280話 メルヴィル3年目(夏・オリオル領内の戦い1)
突然ではあるが、この世界のこの時代は戦略という概念が無い。
つまり戦争の目的とゴールが明確化されないまま戦闘に突入することがある。
この度の戦、王宮からは「オリオル辺境伯に合力せよ」と言われたらしい。
「オリオル辺境伯と力を合わせ、神聖ミリトス王国へ攻め入って滅ぼせ」
ではない。
ではどこで作戦行動を終了させるか?
バクチと一緒で勝っている時は止め時が難しいのだ。
そんな雰囲気を敏感に感じ取ったのか、軍議の席でマグダレーナ様が「ちょっとヤバくないか?」という疑問を提示している。
何がそう感じさせているのか?
オリオル辺境伯領に入っていきなり敵兵に遭遇したこと。
オリオル辺境伯の兵を一人も見ないこと。
実はオリオル辺境伯の軍は領都に封じ込められているのではないか?
ここで最初に戻る。
この戦には政略も戦略も無い。
あるのは戦術と戦闘だけ。
好都合と言えば好都合。
無理難題を押しつけられていないから。
そこでマグダレーナ様の意向に沿って、この度の戦の目的はオリオル辺境伯領へ迫る外国の脅威の除去、とした。
「除去するのは1回だけですよ」
と付け加えた。
領都オリオルへつながる街道。
ゆっくり進む。
上空の使い魔部隊と独立機動部隊を先行させる。
すると予想通りの情報が入ってくる。
領都オリオルは神聖ミリトス王国の軍に包囲されている。
「行きましょう。ですが既に撤退した騎兵隊から我らの情報は入っているでしょうから慎重に行くのですよ」
マグダレーナ様の命で慎重に進む。
領都を傍観できるところまできた。
報告通りの光景だった。
領都オリオルは城門を固く閉じている。
その周囲を敵軍が取り囲んでいる。
既に包囲が完成しているので伝書鳥を飛ばすのも難しそうだ。
(弓矢や魔法で打ち落とされそうだ)
包囲軍の総数はざっと450。
城内だけで無く、外にも注意を向けている。
包囲網突破は無理だろう。
仮に突破して城内に入って合流しても、城内の兵数がわからない。
合流しても意味を成さない数だった、という可能性も高い。
おそらく敵兵の半数以下だろう、とバーナード騎士団長。
「包囲軍の半数も持っていれば色々と手の打ちようがあるのだ。だがそれを試みた形跡が無い。敵兵に余裕が見える。我々が来ただけではどうにもなるまい」
何か案は無いか? と聞かれたので、
「オリオルはいったん置いて、まずはノースウッド、ノースフォレストを解放しませんか? そちらは敵軍も少ないでしょうし」
「ほほう。説明せよ」
「敵の分隊をこちらの全軍で潰す。敵の総戦力を確実に減らす常套手段です。
そしてノースウッド、ノースフォレストの守備隊を味方に加えることができたら我が軍が増えます。一方オリオルを包囲している連中は動揺するでしょう」
「よし。乗った」
「いいでしょう」
バーナード騎士団長もマグダレーナ様もすぐに乗ってきた。
◇ ◇ ◇ ◇
ノースウッドの街は大森林地帯に入る手前にある。
周囲の見晴らしは良い。
ということで、かなり手前で軍を止め、使い魔部隊と独立機動部隊に街を偵察させた。
街は城門を閉め切っている。
そして周囲にたむろす敵軍は50名。
ということは、ノースウッドの守備隊は相当少ない。
マグダレーナ様とバーナード騎士団長で打ち合わせをしている。
「こっちの方が人数が多いです(184名)。突撃しますか?」
「いえ、ここは1名も逃したくありません」
「包囲しましょうか?」
「ええ、包囲しますが・・・ 見晴らしが良すぎますね。馬もいますので最初から逃げに入られると何人かはすり抜けられそうです」
「むう・・・ 難しいですな」
「ええ。なにか良い手はないかしら? ねぇ、ビトー?」
ええ~~~
私?
「その・・・ 包囲して、突撃する前に、敵をパニックにさせる・・・ というか、驚かせれば良いですね」
「何か策があるのですか?」
説明したが理解されなかった。
2度目の説明の後で 「全てビトーに任せます」 といわれた。
ということで。
バーナード騎士団長に包囲網の構築と馬の制御をお願いした。
「大きな音がします。馬が驚いて大変だと思いますが、力ずくで抑えてくださいね」
ジークフリードとクロエと私で泥団子を作る。
ジークフリードは土で中空の泥団子を作る。
泥団子の形はジークフリードが扱いやすい形にするが、一方ではクロエが粉砕し易い形にする必要がある。
クロエの意見を聞きながらジークフリードが3度団子を作り直した。
私が中に小麦粉をたんまり仕込む。
出来上がった団子は、団子と言うよりもUFOみたいだった。
とにかく巨大な逸品を作った。
作戦行動開始。
敵に気付かれぬよう広く薄く散開し、包囲網を構築した。
徐々に包囲網を絞り、敵に気付かれぬギリギリのところで待機。
ジークフリードが泥団子を敵の上空に漂わせた。
ジークフリードの合図でクロエが風魔法で泥団子を粉砕した。
すかさずユミが火矢を放った。
この攻撃はそれだけで兵士を殺せるほどの威力は無い。
だが爆発の中心に近いところにいた者は地面に叩き付けられ、離れたところにいた者は鼓膜が破れたと思う。
奴らの上空でそのぐらいの粉塵爆発が起きた。
敵兵はパニックになった。
馬もパニックになった。
馬は主人を乗せず、一斉に走り出した。
よし!
バーナード騎士団長の号令以下、ハーフォード軍は一斉に包囲を狭め、パニックに陥った敵兵を倒していった。
50名全て討ち取った。
◇ ◇ ◇ ◇
ノースウッドに入城した。
カタリナが出迎えてくれた。
お互いのメンバーの紹介をすると、すぐにカタリナと情報共有に入った。
ノースウッドには守備隊30名がいたが、戦争が始まる時に領都へ徴兵され、今はカタリナ含め10名しかいない。
市民から老齢の者を徴兵して何とかこの街への侵入を防いでいた。
「街を解放して頂き、感謝に堪えません。礼と言うほどのことは何もできませぬが、今宵は戦の汚れを落とし、滋養に良い物を召し上がってゆっくりお休み下さいませ」
「ありがとうございます。御言葉に甘えさせて頂きます。
ところでノースフォレスト(ここから森の中へ南下した街)も敵に包囲されているのですか?」
「いいえ。ノースフォレストには敵はおりません」
「それはどうしてでしょう?」
「最初は神聖ミリトスの軍が囲んでいたのです。ですが森の中に人間が大勢いて、気配も隠していないとなりますと・・・ その・・・」
「エサが大量にいる?」
「その通りです」
話が見えなかったバーナード騎士団長が聞いてきた。
「カタリナ殿の仰る意味がよくわからんのだが」
「この森には通称『レッド』、つまりレッドベアが出ます。レッドベアは人間をエサと認識していますので、襲われます」
「だが兵隊だぞ。返り討ちにするだろう?」
「正々堂々戦えば軍の方が強いでしょう。ですが森の中ですからね。油断しているところを背後から、一人、二人・・・ と殺られていったのでしょうね」
「そうなのか? カタリナ殿?」
「その通りです。当初神聖ミリトス軍はノースフォレストを包囲していましたが、9日後には包囲を解いて撤退しました」
「ここから東にあるメイプルレインはどうですか?」
「あちらもここと一緒です。メイプルレインは包囲されていますが、サンフォレストは包囲されておりません」
「なるほど・・・」
翌日。
街道を東に進み、同じやり方でメイプルレインの街を解放した。




