りになった。
隊商はイルアン近辺を通り抜ける必要がある。
ゴブリンとスケルトンの跋扈する危険地帯。
護衛を冒険者パーティに頼むなら、かなりの腕利きを複数雇う必要がある。
さもなければ騎士団が護衛するしか無い。
王都からハーフォードへ収穫を取りに来るのも一仕事になっていた。
◇ ◇ ◇ ◇
エリスが湯治に来た。
下にも置かぬおもてなしで迎えた。
シークレットゲストルームにお泊まり頂き、朝風呂、夜風呂、3食昼寝付き。
酒付き。
湯上がりにはマッサージ。
私、エマ、カール、マヌエル、ガブリエラでヒーリングマッサージ。
エリスは気持ち良すぎて溶けていた。
ある日の深夜。
エリスの希望を受け、私の書斎で エリス、私、ソフィー、マキ、ユミ で会合を持った。
いきなりエリスの謝罪から始まった。
「ビトー様にはどのようにお詫びを申し上げれば良いかわかりませぬ」
「エリス様のお詫びは必要ございませぬ。以前確認しました通り、あの者は正気を失っていたので御座います。いくら正気を失ったと申しても、罪には罪にふさわしい罰を与えねばなりません」
「そう言って頂けると肩の荷が降りる気が致します」
ユミが口を開いた。
「レイが愚かな行為をしたことは伺っております。いったいレイはラミアの皆様に何を要求したのですか?」
「人間同士の戦争を止めるのに、ラミアを使おうとしておりました」
「・・・旦那様、意味がわかりますか?」
「オリオル辺境伯軍と神聖ミリトス王国軍が戦っている戦場にラミアの一個小隊が現れたとしましょう。
ラミアの一個小隊なら、鼻歌交じりでオリオル辺境伯軍と神聖ミリトス王国軍の両方を粉砕できるでしょう。それはオリオル辺境伯軍と神聖ミリトス王国軍自身がよくわかっているでしょう。
そこでラミアの一個小隊を率いるエリス様が宣言をするのです。
『停戦しなければお前たちを皆殺しにする』
と」
「なるほど・・・ 意味はわかりました。
確かに停戦できますね。
でもラミアの皆様に何をお支払いすれば良いでしょう?
ブリサニア王国の全軍を凌駕するほどの戦力を動かして下さった代金はどれほどになりましょう?
レイは何を支払うつもりだったのでしょう?」
「ユミの質問が全てを言い表していると思います」
「え・・・」
「その先は口に出さないで下さい。あまりにも失礼に過ぎますので」
「・・・」
「エリス様には大変なご迷惑をおかけしてしまったと遺憾に思っております。エリス様を辛い目に遭わせただけでなく、古森におけるお立場にまで傷を付けてしまいました」
「ビトー様。私の名誉は回復致しました。ご心配なさらぬよう」
マキがそっとため息をついた。
◇ ◇ ◇ ◇
メルヴィルは驚くほどの豊作だった。
農民が増えた、農地が広がった、だから増えた、ということはある。
だがそれ以上に出来が良かった。
実は地味にスウィフト達が良い仕事をしている。
稲や麦が気持ち良く生育できる環境を整えていた。
今回初めて挑戦した麦と稲の寒冷種も驚くほどの収穫を得た。
マンフレートと収量と出来を確認。
「出来は通常種と遜色有りませんな」
「一反あたりの収量も同じに見えます」
「あとは味ですな」
臼で挽いたり、発酵させたり、炊いたり、蒸したり、焼いたりしたが、どれも通常種と大差なかった。
前の世界では、色だ、形だ、香りだ、粘りだ、やっこさだ、たんぱく含有量だ、水分だ、甘みだ、甘みは口に入れた時に強く感じ、スッと引くのがいいんだ、なんたらかんたら・・・ と「通」めいたことを言われていたが。
こっちの世界ではそんな贅沢は言っていられないのだ。
一定の味を維持していればそれでいいのだ。
重要なのは何と言っても収量だ。
ということで、
「合格!」
「ありがとうございます。では・・・」
「種籾は大切に保管して下さい。いざという時は全ての作付けをこれに切り替えます。量は十分にありますね?」
「あります。作付け3回分ほどもあります」
「非常時にハーフォード公爵へ献上することもありえます。大切に保管して下さい」
「承知致しました」
◇ ◇ ◇ ◇
メルヴィル農村部の収穫祭。
私、ソフィー、マキ、ユミ、エマ、カール、マヌエル、ガブリエラ、リックで出席。
昨年に引き続き簡単な挨拶の後、乾杯。
相変わらずエマ、カール、マヌエル、ガブリエラの人気は凄い。
皆さんそんなに怪我をするの?
する?
そう。
保険に入ってくれているのでしょう?
ならばOK。
ハミルトンからも怪我人がこっそり来ているの?
御代は?
お金を置いていっている。
大丈夫かな?
マンフレートから来期の作付けについて相談を受けた。
「農地を広げても宜しいでしょうか?」
「お願いします。では増やした農地には寒冷種を植えるようにして下さい」
「承知致しました」
人には得意/苦手があると思います。
これから私にとって苦手な分野に入っていきます。
UPが遅れがちになると思われます。
何とぞご容赦を。




